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剣と鏡

 このムラを大きくするのを手伝ってくれるなら、あなたの気にいる仕事をさせてあげられるのだけど。


 気の進まないながらも長い黒髪に櫛を通しつつ、先程言われた言葉を思い返している。絹糸のような細い髪は、自分のタコのできた荒々しい手とあまりに不釣り合いだった。


「確かに、このムラは思ったよりは悪くない。広い平地で田を作りやすいが、一方で川に海に湖に、ほとんど四方を水に囲まれているから外から攻めるとすれば難しい。港としても使いやすい、良い立地だ。交易にしても翡翠の産地が近いし、染め物も中々珍しい色のものがあるから他所からは喜ばれるだろう。小さいが、豊かなムラではあるな」


 コウが考えながら静かに切り出すのを、背を向けた巫女は何も言わずに聞いている。


「だが、このムラに金属(カネ) の剣はあるか?鏡や、銅鐸は?」


 小さな頭がふるふると振られ髪が揺れた。肩から落ちた一房を手に取り、目の荒い櫛を通していく。


「西の国々には山ほどある。外つ国には、もっとだ。もう、このムラとは別の世界だぞ。今更何かしたところで追いつけるものじゃない」


「それがなんなの。鏡や銅鐸がどんなものかは聞いて知ってる。神が宿るものなんでしょう。でも、別にこのムラにも神様はいらっしゃるわ。他に使い道がないなら、要らないと思うの。剣だけは、戦いで使えるから欲しいけれど。だから剣だけ、このムラでも作れるようになれば良いだけじゃない?」


 半ば振り向いた顔が不満げに言った。賢い童も流石にこんな田舎にいれば、その辺りの事情は知らないか。コウはどう話したものかと少し考える。説明が長くなるから、わざわざ話したくなかったのだ。


「剣を作る、か。そうだな、まず、海人が銅や鉄の剣を持ってきたことはあるか?割れていない鏡や、銅鐸でも良いが」


 白い顔は何か言いたげだが、言い返してこないということはないのだろう。前を向け、と声をかけ、また別の一房に櫛を通す。


「ないだろう。ある筈がない。斧や鍬なんかとは違って、あれは権威を示す物だ。外つ国の王が専用の工房で作らせ、どこにどう配布するかまで管理する。だから、外つ国でも市に出回らないし、一般の住人の手にもそうそう入らない。海人が仕入れる先は大抵そのどちらかだから、商品になることがないんだ」


 一度言葉を切った。この童はどこまで知っているだろうか。


「そもそも、(アカガネ)(クロガネ) の道具をどうやって作るかも、知らないか」


 首を振られた。少しだけ迷ったが、別にこんな場所で製法を多少話したところで捕まえに来る人間がいる筈もない。


「このムラでも、翡翠を他所から仕入れた後に加工して勾玉にするだろう。同じように、外つ国には銅や鉄の元が獲れる場所がある。見た目は、石みたいなものだな。それを…大雑把に言えば、土器を焼く時のように火を使って焼く。甕に入れてな。そうすると、石が溶けて水のようになる。その水を型に入れて…型はわかるか」


 また首を振られた。生意気な童が真剣に聞き入っているのが少しおかしい。持っていた櫛をその目の前に差し出した。


「想像してみろ。土器を作る時に、粘土にこの櫛を押し付ける。すると、この形の窪みができるな。その粘土を焼けば窪みの形を残したまま硬くなる。それが型だ。もしその窪みに水を入れて、そのまま氷になったらどうなる? この櫛と同じ形の氷ができるだろう。同じことを、溶けて水のようになった金属(カネ) でやるんだ。冷めたら氷と同じように固まるからな。鏡や銅鐸はそうやって作る。剣や斧なんかなら、型から出したあとは叩くなり研ぐなり…あんたの工房で爺さんがやっていたのと同じだ。そこまでいけば、もうわかるな」


 一つ一つ頷きながら聞く童の瞳が輝いている。


「作り方、それくらいなら…」


「待て。これは簡単に言ったんだ。実際は、かなり難しい。土器を焼く時よりもはるかに火を熱くしないと石は溶けない。火を燃やすための特別な炉を作らないとならないし、燃やし方も…この辺りの技術は、外つ国の秘密なんだ。場合によっては、話すと罪になることもある。西の国でも今のところは真似できていないからな」


「でも、西の国々では剣を作ってると聞いたわ」


「そうだ。それは、さっき言った難しい秘密の部分というのが石から溶かす部分のことだけだからだ。つまりな、外つ国の工房で、まず金属の石を溶かす。そしてそれをいきなり剣の型に流し込むのではなく、もっと単純な形の型に入れ、適当な大きさの塊に固める。延べ棒、というものだな」


 実物も見たことがない人間に通じるか不安だが、とりあえずは続ける。


「その延べ棒を西の国々は外つ国まで行って手に入れるんだ。最初の石から溶かすのは難しいが、一度溶かして塊になったものをもう一度溶かすのはそこまで難しくはないからな。入手してきた延べ棒を自分達の炉で溶かして加工するというやり方で、奴国や他の西の国は金属の剣や他の道具を作っている」


 ミトヤにとっては初めて聞くような話ばかりで難しいのだろう、顎に指をあてて考えてこんでいる。だがやはり飲み込みは早いようで、問うてきた内容は要点をついていた。


「じゃあ、私たちも外つ国まで船で行って、その延べ棒を買えば良いのかしら?」


 髪を梳かしてもらうことよりもうすっかり話に夢中になっている。あぐらをかいた膝に乗り上げるようにして勢いこむ童を手で制しながら教えてやる。


「加工後の剣や鏡と同じで、延べ棒も王が管理している。市には出回らない」


「それならどうやって西の国は手に入れているの?」


 もっともな疑問だ。頭が良い相手だから、話が進むのが早い。童に昔話の結末を語ってやるような調子で、続きを言った。


「そこで主様がいらないと言った、鏡の出番だ」


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