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4人は慎重に階段を降りると、ひやりとした空気が肌を撫でた。

目の前には石造りの通路が一本、まっすぐ伸びていた。

左右の壁には等間隔で古びた燭台が掛けられており、そこに灯る揺らめく火が、不気味な陰影を壁に映している。

ただ、壁には燭台の火が続くように魔術紋がいくつも描かれており、そこは明らかに人為的につくられたものであることがわかった。


「異様にマナが濃いわ」


エリスが顔をしかめ、周囲に目を向けながら呟いた。彼女の金のポニーテールが、微かに流れる空気に揺れている。

その言葉通り、辺りにはまるで霧のようにマナの残滓が漂っていた。


「長くいると気分が悪くなりそうだね……」


リュカが胸元を抑えながら、苦笑いを浮かべる。


「にしてもここはなんだ?墓地の地下にこんな場所があるなんて聞いたことがない」


ブロウが低く呟き、壁に触れる。そして燭台に目をやると、エリスが何か気づいたように口を開く。


「この燭台、旧王家のものよ。ほら、王家の紋章が掘られてる」


エリスが一つの燭台を指差す。近寄って見れば、その正面には、二羽の大きな鳥が宝石を守るように翼を広げる紋が彫り込まれていた。

それは墓所の掠れたレリーフとも一致している。


「ってことは、ここは王家に関係した……何か、か」

「ええ。少なくとも一般には知られていない場所ね」

エリスの声が低く響き、空間の静けさがそれを際立たせた。


「この先は何があるかわからない。念のため、準備をしておけ」

ブロウが周囲を警戒するように目を走らせながら言うと、腰に差した長剣へと静かに手を添える。

エリスも懐から銃を取り出し、手際よく装填を確認した。レイは無言で短剣を握り直し、呼吸を整える。


四人は言葉少なに歩を進める。燭台の灯りが背後に遠ざかり、足音と心音だけが耳に残った。

突き当たりに差し掛かると、道は左右に分かれていた。どちらも同じように燭台の火が灯り、先は見えない。


「どうする?」


レイが問いかけると、ブロウはじっと両方の通路を見比べる。

数秒、あるいは数十秒の沈黙の後、彼は左手を軽く上げて合図を送った。


左の通路へと進むと、やがて曲がり角を抜け、いくつかの木の扉が並ぶ区画へと出た。

その扉は等間隔に置かれており、整然とした印象を受ける。


4人は目を見合わせると、まず一番手前の扉を開いた。

きぃ、とわずかな音を立てて開いた先には、約30平米ほどの部屋が現れる。部屋の中央には4台のベッドが等間隔に並べられ、室内は無駄のない整然とした造りだった。だが、不思議と生活の痕跡がない。


「……ベッド?」

エリスが声を潜める。


4人は慎重に部屋の中へ足を踏み入れ、それぞれの視線がベッドへと向かう。


「古くないな。使われた形跡もないが……地下にしては妙に整っている」


ブロウが一台のマットレスに手を置き、押し込む。予想外にしっかりとした弾力が指先に返ってきた。


「整備されてるってことか……?」

レイが眉をひそめる。


「なんなのかしら……こんな場所で」

エリスが周囲を見渡しながら小さく呟いた。


「わからない。だが、先へ進もう。全体を確認してから考える」


ブロウがそう促すと、一同は部屋を出て、隣の扉へと向かう。開けた先は先ほどと同じようなレイアウトの部屋だった。


それからいくつかの部屋を順に開けて確認していく。どれもほぼ同様の造りで、整っているが誰かが生活している形跡は一切なかった。


そして、奥の部屋へ差し掛かろうとしたその時――

「……ん?」


乾いた音がコツンと廊下に響く。まるで小さな硬いものが床に落ちたような音だった。


4人はすぐに顔を見合わせ、音の発生源と思われる扉へと静かに近づく。


ブロウが無言で頷き、レイがゆっくりとドアノブを回す。わずかに開いた隙間から慎重に中を覗き込むと、他と同じ造りのベッドルーム――だが、その一つのベッドに、人影が横たわっているのが見えた。


「……人?!」


エリスが思わず声を上げ、駆け寄る。ベッド脇には片方だけのピンヒールが転がっていた。さきほどの音の正体はそれだったのだろう。


「エリス、大丈夫か?」

ブロウが警戒しつつ声をかける。


「……ええ、大丈夫。おそらく眠っているだけみたい」


ベッドに横たわっていたのは、胸元まで大胆に開いた紫色のワンピースを着た若い女だった。長いまつげと整った顔立ち、首元には数本のネックレス。煌びやかなアクセサリーがその派手さを際立たせていた。


