第21話 踏み外す足、また暗雲Ⅰ
国民のおよそ五割が魔法の力に覚醒し、魔道具と杖によって新たな文明が誕生した国、ディロアマ。
魔法学校に通う、魔女見習いのイリーナとミシェルは。志を同じくした同級生たちと学びを深めていく傍ら、魔法文化の根絶を目論む呪術師と戦いを繰り広げていた。
「魔法使いを生け捕りにしなさい。炎や氷、雷や風のような、属性魔法が使える人物を捕らえたら報酬は倍増してあげる。ただし、もし殺せば報酬は無しよ」
呪術師の罠にはめられ、戦う気力を失ってしまったイリーナ。しかし彼らの侵攻は止まらず、メラトの手によって、新しいストーリアがボストレンで誕生してしまう。
さらに、魔法使いと呪術師、双方の勢力と敵対する魔女狩りの魔女、シルビア・エンゲルスが戦場に姿を見せたことで、事態は悪化の一途を辿っていく。
「人は上っ面でしかモノを語れないってことよ。そして、そんな奴のために戦うあんたたちも、また薄っぺらい」
「君こそ人間の上辺しか見えていないようだな。ボクの知っている人間たちは皆、譲れない芯を持っていた」
シルビアのかつての戦友、一年のクリス・サキュラは、希望を失った彼女を止めるために、不利な環境下で無謀な一騎打ちを申し込む。
挫けそうになっても、友のために戦う。クリスのそんな姿に心を打たれたイリーナは、自身の力では及ばないと感じつつも、再び戦う決意をする。
「だって、クリスは私の大切な友達だから!」
互いが互いを友と呼び、大切な存在を守るために戦う。イリーナとクリスの絆はさらに深まり、終わらない戦いの中で成長を遂げていく。
しかしそんな中で、一人の親友の心が離れていることに、イリーナはまだ気付いていなかった。
「力を……手に入れないと。そうすれば呪術師も殺せる。イリーナは私に、振り向いてくれる」
「ディロアマの中でも、特に首都であるワズランドと、ゴオツは古くから親交を深めてきました」
生徒たちが並んで座り、静かに耳を傾ける大講義室。
その中心で、エルア・ラーナの代わりに教壇に立っていたのは、講師のキャロル・リビヤだった。
「時は十年前に遡ります。ゴオツではこの時期、痘瘡という名の伝染病が流行っていました。難しい名前ですが、身体に水脹れのようなものができ、高熱と呼吸困難を発症し、最悪の場合は死に至る場合があります」
死、という言葉が躊躇いも無く告げられた時、どよめきが走った。ただ一人、皆よりも目線を下げ、いびきをかきながら眠る少女を除いて。
「くかー……」
「ちょっとイリーナ、大事な話だよ」
「わたし、は、たたかうー……」
魔法学校の一年生として魔法を学び、日々成長に励んでいる……はずの少女、イリーナ・マーヴェリ。
イリーナの幼馴染であるミシェル・メルダは、隣の席からゆっくりと手を伸ばし、キャロルの視界に入ってしまう前に揺すり起こそうと試みる。
「何でこうなるの……?」
「ゴオツを中心に猛威を振るっていたこの病は、お金持ちの多い地域の実情から、富豪病ともいわれていました。今ではとても考えられませんが、当時は病の原因も、その治療法も不明で、神の祟りと見る動きもあったとか」
諦めずに叩き、頭を抱えながら、ミシェルはペンを動かす。
あくまで見かけ上は……彼女の調子は戻っていた。早起きをし、実技に取り組み、ご飯を食べるイリーナに、以前のような影はあまり見られなかった。
それでも、知能面では相も変わらず、後衛で怠け続ける。
「治療薬はゴオツに駐在していた魔法使いと、ワズランドから駆け付けた魔法使いの協力によって作られました。まずは症状の悪化を防ぐことを第一とし、まだ実現に至ってはいませんが、病の根絶も目指しているそうです」
さて、とキャロルが辺りを見回した。一歩前に進み、今も眠り続けるイリーナに向けて、にこりと微笑む。
とうに、こちらの慌てる姿ははっきりと見られていた。
「ちょっと失礼……イリーナさんっ!!」
「うぇっ、ひゃい……」
「おはようございます。問題児は一人で十分なので、もうこれっきりにして貰いたいものですね」
上下左右が分からない、といった様子で首を傾げていた。
当たり前のように話の腰も頭も理解できていないイリーナに、キャロルは無慈悲にも問いを出す。
「ゴオツとワズランドの関係が深い、そもそもの理由は何だと思いますか?」
「えっ、えーと……」
まだ起きたばかりの頭を動かし、悩んで唸る。今の彼女には答えられないと分かっているのか、キャロルは余裕の表情を見せている。
