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ウィッチ・オブ・アクア  作者: 夢前 美蕾
第1章 魔法学校1年生編
34/34

第34話 全ての終わり、または始まりⅣ

「ふむ……なるほど、こいつは想定外だな」

 手紙の表と裏を交互に眺め、クリスがため息を放つ。

 青空が輝く爽やかな朝に反し、イリーナたちの部屋は物々しい空気に包まれていた。

「この部屋に手紙が来たっていうことは、ジョンの狙いも、私たちってことなの?」

「やっぱり、昨日のアレはまずかったんじゃ……」

「というよりも、以前から目を付けられていたんだろうな。いずれ本格的に動く方針だったのが、今になった」

「戦いは避けられない、ってことだよね」

 静かな、淡々とした言葉。しかし爪を噛む彼女の姿から、最善策が見当たらない現状が伺える。

「私たち三人が全力で戦っても、呪術師二人分に届くかどうか。ジョンと戦うのは流石に厳しいよ」

 自分たちの脳裏に浮かぶのは、グレオやリューズと何度も戦ってきた時のこと。

 今まで切り抜けられたことと、これから勝てることは、必ずしも繋がらない。

「でも、逃げたとしてもジョンは追いかけてくるよ。後戻りできないならもう、戦うしか……」

「気持ちは分かるけど……最悪、四人との戦いになる。一人だけでも、あんなに精一杯だったのに」

 きっとできると信じて戦いたい、その気持ちは、自分も嘘ではなかった。

 でも、叶わない願いを追いかけてしまえば、その先は。

 手が震える。今まで目の当たりにしてきた悪夢が、両足に鎖として絡み付いてしまう。

「いや、その線は薄いと思うぞ」

「えっ?」

「届いた手紙は、その一枚だけじゃないんだ」

 そんな時、クリスが不思議そうな顔をして机上を指差した。

「今朝、魔法学校……メルアチアのもとにも、呪術師たちから挑戦状が届いたらしい」

 えっ、と無意識に発した声が、自然と裏返ってしまう。

 思い起こせば、起床を知らせるラルムはいない。次第に賑やかになるはずの寮は、今でも静けさを保っている。

 穏やかだと感じていた気配は、一転危険を知らせるものであったことに、ようやく気付かされた。


 早朝。メルアチアの使いと思われる鳥の来訪で起こされ、ラルムと共に学園長室の戸を叩いたジョリー。

 神妙な面持ちで現れた彼女は、どこか焦りと迷いの混じった声色で自分たちを招き入れる。

 程無くして見せられたのは、一枚の小さな手紙だった。

「明け方、魔法学校の私宛にこのような投書が届きました」

 三日後の朝、我々呪術師はワズランドの中心街に、その総力を挙げて攻撃する。

 最後の決戦を仄めかすその文書が、上り続ける眩い朝日に照らされた。

 ラルムと顔を見合わせる。事前に備えるには、余りにも残されていない時間。

「呪術師たちの、総攻撃……!?」

「藪から棒ですね。前触れもなく、どうしていきなりこんなのが来たんです?」

「詳しい経緯は私も分かりかねますが、昨今ボストレンでデモ規制が活発化していることから、その報復という可能性が高いでしょう」

「うっわ、バチバチっすね……」

 側頭部を掻き毟る。アリファ山脈からの帰還から間を空けず、またも立ちはだかる大きな壁。

 しかしアセビが不在となった今、柱となれるのは自分たち二年のみ。

「事前の民間人の避難、戦闘は騎士団の主導で行われます。ジョニーさんとラルムさんには、その補佐を務めていただきたく、このようにお呼びしました」

 小さく開いた口が小刻みに震える。影の差す床、光を受ける天井と見比べ、最後の判断をパートナーに委ねる。

「……だってさ。どうする、ラルム?」

「断る理由はない。今まで好き放題やってきた分も含めて、あいつらを思いっきり、しっぺするよ」

