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ウィッチ・オブ・アクア  作者: 夢前 美蕾
第1章 魔法学校1年生編
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第7話 叶わない誓い、でも未来Ⅰ

 原初にして唯一無二の水の魔女、ベルドール・エーレンドの出現を機に、国民のおよそ五割が魔法の力に覚醒した新興国、ディロアマ。

 その首都ワズランドにある魔法学校に、この度新たな魔女見習いが二人入学することとなった。

「大切な友達が傍にいれば、どこに行ってもそこが私の……私たちの居場所だから」

 氷使いのイリーナ・マーヴェリと、その幼馴染で炎使いのミシェル・メルダ。一流の魔法使いになることを夢見て、二人はまだまだ不慣れな魔法学校の生活に身を投じる。

 そして、そんなイリーナたちの前に新たな同級生が現れた。

「クリス・サキュラだよ。君たちと同じ属性科に所属する一年生にして、世界最強の魔女になるべき生徒だ」

 雷の魔女見習い、クリス。イリーナたちと同じ目標を抱えながらも、研究者という立場から人との関わりにはどこが分厚い壁のある変人だった。

 けれど、二人と関わった彼女の心は次第に解けて優しくなっていく。

「あと、それとだな。こんな時に言うのは無粋かもしれないが……ボクも君たちの仲間に入れてはくれないだろうか」

 ぎこちなくゆっくり伸ばされた手を、イリーナは笑顔でぎゅっと握った。

「もちろんだよ。これからもよろしくね、クリスっ!」

 ディロアマで暗躍する呪術師を倒し、最強の魔女になるための道はまだまだ遠く険しい。

 それでも夢を叶えるために、今日も魔女見習いの三人は戦い続ける。


「こんばんは、こちらご注文の品物になります」

 レストランの裏口にあるドアがトントンと叩かれ、開けると荷物を持った配達員の男性が笑顔で待っていた。

「ああ、いつもご苦労様です」

「これがお仕事ですから。確認のサインはこちらに……」

 受取が完了すると、一礼をして男性は足早に立ち去る。

 空になった馬車の荷台を一瞥した。今日の仕事はここまで、詰所に戻って明日に備えなければいけない。

「はぁ……どうしてこんなことを」

 ボロボロになった手綱を見ると、ふと自分がどうしてこの仕事をしているのかが分からなくなってくる。

 先程のレストランも、そしてこの街の家々も、みんな暖かくて、自分とは産まれた所から違うような輝きを放っていた。

「リカルド……」

 いけない、嫌なことを思い出しそうになってしまった。

 指示を待つ馬を動かし、夜の街を駆け抜けようと思っていた矢先、隣から少年の声が聞こえてきた。

「エリート目指して転落人生か、見るからにだっせえ男」

 一瞬、相手の姿が分からなかった。馬車から下りて声の主を探ると、それは男性の背後でせせら笑う。

「……カツアゲか? 金なら無いぞ、とっとと帰れ」

「馬鹿野郎。オメーを助けに来たんだよ、地獄からなァ」

 少年の見た目は十歳前後だろうか。黒い服装に身を包み、手元には怪しげな雰囲気を放つ本が握られていた。

 男性の鋭い視線を背に受け、彼は一枚一枚ページをめくる。

「オメーに眠る憎しみの感情、呪術の力で解放してやるよ」

 やがて少年……グレオはとあるページで指を止めた。

 欲望に飢えた一匹の子豚が三つに分裂し、人々の夢を喰らって成長する絵。その名も、三等分の子豚。

「ん、何だ……?」

 異様な気配を感じて後ろに下がった男性を、本から飛び出してきた怪物の腕がぐっと掴んで離さない。

「オメーみたいなドス黒い感情に塗れたクソみたいな奴は、人間よりも豚の方がお似合いだろぉ?」

「うぐ……ァァァッ!」

 意識が徐々に遠のいていく、平衡感覚を失いながら、男性は言葉にならない叫びを空に上げ続けた、

「生きる希望を、夢を、この俺に寄越せェェッ!」

 恐怖を感じた馬が足を踏み鳴らし、変わりゆく主人を心配そうに見つめる。

次に男性が目覚めると、そこにいたのは……


 始業の鐘で生徒が動き回り、今日も慌ただしい魔法学校での一日が始まる。

「では、本日は魔法の構造論について解説をしていきます。大事な話ですからよく聞くように」

 エルアよりも一回り年上に見えるベテランの女性講師が、何本ものチョークを魔法で宙に浮かせて書き込んでいく。

 まるで、自分の手が三つも四つもあるかのように。

「魔法の核になるのは、一般的にその人の持つイメージではないかと言われています。ただし魔法使いの才があっても、思ったことをそのまま形にすることはできません。そこでイメージを魔法として顕現させるために、皆さんの使う杖が補助ツールとしての役割を果たす、ということですね」

