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三人ーーレイとブロウのエリスは先ほどの二股路まで戻ると、一度入口の方へ目をみやる。

通路の奥から月明かりが差し込んでいる。ここと外では、まるで別の世界のように思えるほどの緊張感が漂っていた。


「私はここで入口を見張ってる。何かあればすぐに連絡するわ」


そう伝えるエリスに二人は頷く。


「それと、レイ、あなたにこれを」


そう言って、エリスがレイに赤い玉を手渡す。


「これは?」

「私のマナを込めた魔術珠(マナジェム)よ。何か大きな衝撃があると発動するようになってる。念のために」

「ありがとう」

「いいわよ、貴方魔術を使えないんだもの。何か危険があったらいけないわ」


レイはエリスより受け取ると、ポケットの中へしまう。

エリスは銃を持ち入口側に目をやると、慎重に歩を進め、反対側へと進む。


角を曲がった先の通路は、どこか空気が淀んでいた。

真っ直ぐと続く通路の先にはまた曲がり角が見えるのがわかる。こちらも等間隔に燭台が置かれ、通路を怪しく照らしていた。

壁の石材は埃に覆われ、足元にはかすかに砕けた骨のような白い欠片が散らばっている。天井に灯りはなく、壁の燭台の炎だけゆらめいている。


二人は慎重に進み、二人の足音だけが反射する。突き当たりを曲がったその先、正面には重厚な鉄の扉がぽつんと一枚だけ立っていた。

他に分岐はなく、まるで「この先しかない」と言わんばかりに、道がそこに集約されている。


「この先、やけにマナが深い……レイどうだ?」


ブロウが足を止め、目を細めながら言った。

彼の声には、ただの警戒ではなく、微かな嫌悪と苛立ちがにじんでいる。

レイは静かにうなずき、扉に意識を集中させた。


「黒いマナが視えます。色々混ざったような……どす黒い何か。嫌な気配ですね」

「なるほどな、用心した方がいいってことか」


ブロウが小さく息を吐き、腰の長剣の柄をぐっと握る。

その仕草ひとつで、彼の緊張が伝わってくる。

二人はゆっくりと扉へ近づき、扉をあける。

金属が冷たく軋み、小さく震えるような音を立てて開いていく。


――その先に広がっていたのは、思いがけないほど広い空間だった。

そして感じるのは異様な空気。部屋の中央には大きな魔術紋が対のように描かれていた。

それぞれの紋の上には簡易的なベッドが置かれ、使われた痕跡が残っている。

壁際には古びた本棚が並び、背表紙の剥がれた書物が無造作に詰め込まれていた。

天井や壁にも魔術紋が刻まれており、それらは微かに脈動しているかのように、ほのかに光を放っている。

マナの濃度は、息苦しさを感じるほどだった。

また、部屋の左右にも二つ別の扉があるのが見える。


「この部屋は……」


ブロウが慎重に歩みを進めながら部屋の全体を見る。


「なにか儀式的な……?すごい嫌な感じですね」

「……ああ。何かを繰り返しやってたな、ここで」


ブロウが返すと二人は部屋の中へ進み左右の扉を見遣る。

レイがちらりとブロウを見て問いかける。


「どっちからいきましょうか?」


少しの沈黙ののち、ブロウは左の扉へと向かい、ゆっくりとそれを開いた。

中は灯りのない暗い空間だった。ただ部屋は広く、どこか冷たい空気を感じる。

それと同時に何か、煤のような燃えた臭いが感じられた。


「ここは……」


ブロウがそう呟き腰にある懐中電灯を手にとり灯りをつける。

ライトに照らされたブロウとレイの目が異物を見るような怪訝なものとなる。

部屋はさき程までの石壁とは違い土壁のようだった。まるで新しく増築され、掘られたたようなものであったが、部屋の奥側に不自然なほど大きな穴がある。

また、辺りは何か焼き焦げたような黒い炭の跡があり、地面を汚していた。

二人は恐る恐る穴へ近づくと、穴の中をライトで照らすとその中の様子に思わず声をあげた。


中は、かつて何かが“処理”されたようなものだった。

穴は深く、その中には白く骨のようなものが無造作に積まれている。

金属片や布の切れ端が混じっており、一部は黒く焦げていた。周囲の床も煤で汚れており、この中で火が放たれた痕跡がはっきりと残っている。


「これは……もしかして人の……」


レイがそう呟き、辺りを見る。

穴以外には何もない部屋。おそらく廃棄場のような、何かが最終的に行き着く場所。


ブロウの目つきが鋭くなる。

脳裏によぎるのは過去、行方不明になり会えなくなった恋人の姿。

夥しい数の量に、もしこれが人の骨であるならばどれだけの数の人がこの中で眠っているのだろうか。


「ブロウさん……」


レイが声をかけるも、彼は小さく首を振った。


「……すまない。ここは鑑識が来てから調査する。今は……行方不明者の安否の確認が先だ」


重たい空気が落ちる。しばし沈黙ののち、二人は部屋を後にした。

あまりにも酷い惨状に、二人は唇を噛み締める。もしかするとあの保護できた行方不明者もそうなる可能性があったということだった。

そして、それ以前に消えた行方不明者達の安否は不明だが、おそらくーー


何も言葉を発さないまま、より強い緊張感の元に二人は反対側の扉の前に立つと、ブロウは慎重に取っ手を握る。

自然と取っ手を持つ手が震えているのが見て取れた。

ゆっくりときぃ、と小さく軋む音とともに開かれた扉の先には、ただ一台の椅子がぽつんと置かれていた。


そしてその椅子には、一人の”女”が静かに腰掛けていた。


ダークグリーンの艶のある髪が肩にかかるように下ろされ、顔はうつむくように伏せられている。

ゆるやかな呼吸の気配もなく、ただその場に“存在している”だけのような、異質な静けさが満ちていた。


ブロウは、その姿を見た瞬間、思わず足を止めた。時が止まったかのようだった。

喉の奥からこぼれ出た声は、もはや言葉というよりも、祈りに近い。


「……ナディ……」


かすれたようなその名を呼ぶ声に、空気がわずかに震えた。


彼女はまるで深い眠りに落ちたように、静かに目を閉じている。

だが、その表情にはどこか安らぎとは違う、不自然な硬直が滲んでいた。頬はわずかにこわばり、唇には微かな乾きが見える。まるで意識を無理に閉じ込められているかのような、沈黙。


レイが隣で、息を呑む音を立てた。


ブロウはゆっくりと一歩、前に踏み出す。

ブロウの中で、間違いなく“彼女”だと本能が告げていた。

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