このままではまずい、と思ったミシェルは、イリーナの肩を再び優しく叩いた。
「ん……何?」
「答えはこれだから、読み上げて」
手早く書いたメモ書きを手に取り、指を差しながら渡す。
「あっ、魔法使いが……人口の七割?」
「その通り。よく分かりましたね、流石ですよ」
「へ、へぇ……?」
ちらりとキャロルがこちらを見て、頷いた気がした。構わない。これでイリーナを守れたなら、見抜かれても。
「ワズランドで魔法使いとして功績を打ち立て、ゴオツで余生を過ごす方は少なくありません。こうした流れから、ゴオツの人口のうち七割は魔法使いで、また富豪の方も多い、という傾向が今に至るまで見られています」
カルミア、ボストレン、ゴオツ、そしてワズランド。
国を構成する四つの地域が時に関わり合いながら、それぞれの文化を形成し、今のディロアマが成り立っていると、キャロルは最後に締めくくった。
授業を終えた生徒たちは、揃って食堂へと足を運ぶ。
「いやぁ、うっかり寝ちゃったから本当助かったよ……」
そう呟くイリーナは、時折欠伸を発しながら歩いている。
ミシェルは朧気ながら覚えていた。皆が寝静まった時間に、彼女がこっそり、机に向かっていたことを。
だから自分も、大切な友人のためにできることをする。
「メモは全部取っておいたから、後で復習しましょう」
「えっ、書いてくれてたの!?」
「どうってこと無いよ。イリーナのためなら」
出だしに遅れ、着いた食堂は既に長い列を作っている。
空いている席に辿り着くと、既にパンやサラダ、スープを手に取った生徒たちが笑顔で横切っていく。
溢れ出る湯気と温かな匂いが、空腹をより大きなものへと変えていった。
「うーん、これじゃあギリギリかも……」
「大丈夫。私がイリーナの分も取りに行くから、待ってて」
「えっ……ちょっと!」
そんなの悪いよ、という声には、敢えて返事をしない。
心配そうな表情をする彼女を席に座らせ、ミシェルは単身で長蛇の列へと足を進めた。
そして、取り残されたイリーナは不意に一人になる。
「そんなこと……してくれなくても良いのに」
最近、ミシェルが以前よりも増して、自分の世話を焼いてくれるようになった。
困った時は、いつもどこからか助けてくれて、時に一緒に悩んでくれて。そんな彼女は、イリーナにとって替えの効かない、大切な存在。
「私……まだまだなのかも」
授業で居眠りをしてしまった。頑張っているつもりでも、ミシェルは自分にとって、足枷のような存在なのかもしれない、と思うことが多くなってきた。
弱い自分ではいられない。恩を返せるような、強い人に。
「ねえ、属性科のイリーナさんだよね?」
「えっ……うん、そうだけど」
「やっぱり! 私、一年のラミィっていうの」
物思いに耽っていたその時、突然隣から声をかけられた。
同い年の少女たちが数名。授業でも稀に一緒になる、普通科の生徒たち。
好奇心を交えた明るい声と共に、彼女らはイリーナの周りの、偶然空いていた席に座ってきた。
「属性科ってやっぱり、実技とか多いの?」
「そう……だね。あと、魔法で戦ったりとかも」
「すごーい! 普通科はね、そういうのあんまり無いから羨ましいなぁ」
「そうなんだ。でも、私も全然だよ?」
斬新な感覚だった。ふと思ってみれば、ミシェルやクリス等、同じ属性科の人としかあまり話さない。
でも、色んな人と関わって、お喋りするのも悪くなかった。
「イリーナさんは、将来の目標とかあるの?」
「目標……夢ってこと?」
「そうそう、聞きたいな。あっ、私はね、騎士団のリーダーとかに憧れてて……」
しかし、そこでイリーナの思考がふと止まってしまう。
すぐに思い浮かんだのは、みんなを守れるような強い魔法使い。でももう少しはっきりとした、形のある夢を考えると、大事な所でぼやけてしまう。
自分でも分からない。自分がどんな存在になりたいのか。
「ちょっと、イリーナに何してるの?」
静かに悩んでいると、僅かに張りのある声が降ってきた。
後ろを振り向く。いつの間にか、二人分の昼食を抱えたミシェルが、こちらに戻ってきている。
「……えっ、ミシェルさん?」
「イリーナは私と一緒にご飯を食べるの。用があるなら、後にしてくれるかな?」
動きが止まり凍り付いた彼女の表情には、珍しく棘が滲んでいる。同級生たちもその空気に気付いているが、その理由には見当が付かずに、慌てふためいた。
