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「終わったーー!」
時計の針が下りのピークも迎えようとする頃、リュカがそう声をあげて大きく伸びをする。
一通りの現場検証が終わり、保安官やレイやエリスが現場の片付けを行い始めていた頃であった。
「うん、絞れたよ。大聖堂近くの周囲がこの魔術紋と近いセキュリティがかけられているところがいくつかあった。全く同じではないけど……、そうだね絞って調査するにはかなりいい線だと思うよ」
リュカが操作していた都市マップの中にいくつかの赤い点滅が見える。
そのどれもが大聖堂があるエリアに集合して表示されているのが見て取れた。
「この辺りは……」
ブロウが地図を見ながら目つきを鋭くさせた。
「ブロウさん?」
エリスがそう声をかけると、ブロウはゆっくりと目を細めたまま地図から視線を離さずに答えた。
「……見覚えがある。ここだ」
彼の指先が、点滅する赤い印のひとつを示す。大聖堂の裏手に広がる区域。
ブロウの視線が、地図に記された墓地の一点を射抜くように注がれる。その目の奥に、一瞬、過去の色が差した。
──雨の日だった。
その時も、この墓地を訪れていた。昼間、しとしとと降る雨に濡れた古びた墓石の間を、ナディと二人で静かに歩いていた。
【ねえ、ブロウ。この辺、妙にマナの流れが読めないと思わない?】
そう言って、ナディが墓標に手を当てた瞬間、彼女の眉が微かに動いたのを覚えている。
あの時、何かに気づいたようだった。けれど、ナディはそれ以上多くを語らなかった。ただ、墓標に指先で魔術式の一部をなぞりながら、
【……なんでもない。ただの勘よ】
と微笑んだ。その笑顔の裏にあるものを、今になってようやく思い知る。
あの夜を最後に、ナディの姿は消えた。
「そこは?」
レイが問いかけると、ブロウはハッとさせて、息を吐いてから言葉を続けた。
「大聖堂裏手の古い集合墓地だ。前にお前達とも大聖堂の広場で会っただろう?あの時もこの辺りを調査していた」
「何かあるんですか?」
「……そうだな。古い墓地しかない場所で、ほとんど人気もない場所だ。教会のシスターが昔の王家への祈りを捧げる時ぐらいしか人も来ないだろう」
ただ、とブロウは続ける。
「ここ一年の行方不明者がどうにも大聖堂がある周辺で最後の目撃情報が発見されていることが多い。あの辺りは厳粛な教徒しか住んでいないエリアであることに加えて、エリアの自治会が夜警を普段から行ってることもあって夜でも人目がある。その中で一目のない場所となるとあの辺りぐらいしかないんだ」
「怪しさ満載だね」
リュカがそう答えるとブロウがああ、とつぶやく。
「何度か訪れたが、目立った建物もなければ、何かを隠すような場所はないな。それこそ墓の中を荒らすようなことをしなければな」
「それがさ、不思議なんだ」
リュカがこぼす。
「ちょうどこの一帯、マナが反射されるというか。入り込めないようになっていて」
「どういうことだ?」
「それこそさっきブロウさんが言ったように、お墓の中が見えないんだよ。普通は地下までもある程度マナが入り込める場所なら視えるんだけど、ここは視えなくなってる。……ほら見て」
そういってリュカが指を動かすと、宙に浮かぶ地図が徐々に層を成して広がっていく。
建物の輪郭が透け、地下の構造が線のように現れる中、その一角だけが不自然に黒く、ただ何もないというよりも、“意図的に塗り潰された”ようにすら見える。
「まぁ、大聖堂の地下は機密もあったり侵入ルートもあるから隠してるだろうけど。あとは普通は地下水の流れとか、そういったのが見えるんだけど。不自然に何もないね」
「なるほどな。ただ地下に入るような入り口は辺りにはなかった」
ブロウが思い返すようにそう返すが、エリスがふうと何かを思い出したように小さく指を鳴らし、顔をあげた。
「それこそ昔の王族の墓とかだったら、ちょっとした家くらいの規模はあるんじゃないでしょうか。地下に続く道があっても全然おかしくない」
「そういうことか……。ただ墓の中に入るには教会が許すかどうか、だな」
ブロウがそう呟くと、レイが声をあける
「入れるかどうかは置いといて、一度行ってみよう」
「レイ?」
「どちらにせよ、手がかりはないんだし、俺たちもターゲットにも逃げられている。何か手がかりがあるならそれを探さないとどうにもならない」
その言葉に、ブロウの目が僅かに細められる。だが、それは拒絶の色ではなかった。
「……君は、言葉に迷いがないな。まるで彼女みたいだ」
その言葉を吐いたブロウの視線は、過去の記憶の奥底を探るように、わずかに揺れていた。
かすかな懐かしさと、胸の奥を突くような痛みが混ざった声だった。
「夜明け前には現場に向かう。同行してもらって構わないか?」
「もちろんです」
レイがうなずくと、エリスも無言で頷き、リュカが苦笑交じりに肩をすくめた。
「結局、徹夜コースだね。まあ、いいさ。興味もあるし、こっちも気になることがある」
リュカがニッと笑うと、少し空気が緩んだかのようになった。
そして自然とあくびが漏れる。
「さすがにちょっと眠たいね」
「なら、何か買ってくるよちょっと離れてくる」
レイがそう言って数分後、手に4本の缶をぶら下げて戻ってきた。
「近くの補給ステーション、まだ動いてた。こんな時間でも稼働してるのはリセルはありがたいな」
渡された缶は、薄い銀色の表面に冷気がうっすらと残っていた。
「意外と気が利くじゃん。こういうとこだけは」
「“だけ”は余計だって」
軽口を叩き合いながら、しばし静かな時間が流れる。ブロウも黙ったまま手元の端末をいじっているが、その指の動きはどこか緩やかで、普段よりもわずかに柔らかい。
缶の中身が空気と混ざる音、夜明け前の静けさ。すべてが、嵐の前のような穏やかな緊張感に包まれていた。
ブロウは静かに目を伏せ、帽子のつばを直した。