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後桃園結義-6

 これはもうどちらかが倒れるまで、この戦いは終わらない、誰にも止められない、とミズキが息を飲んでいると。

 目にも止まらない速度で互いの得物を繰り出し合っていた関羽と張飛の間に、

「すっ……」

 と、白馬に乗った一人の姫武官が、軍気配を消したまま入り込んでいた。


 まさかっ!? どうやってこの必殺の間合いに? どれほどの達人? とミズキが驚愕していると。


 その清楚な姫武官は九尺の長槍「涯角槍」を繰り出すと、青龍偃月刀と蛇矛をその一本の槍を用いて同時に受け止めていた。


 少女の両眼のの瞳孔が開ききっていることに、ミズキは気づいた。

 見えていないのだ。

 盲目の姫武官、らしい。


「……趙雲!?」


「お前、今までどこにいたんだ!? 邪魔をするなよ!」


 趙雲? 趙雲子龍なのか? 盲目だなんて、聞いたことがない!?


「常山の趙雲子龍、劉備くんとの約束を果たすために汝南に推参だよ。わが主・公孫瓚が袁紹に敗れて滅ぼされたので、私は天下御免の素浪人に。職を失ったら、劉備くんが家臣にしてくれるという約束だったからねぇ」


 袁紹さんからも誘われたけれど、やっぱりお仕えするなら劉備くんだよね、ところでどうして桃園結義で「生まれた日は違えども同日に死なん」と誓った二人が殺し合っているのかな? どちらかが欠けたら、私が劉備くんの義妹に繰り上がれるんだよね? と趙雲は笑った。関羽と張飛の戦意を鎮めてしまう、柔らかい笑顔だった。


「聞いてください趙雲。私は曹操のもとにくだるという恥を忍んでまで、奥方たちと、兄上のお子である阿斗さまをお守りしてきたのです。兄上が汝南で山賊をやっておられると耳にしたので、奥方たちととも千里の道を突破して五関に六将を斬ってここまで来たというのに、張飛がなにか誤解して」


「関羽、ごちゃごちゃ女々しいんだよ! お前は桃園結義を破って曹操に寝返った! だからあたしが妹として制裁する! それだけのことだっ! さっさと兄貴を返せ! 傷口が開いて死んだらどうするんだ!」


「趙雲? 冷静なきみならわかるよね? 俺は劉備じゃないんだ。顔は生き写しのように似ているらしいけれど、別人なんだよ。人違いだ。関羽も張飛も、劉備のことになると燃え上がって聞く耳をもたないらしくて」


 わかるよ、旅のお方、と趙雲は微笑んでいた。


「私にはきみの顔は見えないけれど、いやあ、声まで劉備くんにそっくりだね。この二人は劉備くんのこととなると知力が半減するから、間違えるはずだよ。ただ、匂いがちょっとだけ違うね。身体から、嗅いだことのない未知の食材の匂いがするね、くんくん」


 お嬢さま然とした美少女の趙雲が、ミズキのすぐ目と鼻の先まで顔を近づけてきて匂いをかぎはじめたので、ミズキは(うわ、かわいい)と戸惑ってしまった。


「ぶ、豚まんの匂いかな? 神戸名物の豚まんと横浜名物のシウマイ弁当は凶悪な匂いを放つから。それとも、中華街で買った唐辛子かな?」


「豚肉、小麦、そしてまったくわからない謎の香辛料の香りが混じっているね。くんかくんか。お腹がすいてきちゃった。私、痩せてるけど大食いなんだよね」


「趙雲! 兄上に近づきすぎです、鼻を兄上のほっぺたに押し当てないでくださいっ!」


「さては趙雲、お前も兄貴を奪いに来たんだな! だが兄貴は重体なんだ、早く寝かせて手当しないとっ!」


 どういうことです? と関羽が大きな目を見開き、趙雲が「……じゃあ、曹仁軍との戦いで劉備くんが負傷したという噂は……」と悲しげに汝南の青空を見上げていた。その目にはなにが映っているのだろうか。



「……そういうことだ。よく戻って来てくれたな、関羽。まったく。曹操のもとに仕えていれば数々の武功を挙げていずれは驃騎将軍にもなれたというのに、馬鹿な妹だ。張飛、俺はここにいる。心配するな。そして趙雲、あいにく約束は守れそうにない。すまない」


