第七話 魔法学園編入
翌朝、トイレと朝食を済ませた俺は用意された魔法学園の学生服を着て、コリンズと共に馬車で学園内の事務棟の入り口まで連れて行かれた。
学園の敷地は広大で、簡略図が掲示板になければ確実に迷うくらいのものだった。
入り口で待っていた職員が俺たちを出迎える。
「勇者ヤスタケ様、ようこそ王立魔法学園へ。学園長がお待ちです。どうぞこちらへ」
職員を先頭にコリンズと一緒に事務棟内へ入ると、三階の学園長室まで案内される。
中に入ると執務机の向こう側に白いひげを蓄えた老人が立っていた。
「ようこそ勇者ヤスタケ様。私は学園長のサリュー・マッケンローです」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
互いにお辞儀した後、コリンズは俺に耳打ちした。
「学園長は公爵の家柄です。学生たちの自主性を重んじており、貴族同士の諍いを持ち込まれるのは許しません」
「素晴らしいですね」
権力が強いから成せる事だ。人格者とはこうありたいものだと感じた。
「早速、ヤスタケ様の教育計画を組んでみたいのですがよろしいでしょうか?」
呼び出されてから間もないのに、随分急いでいるようだ。
こちらとしても面倒な手続きは遠慮したいので、頷いておく。
「はい」
「資料によると、貴方の適正は無属性及び闇属性となっておりますがあってますか?」
「間違いないと思われます」
「では、担当する専門の教師を後で紹介します。次に、肉体面の強化の方ですが、剣を習っていたことはありますか?」
「残念ながら、武器を使った戦い方を習っていたことは一度もありません」
「分かりました。どんな武器に適性があるか後で審査します。最後に学力の方ですが、テストを受けた後、成績に応じて然るべき教室に割り振られます。また、必要な知識を習得したい場合は図書館を利用することを許可します。……大まかな方針は以上になりますが、何か質問はございますか?」
「私はこの学園にどのくらいの期間いることになるのでしょうか?」
「戦闘技術や魔法の習熟度合いによりますが、最低でも一年は在籍していただく予定です」
その短さに驚いた。
「たった一年ですか。休んでいる暇なんてないんじゃ……」
「我が国の現状を考慮した場合時間が無いのですが、あまり根を詰めすぎて倒れられても困りますので、ほどほどにしてください」
ほどほど、という表現に意味を図りかねるも、頷いておくことにした。
「分かりました」
「それではまず学力テストから行いますので、別室で受けてください」
こうして俺はテストを受けることになったのだが、結果を言うと、答えられたものもあるし答えられなかったものもある。
その場で採点をされ、点数は良くもなく悪くもなくただ微妙だった。
ちなみに学科の中でも、数学は一人でも食べていける程度の学力を有していることが判明した。
最悪の点数をとった学科は、日本と風習が異なるのが原因で、相手の感情を読み取る国語の文章問題が散々だった。
貴族の考え方や生き方なんて知るわけないだろう。
この結果を見て学園長はこう評した。
「総合的に見て中等部一年程度の実力ですね。次は体力テストに行きましょう」
彼の評価に俺は喜びも怒りもしなかった。
高校の頃は遊んでばっかりだったからな。当然の結果だろう。
テストの中には高校生であれば解ける問題もそこそこあったからだ。
体力テストも結果から言う。
マラソンはなかなかの持久力だったが、陸上部だった高校時代と比べるとかなり落ちていた。
それでも同年代より成績が良いのは走り慣れているせいだろうか。
懸垂などもやってみたが腕力があまりないと判明。
複数の同時対処に後れを取ったりと、不測の事態に陥ったときの状況判断が遅かったりと駄目な部分があちこちあった。むしろ良い点を出した項目が少ない。
仲間達の足を引っ張りそうな結果だ。
「正直、私は勇者に向いていないのではないですか?」
「どちらかといえば、じっくり考えて準備万端の状態での補助役に適しています」
「勇者なのに補助役というのは体裁が悪いのでは?」
「無理に前に出て死なれたらそれこそ困るので、基本は後ろで控えていただけると助かります」
マッケンローの話によると、歴代勇者の中で補助役は非常に珍しく、大抵は前線向きで味方を引っ張っていく役割が多いとのこと。
できれば今回の勇者に加え回復役の聖女様が居てくれれば、バランスの良いパーティーになるだろうとも言われた。
「学園にいるんですか、聖女様」
「聖女見習いが何十人か。まだ神殿に認定されておりませんが、今後に期待しましょう」
選ばれる人の感情は抜きにして、白羽の矢が突き立つような感じだが、とばっちりと諦めてもらうほかないだろう。
「逆に勇者と一緒に行動できるのであれば素直に喜ぶと思いますよ」
「何故ですか?」
「上手くいけば歴史教科書に乗ります。名誉な事ですよ。末代まで自慢できます」
貴族の生き方を見せつけられたような気がした。
「ところで、私たちが行軍の際、食事の準備や寝床の用意は自分たちでやるから、その教育をしてもらえないでしょうか?」
「幽霊族に同行していただいて補助してもらいます。ご安心を」
「……ついてきてくれるんですか?」
「戦いにはあまり向いていませんが、いるのといないのとでは大違いですよ」
「分かりました」
「それでは、一通り試験を終えたので中等部の教室に案内します」
マッケンローが俺が行くクラスを発表する。
「勇者殿のクラスは中等部一年Aクラスです」
