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9

男の雷が、闇にまぎれて鋭く空を裂く。

倉庫街に響くのは、閃光が空気を焼く音と、鋼がぶつかり合う乾いた衝突音。

普段はひっそりと静まり返るこの一角も、今は糸が張り詰めるような緊張した空気と荒々しい音だけが響いていた。


レイは低く身を落とし、一気に距離を詰める。

振りかざした短刀が男の喉元を狙うも、男は寸前のところでかわし、空を切った。


「チッ……!」


レイは思わず舌打ちを鳴らし、更に短刀をかざす。

途中足を振り上げ蹴りをいれようとするがそれすらも回避され、レイの得意の体術が決まる気配がない。

男は無駄な動き一つなく体をずらし、攻撃をいなす。

表情は無機質なまま、鋭く冷たい眼差しだけがレイを捉えて離さない。


短刀とナイフが交差するたび、白熱した火花が散る。

金属のきしみが周囲の建物に反響し、緊張の音を刻む。

レイは攻め続けるが、男の動きには焦りがない。むしろ――余裕さえ感じられた。


「お前たちの目的はなんだ!」


レイの声が響く。だが、男は答えない。ただ、わずかに目を細めた。


その瞬間、エリスが倉庫の側面から飛び出す。

構えた銃口が閃き、炎の魔術を圧縮して光線を撃ち出した。

灼熱の光線が空気を焼きながら、一直線に男を貫かんと迫る。

だが男は先ほどと同じようにナイフを掲げ、その刃で光線を斬り払った。

炎の弾道が逸れ、背後の床を黒く焦がす。信じ難い反応速度と技術。

エリスは思わず唇を噛み締め、打開策を考える。

目の前の男は明らかに自分達よりも実力が高い。身体能力、魔術の取り扱い、どれを取っても一級だった。

それこそ1課に所属するブロウにも匹敵するような実力者だった。


次の瞬間、男の掌から奔る雷。

蛇のようにうねるその光が、エリスを狙い差し迫る。咄嗟に炎壁を展開し、火と雷がぶつかり、炸裂音とともに白煙が広がった。


視界が歪むほどの熱気。

その中を男が跳び込む。今度は標的をエリスに変え、沈黙のまま殺意を滲ませる。


「来るっ……!」


エリスは火柱を立て、応戦するが男は地を滑るように回避し、すれ違いざま肩口をかすめる雷を放つ。

エリスは苦痛に顔を歪め、さらに男と距離を取るために後ろへ後ずさった。

その瞬間、レイが白煙の中から現れ短刀を振りかざす。


「お前の相手は、こっちだ!」


レイが背後から跳びかかり、短刀を振り抜く。

だが男は一切振り返らず、半身を捻ってその斬撃をかわす。

逆に、男のナイフがレイの懐へと突き出された。

本能的に身を引いたレイだが、頬に一筋、熱をともなう切り傷が走る。


「くそ、やっぱり、こいつ……只者じゃない……!」


刃を構え直しながらレイは息を整える。

男は距離を詰め、再びナイフを構えたまま、じっとレイを見据えていた。


そして、ようやく口を開く。


「お前は一体、何だ」


声は低く、音に溶けるように響いた。


「何だ、って何だよ……」


「魔を殺す器。……もう実在するかも定かではなかったが――まさか、目の前にいるとはな」


「魔を殺す器……?」


レイは眉をひそめる。その言葉に聞き覚えはなかった。

けれど、心のどこかがざわついた。


(俺の体質……魔術を拒むこの力のことか?)


気づいた時にはそうだった。

けれど“器”と呼ばれるような、何か意味があるものだったのか?

マナを扱えないのなら子どもも同じだ。どちらかと言うと、普段の生活の中で魔術の恩恵を受けられないことが多く不便なことの方が多かった。

男はナイフをゆっくりと下ろし、なおもレイを見つめていた。


レイの頭の中にはこの場をどう切り抜けて男を確保するか。

そして黒衣の下で揺れる自分の左手首にあるブレスレットと同じ緑の宝石。

ーーあれは同じ物だ。

レイの記憶の中にあの日自分にこの宝石を預けた黒髪の少年の姿が蘇る。


「魔を殺す器が何なのかは知らない。ただお前に聞きたいことがある」


そうレイが声をかけるとレイは左腕の袖をめくり手首にレイを守るようにキラリと輝く青い紐に通された緑の宝石をかかげる。


「お前の首元にあるそのネックレス、それはこれと同じものか」


レイがそう尋ねた瞬間、レイは自分の声色に驚いた。

思わず心の奥が揺れる。 あの夜の記憶――燃えさかる村、袋の中に入った緑の宝石。

言葉が少し震え、喉の奥が焼け付くような感覚が走る。


――まさか、こいつが?


