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ウィッチ・オブ・アクア  作者: 夢前 美蕾
第1章 魔法学校1年生編
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第3話 新しい世界、だが試験Ⅰ

 国民のおよそ五割が魔法に覚醒した新興国、ディロアマ。その片隅にあるカルミラという村に、二人の少女が暮らしていた。

 魔法使いを父に持つミシェル・メルデと、魔法使いを夢見るイリーナ・マーヴェリ。かつては何の力も持たない二人だったが、村に呪術師の刺客、ストーリアが襲ってきたことにより事態は大きな変化を迎えた。

 イリーナは人々を守るために魔法に覚醒し、ミシェルも父の形見である杖を持って戦いに挑んだ。二人の力によってストーリアは無事に倒され、村は平和な日常を取り戻した。新たな魔法使い、魔女の卵となる者が誕生したのである。

 だが、戦いはまだ終わっていなかった。呪術師は依然としてこの国のどこかに潜伏しており、隠された目的を完遂するべく再び動き出す時を狙っている。

 呪術師を止めるため、そして未熟な魔法を鍛えるため。イリーナたちは魔法学校の入学届を片手に、ワズランド行きの馬車に乗るのだった。


 移動中、前日の寝不足が祟ったイリーナは二人分のスペースを取っていびきをかいていた。

「くかぁ……」

 静かに吸って、大きく吐くことの繰り返し。隣に座っていたミシェルは窓を閉め、自分の着ていた上着をかけた。

「もう、しょうがないんだから」

 私がいなかったらどうするつもりなの、そう言いたくなる程に無防備な姿だった。

 辺りを見回した後、腰を下ろして手元の冊子に視線を移す。

「魔法学校、か……」

 ワズランド行きを決めたのはミシェルだった。そうは言っても、知らない場所での生活に不安は拭えない。

 笑顔の絶えない彼女よりも、私は弱いのだと気付かされた。

「できるかな、私に」

 馬車は上下の激しい道でガラガラと揺れる。落ち着いて座っていると、音は思っていたよりも耳に入ってきた。


「お客さん、もうすぐワズランドですよ」

 しばらく揺られていると人の往来が激しくなり、がらんとしていた道に店やホテルなどが増えていく。

「ちょっとイリーナ、起きないと」

「んむっ……もう?」

 本来私たちが行くはずの無かった、絵本で見るような都会。そして、カルミラには無かったものがもう一つある。

「明日の昼、時計台まで来れるかな?」

「ちょっと揺らさないでよ、狭いんだから」

 箒や絨毯に乗って宙を舞う人や、水晶と会話をする人。

幼い子供やお年寄りでさえ杖を持っており、街と魔法が当たり前のように交わっていることが伝わってきた。

「な、ナニコレ!?」

 すっかり目の覚めたイリーナは、窓から身を乗り出してワズランドの風景を目に焼き付けた。

「凄いでしょ? みんな魔法に覚醒してるんですよ、ここの住人はね」

「みんな、魔法使い……」

 御者の男性が話しかけてきた。学校だけでなく街さえも、二人が知らない世界が広がっているのが分かる。

「ワクワクするね、ミシェル!」

「えっ?」

 呆気に取られていた彼女はすぐに返せなかった。イリーナの眩しい笑顔には嘘が無く、心からこの世界を楽しんでいるように見える。

「そう、だね……楽しみ」

 漠然と積み上がる不安に狼狽えながら、ミシェルは取り繕った笑顔を向けた。


「ありがとうございました。じゃあ私たち、行ってきます!」

「ええ……魔法学校でも頑張って下さいね!」

 イリーナと御者はもう仲良くなったようで、こちらの去り際に大きく手を振ってくれた。

 さてここからはどうするか、持っていた冊子を再び開く。

「入学には杖と制服が必要だって。イリーナ、まだ杖は持ってないでしょう?」

「そうだったね、買いに行かないと!」

 指定された店へとぎこちなく歩く。大通りから路地に入ると、マルク魔道具店の錆びた看板が見えた。

「じゃあ、ノックするね……」

