仲間との出会い
猥雑な居酒屋に、喧騒が満ちている。オーダーやレジの音、笑い声や歓声が、ひっきりなしに飛び交う。その隙間から、声を拾うように、園子は上半身をテーブルに傾けた。園子の隣には美理さん、対面にはふたりの女性が座っている。右側のひとりが、声を発した。
「こんばんは、いろはです」
女性は、ツイッターのアカウント名を名乗った。黒髪を背までまっすぐに伸ばし、赤い縁の眼鏡をかけている。決して若くはないが、年齢不詳だ。その横に座っているのは、打って変わって、ギャルとでも形容したいタイプの女性だった。日焼けした肌に、色の抜けた髪が波打っている。しかし、年齢がけっこう行っていた。おそらく、三十代前半くらいだろう。
「堤です。よろしく」
こちらは本名らしき名前を名乗り、園子を戸惑わせた。双方、美理さんのツイッターの相互フォロワーで、恒星ファンであるらしかった。
「青山です。よろしくお願いします」
自己紹介した途端、美理さんと堤さんが、素早くアイコンタクトを交わすのが、園子にもわかった。意味ありげな微笑で堤さんが笑い、
「なんだか、ピュアな子だね」
と言った。
年齢も雰囲気もバラバラな四人が、こうして顔を突き合わせているのは、奇妙な光景ではあった。共通項はただひとつ、トウィンクル・リトル・スターのファンだということだ。
「まずは、これ」
美理さんが、レシートと一緒に、一筆箋をいろはさんに渡している。ああ、と頷いて、いろはさんが財布を取り出した。
「今度は何あげるの?」
「まだ、決めてない。いくらあっても、お金が足りないよ。しかもあたし、派遣なのに」
それでも嬉しそうに、いろはさんは笑っている。堤さんの方を見やると、
「あたしは居酒屋で働いてるの」
「ドレス着て、お酒作るのよね」
美理さんが茶化し、それがどういう種類の店であるか、園子にも察しがついた。
「ねね、恒星のどこが好き?」
身を乗り出して、堤さんが訊いてくる。
「性別がわからないくらい、綺麗なところ…?」
園子が答えると、堤さんが怪訝な顔になった。
「え?あんなの、すっごいオスじゃん」
自分の答えも、やや的はずれだった気はする。だが、堤さんの断言に虚を突かれ、園子は目を見開いた。
「ダンスで腰振るところとか、誰よりセクシーだし。妊娠しちゃう!って感じ」
露骨な言い方に、園子が面くらっていると、
「こらこら」
と、美理さんが苦笑した。園子の戸惑いは止まらず、セクシー、とひとりごちる。
「そうだよ」
答えながら、堤さんがニッと笑った。
園子が驚いたのは、堤さんのあけすけな表現でもあったが、それ以上に、そのまなざしだった。女性が、男性を性的に品定めしている。誰がかっこいいとか、優しいとか、そんな話なら、園子もしたことがあった。でも、男の子が「セクシー」であるかどうかなんて、考えてみたことはない。そんな視点があることが、ひどく新鮮に感じられる。
「そういう目で見たことなかった。今度、意識してみます」
正直に園子が言うと、手を叩いて堤さんが笑った。
「飲みな!」
言いながら、メニューを広げてくれる。園子がソフトドリンクのコーナーを見始めると、
「お酒じゃないんだ」
と言いながら、また笑い出した。素直に頷き、園子はいろはさんにも話しかけてみることにした。
「いろはさんは、恒星くんのどういうところが好きなんですか?」
「あたし?」
いろはさんの目も、面白そうに笑っている。
「陰で努力するところかな。恒星くん、バック・ダンサーの中でも、マイクを持つのが遅かったの。でも、歌うようになったら、どんどん上達していった。ダンスもそう、目に見えて上達がわかるの。その成長を見てるうちに、愛しくなっちゃった、って感じかな」
目を細めながら、いろはさんが語った。
それも、園子にはない視点だった。堤さんにもいろはさんにも、共通して言えることは、そのまなざしの優位性だった。アイドルはファンを選べないけれど、ファンはアイドルを選べるのだ。ふたりと恒星の、年齢差のせいもあるのかもしれない。これまで、女性が常に、男性に買われる側だと思ってきた。しかし、ここでは逆転した現象が発生している。
園子が思いを巡らせていると、店員が伝票を片手に立ち止まった。
「お飲み物はお決まりですか?」
という声に、はっとして顔をあげる。美理さんに目で合図され、
「ジンジャーエール!」
周囲のざわめきに負けじと、園子は声を張りあげた。