それに、黒衣の男は無言のまま、何かを――いや、“誰か”を――思い出すようにレイを見つめていた。

レイが手首を男に見せつけると、その瞬間男の表情が驚きか、少し目を見開いたような表情となる。

ただ、それはほんの一瞬で、すぐに場に静寂が訪れる。


「ゼオン」


さらに、そうレイが呟き、さらに男に問う。


「ゼオンってやつは知らないか」


男は動かない。

ただ、一言しばらくの間が空いてから答える。


「……知らないな」


再び場に訪れる静寂。

ただ、不思議なことに先ほどまで男より感じていた殺気のようなものは感じなくなっていた。

どちらともなく攻撃の機会を見失い、見合うこと数秒。

次に動いたのは男だった。

男の掌より雷がうごめき、辺りへ閃光がきらめく。

眩く光その閃光は、周辺を照らし、レイとエリスは思わず目を背ける。

そしてその後、男がいた場所を見るとそこには男の人影は消えていた。


「消えた……?」


エリスがそう零すと辺りを警戒するかのようにレイへと近づく。

雷鳴の残響が空に消えていった。

レイはその場に立ち尽くしていた。右手にはまだ男のナイフによって傷ついた痕が、かすかに疼いている。


「……行った、のか」


小さく呟いた声が、自分でも空々しく感じた。

男が最後に見せた視線。その奥にあった“感情”の輪郭が、頭から離れない。


――何かを知っている。

――自分を知っている。


そう確信めいたものがあった。

だけど、それは懐かしさでも、安心でもなかった。ただ、酷く胸を締めつけるような、痛みだった。

影の住人(シェイド)――その言葉の重みが、また一つ、違う意味を持ち始めていた。



瓦礫の残る倉庫街に、ようやく静寂が戻っていた。

先ほどまでの激しい魔力の衝突が嘘のように、辺りはどこか不自然なまでに静かで、遠くで鉄パイプが風に揺れる音だけが響いている。

その沈黙の中で、エリスがふとレイに目を向けた。


「レイ、そのブレスレットって」


声は慎重に、ただどこか優しさを含んだ声でエリスが尋ねる。

レイが一瞬、手元を見る。

戦闘の間、何度も風に晒されたブレスレットが、月明かりに鈍く輝いていた。


「ああ……」


レイは短く、息をつき、腰の短刀を鞘に納めた。

そして、指先で宝石の部分をそっとなぞる。


「俺が村にいた時に最後に渡されたものだ。……俺を助けてくれた友人から」


言葉は自然とそう続いた。

ふと、あの静かな村の憧憬が脳裏を過ぎる。

木漏れ日、土の香り、共に遊び森を駆け抜けたあの日を。


「同じものを──あの男も持っていた」


その言葉に、エリスの瞳がわずかに細められる。


「それって……何かのマジックアイテム?」


問いかける声には、鋭さと配慮の両方が込められていた。


「いや。特に何もない。ただの装飾品だよ。……俺にとっては、お守りみたいなもんだ」


そう言いながら、宝石の冷たい感触に意識を預ける。

鼓動が静まり、けれど胸の奥は妙にざわついていた。

そのとき、左耳に挿したイヤホンから、リュカの声が届いた。


『二人とも大丈夫?マナの残滓が完全に消えてる。追跡が難しそうだ』


エリスも宙にデバイスを表示させ、スクリーンに映る情報を一瞥する。

先ほどまで確認された霧のように散っていたマナの残滓の跡が今や完全に消失していた。


「やっぱり……私たち、誘い込まれていたのね」

『そういうことだね。ただ……あの男、かなりの実力者だったみたいだ』

「ええ。多分ブロウさんでも敵うかどうか、怪しわ」


ふと浮かんだのは、1課に所属する赤髪の男を思い浮かべ、エリスがため息を漏らす。


『状況を整理するから一度1課と合流してもらえるかな。おそらく事情聴取も済んでるはずだから何か今回の件に関する手がかりがあるかもしれない。僕もそっちへ向かうよ』

「了解。じゃあ後でね」


デバイスからの通信が消えると、辺りは再び静けさを取り戻した。

エリスは一歩進むと、まだ辺りを警戒するかのように周辺を見渡す。

その慎重な様子が、どこか頼もしくもあった。


「レイ、戻るわよ」


その声にレイは微かに頷く。

だがその目は、まだ何かを探していた。ーーーいや、誰かを。

レイの視線は、先ほど黒衣の男が立っていた場所を彷徨う。

空っぽの闇、そして消えた気配。

あの男が去った痕跡は、もうどこにも残っていなかった。


「……ああ」


レイはそう低く零すと、レイはゆっくりとエリスの後を追った。

静かにーーけれど確かに、何かが胸の奥で揺れていた。


ーーーーーーーーーー



そうして二人が倉庫街を後にした後、倉庫街にある雑居ビルのある窓から二人を見ている影があった。


ーーこれも因果か。


黒衣の男が首元のネックレスを触れながらそう一人こぼす。

二人が倉庫街を後にしたその足音が、男の耳に静かに響く。

彼らが消えていく方向を見送りながら、男は微かに首を傾けた。


彼の瞳に映るのは、緑の宝石。


ーーレイ


心の中で呟く声に、深い憂いが滲む。

かつて自分が歩んできた道、そして、12年前のあの夜の記憶が重なる。

あの夜、あの瞬間の感覚が、胸の奥で痛みとなって広がる。

冷たい風が吹き、途切れた時間が流れ出す。


あの頃から何も変わっていないように思えた。

変わったのはただ、時間が経過したこと、別の立場に立っていることだけだった。


あれからもう、どれだけの歳月が経っただろう。


その思いに、男は短く息を吐き出した。

倉庫街から二人が去るのを見送ると、男もまた倉庫街の闇の中へと消えていくのだった。


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