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ーーこれがあのリセルか……。


行き交う人々の中、大きな鞄を肩にかけながら黒髪の青年は思わずその街の大きさに圧倒されていた。

魔道機関車の三等車に揺られ一週間。

始まりはのどかだった風景も段々と都会の装いを見せ、到着した時にはそこは今まで見たことのないような高い建物に囲まれたビル群。

遠くに見えるそびえたつ鋭い山の麓まで建物が続き、その一番上には一際高い教会が建っているのが見える。

肩にかけた大きな鞄がずっしりと重く、思わず歩みを止める。

黒髪の青年が降り立った駅のホームには大きな荷物を持った人々が目的を持ったかのように歩みを進めていく。


「迷わず行けると思ったのに……なんだこのスケール……」


高い天井の上部には魔術紋が浮かぶ青く輝く魔導官(マナチューブ)があらゆる方向に伸びており、それは駅を抜け、街のあちこちへつづいていた。


エリシア大陸、フィネストリ連邦最大の都市――リセル。


魔術と近代技術によって発展したこの世界の中でも有数の巨大な街。

近代的な高い建築物がある一方、中世より続く信仰も続き、現代と歴史が混合し多くの人々が集まっている。


「……確かリュカが来てくれてるんだったな」


気を取り直し、ポケットから小型の通信デバイスを取り出す。金属光沢を放つその端末を操作し、表示された「リュカ・エスピオ」の名前をタップした。


『もしもし?到着した?』


数コールした後に声が繋がる。

比較的声の高い、まだ少年らしさを感じさせる声色だった。


「あぁ、ただ広すぎてどこに向かったらいいのかわからん」

『あはは、だよね。中央正面口で待ってるから、案内看板に沿ってくれば大丈夫だよ』

「了解。このまま向かうよ」


長い魔道機関車のホームを抜けると、一際天井の高い空間が現れる。

そこも多くの人で埋め尽くされており、駅のホームの出口には門型の改札があった。

デバイスをかざし通り抜けると、そこには手を振る見知った顔があった。


「久しぶり、レイ。ようこそリセルへ」


緑色の上着を羽織った少年――リュカ・エスピオ。

柔らかい栗色の髪と、穏やかで親しみやすい瞳。変わらぬ雰囲気に、レイは張りつめていた心が少し和らぐのを感じた。


「わざわざ迎えに来てもらって悪いな」


「いいって。同郷がリセルに来るんだもん。これぐらいしないと」


ニコッと感じのいい笑顔を浮かべリュカが答える。


「……お前は、相変わらず落ち着いてるな。俺はもう、情報量に押し潰されそうなんだが」


「トレノアと比べると確かにね。初めてなら、そう感じるのも無理ないけどね」


リュカは端末を操作しながら歩き出す。


「とりあえずレイが到着したことを伝えたから、安全保障局に向かおうか?それとも少し観光してから行く?」


「いや、観光はまた今度でいいや。とりあえずは住むところも含めて色々と落ち着きたい」


「オッケー。ならこのまま向かおうか」


街を歩きながら、リセルの日常がレイの目に飛び込んでくる。

魔術灯が道を照らし、案内板が空中に浮かぶ。人々は魔導端末を操作しながら、時折、足元に淡く輝く魔法陣を展開していた。


これが、リセルの“普通”。

田舎で育ったレイにとっては、すべてが異世界のようだった。


「それにしてもレイと一緒に仕事が出来るとは思わなかったよ」


「それはこっちも同じ。ディーノのおっさんに呼ばれたと思ったら、リセルへの出向。それもお前のいる特別工作室だろ?」


「こっちもレイが来るのは助かるよ。なにしろうちの部署、今三人しかいないから全然人手足りないんだよね」


「三人?……それは少なすぎじゃないか?」


「まぁ、特殊な部署だからね。何でも屋みたいな。三人揃って仕事をすることも少ないし、そこに関しては追々」


そんなやりとりを交わしながら、街中を歩いていくと目の前に一際大きな建物が目の前に入る。

白を基調にした壁面に、シンボルのような六芒星の紋章が彫られている。近未来的でありながら、どこか神聖さも感じさせる造りだった。


「ここが安全保障局本部」


「おお、すごいな」


「だけど、ここは一旦用はないかな」


どういうことだ?とレイが尋ねると、

レイが疑問を投げ返すと、リュカは肩をすくめる。


「特殊な部署って言っただろ?少し離れてるんだ」


そう言うリュカにレイは思わず疑問を浮かべる。

そう言って本部を離れた二人は、安全保障局があるメインストリートから外れた裏路地へ進んでいく。

人気は少なく、曲線を描いたガラス張りのビルや近代的な建物が並ぶメインストリートに立ち並ぶ中、まるで時代に取り残されたかのように、ひとつの古びた雑居ビルが埋もれるように建っていた。

