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事件から、数日が過ぎた。


連日、報道が続き、各紙の一面を飾るのは「大聖堂裏手の集合墓地にて発見された集団行方不明者」の報であった。

特に、奥の部屋の穴に積み重ねられていた骨が、過去一年にわたって行方不明になっていた人々のものであると判明してからというもの、街は不穏な空気に包まれはじめていた。


【大聖堂のすぐ傍で、こんなことがあったとは】

【なぜ、教会は今まで気づかなかったのか】


報道機関は日を追うごとに論調を強め、民衆の不安と怒りは徐々に声を持ち始める。

投書欄には「真実を隠しているのではないか」「信じていたものが嘘だったのか」といった憤りと失望が寄せられている様子だった。

特に、発見現場の集合墓地が大聖堂のすぐ背後に隣接していたことから、「大聖堂の関与はなかったのか」という疑念が市民の間で急速に広まり始める。

祈りの場だった広場には怒号が響き、一部の信徒たちが聖職者に詰め寄る姿が報じられた。


そんな中、教会は一貫して「事件との関与は一切ない」と声明を出し続けていた。

また、大聖堂の至近でこのような凄惨な事態が起きたことについて「誠に遺憾であり、祈りと共に犠牲者を悼む」と表明したが、街の空気は不穏そのものだった。

人々は信仰の拠り所を失いかけ、日常の隙間から怒りと混乱が滲み出していた。


そのさなか――特別工作室の面々は、連日続く聴取と現場対応に追われていた。

ただその忙しさは感傷に浸る時間を忘れさせるかのようだった。


そしてさらに数日が経った時だった、ブロウが特別工作室の作戦室へやってくる。


「みんな、疲労が溜まっているところすまない」


やつれた顔に怒りを滲ませたまま、ブロウが作戦室に飛び込んできた。

いつもの冷静さはどこかへ消え、目の奥には焦燥と苛立ちが滲んでいる。


「ブロウさん、どうしましたか?」


リュカがすぐに立ち上がり、険しい表情で問いかける。


「……倉庫街で男の死体が見つかった。幻覚の魔術を使用していた男だ」


レイ、リュカ、エリスの三人が同時に息を呑む。

レイの脳裏には、かつて酒場で彼らを翻弄した、あの幻覚の男の姿が蘇っていた。


「男のデバイスからは、過去の行方不明者のリストが見つかっている。さらに……例の地下施設に刻まれていた魔術紋も記録されていた。

そして――あの酒場のオーナーも、やはり行方不明のままだ」


そこまで一息で話すと、ブロウは怒りを押し殺した声で言い放つ。


「……事件の捜査が打ち切られる」

「……え?」


レイが思わず疑問の声を漏らす。


「今回の事件が“違法薬物と金銭目的の犯罪”として処理される。

上層部は、男たちは個人的な利得のために行動していたと結論。これ以上の捜査は不要と結論づけた」


レイの表情が凍る。


「そんな……あれだけの犠牲が出て、地下の施設まで……!」

「わかっているッ!」


ブロウが怒鳴った。思わずその場に緊張が走る。


「……わかっている。だが、それでも通らなかった。

私も安全保障課の中で動いたが、上層からは『これ以上この件に触れるな』と、明確な圧がかけられた。

地下の魔術紋も、黒いローブの男の存在も、すべてが――誰かの手で“なかったこと”にされようとしている」


リュカが自分のデバイスを操作すると、ホログラムに男たちの顔写真と捜査資料が表示される。

