沼落ち 1
ぴっ、という音と共に、本のバーコードをセンサーが読み取る。レジに合計金額が表示され、園子はそれを読み上げる。手早く本を袋に詰め、上部をセロハンテープで止める。その間に、客がお金をトレイに出す。お金を数え、釣銭を渡すところまでが1サイクルだ。
客足がまばらになった頃を見計らって、美理さんが1冊の雑誌を園子に差し出した。
「社割でお願い」
「はい」
答えてから、雑誌をセンサーにかざす。ぴっ、という音と同時に、
「あっ!」
と、園子は声をあげた。
美理さんのイメージとは違う雑誌だった。カラフルな衣装を着た少年の二人組が、肩を組んで表紙で笑っている。丸みを帯びたフォントで、雑誌のタイトルが描かれている。その少年のひとりに、園子の意識が留まった。
園子と同じ、刈りあげた襟足。切れ長の目、細い鼻筋、それらに対して厚い唇。アイラインは引いておらず、この写真でなら男の子とわかる。それでも、彼は紛れもなく、雑誌の裏表紙を飾っていた、あのモデルだった。
「トゥインクル・リトル・スター、知ってる?」
弾んだ声が、頭上から降ってきた。見ると、美理さんが瞳を輝かせている。頬は上気し、口角はきゅっと上がり、いつもとは別人のようだ。呆気に取られて、園子は訊いた。
「この男の子、そういう名前なんですか?」
「篠原恒星と恩田疾風。二人組のアイドルよ」
早口で、勢い込んで美理さんが答えた。いつも穏やかなアルトの声が、何トーンもあがっている。こんな美理さんは初めてだ。なおも畳みかけるように、園子に尋ねる。
「どっちが好み?」
「え、いえ…別に、好みというわけでは」
焦って、園子はしどろもどろになった。
「でも、興味はあるのよね?」
勢いに押されて、園子は頷いた。満足げに、美理さんが微笑む。
「どっちの子に興味ある?」
「こっち…ですね」
仕方なく、園子はモデルをしていた少年を指さした。
「恒星ね」
嬉し気に、美理さんがひとりごちる。
「よかった!私、同担拒否だから」
「どうたん?」
復唱する園子を尻目に、美理さんがそわそわし始めた。
「青山さん、きょう、何時あがり?」
「8時です。閉店まで」
「よかった、なら一緒ね。帰りに、うちで晩ごはん食べていかない?」
園子は目を見張った。
「美理さんちで…ですか?でも、そんな遅くにお邪魔したら…」
「大丈夫、うち、放任だから。家族全員、生活時間帯が違うの。顔を合わせない日もあるくらいよ」
説き伏せられて、園子の気持ちは揺れ動いた。美理さんには、日頃からお世話になっている。力関係から言っても、ここで断るのが妥当とは思えない。園子は、その場で会釈した。
「じゃあ、お邪魔します」
「そうこなくっちゃ」
美理さんが上機嫌で、園子の肩をぽんと叩いた。