 綺麗に整った、しかしながら一つ一つに力が込められた言葉を生徒たちに伝えていく。

「よし、ちょっと実演してみようか。じゃあエドワード君、何でも良いから君の魔法を一つ見せて下さい」

 先生は小さく微笑みながら、後ろの方に座っていた眼鏡の生徒を指差した。

 エドワードは戸惑いながらも、覚悟を決めて杖を取り出す。

「えっと……アイス・ムルバ!」

 やがて放たれた氷の粒は、ゆっくり弧を描きながら解けるように消えていった。

「ありがとう……どんな感じだった、魔法?」

「はい。いきなりだったので少し……」

 何の魔法を、どのように使って良いかも分からない。思うようにならずに放ち、どこか芯が弱いようにも見えた。

 なら、はっきりと指示を行えばこれがどう変わるのか。

「では同じ氷の……イリーナさん。アイス・ムルバを天井に放って、生徒たちの頭上で小さな雪を降らせて下さい」

「分かりました!」

 名前を呼ばれたイリーナは、最初の頃よりは芯のある声と共に立ち上がった。

「目を閉じて集中して……一筋の光を打ち出して、降り注ぐ映像を頭に思い浮かべてね」

入学してから一ヶ月。初めは慣れなかった魔法の使い方も、ようやく頭で覚えられるようになってきた。

 自分ならきっと大丈夫。隣で心配そうに見つめるミシェルに笑いかけ、そして力を振り絞った。

「みんなに雪を……アイス・ムルバっ!」

 そんなイリーナの想いが込められた雪の結晶はキラキラと教室を瞬き、皆の頭上で綺麗に散っていった。

「おお……!」

「流石ね。まだ入学して一月なのに、お見事ですよ」

 先生だけでなく、先程魔法を放ったエドワードでさえも笑顔で拍手し、やがてその輪が生徒全体に広がる。

 イリーナはほんの少し顔を赤らめ、子供のように無邪気な表情を浮かべる。

「えへへ、ありがとうございます」

 魔法について学ぶのが楽しい。そう思っていると、難しかった授業も次第に眠くならなくなっていった。


「ふふっ、今日のイリーナカッコ良かったよ」

 授業が終わり、肩の力をふっと抜いていると、同じく椅子に座ってリラックスしていたミシェルに話しかけられた。

 どうだろう。前よりできるようになったが、クリスのようにまだはっきりとした目標があるわけでも無い。

「ミシェルが付きっきりで教えてくれたお陰だよ。それに、キャロル先生も優しいしなあ」

 エルア先生は厳し過ぎるよね、と付け加えた。本人が聞いていたらマズいと思い、ふと辺りを見回す。

「確かに、エルア先生ちょっと怖い時あるよね……」

「そうそう。すっごく真面目なんだけど厳しいっていうか」

 同級生たちの赴く先は様々だった。調べ物をするために図書館に行ったり、身体を動かすために外に出たりと。

 イリーナは一休みをするために、寮に戻ると決めている。

「今日はこれから暇、だし……クリスの所にでも遊びに行っちゃおうかな?」

 呆れ顔をしつつも話に付き合ってくれそうな友人の姿を思い浮かべ、二人で並んで歩いていた時だった。

「イリーナさん、それにミシェルさん。こんばんは」

「うっ……こんばんは」

 つい先程まで話の的になっていた先生が、何食わぬ顔で目の前に立ち塞がっていた。

 話しかけづらい。ほんのちょっと、辺りの空気が凍り付く。

「突然のことですみませんが、相談室に来てくれませんか?」

 お伝えしたいことがあります。正直逃げたくもあったが、こう言われては断るのも厳しいように感じられた。

「わ……私たち何かマズいことでも?」

「詳しい事情は後でお伝えします。とにかく部屋へ」

 やってしまった、という表情をミシェルとぶつけ合う。背を向けた彼は言葉に表せない威圧感を放っている。