「……この女性、数日前に行方不明の届出が出ていた人物だ」


ブロウが女性の顔を見つめたまま呟く。手元の端末を取り出し、記録を確認していく。


「間違いない。特徴が完全に一致する。やはり、行方不明者はここに……」


そう言いながら、彼が女性に触れようと手を伸ばした瞬間――


「待ってください、ブロウさん!」


レイが鋭く制止の声を上げた。


「その人、紫色のマナをまとってる。しかも……かなり濃い」


ブロウの手が止まる。

エリスとリュカも思わず息を呑み、目を凝らす。


「紫?」


ブロウが怪訝そうに聞き返す。


「ああ。酒場で見た奴らと同じだ。たぶん、幻覚系の魔術にかかってる」


レイが警戒をにじませた声で答える。


「紫……?こっちからは見えないけど――確かに、マナ反応は出てるね」


リュカが手元のデバイスを確認しながら頷く。けれど、どこか不思議そうな表情のまま、レイに目を向けた。


「ねぇレイ、“色が見える”って、どういう意味?」

「いや、どういうって……普通に見えるんだよ。マナって、色があるだろ?」


その言葉に、場の空気がぴたりと止まる。


「いや、ないわよ」


すぐさまエリスが返す。


「マナは肌で感じるもの。気配として知覚はできるけど、色なんて……視覚で捉えるものじゃない」

「……そうなのか?」


レイの返しに、エリスは少し考えるような顔をすると、指先に火を灯してみせた。淡い橙の炎がふわりと揺れる。


「これも何か見える?」

「ああ。エリスの指の周りに、赤いマナが渦巻いてる。火のマナだな」


レイが当然のように言うと、エリスは目を見開いた。


「……あなた、本当に特異体質なのね」

「レイ、僕も知らなかったよ。なんで今まで言わなかったのさ」


リュカがやや困ったような笑みを浮かべながら尋ねる。


「言われてもな……普通に見えるから。多分、村のみんなも見えてたんじゃないかと思ってた。母さんも、小さい頃そう言ってたし」


ふむ、と唸るようにしてブロウがレイをじっと見つめた。


「レイ、君の出身はどこだ?」

「……ミレナ村です。ただ、もうなくなってしまいましたけど」


その名を聞いた瞬間、ブロウの表情がわずかに変わる。


「……地図から消えた村、か」


彼の目が一瞬、過去の記憶を辿るように遠くを見つめる。空気がどこか重く沈み、一同の間に静かな間が落ちた。

沈黙を破ったのは、再びレイだった。


「とりあえず、魔術は解除しておきます。それにしても、なんでこんな場所に……」


レイが女へと歩み寄り、そっとその肩に手を置く。

その瞬間、女を包んでいた紫色のマナが霧のようにふわりと散り、ゆっくりと空気に溶けて消えていった。


「……っ、ふぅ……」


女が浅く息を吐き、安堵したように眉を緩める。まるで長い夢からようやく目覚めたように。


「行方不明者が見つかった以上、一度本部に連絡を入れる。まだほかにもいるかもしれない」


ブロウが手早くデバイスを取り出し、連絡を取る。

短く交信を終えると、画面を閉じて顔を上げた。


「残りの部屋も確認する。急ごう。私とレイで他の部屋を回る。エリスとリュカはここに残って、女性の様子を診ていてくれ」

「了解」


エリスが即座に頷くと、レイとブロウは足早に部屋を後にした。

通路は静まり返っており、時折、どこからか水音のような滴る音だけが響く。ふたりは慎重に隣室の扉を開きながら、順に確認していった。

最初の部屋には、若い男がひとり。ベッドに横たわり、微かに眉を寄せて眠っている。


「……こいつもだな」


レイが男にそっと手をかざす。触れた瞬間、紫色のマナが煙のようにふわりと舞い上がり、空気に溶けて消えていく。男は微かに息を吐き、目元の緊張が解けていった。

さらに次の部屋。そこには女性がふたり、並んでベッドに横たわっていた。


「……こっちもだ」


同じようにレイがひとりずつマナを解除し、静かに息をつく。


「ここまでで、すでに四人……」


ブロウの声に、レイも黙って頷いた。

その後も調査を進め、さらに男が1人、そして最後の部屋には中年の女性が眠っていた。

計6人。

レイはそれぞれに手をかざして魔術を解き、最後の部屋を後にすると、ブロウとともに元いた部屋へと戻った。

部屋ではエリスが女性に毛布をかけ、リュカが端末を操作して魔術残滓の記録を取っていた。ふたりが戻ると、エリスが顔を上げる。


「どうだった?」

「合計六人。全員ここ数日以内に行方不明届が出されていた者たちだった」


ブロウが淡々と報告する。


「六人も……。でも、一体どうしてここに?」


「理由はわからん。ただ、通路側の部屋はすべて確認済みだ。残るのは反対側の区域だけだな」


「どうします?」リュカが尋ねる。


「可能性は二つだ。ひとつ、すでに犯人は撤退している。もうひとつは……どこかでこちらの動きを窺っている」


ブロウの目が鋭く光る。


「……それなら、これ以上ばらけて動くのは危険ね」


エリスが言うと、ブロウは小さく頷いた。


「ああ。本部に応援は要請してある。おそらく一時間以内には到着するだろう。それまでにこれ以上の犠牲を出すわけにはいかない。行方不明者たちには外傷はない。幸いこの先は行き止まりだった。反対側へ向かうとしても、今すぐ問題になることはないはずだ」


そう言いながらも、彼の目は決して油断していない。


「だが、見つけた者たちをここに放置していくわけにもいかん。私とレイで反対側の通路を確認してくる。……構わないか?」

「俺は大丈夫です」


レイが短く答える。


「うん、僕もここから地下構造を調べておくよ。なにか引っかかる情報があるかもしれないし」


リュカが端末を手に構えながら言った。


「なら、私は入り口を見張っておく。なにかあったらすぐに連絡するわ」


エリスの言葉にブロウは頷き、通路の奥を見やった。


「……行こう、レイ」


こうしてふたりは再び歩き出す。

薄暗く、湿った空気の通路を引き返し、今度は反対側、未だ足を踏み入れていない区域へと、慎重に進んでいった。

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