何やら、大きな誤解を生んでしまっている気がする。
「ちょっと待ってミシェル、この人たちは……」
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」
この人たちは違うの、という言葉も、あと一歩及ばずに届かない。悲しげな表情をしながら、同級生たちはそそくさと立ち去ってしまう。
「あっ……行っちゃった」
結局、自分の夢については語れずじまいになってしまった。
「もう……悪い人じゃないって言ったのに」
昼食を食べ終え、残りの授業を済ませた後も、イリーナは喉の奥に、まだ心残りが引っかかっていた。
クリスは強いし、ミシェルは頼りになる。けれど自分だけ、強くなれないし頼られない。
「だからって、すぐ色んな人について行って、何かあったら危ないでしょ?」
「いやいや、気にし過ぎだよ……ミシェル」
このままではいけない。寮に戻ろうと手を引くミシェルに、ほんの一瞬だけ待ったをかけた。
「……私、魔法の練習、しに行っても良いかな?」
「えっ?」
「シルビアが使ってた、アルター・スピリット。弱いままじゃいられないから、新しいことを覚えて練習したいの」
長くなりそうだから、部屋で待ってて、と手を振って、彼女に背を向けようとする。
だが一歩を踏み出す前に、右肩を弱い力で掴まれた。
「無理しちゃダメだよ。それに、イリーナがもし失敗しても、私がバックアップするからさ」
「でも、それじゃあミシェルに迷惑ばかり……」
これ以上彼女を心配させたくない。力強く答えようとすると、さらに強い言葉で返された。
「迷惑だなんて! 迷惑……だなんて、そんな」
ごめんなさいとも、ありがとうとも言えない。退路が断たれ、四方が閉鎖的で、これから行くべき場所も見当たらないような、そんな感覚。
しばらくの間、互いに何も言えなくなってしまった。
「私は、イリーナのことを守りたいの。今までだって、これからだって……」
「……ミシェル」
夕日が沈み始め、明るかった廊下が徐々に暗くなっていく。
自分は何もしない方が良いのだろうか。それとも、全てを振り切ってまで魔法に打ち込むべきなのだろうか。
一人では答えが出せない。イリーナは静かに顔を俯け……
「……これは、出直した方がよろしかったでしょうか?」
「えっ……!?」
「っ……!」
その時、ふと誰かの声が聞こえてきた。窓の外から。
驚いて窓を押し開ける。辺りを見回すと、声の主は宙に浮く傘を持ってふわふわと飛んでいた。
「メルアチア、学園長……?」
「お久しぶりです。少し、お二人に用がありましてね」
共に指名され、一体何のことだろうと、ミシェルと顔を見合わせる。言われてみれば、メルアチアとの対面は入学試験以来のことだった。
「今からお話、よろしいですか?」
微笑みながら告げられた。内心は決して、覗かせずに。
「ゴオツに滞在する……依頼ですか?」
自室に入ったメルアチアは、息を吐きながら椅子に座る。
しかし同行したイリーナたちにとって、ここは滅多に足を踏み入れない、聖域のような場所に思えた。
「その通りです。今まではストーリアの被害があった場所にお二人を送っていましたが、今回の目的は……防衛」
彼女の視線が外の景色へと向く。ボストレンとは反対の方角にある、穏やかかつ荘厳な空気を放つゴオツの街並み。
今までとは異なる意味で、近付き難い気配が漂っていた。
「依頼主は、リッシュさんというゴオツの方です。この所、怪しい人物が屋敷の内外に現れるので、護衛して欲しいと」
「怪しい人物、というのは?」
「周辺住民からも目撃情報があったそうです。恐らく、呪術師の仕業だと考えられます」
ボストレンでの戦いが頭をよぎる。呪術師によって人が怪物に変貌し、救える命を救えなかった現実。
でも、今回はまだ被害が出ていないと学園長は語る。
イリーナは頷きながら、全身に力を込めた。今ならまだ間に合うかもしれない。あの時、できなかったことを。
「それじゃあ……」
「……でも、クリスが出られません。万が一呪術師が何らかの策を講じれば、対応できるのでしょうか?」
勇気を出そうとしたその時、息を深く吸い込んだミシェルと、言葉が重なってしまう。
どうして。せっかく、目の前で救える人がいるというのに。
「やはり、不安ですか?」
「いざという時、誰を先に助けるのか。決断をしないといけないのは分かっています。でも、イリーナに同じ判断をさせるのは難しいと思うし、させたくありません」