 せめて理由だけでも教えてくれたらと、イリーナは必死に心の中でエルアの肩を掴んだ。


 狭い相談室に迎えられ、椅子に座り、エルアがドアを閉めるまでの流れは恐ろしい程に無駄が省かれていた。

「すみません、他の部屋はどこも使用中だったもので」

 向こう側に座った彼と、気付かれない程度に視線を逸らす。

「さて……本日お二人をお呼びしたのは、ワズランドで起きている事件の解決に協力して頂きたいからです」

「えっと……事件、ですか?」

 ほっとした安心感と、聞き慣れない言葉への暗雲のような疑問。表情に思わずクエスチョンマークが浮かんでしまう。

 眠気覚ましのためか、エルアは一口コーヒーを啜った。

「難しい任務ではありませんよ。魔法に慣れてきたイリーナさんにとっては、寧ろ能力を伸ばす機会になるかと」

 慣れてきた。その言葉が勘によるものか、しっかり見ていたからなのかははっきりと読めない。

「最近、当学校の卒業生を含め、ワズランドに住む魔法使いが何者かに襲われる被害が相次いでいます」

 新聞の一面がテーブルに広げられる。「魔法使い、またも襲われる」の大見出しが、言葉で表せない恐怖を放っていた。

「被害者は皆、魂が抜け落ちたように日常生活を放棄するようになったと」

「魂が、抜けた?」

「つまり……廃人にされたってことですか?」

 隣から聞こえてきたミシェルの問いに、そうですとエルアが素早く頷く。まだ、あまりピンとは来なかった。

「拒食、不眠、その他生活が困難になる程の症状が多数。病の線は薄く、魔獣の仕業にしても前例がありません」

「それって、もしかして……」

 前例が無い。その言葉が耳に入ると、ぼやけていた映像が徐々に鮮明になってきたような気がした。

 カルミラにも以前現れた、素性の分からない妙な怪物。

「呪術師……より正確には、彼らが使役するストーリアが魔法使いを狙っていると我々は結論付けました」

 どしりと伸し掛かる緊張に、つい表情が険しくなる。

「じゃあ、私たちを呼んだ理由はストーリアの討伐ですか?」

「いえ、討伐のための情報集めですよ。クリスさんと共に被害者のもとへ向かい、敵の能力を明らかにして下さい」

 エルアの仕草にはまだ余裕が残っていた。いや、時にそれは周期的に光を発する無機的なモノにも……

「お二人の呪術師を討伐したいという想いは理解します。だからこそ、これは立派な魔法使いになるための重要なステップだとお考え下さい」

 確かに討伐したいのは本音だった。あの日のミシェルのように戦って、もう自分は守られてばかりじゃないって。

 それでも、これが大事な一歩になるのなら……

「イリーナ、どうする……?」

 敢えて彼女は振り返らなかった。自分の言葉で伝えるために、深く息を吸い込んで目を閉じる。

「分かりました、やらせて下さい」

 断る理由はどこにも無かった。その言葉を待っていたと言わんばかりに、エルアはこちらを見て深く頷く。

「では、詳細は後日追って連絡をします。クリスさんと一緒に準備を進めておくように」

「はい……!」

 想像していたような形では無かったけれど、再び目の前に現れた呪術師への大きな手掛かり。

 絶対に負けない、とイリーナは指に力を込めた。

「お伝えしたかったことは以上になります……それと、話題が逸れますがもう一つ」

 そこで話を締めくくろうとした二人に、エルアは動かず待ったをかけた。

「イリーナさん、貴方の目に映る僕は冷たいですか?」

「あっ! あーっ……」

 すっかり忘れていたことがふと脳裏によみがえり、若干背筋が凍るような感覚を覚えた。

 動かそうとした足をピタリと止め、椅子を戻す。