「うし、ほんなら俺も全力でサポートするぞ」

 互いに頷き合う。未練はあるし、やり残したことも数多。

 だからこそ、絶対に二人で生き残り、卒業するために戦い抜いてみせる。

「今話した通りです。俺たち二年生組は、呪術師を止めるために全力を尽くして戦います」

「頼もしい限りです、よろしくお願いします」

 頭を下げるメルアチアの肩を叩きたい気持ちをぐっと堪え、任せてください、と精一杯の笑顔で応じた。

「後は……彼が復帰してくれたら、望ましいのですが」

「ああ、それなら多分大丈夫ですよ」

「はい?」

 余裕の乗った声色に、隣のラルムも怪訝な顔で首を傾げる。

 けれど、自分は信じると決めた。今の自分たちがするべきことは、それを心して待つこと。

「エルア先生は必ず来ます。約束したので、心配いりません」

 あの人は嘘をつかない。緊張を振り払って進む決断する糧になったのは、自分の根拠のない直感だった。


 自室での待機を命じられた生徒たち。混乱を避けてか、キャロル先生らは確信を避けようと口を噤む。

 しかし一度どこかから漏れてしまうと、噂になってしまうのは時間の問題だった。

「襲撃の日付は同じ。ということは、リューズやグレオらが魔法学校のメンツと戦い、ジョンだけがボクたちと戦うことになる」

 自分の身を守る、逃げに徹する、密かに戦いの様子を伺う。

 皆が各々の選択を迫られる中、イリーナ、クリス、ミシェルだけが、それらと違う道を進もうとしている。

「もし本当に来るなら、の話にはなるが」

「シルビアの言ったことが正しいなら、ジョンを倒せば戦いが終わる、ってことだよね?」

 その後に続く言葉を、ミシェルは不意に感じ取ってしまう。

 イリーナとクリスが互いに頷き合うより先に、身を乗り出してそれを遮った。

「ちょっと待って……ジョンって、呪術師の首領なんでしょ、私たちじゃ勝てっこないよ!?」

「言いたいことは分かるよ。でも、私たちがやらなきゃ……」

「ボクも同意見だ。奴の得体が知れない以上、懐に飛び込む覚悟は必要だろう」

「やろうとして、失敗したらどうするの? もし、また取り返しのつかないことになったら、私は……」

 俯くと見えてくる、自分の影。弱々しい姿を目にすると、徐々に声が細くなってしまう。

 イリーナを守るために、呪術師の凶行を終わらせたい。しかし終わらせるために、彼女の命が失われたら。

 相反する願いを抱え、全身が押し潰されそうになる。

「……ミシェル。私に一つ考えがあるんだけど、いい?」

「えっ……?」

 そんな時、一呼吸を置いた彼女がこちらの手を掴んできた。

「確実な方法とは、言えないと思う。もしミシェルが少しでもダメだと思うなら、手紙は破るよ」

「……行かないってこと?」

「うん。みんなと一緒に、逃げることにする」

 提示された、新しい可能性。風で揺れる窓枠の音を耳にしながら、ゆっくりと頷いた。

 そしてイリーナは手を離し、悩ましそうに頬杖をついたクリスにも声をかける。

「クリスも、それで構わないかな?」

「ボクたちは三人で一つ。全員の同意が得られなければ、意味がないからな」

 間を置かずに即答。身を乗り出した彼女と隣り合い、自然と輪を囲むような形となった。

 意を決し、開かれようとするその唇を、自分も固唾を呑んでじっと見つめる。

「それで、作戦とは何のことだ?」

「えっとね……」


 驚くほど平穏に過ぎ、作戦決行を翌日に控えた夜の部屋。

「……寝れないや」

 妙に涼しい瞼を閉じようと試みると、隣のベッドから声をかけられる。

 息を吐いて全身の力を抜き、声のした方に顔を向ける。

「私もだよ、イリーナ」

「ふふっ、やっぱりお揃いだね」