「いや……私は別に、そんな」
命に優先順位を付けたくない。できるなら、一連の戦いに巻き込まれた全ての命を救い出したい。疑わずにそう信じている自分は、ミシェルにとって弱く見えるのか。
胸を張ってメルアチアと視線をぶつけ合う彼女が、少しずつ視界の中で遠くなっていく気がした。
「……そうですね。ですが、ゴオツには騎士団の皆さんもいらっしゃいますから、その点は安心だと思いますよ」
「騎士団……?」
「学園長、その騎士団というのは?」
あまり聞き馴染みの無い単語だった。きょとんとした顔をした後、メルアチアは表情を柔らかくする。
「ワズランドやゴオツにおける魔獣の退治や、呪術師の調査を行う自治組織です。純然たる魔法使いとは異なり、魔法学校の普通科の生徒たちによって構成されています」
罪人の捕縛や抗争の鎮圧も仕事です、と彼女は付け加えた。
「でも、普通科の子たちって戦えるんですか?」
「生身なら厳しいですよ。だからこそ鎧や剣といった魔道具を装備し、その補助を受けて戦っているんです」
「なるほど、色んなお仕事があるんですね」
見えない所で誰かが戦っている。属性科だけでなく、普通科には普通科の役目があることに気付かされた。
だが、そこでイリーナは引っかかって首を傾げる。
「……あれ、ボストレンは違うんですか?」
活動地域にボストレンが入っていなかった。そして今までの戦いで、騎士団のような存在は見ていない。
ミシェルが何かに気付いたようにはっと顔を上げる。ロウソクの光が揺れ、メルアチアの表情に影が広がった。
「彼ら騎士団は魔法使いのための存在です。そうでない生物は、守る意味がありませんからね」
優しい笑顔、厳しい表情、そのどれとも異なる無の感情。
彼女が何を考えているのかが分からず。一瞬、口から出かけた言葉が止まってしまった。
「でも、それは……」
「話が逸れましたね。とにかく、緊急時は騎士団の存在があるので、ゴオツでの戦闘は比較的安全です」
イリーナはミシェルの顔を見つめた。どう反応すれば正しいのか、次第に分からなくなっていく。
少し無理に話を切り上げ、メルアチアは軽く頭を下げる。
「これ以上の被害が出るのを防ぐために、どうか皆さんの力を貸してください」
「それで、力を貸すと言ったのか?」
「うん……でもゴオツって、どんな所なのかな?」
メルアチアと別れた後、イリーナはミシェルと共に、そのままクリスの部屋へと足を運んだ。
腕には白い包帯が巻かれていた。負った傷は完治しておらず、彼女は横になったまま口を開く。
「事件の話はそうそう聞かないな。ワズランドで活躍していた魔法使いも多く、とにかく魔法の力を持つ者には優しい場所だろう」
「騎士団が常駐しているというのは?」
「それも本当だ。ただ、呪術師相手に戦えるかは分からない」
部屋が暗いことに気付き、カーテンを閉めて灯りをつける。
ありがとうとクリスが呟いた。イリーナはゆっくりと姿勢を下げ、彼女と目線を合わせる。
「やっぱり……魔法使いには優しいんだね、みんな」
誰も触れようとしない。魔法が使えない、一般人のことは。
「魔法使いは出世し、一般人は失敗する。失敗した一般人はやむなく罪を犯してしまい、それを目にした魔法使いたちは一般人を迫害してしまう。その繰り返しだ」
「どうにか、できないのかな?」
「一人の力では難しいだろう。この国そのものが、意識を持って変わらなければ」
声色には少し、震えがあった。強い言葉を使いながらも、どこか希望を捨て切れない迷いと揺らぎ。同じでありながら差の付いてしまう不条理が、辺り一帯に漂っていた。
立ち込める、重く苦しい空気を断ち切ったのは、同じくこちらに歩み寄ってきたミシェル。
「……それでも呪術師が生きている限り、争いは終わらない。その問題をどうにかするのは、あいつらを倒してからだよ」
「それはそうだな……あっ、イテテ」
不意に動こうとした刹那、クリスが痛みで腕を抱える。
助けが欲しい、と言いたいのは山々だったが、とても戦いに出られるような状態には思えなかった。
「大丈夫、クリス!?」
「問題無い、もう慣れた……頑張れば動けるのだが、学校の連中が安静、安静とうるさくてな」
「無理しちゃダメだよ。治るまでは、大人しくしてないと」
枕元に置かれた魔法の杖を手に取った彼女は、本棚から一冊を浮遊させて手元に運ぶ。
いつに無く退屈で、空元気で、悔しそうな様子が伺えた。