「全然冷たいとは思ってないです! エルア先生だって、毎日お仕事頑張ってるのにそんな……」

 自分が嫌になるくらいの苦し紛れの言い訳だった。だが、目を瞑っても彼の溜息は聞こえてこない。

「そうですか……いえ、どうでも良いことを聞いて申し訳ありませんね」

「エルア、先生?」

 ほんの一瞬だけ、瞳に悲しみとも諦めとも取れる感情が映し出されたようにも見えた。

 だが幻のように、彼のスイッチはすぐさま切り替わる。

「僕はこれから用事がありますので。お二人も今日はゆっくりお過ごし下さい」

 声色は、既に淡々として無機質なものに戻っていた。


 イリーナたちがいなくなったことを確認すると、エルアは鞄を持って部屋を後にする。

「……少々、働き過ぎなのでは?」

 次のスケジュールを頭の中で復唱していると、廊下の角で聞き慣れた声に呼び止められた。

 先程授業を終わらせた、教師のキャロルが壁に寄り掛かる。

「生徒が動いているのに、先生の僕が動かないわけにはいかないでしょう」

「そういう意味ではない、エルア・ラーナ」

 斜めに落ち始めた太陽の光が彼女を照らし、まるで陰に立つエルアとの壁を指し示しているようにも見える。

「他者を思いやるにはまず自分の身を大切にしなければならない。粉骨砕身の精神は勤勉ではなく……無謀ですよ」

 眉がピクリと一瞬だけ動いた。せめてここに鏡があれば、もう少し元気そうな振る舞いができたはずなのに。

 真っ直ぐに伸びる視線は、波風立てぬ心に揺らぎを生む。

「ははっ……無謀で大いに結構ですよ。無防備に誰かを信じて、馬鹿を見るくらいならね」

「貴方は本当に、それで幸せなの?」

 答えられない。敷かれたレールに乗ってただ動く。もしかすると、自分の軸なんてその程度なのかもしれない。

「僕はもう、無駄な希望を積み上げるのはやめたんですよ」

 でも、それが自分の選んでしまった道だから。

 全てを振り払うエルアの足取りには、後戻りのできない覚悟と悲しみが入り混じっていた。


「なるほど、こいつは意外だなあ」

 日が落ちてみんなが眠る前の、束の間の休息。クリスは依頼の内容を大雑把に耳に入れ、二人の前で腕を組んだ。

「魔法使い襲撃事件のことは把握していた。依頼が来るとは思わなかったが……もしや以前の一件が評価されたか」

「一件って、ウォルバット討伐のこと?」

 先月……クリスと初めて出会った時のこと。イリーナたち三人は洞窟に向かい、魔獣ウォルバットの討伐を行った。

 助けも呼ばず無断で戦い、ミシェルは魔力切れで瀕死。しかしそんな一行を……エルアたち魔法学校の先生たちは賞賛で迎え入れてくれた。

「あの時の反応はボクも予想外だったよ。頭の固い彼等だから、てっきりリスクが云々とケチを付けるのかと」

「あんなギリギリの戦い、何度もしたくはないけどね……」

 当時の光景を思い出したミシェルの額から、一筋の汗が零れ落ちた。

「それが評価されての依頼だ。呪術師との正式な交戦はボクも初めてだが、気を引き締めて行こうじゃないか」

 未だに全貌も、目的すらはっきりと分からない呪術師たち。だが、一つだけイリーナにも分かることがある。

 彼らが人を傷付けるということ。自分たちの、大切な人を。

「うん……絶対にやっつけよう、私たち三人の力で!」

 何も分からなかったあの時の私とは、もう違う。イリーナが軽く腕を振り上げ、向かいのクリスも快く頷いた。

「うーん、でもちょっと不安かも……」

 だがそこで唸り声を上げたのは、意外にも呪術師について最も詳しいはずのミシェルだった。

 どうして、という疑問の混じった視線が一点に集まる。