 輪郭は見える。しかし視線や表情は薄暗く、その全貌は伺えない。

「ねえ。イリーナはさ、アリファ山脈でのこと、覚えてる?」

「あっ……ああ、うん」

「私、足が動かなくなるまで走り回ってさ。それから、イリーナが目覚めるまで、ずっと傍にいたよ」

 十年ほど前。入ってはいけないと言われた場所に、イリーナは一人で入ってしまった。

 当たり前だと感じていた存在が、失われてしまう恐怖。

 目印もない、長く恐ろしい森は、時を経た今でも脳裏に焼き付いている。

「ごめんね、あの時は本当に」

「大丈夫だよ。結局、何事もなく済んだんだから」

 自分の言葉が部屋の中で響く。話していくうちに、声が大きくなっていたことに気付いた。

「でも、あんな思いはもう二度としたくない。もう、私は二度と間違えないから」

 欠けていて、不揃いな、しかし自分の素直な想い。

 息遣いが聞こえてきた。暗がりで見えないはずなのに、複雑な表情をした彼女が浮かんでくる。

 含む意味は一つ。行き着く場所が、違うということ。

「私、は……」

 その言葉が聞こえた瞬間、自分は顔を向こうに傾けた。

 聞きたくない。遠くに飛び立ってしまう夢も、自分以外の誰かに向けられた想いも。

 そんな自分の姿勢が独りよがりだと知っていながら、何もできない悔しさに包まれて目を閉じた。


 部屋の窓から望遠鏡で覗き込み、ジョニーは周囲の状況を確認する。

 やがて乾いた爆発音と共に、四方に飛び散っていく土埃。

 ラルムと交代で早朝から観察を始め、二時間ほどで起きた出来事だった。

「ワズランド都市圏内で爆発。方角は西南西、距離は魔法学校二十個分」

「住民の避難は?」

「完了済。ストーリアらしき姿も見えるので、呪術師で確定」

「よし、すぐに向かうぜ」

 勢いよく椅子から立ち上がった。窓を閉め、鞄を手に取り、互いの持ち物を改めて確認する。

「杖よし、箒よし」

「退却用の魔石よし、マントよし」

「昨夜から大規模な魔法の使用は?」

「してない。魔力量、コンディション、共に完璧」

「なら安心だな。俺もコンディションはバッチリだ」

 子供のように、大きく頷く彼女。お団子の髪が小さく揺れ、仄かな輝きを放つ。

 入学したばかりの、右も左も分からなかった自分が、こんな所まで来られるとは、夢にも思えない。

「それ以外で、何か問題あるか?」

「……ちょっと、緊張」

「ああ……まあ、それはあるかもな」

 指先に見られた、小刻みな震え。励まさずにはいられず、頭を下げた後にその手に触れる。

 冷たい。一人で悩んで、感じていた不安が一瞬にして伝わってきた。

 せめて少しでも和らぐように、力を込めて握り返す。

「これで良いか、ラルム?」

「うん。ちょっと元気出た……ありがとね」

 心配の面持ちで見つめると、返されたのは感謝の微笑み。

 身体も、魔力も、心の調子も万全を期した。後は、胸を張って進むのみ。

「何のこれしき。お互い様ってやつだ」

 戦場に赴く覚悟を決め、二人で並んで箒に乗りこんだ。


「キャハハハッ!!」

 クジラのストーリアが放つ、白い霧。覆われた建物は瞬く間に芯から凍り付き、巨大な氷像と化してしまう。

 すかさず尾びれが押し寄せ、街は息をつく暇もなく薙ぎ倒されていく。

「しかし張り合いがねェな、人間がいないと」

「そうだな。やはり魔法使いたちの悲鳴がなければ……」

 七体の怪物たちの中心に立ち、輪を率いる呪術師、リューズとグレオ。

 噂に聞いた通りの、鋭く重々しい気配。箒を急降下させ、その行く先を阻むように止めに入る。

「待ちなさい、呪術師!」

 自分たちの姿を視認すると、退屈そうな様子だった彼らは、口角を上げて嘲笑う。

「おうおう、噂をすれば来やがったぜ」

「少し遅いご到着だな。命乞いの言葉でも考えてきたのか?」