 ここは私が、とイリーナが濃い木目の扉をコンコンと叩く。しばらくして、こちらに向かう足音が聞こえてきた。

「はい、何か御用かな?」

 張りのある渋い声。ここの店主らしき年配の男性で、背丈は二人よりも少し高いくらいだろうか。

 緊張の混じった面持ちを見て、店主は硬い表情を崩した。

「ここに来るのは初めてかね、お嬢さんたち?」

「あ……はい。この度魔法学校に入ることになったので、杖を買いに来ました!」

 学校と聞くと察したのか、慣れた様子で中に案内された。店名の通り、幅広い種類の魔道具がずらりと並べられている。

「申し遅れたね、私はここの店主をやっているマルク・レーベンという者だ」

 店主マルクはカウンターに座った後、後ろにある棚を開いて杖を探った。イリーナはずっと、食い入るような表情で彼の一挙一動を観察している。

「私はイリーナ・マーヴェリです。こっちは幼馴染のミシェル・メルダで、二人でこれから入学します」

「へえ、友達同士か……」

 珍しいなあと彼は背中で返した。良い意味で言っているのかははっきりと分からない。

 近いと思えばどこか不思議な一面も見せる、独特な人だ。

「お待ちどうさま、これが今ある全部だ」

「えっ、こんなに!?」

 彼が在庫から出してきた杖は数十。ぱっと見ただけでは違いが分からなかったが、目を凝らすと同じ物は一つと無い。

「す、凄い……」

 カルミラの中では魔法の知識が豊富だったミシェルでさえも、その数を見て呆然とする。

 街に溢れる魔法使いと共に、杖もそれぞれの個性が輝く。

「どれもウチの自慢の杖さ、好きな物を一つ選ぶと良い……」

 ワクワクして、ドキドキする。選んだ物と一生共に歩んでいくかもしれない、夢の始まりであり運命の狭間。

「……魔女見習いの、イリーナ・マーヴェリ」


 一つ一つ手に取って確かめてみた。だが、すぐに自分に合う杖は見つけられない。

「ど……どれが良いですか?」

 言い終えて気付いた。これは未来の相棒を見つけるためのものであり、店長のおすすめを選ぶのは少し違うと。

「うむ、まだ魔法使いの道を歩み始めたばかりの子には荷が重いか……」

 目利き、と言ってもこれは野菜ではない。どれも丹精を込めて作られた物で、一点ものの輝きを放っている。

 決められないイリーナに対し、彼はそっと耳打ちをする。

「困った時は自分の感覚に頼りなさい。直感も大事な能力だ」

「勘……ですか!?」

 彼女は戸惑いながらも、目を閉じてこんがらがっていた考えをまとめることに専念した。

 ゆっくりで良い。自分やミシェルにとって本当にやりたいことは、目標は何なのかをもう一度思い出す。

「きっとなるんだ、ベルドールさんみたいな強い魔女に」

 その時、イリーナの手から小さな氷の結晶が零れ落ちた。

「ほう?」

 彼女の想いに応えるように、結晶は端に置いてあった杖と交わり、眩い光を放った。

「何なの、これ……?」

 今まで読んだどの本にも無かった不思議な現象。イリーナは周りよりも一際白く、真っ直ぐなその杖を手に取る。

「マルクさん……これにします」

「本当に良いのかね?」

 咄嗟の選択に、何か根拠があるわけではなかった。

ただ頭の中で自分が魔法を使ったり、冒険をしていく姿をぱっと想像することができた、それだけの理由。

「はい、この子と一緒に魔法を学んでいきたいです」

 だが今まで残っていた迷いは、自分でも驚くくらい綺麗に吹き飛んでいた。


 指定されていた金額、二十マーラをマルクに差し出す。

「まいど、ぴったり頂くね」

 証明書に判を押し、こちらに渡してくる。どうやらこれが正規店で購入した証拠になるらしく、何があっても失くさないようにとミシェルに念を押されていた。

「もしかすると、君は他の魔法使いとは……」

「はい?」

 箱詰めをしている途中、マルクはぼそっと何かを呟いた。

「ああごめん、独り言だから忘れてくれ」

 これが君の杖だ、とリボンの巻かれた箱が手渡される。これで正式に、自分だけの杖が手元にやって来た。

「うふふ、私の魔女ライフがここから始まるんだぁ!」

 いても立ってもいられず、その場ではしゃいで走り回る。