「まだ得体の知れないストーリアと戦うのは、やっぱり危ないんじゃないかな?」

「大丈夫だよ、私だってちゃんと戦えるし」

 心配し過ぎという軽い笑みと、そんなに甘くないという険しい表情が小さなぶつかり合いを起こしている。

「対策はちゃんと練らないと。戦うにしても、何も考えずに勝てるような相手じゃないよ?」

 優しく諭すような目。イリーナはようやく、彼女の父が呪術師との戦いの果てに亡くなったことを思い出した。

 積み上がる心配は、かつて味わった後悔からなのかも。

「確かに……でも、対策って具体的には何をすれば良いの?」

「そうだね、例えば魔道具の力を借りるとか」

 ふと頭の中に思い浮かんだのは、街で人々が使っていた便利な道具たち。そして、この部屋にも飾られて……

「待てこっちを見るな変な期待をするな。はぁ、今のボクが作れるのはせいぜい日用品ぐらいだぞ」

 そんな目で見ても無駄だ、とクリスはため息をつく。

「戦闘用の魔道具は膨大な量の魔石が必要なのだよ。作るには高い技術力が必須、いざ使うにも安全性の壁がある」

「そうなんだ、じゃあ仕方無いか……」

 一転路頭に迷ってしまった。重苦しい空気を察し、どうにか別の方法は無いかとクリスが頭を捻る。

「……そうだ、ボクの知り合いに大手魔道具店を経営する職人がいるぞ。事情を話せば持て余した物を分けてくれるかもしれない」

 常連の特権ってやつでな、と彼女はにやりと笑った。

「本当!? ありがとう、すっごく助かるよ!」

「じゃあ明日、私たちみんなでその魔道具店に行く?」

 ミシェルは窓の外から夜の街を見渡した。店は徐々に明かりを消し始め、今から出るのは無理があるように見える。

「いや、何なら今から行っても良い。ここの管理は所詮いるだけの存在だから、こっそり出てもバレはしないさ」

 微笑みながら荷物を素早くまとめ始めるクリス。止めるべきか迷い、イリーナたちの動きがふと止まった。

 その時、待ち構えていたように部屋のドアがノックされる。

「……むぅ?」

「おーい、消灯直前はみんなで集まっちゃダメだよ?」

 聞き覚えのある声だった。直後、クリスの表情が先程とは打って変わって渋くなる。

「適当な所に隠れていろ、厄介な奴が来た」

 二人が何か言う前に、彼女は足音を消してドアに向かう。


 開錠音と共に管理係のアセビが見たのは、明かりが消されて静まり返った部屋の中だった。

「すまない、教本の音読をしていてね。うるさかったかな?」

 首を傾げた。はて、確かに話し声がここから聞こえたはず。

「……ああ、それだったら別に良いんだけど。そろそろ消灯の時間だから実験は控えてね、クリスちゃん?」

「分かっているさ。夜遅くまでのお勤め、ご苦労さん」

 爽やかな笑顔を向け、出てきそうになる文句をどうにか抑えながらクリスは手を振った。

「あっ……うん、おやすみなさい」

 凌いだと確信すると、思わず笑顔が零れそうになる。

 何かを呟きながら去っていくアセビを横目に、ドアを閉めると素早く鍵をかけた。

「……予定変更だ、やはり店に行くのは明日にしよう」

 ベッドの下に隠れるイリーナと、クローゼットに縮こまるミシェルにそれぞれ声をかける。

「やっぱり……?」


 翌日、依頼を控えたイリーナたちは魔道具店を訪れた。

「ここが行きつけの店だ。君たちにとっても見覚えのある所だろう?」

「クリスの知り合いって……マルクさんのことだったんだ」

 確か、マルクは街で随一の腕を持った職人だと授業で紹介されていたような気がする。

 不思議と背筋が伸びるイリーナを素通りし、クリスは無遠慮に店の戸を叩く。