 ラルムが杖を土の斧に、そして自分は、杖を土の鞭に変化させて身構える。

 背後から、複数人の足音が聞こえてきた。一歩遅れて現場に急行してきた、騎士団の軍勢。

 自分たちの身を覆い尽くすほどの大きな影に、集まった数と気迫で抗う。

 その先陣を切って、自分が精一杯の声を張り上げる。

「バカ言え。俺たちが考えてたのは、打ち上げの段取りだよ!」

「呪術師グレオ、そしてリューズの所在を確認……メルアチア学園長の指示に従い、貴方たちを、しっぺします!」

「やってみせろ……できるものならな!」

 始まりの合図。鞭の先端を、軽く地面に打ち鳴らす。

 一斉に襲いかかってくるストーリアたちに怖気づくことなく、自分たちは手足に力を込めて立ち向かった。


 人が消え、乾いた街で、互いの叫び声と爆発音だけが虚しく響く戦場の姿。

 その光景をじっと見つめながら、ミシェルは物陰で待つ二人に声をかけた。

「……始まった」

 身を寄せ合い、気付かれないように小声で告げる。

 寮の待機が命じられ、正門前でメルアチアたちが睨みを利かせている。出るのは可能でも、戻るのは至難の業。

 三人で最後まで迷った末の、苦渋の決断だった。

「相手は、グレオとリューズか?」

「うん。ストーリアを何体か複製してるけど、呪術師たちは本人……だと思う」

 ラルムの斧と、グレオの釣爪が火花を散らす。今あの場に出れば、背後から不意をつくことも難しくない。

 向こうに手を伸ばしかけ、しかし寸前で我に返った。

 根源を絶たなければ、呪術師による犠牲は今後も生じ続ける。自分たちが戦うのは、今ではない。

 首を振り、薄い雲が張った空に向けて、鋭い視線を返す。

「なら行こう。今なら少なくとも、袋叩きに遭うリスクは少ない」

「了解!」

「作戦通りにね。危なくなったら、すぐ退却だよ!」

「ああ、分かっているとも」

 気合を入れ直すために、三人で手を合わせながら立ち上がる。

 呪術師たちにも、そして廃法使いたちにも気付かれないまま、物陰から密かに箒を飛ばした。


「……あれ、誰もいないね」

 衝撃音は徐々に小さくなっていき、ボストレンの境界を越えると、耳を澄ましても聞こえなくなる。

 例に漏れず人の姿は消え、真っすぐ歩いていると、今辿っている道は正しいのか、疑心暗鬼になってしまう。

 やがてクリスの案内でバーの前に辿り着いたが、手紙の内容が嘘だったように、誰もいなかった。

「油断するなよ。どこから出てくるか分からないからな」

 上空、物陰、店の出入り口。手分けしてゆっくり視線を回しても、気配を感じられない。

「時間は今日の朝、で合ってるよね?」

「そのはすだ。先日ボクが潜入したから、場所もここで相違ない」

「まだなのか、どこかに隠れてるか……だね」

 杖を構える。背後に殺気を感じた瞬間、誰よりも早く首元を狙ってみせる。

 全身に力を込めたまま、息を吐いた。自分たちの姿を嘲笑うジョンの光景が頭に浮かび、募っていく苛立ち。

 そんな時、不意にドアの軋む音が耳に飛び込んできた。

「……うぇっ!?」

「誘手に、開いた?」

「どうぞお入りください、にしては中途半端で不親切だな」

 開き切っても尚、中から人が出てくることはない。

 様子を覗き込もうと目を細めても、薄暗く全貌が見えない。一歩足を踏み入れれば、そこに何があるのかも。

 けれど、ここで一人後退ることはできなかった。

 瞬間的な恐怖に駆られ、僅かに震えるイリーナの手を、しっかりと握りしめる。

「離れちゃダメだよ。固まって、冷静に」

 クリスも無言で頷いた。光の魔石を起動させ、足並みを揃えて進んでいく。

 あと二歩、一歩と距離を数えながら、三人で同時に店の中へと入っていった。