目指して、届かず、もうダメなのかと思っていた夢をようやく掴めた気がしてワクワクが止まらない。

「ちょっとイリーナ、お店の中なのにはしゃぎ過ぎだって」

「……さあ、次は君が杖を選ぶ番だよ」

 ミシェルははっとなって振り返った。そうだ、自分はもう何よりも大切な杖を持っている。

「私は大丈夫です、父が使っていた杖がありますので」

 鞄から物を掻き分けて取り出す。こうして見比べてみると、イリーナの杖とは対照的に木目の濃さが目立っていた。

 すると、マルクは目を見開いて表情を変えた。

「かなりの高級品だな。市場にも滅多に出回らないし、それこそ貴族や王家が使うような物だ」

「そ……そうなんですか!?」

 驚いて振り向くイリーナ。だがミシェルは何か思う所があるのか、浮かない顔で声もか細い。

「は、はい。洞窟で偶然見つけたお宝だって言ってました」

 マルクは老眼鏡をかけて観察した後、杖を彼女に返した。

「私とてこんな貴重な品は滅多にお目にかかれない。是非大切にすると良い」

「ありがとうございます……」

 気のせいだろうか。ミシェルはやっと笑顔を見せたが、先程よりは随分ぎこちない表情に思える。

「これで君たちは立派な魔法使いだ。これから大変なこともあるだろうが、困った時はすぐに連絡して欲しい」

 心に引っかかった違和感が消えず、ほぼ反射的にイリーナは店の名刺を受け取った。

「助かりました。ありが……」

「本当にお世話になりました。では、私たちはこれで失礼します!」

 今度はミシェルに手を引かれ、お礼さえも最後まで言うことができずに連れて行かれる。

「どうしたの、ミシェルっ……!」

 マルクは異変に気付くはずも無く、ただ優しく手を振る。

 また来てねと言わんばかりにドアのベルが鳴り響き、そしてバタンと閉まった。

「どういたしまして、また来てね」


 イリーナたちを見送った後、マルクは魔法学校から連絡が来ていることに気付いた。

「はぁ、あの子だな……」

 表の看板に休憩中と出し、小走りで事務所まで移動する。

 そして連絡を受けた電話……ではなく水晶に杖で魔法をかけ、向こうにいる相手と繋ぐ。

「もしもし、こちらマルク魔道具店です」

 案の定、水晶の向こうには魔法学校の女子生徒が映し出された。

「……何をしている。いつもより出るのが遅いようだが」

 光を受けて煌く黄色い短髪が印象的な、イリーナと同い年くらいの少女。しかしその可愛らしい見た目とは異なり、鋭い口調でマルクに迫ってきた。

「そう言われてもな。今は店の営業中だし、いつでも話せるわけじゃないんだ……クリス」

「ボクの連絡に応じるのも店の仕事だろう、閑古鳥め」

 クリスと呼ばれた少女は不機嫌そうに机を鳴らした。後ろで妙な薬を作っているのか、奇怪な音が度々耳に入ってくる。

「まあ良い。以前注文した各属性の魔石は届いたか?」

 だが生意気な口調は止まることを知らず、水晶の向こうで注文書を見えるように出してきた。

「はぁ、以前言ったようにモンスターの群れが物流を止めているからしばらく来ない。渡しようが無いだろう」

 数週間くらい前だった。実験で使うから魔石をくれと言われ、それから一日置きにこのような催促が来ている。

「クソ、貴重な時間を無駄にしてしまったじゃないか」

 魔石が届いたら連絡しろ、とクリスは通信を切りかけた。

 が、マルクが咄嗟に静止をかける。少しの間、彼女の気を引けるような話を。

「ああそうだ。さっき新入生の二人が杖を買いに来たぞ」

「こんな時期にか? 変な奴らだな」

 詳しく聞かせてくれ、と表情が緩み始めた。崩していた姿勢を少し直して、こちらに興味を向ける。

「赤髪のミシェルと、白髪のイリーナ。調べた所によると、先日カルミラで呪術師の使いと戦ったそうだ」

 マルクはふと、テーブルに置いてあった新聞に視線を移す。

 カルミラに侵略者、村民の少女が撃退。言われなければ気付かない程の小見出しで記事があった。

「なるほど、だから向こうもすんなり動いたのか」