高さこそ控えめだが、外壁には時を重ねた雨染みがこびりつき、所々ヒビの入ったコンクリートが剥き出しになっている。

玄関口にある鉄製の門は赤茶けた錆を帯び、風が吹けば軋む音を立てそうなほどに傷んでいた。


「まさか」

「そうここ。50年ぐらい前は安全保障局の本部だったらしいよ」

「にしても古すぎるだろう……」

「見た目はともかく、情報管理は本部以上に厳重だよ。……中は意外と綺麗だし」


リュカは錆びた門に手をかけると、ギイと音を立てて開く。

目の前には3階建のビルとガラスで貼られた正面玄関があった。

内部は確かに整っていた。最低限の装飾と無機質な壁、それでも掃除の行き届いた廊下。外観で想像するよりも中は明るく、綺麗な印象であった。

中に入ると、受付の女性が笑顔で迎えた。


「あら、リュカ。おかえり」

「サラさん。新しく来たレイ・アルヴァだよ」


初めましてと微笑む肩で髪を切り落とした茶髪の女性にレイは軽く会釈をする。


「サラは特別工作室の受付業務全般を担ってくれてる。ここに来る仕事も基本的にサラを通して依頼が来るからわからないことがあると聞くといいよ」

「トレノス支部からきたレイ・アルヴァです。よろしく頼みます」

「よろしくね。ここから先に入る時はデバイスの認証が必要だから登録させてもらうわ。デバイスを借りてもいい?」


そう言ってサラはレイよりデバイスを預かると慣れた手つきで端末を通じて本人確認、および身分証が更新される。

古い建物ではあるが、受付の奥には認証型のゲートがあり、中は思ったよりも近代的な作りだった。

田舎だったトレノスとは違う認証に、レイはますます自分が別世界にきたような感覚を覚えた。


「はい、これで完了。デバイスの管理には気をつけてね」

「ありがとうございます」


ニコッと微笑みながらレイにデバイスを返すと、リュカが軽く肩を叩いた。


「よし、じゃあ特別工作室の事務所に案内するよ。」



ーーーーーーー



リュカの案内で向かったのゲートを抜けて、階段で三階へあがった――特別工作室専用の作戦室だった。


無機質なドアが開くと、そこにはすでに先客が立っている。


「……あなたが“特異体質”って噂の?」


金の髪を高く結ったポニーテールの女が、壁にもたれたまま視線だけを向けてきた。その口調は棘があるというより、試すような冷静さを含んでいた。


「……特異体質?」


レイは少し眉をひそめながらも、あえて軽く返した。


「ああ、ごめん。僕がレイのこと先に少し話してたんだ」


リュカがそう答えると、エリスは小さく笑い、壁から離れてレイの前まで歩いてくる。その表情は冷たくもあり、どこか興味を持っているようにも見えた。


「私はエリス・ファーレンハイト。特別工作室にくる仕事の前線担当よ」


「レイ・アルヴァ。明日から特別工作室に配属になった。よろしく頼む」


レイが手を差し出すと、エリスも手を出し握手を交わす。


「特異体質もそうだけど、あなた、魔術は使えないって聞いたけど本当に大丈夫なの?」

「大丈夫ってどういうことだ?」


「ここ、特別工作室に来る依頼は違法魔術を扱ったマフィアとの交戦もある。その中で魔術が使えないって相当なハンデよ。……ま、その特異体質が本当だったら多少は問題はないでしょうけど」


そう言って、エリスが指を鳴らした。空中に赤い火花が走る。

次の瞬間、レイの目の前に炎の弾が出現した。


「っ……!」


だが、その炎の弾はレイへ到達する前にマナが弾け、霧散した。


「……おい、いきなり何する気だよ。」 


睨みつけるレイに、エリスは興味深そうにレイを見る。


「本当に無効化するのね」

「……試すなよ」

「エリス、いきなり物騒だからやめてよ」


呆れたようにリュカが言うと、彼女ーーエリスは軽く肩をすくめた。


「悪かったわ。噂で聞く特異体質が本当か見たかっただけ。いきなり実戦で見るわけにはいかないし、不思議だったもの。そんな人がいるって今まで聞いたこともないし」


その瞳には、レイを試すような光があった。リュカが間に入り、空気を和らげるように言った。


「ごめんごめん、ちゃんとレイのことは話してたんだけどね。ただ、リセルはトレノスと違って魔術師の数も多いし、生活魔術以外の魔術が盛んだ。レイは座学で習った魔術のことちゃんと覚えてる?」


そう言ってリュカはレイを見る。


「あぁ、魔術ってのは、世界に満ちる“マナ”っていうエネルギーを操作して起こすもの。リュカは光で、あとエリスは炎か。他にも風や土、稀に雷とか氷の属性が得意な人間もいる」

「そう」


リュカは静かに頷く。


「マナは人間の意志に、体内のマナの粒子が反応して形を取る。基本は誰でも取り扱えるけど、得意不得意はあるし、鍛錬がないと使えないし、時には暴走することや形やマナが歪むこともある」

「違法魔術、だな」

「そう。基本は四元素の火・水・地・風に由来するものだね。

ただ、ここから外れて影や幻惑、病魔を呼ぶような魔術は厳しく取り締められていて、それを防ぐのは安全保障局の仕事。特別工作室の仕事は、動きが取りやすいように少人数で調査を行うこと。場合によっては戦闘にはいることもある」


リュカは静かに話す。


「ま、こんなところかな。あとはジェフって仲間もいるけど、しばらくいないからまた後日だね」


そうリュカが言い終えると、エリスが補足するように付け加える。


「リセルは多くの人が住んで、色々な思惑を持った人が集まるわ。その事件も多くて危険も多いわ。……生半可な気持ちじゃ命に関わることもある」


エリスは腕を組みながら、レイを見る。


「ま、いいわ。足手まといにだけはならないよう気をつけて」


どこか冷たいエリスの声にレイは苦笑いを浮かべるのだった。

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