「対応が早いですね。というか、そのクラスに行く理由を聞いても?」
「学園長ですから全生徒のデータを網羅しております。……Aクラスは学年内で最も優秀な学力を修めた者たちを集めた集団です」
「それは心強い」
コリンズに連れられて、目的の教室へ歩いて行く。
教室の入り口で待っていて下さいと言い、コリンズは中に入って行った。
まもなく教室の扉からコリンズが顔を出して、入って来て下さいと言われたので中に入る。
俺は生徒たちの顔を観察する。
皆お肌がつやつやプルプルだ。現代の化粧品を使いこなしても、若く見せようとして取り戻せない肌をまとった少年少女たちがそこにいた。
……うん、偏見かもしれないけど、この年なら当たり前のことなんだよなあ。だって、シミやそばかす、痘痕やエクボが一切ない健康的な男女なんだもの。
正直、シミが目立ち始めた自分としても羨ましい。
思えば随分遠くまで来たものだとしみじみ思う。
教壇の前に立ったコリンズが言う。
「耳の速い者もいるだろうが、今日から君たちと一緒に勉強する召喚された勇者だ。驚け、魔王討伐のために召喚されたんだぞ」
教室内が騒めく。
俺から見て生徒たちの反応は懐疑的だ。
そりゃそうだ。君たちと同じ年頃ではないという時点で対象外だろう。
そんな俺の内心をよそに、コリンズの言葉は続く。
「嘘ではない、冗談でもない。彼と共に行動する仲間を募集している。我もと思うものは志願すると良いだろう」
ざっと見た限り、大半の生徒たちが興味を示したが、将来何人同行して何人生き残れるのか心が痛んだ。
とりあえず空いている席に座り、今の時間帯の授業を見学したが、みんな授業に熱心で俺たちの学生時代の授業態度が恥ずかしく思えるくらいの差があった。
人生がかかっているからの理由なんだろうが、それにしても差がありすぎる。自分の命だけでなく、一族の運命がかかっているからなのかもしれない。
まだ幼さが目立つのに、それだけのことを自覚できるという心があること自体にも感心した。
俺たちは子供の頃、親の事は気にしなくていいから無事に育って羽ばたいていけと、背中を押されたもんだがな。
学生時代卒業間際に親に言われたことを思い出した。
まあ、心配で置いていけなかったがね。
これは本腰入れて学ぶ必要がある。怠けているどころか息抜きをする暇などないのではないかと感じる。
鐘の音が鳴り教師が立ち去った直後、次の授業が始まるまでのわずかな時間の間に、生徒達が男女関係なく俺のところに集まってきて色々質問してきた。
いっぺんに話しかけて来られたので戸惑ったが、このクラスの中で一番品格の高そうな貴族に仕切られたのでその後はスムーズになった。
どこから来たのか?
何をしていたのか?
年齢は?
家族は?
結婚しているのか?
勇者に選ばれた感想は?
などと聞かれ、当たり障りのないよう返答したつもりだ。
笑顔で聞いてくる人もいるのだが、中には値踏みをするような顔で訊いてくる人もいた。
こんなおっさんで魔王討伐ができるのかどうか疑っているのだろう。
今のところは自分に自信がないためはっきりとは言えないので正直に答えることにした。
下手に虚勢を張っても意味が無いと思ったからだ。
「みんなが不安に思っているのも当然だろう。……限度はあるかもしれないが、私は私なりに頑張っていくのでどうか温かく見守ってやってほしい」
そんなことを受け答えしていると次の授業のを始めるため別の教師が入ってきた。
彼の後ろにコリンズが本を山のように抱えて入って来る。
「勇者殿の教科書とノートをお持ち致しましたぞ」
「これはどうもすみません、ありがたく受け取らせていただきます」
最初はコリンズさんにどの授業で使うのか教科書を教えてもらい、指定されたページを開ける。教師の話す授業内容が教科書の内容と一致するかどうか確認した後、彼の話す言葉に聞き入る。
どうやら王様から聞いていた現代国際情勢の授業らしいのだが、やってきたばかりなのでちんぷんかんぷんだ。
そんな状態の俺にコリンズが顔を寄せて尋ねてきた。
「どうですか勇者殿、付いて行けそうですか?」
「魔法のおかげである程度は。ですが固有名詞がさっぱりなので、まるで分かりません」
俺の答えにコリンズは苦笑する。
「まぁ最初はそんなものでしょう。慣れるまで時間がかかるかもしれませんが頑張っていきましょう」
「はい、分かりました」
さらにその次の授業は魔法についての座学だった。
試行錯誤してきた魔法を、どのように使えば安全な発動ができるのかどういった内容だった。
話の内容を聞く限り、どうも制御を誤ると大変なことになるらしい。
詳しく知りたかったので手を上げて聞いてみることにした。
先生からの答えは暴発して最悪の場合、体が吹き飛ぶということだった。規模小さなものであれば指がしびれる程度で済むらしい。
あれか、製造業に勤めていた頃、失敗すると指が切断されたりする機械を動かすのと一緒か。
よくあんな環境下で作業できていたなと、内心慄きながら教師に質問する。
「どのくらいまで練習すれば失敗しなくなりますか?」
「水を飲みたいと思ってコップに手を伸ばすのが及第点で、その動作を無意識に行うくらいまでできれば合格です」
「……分かりにくいです」
「微妙な差ですが、大きな違いですよ。とにかく数をこなしましょう」
それは元の世界でも同じだ。練習あるのみだろう。
今後の展開が読めない未来を思うと気分が重くなった。
次回の投稿は明日の22時前後を予定してます。