「まあ、この調子だ。今回は役に立てそうに無いが、ボクの分もどうか頑張って欲しい」
真っ直ぐに視線を向けられ、すまない、と頭を下げられた。
「分かった。今回は私たちに任せて、クリス」
怪我の無い方のクリスの手を握る。ほんのり暖かくて、そして優しく、触れるだけで元気が貰えた気がした。
ただミシェルは一歩引き、その輪に加わろうとしない。
「うーん……本当に大丈夫なのかな?」
イリーナたちが去った後、メルアチアは一人溜息を付いた。
椅子に背を預け、天井をゆっくりと眺める。複雑な日常から解き放たれ、自分が何者でも無くなる時間。
「ん……?」
その時、卓上の水晶に交信が入っていたことに気付く。
魔法の杖を手に取り、入った連絡に応じる。すると、透明な水晶に人の姿が映し出された。
鋭い視線と渋い表情が印象的な、少し背丈の高い年配の男。
「伝えたいことがあれば直接来たら良いのに、余程お忙しいんでしょうね」
「まあ、そう言うな。こっちの方が話しやすいのさ」
「何の要件です……マルクさん?」
魔道具店の店主、マルク・レーベン。学校で取り扱う魔道具の販売元であり、ある種の取引先のような存在。
張りの強い声を耳にし、メルアチアは周囲を見回す。
「単刀直入に言おう。魔法学校属性科四年、アセビ・マルティを死なせた件についてだ」
眉がピクリと上がった。大きな声を出しかけ、深呼吸。
「不慮の事故です。今後の活躍を期待していたのですが、私としても大変残念でした」
「そんな建前は聞いていない。呪術師の動向を知っている君が、見通しを外すなど有り得ないだろう」
首をゆっくり左右に振る。目に見えた憎しみは見せずとも、彼の考えていることは察しが付いた。
「私は彼女らを直接指導する立場には無い。だが魔道具を提供した以上、その将来に期待を寄せる権利はある」
「ええ、そのことは十分承知していま……」
「承知していれば、こんなことは起こらないはずでは?」
何を今更、と片付ける程に、今の彼は優しくなかった。
メルアチアは再度溜息を付く。既に冷めた紅茶を啜り、底に溜まった苦みを睨み付ける。
「自分勝手な権力者は後ろから刺される……そろそろ、その椅子の生地もへたってきた頃合かな?」
ゴツンと鈍い音を立て、彼女は勢い良くカップを置いた。
息を吸い込み、吐き出す声は少し低いものとなる。
「私は貴方の使い走りではありませんし、彼女の部下でもありません。この学校の方針は私が決めます」
想像は付いていた。一年のみで難しい任務になるならば、手の空いている上級生が支援するのが必然。
そうして加わった彼女を不慮の事故と称して切り捨てることも、それを機に一年の成長を促すことも全て。
「……努力する有能と、努力する無能。努力しない有能と、努力しない無能。貴方は一体、誰が不要だと思いますか?」
「何を言っているんだ、君は?」
マルクは怪訝な顔をする。抱えていた怒りが、揺らいだ。
「そんなもの、努力しない無能に決まっているだろう」
「いいえ、努力する無能です」
適材適所だと告げる。努力しない無能は普通科に押し込み、努力する有能は属性科に加える。しかし努力する無能に相応しい場所は、魔法学校のどこにも無い。
「努力しない無能は身の程を弁えますが、努力する無能は何も分からず死地に飛び込みます。アセビさんにとっては、それがボストレンだったということです」
淡々と言葉を紡ぎながら、メルアチアは引き出しから真っ白なチェスの駒を取り出した。
机上に並べたのは二つのポーンと、ルークと、クイーン。
そのうち前に出たポーン一つを指で軽く弾き、灯りを受けて淡く輝く机から転げ落とす。
「……しかし、一度も鍛えずに無能と呼ぶのか?」
「最早分かり切っていることです。三年生にもなって、クリス・サキュラと同等の力しか有していないのなら、クリスの方がまだ将来性はあります」
ルークとクイーンの駒を本の上に置く。一歩高い場所から、世界の全てを見つめる存在。
「それに……私たちの最終目標は、この世界にとって有用な存在のみを残すこと、ですからね」
「まあ、それはそうだが」
「彼女もきっと、同じことを考えるはず。今は先が見えませんが、しばしの辛抱ですよ」
マルクは目を細めながら頷いた。孕んでいた怒りは消え、表情からも納得の色が浮かぶ。
「……分かった。今回のことは、そう伝えておこう」
交信が切れる寸前、メルアチアは仰々しくお辞儀した。
「ご納得して頂いたようで何よりです、マルクさん」
続く