 引き締まった装いに、整然と並べられたテーブルと椅子たち。

 水晶で見たあの時の光景から、変わっているような箇所はまるで見当たらなかった。

「変わった様子はなさそう、だけど……」

 ドアを開けた主はおろか、他人の息遣いさえも感じられない。

「……ムズムズしてきたな。いっそ爆破しないか?」

「ムリだよ。周りのお店も巻き込むつもり?」

「クリス。ステイ、ステイ!」

 手を伸ばし、戸棚に触れる。水晶の残骸は確認できず、探っても置いてあるのは置物のみ。

 何も知らない者が不用意に足を踏み入れても、普通の場所と信じて疑わないだろう。

「呪術師の道具とか、手がかりに繋がりそうな物品も無いね。もしかしたら、と思ってたんだけど」

「あっ、ここカーテンで閉まってるね」

 静かに振り向き、イリーナが指差した先に視線を移す。

 格子状の窓。カーテンの隙間からは光が伺え、森の中の木漏れ日のように見えた。

 光の魔石をテーブルに置く。少しでも視界が晴れれば、全貌が伺えるかもしれない。

「開けたらちょっと明るくなるかも。いい?」

「うーん……まあ、それぐらいなら」

「念のため、いつでも魔法を使えるように準備するんだぞ」

 固唾を呑んで見守る。勢いを付けた彼女は、意を決して両側のカーテンを開いた。

「えいっ!」

 途端に広がる眩い光。暗さに慣れてしまっていたからか、ほんの一部だけ目を瞑る。


「ダメじゃない。年端もいかない子供が、大人の店に足を踏み入れちゃ」

 その瞬間、背後から声を掛けられ、弾かれるように振り向く。

 カウンターの内側に、黒い服を身に纏った女性が佇んでいた。遠目でも分かる艶を放つ長髪と、赤く塗られた唇。

 先日グレオたちと話していた、見知らぬ呪術師と瓜二つだった。

「っ……!」

「くっ、今までずっと隠れていたのか!?」

 意味がないと分かっていながらも、間合いを探るために距離を取った。

 杖をそれぞれの武器に変化させ、身を低くする。

 そんな自分たちを嘲笑うように、カウンターを出た女性は歩み寄ってくる。

「あの人は来ないわよ。残念ね、手がかりを掴めなくって」

 手には確かに、力の象徴たる呪術教典が握られていた。


 騙されたことへの怒りと、戦いへの緊張が、身を焦がす程に熱くする。

「貴様、は……」

「メラト・フェランよ。私が生み出したカラスのストーリアは、楽しんでいただけたかしら?」

 クリスが眉を顰める。すぐに技を放とうと身構えた刹那、一転彼女が身を引いてこちらに歩み寄った。

 イリーナにさえ聞こえないような小声で、耳元に囁かれる。

「先陣を切る。ボクに続いてくれ」

「う……うん」

 足に力を込め、走り出す。遮るテーブルを乗り越え、その首を取らんと槍の切っ先を向けた。

 そして言葉の通り、隙を見せずにその一歩後ろを走る。

「あの方からの伝言よ……私と会いたいのなら、まずはその実力を試させてもらう」

 しかしそれらよりも、メラトが教典を開く動作が早かった。

「メラトに負けるのなら、そこまでだ、とね」

「うぁっ!?」

 黒い翼を纏った竜巻。寸前にまで迫った槍は、身体と共に為す術なく飛ばされてしまう。

 両手を曲げて姿勢を低くしても、風の勢いがそれに勝る。

 天井も、そして壁も突き抜けた術は、バーのある建物を粉々に崩壊させた。


「大丈夫、イリーナ!?」

「うん……何とか」

 覆い被さる瓦礫を跳ね除け、まずはイリーナに駆け寄る。

 受け身を取ったからか、無傷。しかし埃に襲われたためか、涙を流して咳き込んでいた。

「良いのか? 大事なおうちを壊してしまって」

「壊される前に壊したまでよ。どうせ足が付いちゃったもの」

「事が済めば、尻尾を巻いて逃げるつもりか!」