「ミシェルは元から杖を持っていた。記事と照合すれば恐らく炎魔法の使い手だろう。だが問題はイリーナ……」

 あれは何年ぶりだろうか、魔法使いの素質が光となって現れ、杖を選んだあの光景。

「杖も持たずに魔法を使っていたらしい。恐らくは、特殊体質の類ではないかと考えている」

 特殊体質という言葉が出た瞬間、クリスの反応が止まった。

「……神の寵愛か。確かに興味深いな、新入生のイリーナ」

 どこかやる気の灯が消え、一歩離れたような態度を取っていた彼女にスイッチが入った。

 何事にも真っ直ぐに取り組み、正直に楽しむ子供のような。

「もしかしたら君を超える逸材になるかもな、危ういぞ」

「フン、一流の魔法学者を志す者としてそれだけはさせないさ……おっと失礼」

 後ろで爆発音が聞こえてきた、魔獣の骨や植物を程良く混ぜていた鍋が、完成の産声を上げているのだろう。

「まずは試験に受かるかどうかだな。それができなきゃあ、二人仲良く普通科行きだ」

 クリスは窓を開けて煙を出した。音は派手だったが実験は成功だったらしく、できた薬を誇らしげに見せてくる。

「見込みはあると思うぞ、合格するに十マーラ」

 マルクはテーブルの上に一枚の硬貨を置いた。またやるのか、と向こうは半分呆れた表情をしている。

「ならボクも十マーラだな。やめた方が良いとは思うが」

 やらなきゃ分からない、結果はもう見えている。視線をぶつけ合った末に、マルクはポケットから煙草を取り出した。

 杖で少し触れると、仕込んであった魔石が煙を発する。

「フレイム・レ・ムルバ」

「……おい、大事な職務中ではなかったのか?」

 クリスが再び目を細めた時には心地良い感覚に満たされていた。背もたれに体を預け、ふうっと息を吐き出す。

「もう長くは無いんだ、息抜きぐらい好きにさせてくれ」

 こちらを案じるため息と、空洞のようなため息が重なった。


「ど、どうしたの……ミシェル?」

 店を出た後、ミシェルは何も言わず歩いていた。

 こちらの手をしっかりと掴み、一歩、また一歩と。まるで何かから逃げるように、息を少し荒くして。

「……何でもない。大丈夫だから、心配しないで」

 余計に不安が募っていく。やがて交差点に差し掛かると、ようやく彼女は止まった。

「次は制服だよね。集合の時間もあるし早くしないと」

「そう、だけど……」

 周りの騒ぎ声がガヤガヤと聞こえる中、ミシェルの焦るような声は一層大きく耳に響き渡った。

 あの人も悪気は無かった、その一言を口から出してしまえば、この子の心はより傷付いてしまうのだろうか。

「そうだね、分かった」

 地図を開いて笑顔を浮かべる、結局私は負けてしまった。

「お腹もペコペコだなぁ、行く道で何か買って行こっと」

 そういえば、自分はミシェルのことを知っているようで何も知らなかったことに気付いた。

 心の奥底にある何かも、隠そうとしている過去も、全部。


「ごめん下さい!」

 杖を買ったら、次に揃えるべきは学校の制服だった。

「はい……何かお探しですか?」

 衣料品店には一人の女性がいた。制服なんですけど、と一言告げると、こちらも納得した様子で売り場に案内される。

「こちらが夏用で、隣が冬用ですね……お二人は今から入学されるのですか?」

「ええ、案内を見てカルミラの方から……」

 制服を見ると緊張が走った。こうして対面するのは初めてだったが、想像よりも華麗で荘厳な雰囲気が漂っている。

 早速試着室へ、と思ったら、店員の様子が何やらおかしい。

「では着てみましょうか……アザー・ディメンション!」

 何故かこちらに杖を向け、呪文を唱える。すると二人の着ていた服が光に包まれ、魔法学校の制服に早変わりした。

「えっ、これも魔法でやるの!?」

「凄い……サイズもピッタリ」

 ついでに帽子も、というわけで数種類の色から好きな物を選んでいく。

「うーん、水色で良いかな」

 軽い足取りで会計に向かうと、総額は帽子制服合わせて六十マーラと意外に高い。

「うう、私の財布がどんどん軽く……」

 さらば、ママが託してくれた大切なお金たち。