「来たぞ閑古鳥……って、本当に誰もいないじゃないか」

「その声はクリスだな。おお、今日はイリーナとミシェルも一緒なのか」

 当の店主はカウンターに腰掛けており、こちらの姿を見ると徐に立ち上がった。

「お久しぶりです、マルクさん」

 杖選びの時はお世話になりました、と改めて一礼をする。

「今日はどうしたんだい、魔道具を探しに?」

「それがね。ボクたち三人でストーリアの偵察を行ってくれ、って学校から頼まれたのさ。ほら、最近ワズランドで魔法使いが襲われているじゃないか」

 どこから説明するか迷っていると、クリスが慣れた口調ですらすらと事情を話してくれた。

「そりゃ大変だな。まだ実戦経験も少ない一年生に……」

 ストーリアの言葉が出てくると、マルクは頭を抱えながら店内を右往左往とする。

「やっぱり、私たちだけじゃ厳しいですか?」

「難しいだろう。言葉を話し、独自のルールで人を襲う奴らは、ある意味理性のある魔獣のようなものだ」

 イリーナの記憶の中で蘇る。怪物の中に人の人格が入ったような、奇怪な雰囲気を放つオオカミ。

 あれがストーリア。もしかすると更に恐ろしいものも……

「事情は分かった。今店にある物で良かったら、好きな魔道具を一つずつ持っていきなさい」

 マルクは覚悟を決めた表情で、腕をぐるりと回した、灯りと太陽が交じり合い、飾られた全ての道具に輝きが広がる。

「えっ……でも、それじゃあこの店が」

「良いのだよ。寧ろ、道具作りの他に何の才も無い私にはこれくらいしかできない」

 申し訳無さで溢れた感情は、それよりも大きな感情の波によって押し切られる。

 今の彼を満たしているのは、他ならぬ後悔の念だった。

「私の店を訪れたお客さんは多くの場所へと旅立っていった。成功を収めた者だけではない。負けて倒れて、もう取返しのつかなくなった頃に行く末が分かった者もいる」

 埃を被ったオブジェや絵は、この店が永く継がれて続いてきた証。来た人の様々な想いもきっとそこにある。

「だから私は、少しでもこの魔道具で先に迷った者を助けたいのだ。どうか貰ってくれ、イリーナ」

「マルクさん……」

 元から魔道具は調達しなければと思っていた。だが彼の言葉を聞き、その重みを全身で感じたイリーナは……

「分かりました。それじゃあ一つ、頂いていきます」

 真剣に自分の身に役立つ物を選ぼうと、足を前に進めた。


 こんな風に様々な道具が立ち並ぶ店に来ると、どうしても自分の見たことの無い物に目が泳いでしまう。

「ミシェル、これって何だと思う?」

「それは……透明マントだよ。光の魔石に干渉して、被ると姿が消える効果があったはず」

 思い切って被ってみた。こちらからは薄い膜のようにしか見えないが、相手から見ると……

「ボクの視界からは消えている。流石に足音は消せないだろうが、相手をかく乱するには便利だろう」

 棚にぶつからないように気を付けながら、抜き足差し足で店中をぐるりと歩き回る。

 言葉の通り、誰もイリーナの姿を目で追えなかった。

「候補その一だね。あと、この灰色のローブもちょっと気になるかも」

 マントを戻し、別の商品も探してみる。見るだけでも魅力的な物が多くて、つい心が持っていかれそう。

「これはどんな効果が……ってあれ、声が変?」

「声変わりのローブだな。架空の作品では泥棒が使うことも多いが、悪用は厳禁だぞ」

 クリスが小さく微笑みながら指を立てる。なるほど、ちょっと遊んでみたいかも。

「ワレワレハ、イセカイジンダ……ふふっ、何だか変な感覚」

「こらこら。ちゃんと真面目に選んでる?」

 はーいと呟いてローブを下げた。なるほど、確かに便利だが、求める方向性とはちょっと違うような気もする。