 逃げ道を潰すように、クリスが雷撃を放つ。しかし腰を反らせたメラトには、一歩足らず当たらない。

 応戦しようと魔力を溜め込む。瞬間、走り出した彼女は自分とクリスの間に現れる。

「ええ、逃げるわ。邪魔な証人を殺した後でね」

 振り向く寸前、回し蹴りで足元を掬われてしまう。

 程なくして、彼女の足が紅く燃え上がる。かつて馬のストーリアが有していた、炎の蹄。

 クリスの携えた槍が、飛び上がった一撃で弾き飛ばされた。

 手を地面に、足を宙に浮かせたメラトは、軽やかな動きで回転しながら、こちらのもとへ迫る。

 すぐさま炎の剣を突き付け、応戦……しようとした瞬間。

 二つの紅の交わり。こちらの炎は取り込まれ、焼け付く衝撃と熱風が襲いかかってきた。

「う、っ……!」

「くそっ、炎は逆効果か!?」

 背後からの槍を、メラトは顔さえ向けずに回避する。

 互いに一歩下がり、魔力を溜め込んだ電撃をクリスが放つ。蜘蛛の巣のように枝分かし、四方八方から……

「お見通しよ。やっぱり、詰めが甘いわね」

「うあっ!?」

 しかし稲妻が届く寸前、彼女の周囲を金色の物体が幾重にも連なり、包み込む。

 硬貨。コバンザメのストーリアが、有していた力。

 弾かれた電撃は翻り、そのままの勢いでこちらに襲いかかってきた。

「私が、やらなきゃ……」

 前線から離れた場所で、イリーナが杖を構えていた。

 震えている手。一瞬だけ互いに視線を合わせ、軌道を遮らないように距離を取る。

「よし、今だっ!」

 不用意な動きに、一瞬だけメラトの表情に浮かんだ驚き。

 溜め込んだ魔力が解き放たれる、真っ直ぐに飛ぶ氷柱は勢いを失うことなく、彼女の立つその場まで。

 これなら。勝利の兆しが見え、口角をほんの少し上げた。


 しかし、首に届くと思われた瞬間、氷柱は軌道を変える。

 脇に逸れ、高度を上げ、戻ってくる気配は微塵も見せず、明後日の方向へと飛ばされてしまう。

「っ……」

「……どこを狙ってるの、おバカさん?」

 砕け散る氷柱。その欠片が星屑のように、虚しくも自分たちの眼前に降り注いだ。


「所詮はまだ駆け出しのようね、イリーナ・マーヴェリ!」

 畳みかけるように、鉤爪を携えたメラトが迫ってくる。

 イリーナは氷の盾を構え、後ろに下がっていく。衝撃で抉られ、亀裂が入り、しかし両足に力を込める。

「駆け出し……だと、しても」

「はぁ?」

「みんなと力を合わせて、足りない分は補っていく。そうすれば私は……私たちはどこまでも、強くなれるんだよ!」

 盾から放たれる冷気が強まる。鉤爪が凍り、砕け散った。

 今なら。丸腰になったメラトと距離を詰め、飛び上がって勢いをつける。

 それでも、死角から取り出された呪術教典が、光を放つ方が一歩早かった。

「幼稚な考えね。弱い奴は、どこまで行っても弱いままなのよっ!」

「……ううっ!」

 鋭い針が射出される。剣が手元から弾き飛ばされ、地面に虚しく突き刺さった。

「まずは貴方からよ。自分の浅はかさを、呪うがいいわ」

 次に、彼女は呪術教典をイリーナに向けて開く。

 受け身を取って顔を上げる。剣を拾い上げるのが先か、針が突き刺さるのが先か。

 迷っている暇はない。熱を帯びる汗が零れ落ちた、その時。


 メラトとイリーナ。二人の間を遮るように、風の矢が勢いよく突き刺さった。

「……その幼稚な考えには、甚だ同意しかねるけれど」

 箒の上から飛び、身体を回しながら宙を舞い、一人の少女が地表に降り立つ。

 鋭い視線と、可憐な美しさが、見る者の心を奪っていく。

 一歩、また一歩と踏み出し、自分たちの前に現れたのは、シルビアだった。

「……あっ」

「なっ、どうしてここに!?」

「目先の敵を見逃すようじゃ、魔法使いの名が廃れるわ」