そこには、「組織的な違法薬物事件」「若年層への蔓延」「連邦の治安維持体制の強化が急務」といった見出しが並んでいた。

まるで真相を覆い隠すように、話題の焦点はすり替えられていた。


「こんなこと……!」


レイが拳を握りしめる。

怒り、無力感、やり場のない感情が喉元までせり上がる。


「……私は、ナディが巻き込まれたこの事件には、もっと深くて、もっと恐ろしい何かがあると感じている。

それこそ、このフィネストリ連邦全体を揺るがすような……そんな規模の何かが」


ブロウは唇をきつく噛みながら、言葉を絞り出した。


「しかも、私自身の行動も制限されはじめている。

調べようとすればするほど、他の案件が次々と割り込んできて、捜査に手が回らなくなる。……明らかに意図的だ」


拳を強く握り、机に打ちつけそうな勢いで言葉を吐くブロウ。その目には、諦めではなく、燃え上がるような執念が宿っていた。


「ブロウさん、俺たちが追います」


レイが静かに、だがはっきりと言った。


「幸い、特別工作室は独立組織です。ある程度は自由に動けますし、仮に妨害が入ったとしても……止まるつもりはありません」


「……ああ。私もこの件だけは、絶対に手放すつもりはない。

たとえ安全保障課を追われることになってもな」


ブロウの声は低く、静かだったが、その言葉は確かに胸を打った。

室内に張りつめた空気が、そのまま重く沈む。

誰もすぐには言葉を返せなかった。

リュカも、エリスも、そしてレイも――何かを飲み込むように黙していた。


数秒の沈黙が、永遠にも感じられるほどの濃密さで流れる。

それはまるで、全員が「何かが始まった」ことを、無言で理解していたかのような時間だった。



そのとき――

キィィ……と、静かに扉が開く音がした。


「お、なんや。取り込み中かいな」


間の悪さすら愛嬌に変えるような明るい声が、重く沈んだ空気をひと突きにかき回す。


「ジェフ!」


リュカが反射的に声をあげた。


「ブロウもおったんか……。ナディのことやけど、……すまん、なんて声かけたらええかわからんわ」

「いや、いいんだ」


短く返すブロウの表情には、疲労の奥にかすかな安堵が浮かんでいた。


「そこの坊主は新顔やな。しばらく留守にしてて悪かったな」

「……初めまして。レイ・アルヴァです。二週間前から特別工作室に配属になりました」

「ジェフリー・ジェームズや。ジェフって呼んでな。――ナディの件、色々動いてくれたんやろ?……ありがとうな」


ジェフは少しだけ目を伏せ、悲しみを滲ませた目でレイに頭を下げた。


「それにしてもジェフ、長いこと帰ってこなかったけど、何の調査だったの?」


エリスの問いに、ジェフは表情を引き締めて頷く。


「そうそう、それや。それで今日は相談と報告があって戻ってきたんや」


「ネストリアに行ってた。初めは七年前の違法魔術の事件の残党がおるかもしれんってことでな。でも、そいつらを追ってくうちに、どうにも怪しいもんに行き着いてもうた。……協力してほしいんや」

「どういうこと?」


ネストリアという言葉にエリスが反応して眉を寄せて尋ねる。


「エリスはネストリア出身やったな。4年前にできたマナテック系の製薬会社、知っとるやろ? 傷薬とか活気薬とか作ってるとこや。あそこで働いとる修道士らが次々と倒れとる。原因不明の体調不良や。しかも全員、マナの流れを乱す何かに触れとる痕跡がある」