 もっと、自分の憧れる強い魔女になるための道具は……

「……あっ、これって!」

 イリーナが足を止めたのは、店の奥にあるスペース。

 周りの魔道具とは明らかに違う雰囲気を放つそれは、杖を購入した時のようにズラリと並べられていた。

「風の魔石が組み込まれた飛行用魔道具だな。曰く、魔道具の中でも抜きん出て高い人気を誇る……」

「箒か。やはり、魔女には欠かせない装備だからね」

 マルクが誇らしげに箒を見つめた。魔法使いに憧れる客は、いつも決まってここに足を止める。

「凄い……これで私も飛べるんだ。魔女みたいに空をバーッって飛んで、どこへでも!」

 かつては想像できなかった。こんな箒一本で超人のように飛び立ち、空を舞うことができるなんて。

 けれど今ならできる、自分はミシェルと共に変われたから。

「私はちょっと小さめで可愛いこの子にしようかな。ミシェルもお揃いにする?」

「うん……そうしよっか。箒なら使う機会も多いだろうし」

 二人で飛ぶ姿はどんな感じなのだろう。想像を膨らませるイリーナたちを、クリスは親のように見守っていた。

「君は選ばないのか、クリス?」

 心配そうに歩み寄るマルクを鼻で笑い、彼女は首を振ってそっぽを向く。

「要らないさ。箒なら既に自前の物がある」

 遠慮しているわけでは無い。言葉にはしなかったが、その声と表情にはそのような念が込められていた。

「それに……君はボクにとっての壁であり目標だ。ここで妙な借りを作るのは好きじゃない」

 一歩も動かなかった。孤独ではない、自分のルールで。


「風で飛ばされないようにしなくちゃね。これで……よし!」

イリーナは白、ミシェルは仄かな朱色で、箒の端に小さなリボンを巻いた。

「これを付けてたら、すぐ私たちの物だって分かるよね」

「うんうん。それにすっごくオシャレな感じ!」

 お互いの先端を交差させる。何だか、二本の豊かな色彩は絵画にも劣らない美しさがあるようにも見えた。

 ミシェルはもう一度、この幸せをくれた人に頭を下げた。

「マルクさん。こんな立派な箒を譲って下さり、本当にありがとうございました」

 イリーナは早速箒に跨ってみる。まだ飛べないが、これに魔法をかけた時の光景を頭の中で思い描いた。

「お安い御用だよ。それと、箒の操作にはコツが要るから、実戦までに軽く慣らしておいた方が良いだろう」

心優しい店主は静かに笑う。彼女たちが大切に使ってくれるなら、職人としてこれ以上の喜びは無かった。

「大丈夫ですよ、私覚えるのは早い方ですから!」

「もし難しいならボクが教えよう。マスターすれば、市街地の移動も簡単にできるようになるぞ」

 ただ道具を貰えただけじゃない、イリーナはそこに込められたマルクの想いを、勇気を受け取ることができた。

「ありがとうございます……そして、行ってきます」

「ああ、君たちの未来に栄光があることを祈るよ」

 店の入口で手を振るマルクにお辞儀をし、三人はそれぞれの想いを抱えて依頼に向かう。

 寂しくもあり、そしてどこか希望もある人生の分かれ道。

「……また、お前の力を借りる時だな」

 彼女らの行く末は、果たしてどちらに傾くのだろう。

 マルクは上り切った太陽に向かってコインを投げた。クルクルと綺麗に回ったそれは、やがてこちらの手元に収まる。

「ふふっ。君はきっと輝けるさ、イリーナ」

 何となく分かっていた結果。でも、こうして表が出ると心がふっと軽くなったような気がした。


 続く

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