 手を振ったイリーナが駆け寄る。その表情には、安堵の色。

「シルビア、来てくれたんだね!」

「自分の居場所を知らせて、あたしを焚き付けるなんて良い度胸してるじゃない。足を引っ張ったら承知しないわよ」

 戦いの場所を知らせば、シルビアは必ずやって来る。それは、彼女の発案だった。

 失敗を恐れず、呪術師と戦うために手を尽くす覚悟。

 首を横に振ることはできなかった。二人の距離が縮まっていく姿を、目の当たりにしても。

「辛気臭い顔はやめなさい。心の揺らぎは魔力に出るわよ」

「シルビア……」

「今倒すべき存在は誰なのか、分かっているでしょう。敵を見誤らないことね」

 クリスは歩み寄らず、しかし静かに頷いて前に向き直った。

「今更増えたところで、何になるっていうの?」

「あたしはこいつらとは違う。動きを予測するなら、それ以上の力で叩き潰すまでよ」

 進む方向も、想いも違う。しかし目の前の敵と戦う、その志だけは同じくして。

 氷、炎、風、雷の属性を持つ魔法使いが、共に並び立つ。

「さあ、始めるわよ!」

「……うんっ!」

 合図はない。そのはずなのに、進み始めは驚くほどに同じ瞬間だった。


 呪術教典から漏れ出る黒い靄。射出されたのは、クジラの氷を纏った、ハチの針。

 着弾した瞬間、幾重にも連なった氷柱が襲いかかる。自分たちを覆い、外に出る道を阻む。

 しかし、厚い氷に程なくして入っていく大きな亀裂。

 炎の剣と雷の槍が互いに交差し合い、遮る物を跡形もなく打ち砕いた。

「えっ……!?」

「はぁぁっ!!」

 鉤爪と剣が真正面からぶつかり合う。その合間を縫って、シルビアが後方から放った弓矢が、メラトの腹部を掠める。

 体勢が崩れた隙に、槍の突きが鉤爪を破壊していく。

 炎の蹄で逃亡を試みるも、先手を打って繰り出された氷魔法がその足を凍り付かせる。

「っ……どうして」

 剣で斬りかかる。僅かながら感じた手応えと、メラトの肩から滲み出る流血。

 イリーナの盾を飛び越えたシルビアが上空に飛び上がり、逃げ道を失った彼女に蹴りを加える。

「術が、追い付かないっ!?」

「当たり前でしょう。この私を舐めないでちょうだい!」

 黒い翼を纏った竜巻が繰り出される。相対しただけでも、体勢を保てないほどの、芯のある力強さ。

 しかしシルビアは嘲笑いながら、杖から風魔法で竜巻を生み出していく。

「うぐっ……」

 衝撃音。やがて打ち勝ったのは、シルビアの方だった。

 メラトの風さえも取り込んだ竜巻は、倍以上の力を有して彼女の方へと向かっていく。

 抵抗する間もなく吹き飛び、建物の壁に激突したメラトは、力なく地面に倒れ込んだ。

「よし……いくよ、イリーナ!」

「了解っ!」

 自分たちも負けていられない。前に出たイリーナと並び、互いに杖を重ねた。

 頭の中でイメージを描き、魔力を溜め込んでいく。


 震える手で照準を合わせる。今度こそは、必ず。

 周囲を焦がす熱線と、凍てつかせる氷塊が、正面からぶつかり合った。

「フレイム・エル・ムルバ!」

 拮抗。決着が付くことはなく、爆発が巻き起こる。

 立ち込める煙を走って掻き分け、やがて視界に入ったメラトに向けて、炎の剣を振りかぶる。

 横の一閃。しかし掴んだのは、彼女の姿をした虚空だった。

「分身、っ……!?」

「かかったわね。おバカさん?」

 気配が背後に移り変わる。回避できる隙はなく、額から汗が零れ落ちた。

 しかしゆっくりと振り向いた瞬間、上空で箒に跨るイリーナと視線が合う。

「かかったのは……どっちだと思う?」

「……はっ?」

「アイス・エル・ムルバ!」

 横に跳んだ。直後、断続的に地面に突き刺さる氷柱。

 後を追って飛び退くメラト。しかし余波を凌ぎ切ることはできず、吹き飛んでいく。

