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ヤポーニャ大君国

作者: flat face

日本が帝政ロシアに併合されていたらという歴史改変SFの設定集です。


  歴史


 西暦1868年、「鳥羽・伏見の戦い」で旧幕府軍が新政府軍に勝利した。これにより日和見の諸藩が旧幕府の側に付き、新政府との内戦である戊辰戦争は泥沼化した。長引く戦乱に国土は荒廃し、人民も疲弊して旧幕府と新政府を両方とも拒否するようになった。

 そこにロシア軍が蝦夷地から南下してきた。日本国が内乱に明け暮れている間に、ロシア帝国は蝦夷地を極東ロシアに組み込んでいた。ロシア軍は旧幕府軍と新政府軍の双方を撃破し、日本の国土を占領した。

 ロシアは日本を併合し、列強はそれを黙認した。戊辰戦争がまだ終わっていなかった1870年、普仏戦争でプロイセン軍がフランス軍が敗北し、ドイツは統一を果たせなかった。フランス帝国はオーストリア帝国と手を結び、東西から干渉してドイツが分裂したままでいるよう仕向けた。

 フランスは仏墺の友好を維持するため、オーストリアがバルカン半島に進出するのを支持した。それと引き換えにロシアが極東へ進出するのに同意した。大英帝国もプロイセン王国を降したフランスと、アフリカ大陸や太平洋で植民地の争奪戦を繰り広げるのに忙しく、中東や英領インドを脅かさないのなら、ロシアが南下しても良かった。

 アメリカ合衆国も南北戦争からの復興で慌ただしく、日本に構っていられなかった。ロシアの支配は日本の人民も受け入れた。それはロシア軍が日本に平和をもたらしただけではなく、その統治も開明的だったからだ。

 ロシアは列強から自国を文明国として認められるため、スウェーデン王国から割譲させたフィンランドにフィンランド大公国を建国し、立憲君主制を導入して大幅な自治を許した。それ故にフィンランド大公国は「ロシアの民主主義のショーウィンドー」とも呼ばれた。そのような西のフィンランドに対し、ロシアは東の日本を不凍港の不沈艦としてだけではなく、「ロシアの文明開化のショーウィンドー」としても利用した。

 日本人の文明化に成功すれば、それをなしたロシアが文明国であるのは疑いなかった。ロシアはそのためにアジア博物館やカザン大学の東洋学者たちも動員し、日本に最適な植民地統治を立案させた。こうしてヤポーニャ大君国が日本に建国された。

 ヤポーニャ大君国はロシア皇帝がヤポーニャ大君を兼ね、ヤポーニャ総督が「天下の副将軍」として実際に統治した。フィンランド大公国でもロシア皇帝がフィンランド大公を兼ねていた。ヤポーニャ大君は維新のため、天皇から大政を一時的に委任されたという建前を取った。

 今上天皇たる明治天皇はロシア軍に保護されており、ロシア人は天孫を案内した猿田彦の神裔で、ロシア正教は邪宗門のキリシタンと異なる聖徳太子の仏教とされた。聖徳太子はローマ帝国こと大秦国からやってきた秦氏を保護し、彼らの信仰していた原始キリスト教を正統なる仏教の一派と認め、ロシア正教など東方正教はその嫡流と主張された。

 神仏分離は行われていなかったので、神仏習合は残されており、正統な仏教とされたロシア正教の国家が神国を統治するのに表向き反発は起きなかった。日本人は自尊心を保ったまま植民地支配を納得させてくれるその理屈に飛び付き、ヤポーニャ総督府も文明化の恩恵で人民の支持に応えた。ある程度は地位を保証された公家や武家もヤポーニャ大君国を受け入れ、ロシアの支配に反対するのは社会主義者か国粋主義者くらいだった。



  地理


 ヤポーニャ大君国はヴォストークグラードが首都と定められた。江戸から改称されたヴォストークグラードは「東の街」を意味し、東京と和訳されてもいる。ヤポーニャ総督府の庁舎はヴォストークグラードに建設された。

 天皇も政治利用されぬよう京からヴォストークグラードへと転居させられ、ヤポーニャ総督府の監督下に置かれた。ヤポーニャ総督府に明け渡された江戸城が皇居になった。廃藩置県で藩は県に統廃合され、大名は公家ともどもヴォストークグラードに居住させられた。

 本州・四国・九州がヤポーニャ大君国の領土とされた。松前藩が進出していた蝦夷地は極東ロシアに組み込まれ、小笠原諸島はアメリカ合衆国の準州たるボニン諸島とされた。薩摩藩が隷属させていた琉球王国は、漢民族に占領されて琉球省となった。

 大清国はチベットがイギリスの、東トルキスタンがロシアの保護国となり、漢民族が中華帝国を独立させ、満洲とモンゴルを支配するだけとなっていた。それぞれ中国はイギリスに、清はロシアによって支援された。李氏朝鮮は大韓帝国として独立した。