 残り数枚になってしまった硬貨を渋い顔で見つめていると、店員がふとこちらに向かって手を伸ばしてきた。

「帽子がずれてますよ。せっかくの入学なんだから、色んな体験をして下さいね」

「すみません、ありがとうございます」

 そういえば、ともう一度鏡を見る。そこには村から出てきたばかりの娘ではなく、立派な魔女見習いが映っていた。

「私……行ってきます!」

 必要な物はこれで全て。イリーナはみんなから貰った応援を背負いながら、学校への一歩を踏み出し始めた。


 慣れない都会と人混みに圧倒され、結局現地に着いたのは約束の時間ちょうどだった。

「えっと……どうすれば良いんだっけ?」

「誰もいないね」

 事情を説明しようにも誰もいない。金の装飾が散りばめられた校門は、前にすると圧倒されて足がすくんだ。

「すみません、新入生のイリーナです!」

 大声を出して人を呼んだが、自分の叫びが虚しく響くだけ。

 ならばもう一度、と息を吸い込もうとすると、ミシェルがこちらの肩を叩いて止めに入った。

「ねえ、あれで呼び出すんじゃない?」

 よく見ると、片手で持つ小さなベルが横にかかっていた。不在の場合はこちらで、ということなのか。

「本当に来るのかな……鳴らすよ?」

「うん」

 物は試し、とイリーナは大きく腕を振ってベルを鳴らした。


 すると、微かではあるが校舎の廊下で鐘が鳴り響く音が聞こえてきた。

「繋がってるの、まさか……」

 原理は分からないが、こちらと連動しているのだろうか。

 しばらく待っていると、呼び鈴を聞きつけた講師らしき男性が二人に駆け寄ってきた。

「失礼、遅くなりました」

 魔導士らしきローブを羽織っている。歳は恐らく、イリーナたちよりも十くらい上のように見えた。

「イリーナ・マーヴェリさんとミシェル・メルダさんですね。僕はここの講師……主に闇魔法に関する授業を担当しているエルア・ラーナと申します」

「よ、よろしくお願いします」

 光を感じるような優しい、しかし芯の通った声に思わずイリーナの表情がふわっと和らいだ。

 良かった、昨日夢に出てきたような鬼軍曹では無さそう。

「本日は遠い所からようこそおいで下さいました。さあ、中へどうぞ」

 杖をかざすと、門が重く鈍い音を立てて開いた。

「よしミシェル、二人で一緒に入ろう。せーの……」

「はいっ!」

 掛け声と共にバタンという足音が少し響いた。隣にいたエルアが目を丸くした後、小さく微笑む。

「お二人は、ワズランドへ来られるのも初めてですか?」

 首を振ってミシェルの方を振り返る。彼女も少し考えた後、初めてですと答えた。

 今はどうやら授業中らしく、外に三人以外の人影は無い。

「なるほど。お二人は魔法に覚醒されたのも最近と伺いましたし、不安になることも多いのでは?」

 どうだろう、と首を捻る。言葉には言い表せないような感覚を、どうにか表現するのは難しい。

「確かに戸惑うことはあったけど……楽しいです。同じ国でもこんなに違う世界があるんだな、って」

「そうですか、それなら良かった」

 常識が違えば、生活もまるで違っていた。きっとこれからも自分の知らないことがたくさん待っているのだろう。

 怖がってはいられないから、イリーナは躊躇わず前に進む。

「そういえば、入学時に試験があることはご存知ですか?」

 エルアはふと足を止めた。大丈夫、これも前日までに口酸っぱくミシェルに言われていたことだ。

「はい。試験があるから準備しといてね……みたいなことは」

「難しいものではないんですけどね。筆記試験はお二人の村での活躍もありますし免除というわけで、数日後に実技試験を受けて頂きます」

 魔法学校の実技。その一言で、試験の内容に察しがついた。

「知識だけではない。より実戦に近い試験で、お二人が属性科に入るべき魔法使いなのかを見極めていきます」

 緩んでいた表情が徐々に硬くなる。張り詰めた空気にごくり、と唾を飲み込む音が聞こえてきた。


 続く

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