「あ、キャァァァッ!!」


 両手に力を込めて立ち上がり、地面に降り立ったイリーナのもとへ歩み寄る。

 力を使い果たしたのか、地面に倒れ伏したまま、反撃は来なかった。

「ああっ、うう……」

 辺りを見回す。人影はなく、ただ乾いた風が吹き荒れる。

「ジョン・オウタムは?」

「出てこない、みたいだね……」

 現れなければ、情報も手に入らない。自分たちは騙された、という一つの道に行きつく。

 彼女との決着をどうするべきか。狼狽えていると、前に出たシルビアが代わりに答えを出す。

「相手の戦力は減らすに越したことはないわ。まずはメラト・フェランを討伐するわよ」

「……イリーナ、大丈夫?」

「うん。もう、迷わないよ」

 イリーナと視線を合わせた。その曇りのない瞳に、自分も覚悟を決める。

 シルビアの放った風魔法に追従するように、氷、炎の魔法を、息を合わせて放つ。

 瓦礫に包まれた街が、多彩な色の光に当てられた。

「ちっ……!!」

 できる。自身を鼓舞するように大きく頷いた、その時。


「残念だったな、そうはいかないよ」

 突風。何者かが、自分たちの間を瞬時に駆け抜けた。

 目の前に立ち塞がったその人物は、反応するよりも先に、三つの魔法に向けて手をかざす。

 風になびく短い髪。止めに入ったのは、クリスだった。

「……はぁっ!?」

「えっ、どうして?」

「クリ、ス!?」

 どうして。一寸の迷いもない瞳が、目の当たりにした自分たちの心を揺るがしていく。

 術を介さず、素手であるにもかかわらず、微動だにしない。やがて一息、彼女が力を込めた瞬間。

 渾身の一撃として放ったはずの術は、残さず吹き飛ばされて塵と化してしまった。


 静止。目の前の出来事が信じられず、その場にいた全員が呆然とする。

「……ここに至るまで、ボクはヒントを与えたはずだ」

 薄い光を浴びた人差し指を掲げ、クリスは自分たちとメラトの間を歩き回った。

 朗々とした語り口。クリスの声であるはずなのに、そこに感情の込められた優しさは存在しない。

 こちらに視線を向けられる度に、両手から力が抜け落ちていく。

「イリーナたちが手紙を見つけた後、すぐに駆け付けたこと。その時点で既に、メルアチアのもとにも手紙が来ていたのを知っていたこと。少しは疑うべきだったね」

「何言ってんの、あんた?」

「君が来ることも予測済みさ。やはり、メラトだけでは限界があると思っていたよ」

 睨み付けるシルビアを意にも介さず、彼女はこちらに微笑みかける。

「嘘、でしょ……?」

「それとなーく一騎打ちの方に話を運んだが、見事に乗ってくれたね。いっそ清々しいくらいだ」

 見ないふりをしていた、何か理由があると思っていた。

 抜け落ちた穴は想像で自然と埋まり、取り返しがつかなくなるまで気付かなかった。

「どういう、こと?」

「こういうことさ。イリーナ・マーヴェリ」

 指を鳴らすと、クリスの周囲がぼやけて、全体像が伺えなくなっていく。

 変化の術……とは違う。その逆で、自らにかかっていた術を解いていくような。

 意味がないと分かっていながらも、眼前の光景が信じられずに眼を擦る。


「ボクが……いえ、私こそが呪術師を束ねる者」

 クリスの皮を破って現れたのは、全身に黒いローブを被った、青年のような細身の人物。

 初めて相対するはずなのに、脳裏に苦々しく焼き付いている威圧感。

 見間違えではない。先日水晶に姿を見せた、呪術師の首領。

「ジョン・オウタム、なのですよ」

 悪の根源という肩書に反し、その人物は深々と自分たちに頭を下げた。


 続く

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