「三国志演義」の主人公。

 曹操と覇を競った、天下の英雄。

 後に一天万乗の蜀漢皇帝となるはずの英傑。

 関羽・張飛と「桃園結義」を誓い、義兄妹となった義侠の男。

 劉備。字は玄徳。

 ああ。ついに、ほんものの劉備と出会った、とミズキは震えていた。


 しかし、劉備は負傷していた。

 自力で歩くことができず、要塞から、元黄巾族の家来たちが担いだ輿に横たわって降りてきたのだった。

 その顔とその声は――。


「……俺と、瓜二つだ……!? 俺自身にも、見分けがつかない!?」


 まるで双生児だった。

 しかし、ひとつだけ違うことがある。

 劉備は、相手に畏敬の念を抱かせずにはいられない凄まじい「気」を放っていた。

 まさに、皇帝になるべくして生まれた英雄の中の英雄。

 関羽と張飛は妹として義兄に抱く「劉備愛」が強すぎるので、これほどの「気」を放っていないミズキを、本人と取り違えたらしい。


「いやあ、驚いたな。俺が二人いるかのようだ、ははっ。関羽と張飛が間違えるはずだ。だが、趙雲は鼻が効くからな。お前はもしかして、俺と同じ涿県の生まれか?」


 いや。日本生まれの日本人だ。この時代では「倭国」と呼ぶのかな、とミズキはかろうじて答えていた。ほんものの劉備だ。劉玄徳だ。俺そっくりなのに、こんなにかっこいいなんて、いったいどういうことなんだ。人間は顔じゃないんだな。心だな。見ただけでわかる。この人は途方もなく、器がでかい……! 緊張と混乱のあまり、ミズキは自分がなにをしているのか、見失いかけていた。だが。


「でででは、わわわ私は、兄上ではないどこの馬の骨とも知れない男におっぱいを触られたのですかっ? わしづかみにされて、こねくり回されたのですか? きゃああああ! 許せません! 兄上の妹として生きて死ぬ、だから生涯独身を守ると護身してきましたのに! 偽兄上! あなたを殺します!」


 ついに「人違い」を認めた関羽が、顔を真っ赤にしながら錯乱してミズキの首にギロチンチョークをかけてきたので、「英雄・劉備に会った」という感動はたちまち「助けてくれ」という恐怖に。


「ぎ、ギロチンチョーク! シンプルにして最強の絞め技! し、しかも技をかけているのはあの関羽! ほ、他の相手ならばともかく、関公相手ではこの俺をもってしても脱出不能……! ストップ、ストーップ!」


「妙な言葉を叫んで誤魔化しても無駄ですっ! 私と張飛は、生涯を兄上の妹として生きると決めて以来、殿方を遠ざけて純潔を守っているのです! 生涯不犯なのです!」


「おいお前、ほんとうに兄貴の『そっくりさん』なのか? 嘘だろう? 似すぎだろう。お面を被ってるんだろう? 引っぺがしてやるからな!」


 さらに、その子鹿のような細腕からは想像もつかない握力を誇る張飛が、頬を引っ張ってくる。顔の皮が剥がれるっ! 人間、どれほど武道の修行をしていようとも、皮膚だけは守りようがない! 痛い痛い痛い!


「兄上。この怪しい男は私のおっぱいを揉んだ罪でただちに始末しますので問題ありません」


「はは。民に優しい関羽も、貞操の危機となると人が変わるな」


「当然です! それよりも、曹操のもとに捕らわれていた奥方さまたちと、そして許で生まれた兄上のお子・阿斗さまをお連れしました。ですが兄上、その傷は……」


「だから、兄貴は重体なんだって! 寝てなきゃダメなんだ!」


「……そのようだね。血の匂いが、強いよ。そして、心の臓の音が、弱まっている。劉備くん……」


 関羽、張飛、趙雲の三人が悲しげに沈黙する中。

 劉備は、意外な言葉を口にしていた。


「……関羽。張飛。趙雲。奥や子供との対面は、後でいい。しばし、彼と二人きりにしてくれ。男同士の、話をしたい」


「兄上。男同士の話、と言いますと?」


「あとからお前たちも部屋に呼ぶ。すぐにわかる」


 こうしてミズキは、天下の英雄・劉備の寝室に呼ばれ、二人きりで話すこととなった。



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