  政治


 ヤポーニャ総督府は日本人に独自の議会と政府を有することを認め、議政院の上院と下院が立法権を、公府が行政権を持つ。上院は公家と藩主、下院は藩士と庶民で構成されている。議院内閣制が採用されており、公府の長である内閣総理大臣は議政院の指名に基づいてヤポーニャ大君が任命する。

 立憲君主制を取っており、天皇は象徴とされ、元首はヤポーニャ大君が務める。大幅な自治が許されていたが、植民地であることに変わりはなく、ヤポーニャ総督府による間接統治も行われている。ヤポーニャ総督府の指示や命令は公府を通して実施される。

 ヤポーニャ総督府はロシアの海軍省が管轄しており、ヤポーニャ総督はロシア海軍の将校から選任された。ロシア人の官僚は左遷された開明派が多く、本国では不可能な改革を実行している。総督府の統治は完全な王政復古が目的の暫定的な措置として正当化され、漸進的に大政奉還がなされるとされた。



  経済


 ロシアが環太平洋地域と交易するため、海運業が発展している。それに伴って造船業も発達し、日本の生糸や綿糸、茶、米、水産物、石炭、銅などが輸出されてもいる。ロシアやフランスの資本が投入されたこともあり、日本は戦災から復興したばかりか産業革命を迎えた。

 ヤポーニャ総督府は鉄道を敷設し、観光業にも力を入れ、外国人の観光客を誘致した。それはロシアが日本をどれだけ文明化したかを宣伝するためでもあった。客寄せのために寺社仏閣や日本庭園は手厚く保護された。

 通貨はロシア・ルーブルと日本円が流通している。円の紙幣には坂上田村麻呂や三善清行のような渡来系の偉人が描かれている。紙幣は和紙の原料や技法が使われており、ヤポーニャ総督府は伝統工芸も熱心に支援した。



  外交


 ヤポーニャ大君国の外交権はロシアに委ねられている。ロシアはフランスやオーストリア、南ドイツ、北イタリア、清、韓国などと大陸同盟を結成している。ヤポーニャ大君国もそれに参加している。

 オーストリアはバルカン諸国とも連邦化した。それによってオーストリア・ハンガリー帝国はドナウ連邦へと発展した。統一されなかったドイツはバイエルン中心の南ドイツ連邦とプロイセン中心の北ドイツ連邦に分断された。

 イタリアも南北に分裂したままでいる。それぞれ南部は両シチリア王国が、北部はサルデーニャ王国が中心となっている。リソルジメントはガリバルディがシチリアの征服を成功させられず、カヴールによる連邦構想も失敗し、停滞を来していた。



  軍事


 ヤポーニャ大君国は軍事権もロシアに委ねている。ロシア海軍がヴォストークグラードも含め、主要な港湾都市に進駐している。日本軍も組織されており、専守防衛に徹している。

 日本軍はロシアの軍制を模しており、日本人の将校も宗主国の士官学校に留学するのがエリートの証とされている。そして、ロシアと同様にイギリスや北ドイツなど海洋協商を仮想敵としている。英国は南イタリアやオスマン帝国、ペルシア帝国、アメリカ、中国なども自国の陣営に引き入れている。

 日本軍は大元帥である天皇の軍隊たる皇軍とされた。しかし、統帥権は大将軍であるヤポーニャ大君に委任され、現実には天下の副将軍たるヤポーニャ総督が統帥するとされている。将軍であるヤポーニャ大君に忠義を尽くす武士道が称揚されている。



  宗教


 ヤポーニャ総督府はロシア正教会の庇護下に自治正教会である日本ハリストス正教会を設け、ヴォストークグラードに府主教庁を置いた。しかし、ロシアは日本にロシア正教を強要しなかった。また、初代の府主教たる聖ニコライは神仏習合に好意的だった。

 それゆえ、廃仏毀釈が行われていないこともあり、仏教も神道やキリスト教に余裕があった。仏僧は仏教やキリスト教を根本では同じとする神智学を取り入れた。ヤポーニャ総督府もロシア人のブラヴァツキー夫人によって説かれた神智学を黙認した。

 神職も吉田神道や復古神道がキリスト教を取り入れていたので、オーソドクスと折衷するのに抵抗はなかった。それぞれ中央の皇室は復古神道で、地方の神社は吉田神道で組織された。世俗的な西洋の哲学は儒者が東洋的に翻案し、神儒仏の三教一致にキリスト教が加えられた。


歴史改変SFに幾らかでも興味を抱いてもらえればと思い、偽史の日本を題材にした作品を以下に挙げさせていただきました。


永井豪他『マンガ 禁断の古代史書「古史古伝」』

船堀斉晃「竹内悶書」・「阿頼耶の識」

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