「その会社って……セラフィダの大聖堂が承認を得ているじゃなかったかしら」


エリスが顔を曇らせそう答える。


「父さん、あそこは『教えから外れた薬を作ってる』って言ってて、あまりいい顔をしていなかったわ」

「せやけどな、マナ信仰の総本山の承認や言われたら、誰も強く反対はできへん。実際、教会は黙認しとる。かなり工業化しとるしな」

「また教会が絡んでいるのか……」


ブロウが低く呟いたその言葉には、重く沈んだ疑念が込められていた。


「うん、いいんじゃない? 次の手がかりもないし、それにジェフの話は放っておけない」


リュカが前を向くように言う。


「さすがリュカ! 話が早くて助かるわ〜!」


ジェフが弾かれたようにリュカに駆け寄り、ガバッと抱きつきリュカの髪の毛を見出すように頭を撫でる。


「ちょっ、やめてよ! 邪魔だから!」

「ええやないか〜、ほんまお前はええ子やで〜」

「ジェフ、やめなさい。リュカが潰れるわよ」


エリスの静止に、ジェフは渋々リュカから離れ椅子へかけた。

リュカは全く……と声を零しながら乱された髪を整える。


「……では、私はこちらに残って何とか事件を追うつもりだ。殺された男や、行方不明になったオーナーの動向がわかれば、まだ何か繋がるかもしれない」


「ブロウさん……」


レイが一歩踏み出し、静かに声をかけた。


「無理はしないでくださいね」


「それはお互い様だ。それに……今は、忙しい方が、まだ気が紛れる」


そう言ってブロウはふっと笑った。だが、その笑みに温かさはなかった。

一瞬、彼の背中がわずかに揺れる。


「では……頼んだぞ」


そう言い残して、ブロウは静かに作戦室を後にした。

四人はその背中を見送ると、リュカが黙ってデバイスに視線を落とし、情報を呼び出し始めた。


 

「さて、魔道機関車のチケット取るけど、出発はどうする?」


リュカが椅子にもたれながら問いかける。

ディスプレイには各地への発着時刻がずらりと並び、蒸気と魔力で動く列車の映像が流れていた。


「ここ最近ずっと、休む間もなかったし……明後日でいいんじゃないかしら」


エリスが小さく伸びをしながら答える。


「明日は準備も兼ねて、ゆっくりしましょう」

「そうだな」


レイもそれに頷いた。ようやく肩の力が少し抜けた気がした。

作戦室の大きな窓からは、午後の柔らかな陽光が差し込み、壁際の観葉植物の影が床に長く伸びている。

静まり返った室内には、かすかにデバイスの稼働音だけが残っていた。


「お〜、話が早いわ!助かるわ〜!」


ジェフが椅子から勢いよく立ち上がると、肩を軽く回しながら笑った。

重い空気が続いたこの数日のことが、ようやく一段落ついた――誰もがそんな安堵を感じていた。


それぞれが荷物をまとめ、作戦室を後にする。

階段を下りると、冷えた石造りの廊下に、足音が心地よく響いた。

その途中で、ジェフがレイに声をかけた。


「レイ、ちょっとええか?」


静かに声をかけられ、レイは足を止めた。

廊下の窓から差し込む西日が、二人の影を長く伸ばしていた。


ジェフは振り返るレイを真っ直ぐに見つめる。

その瞳には、いつもの陽気さだけではない、真摯な思いが宿っていた。

「ナディの件、ホンマにありがとうな。……この一年、ブロウも、エリスも、どこかでずっと追い詰められてた。

まだ全部が解決したわけやないけど、少しだけ、一区切りがついた気がするんや」


ジェフは目を細めながら、どこか遠くを見るように語る。


「ブロウからも電話で報告受けたわ。レイが支えてくれて、ナディを救ってくれたって、しきりに言うてた」

「そんな……自分はただ……」


レイが遠慮がちに声を漏らす。

それにブロウが遮るようにレイに真剣な眼差しを向け口を開く。


「ええんや。ブロウがあそこまで言うてる。それに、俺もナディとは長い付き合いやったからな。……ホンマに感謝しとる」


ジェフは軽く頭を下げ、その仕草からは先ほどの軽快さとは違う、深い思いが滲んでいた。


「まぁ、何にせよ、これからは同じ特別工作室の仲間や。よろしく頼むわ」

「はい、こちらこそ。よろしくお願いします!」


差し出された手を、レイはしっかりと握り返す。


「あ、あと俺のことは敬語いらんで。堅苦しいの、性に合わへんねん」

「え、でも」

「ええねん。エリスもリュカも俺には使ってへんやろ?」

「……わかった。よろしく、ジェフ」


レイの返事に、ジェフがニカッと笑った。


「よっしゃ、それでええ。それじゃ、飯でも行こか。朝にネストリア出てから、何も食うてへんのよ」

「いや、準備をしないと」

「そんなん明日でええやろ。リュカとエリスも誘うで」


そう言って、ジェフは軽やかな足取りで二人の名前を呼びながら、部屋へと向かって行った。

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