第五話 打ち合わせ
「私がどこの出身か詳しく聞かされてますか?」
「ここではないどこかと。……過去に呼んだ勇者の同郷かもしれないが」
「やはり気付いてましたか」
「ああ」
俺が日本から来たという話だけで勘付いたに違いない。
「そもそもアンリたちは何故、他の勇者に地球出身の者が混じっていたことを知らないような口ぶりをしたんでしょうね? 素直に都市にある様々な技術は勇者からもたらされた物ですって言えば良いのに」
俺のぼやきにウェスティンが苦笑いする。
「単純に恥ずかしかったからではないのか? 生まれ故郷がよその進んだ国からの技術で発展したなどとは自慢できないだろう」
「それは私の故郷でも同じです。自国の学者の新発見で隆盛したこともあったし、他国に頭を下げてまで導入した技術もありましたから。持ちつ持たれつですよ」
「良い言葉だ」
これで疑問は解消した。
「魔王討伐に連れて行ける人数は何人まで可能ですか?」
「将来、成長したヤスタケ殿の強さとそのときの彼らの相性によるだろうな。一クラス丸ごとは無理だろう」
「まあ、貴族の跡取り息子などがいるでしょうから、親からしてみれば死地に送り出したくないでしょう」
「次男、三男なら『命を惜しむな、名を惜しめ』とケツを蹴るだろうな。後は孤児院や貧民街出身の子たちは率先して願い出るだろう。貧困脱出の機会だからな」
「競争が激しくなりそうですね」
「その分、優秀な人材も集まるだろう」
話している内に、そういえばと思い出した。
「呼び出せる勇者は一つの国につき一人だけ、というのは本当ですか?」
「うむ。神々が決めた。あまりにも多いと勇者を代表しての国家の代理戦争になりかねないからな」
「そうですか。後はお願いなのですが……」
「無茶な願い以外なら聞いてやる」
「魔王討伐後の報酬の件なのですが、金銀財宝ではなく、宝石の類にしてもらえないかと」
「それは構わないが、何故だ?」
「故郷では私平民なので、換金の際に出所を問われます。場合によっては不法所持で役人に捕まりかねません」
「あー」
理由を聞いたウェスティンが遠い目をした。
「価値の低い宝石なら出所を問われることはないだろうという、私の浅知恵ですけどね」
「世知辛いな。ヤスタケ殿がそう言うのなら構わんが、……価値の低い宝石で良いのか、本当に?」
「その分、宝石の数を多めにして下さい。老後はのんびりと長く生きて暮らしていきたいので」
「うむ、容易いことだ。それなら目標達成後でも準備可能だな。他にはあるか?」
「できれば、故郷に連れ帰ることができる気立ての良い若い嫁が欲しいです」
「貴族の中から選ぶのはちと厳しいぞ?」
「いえ、平民、孤児院出身の子でも良いので。……こんな年になったら選り好みできませんよ」
「俺は王族の生まれだから婚姻のあれこれには相当苦労させられた。ヤスタケ殿の境遇を知らんが、俺は結婚できただけましだったか……」
「いや、本当、今現在私の故郷では結婚してない平民の若者が四割に達するとか言われてますので」
「国が滅びてしまうではないか……」
ウェスティンが呆然とする。
「いえ、元々異常だったんですよ。百五十年前の故郷の総人口は三千二百万人、今現在が一億二千万人で老人が四割くらい。国が生産した商品を海外に売って儲けた金で世界中から食料を買って支えていたんです。三十年後には人口が半分になるとか言われてますが、そのくらいが正常と私は考えてますね。人が多すぎるんですよ」
「自国の人口が減っても良いとは看過できんな。数は力だ、半数に減るなど論外だ」
当然の意見だ。真っ向からの反論に俺は穏やかに返答する。
「尤もな話ですが、私の話を聞いて考えてください。……私の国の人口を支えている自国の農産物では国民の四分の一を支えるのが限界です。それ以外の農産物が、他国の思惑により一切入って来なくなったらどうなりますか?」
「それは、飢え死にだろう」
「彼らが死ぬ前にその怒りがどこに向くか、です」
「それは時の政権……ああ、そうか」
「国が倒れればその混乱の隙を突いて隣国が攻めてきかねません。そうなった場合、もっと多くの犠牲者が出ます。歴代の政権がどう考えていたのかは知りませんが、食糧不足で国民が餓えないようにするために自然減少へと至るように仕向けたのかもしれませんね」
「馬鹿な……、隣国を攻め取って農地を確保してしまえば良いではないか」
「おおよそ百年くらい前にそれやったんですけど、結果的に戦争に負けて多大な犠牲を払ったんですよ。その影響が現在まで残るくらいに。今やったとしても同じ結果になるだけなのでしたくないですね」
本当は他国を攻め取るに値しない理由があるのだが、説明するのが面倒くさいので黙っておくことにする。
「以上、私の個人的な見解でした。……それにどの道、庶民である私には止めようがありませんし、なるようになるしかならないですね」
「勇者殿の考え方に納得はしないが、理解はした」
「まだ質問があるのですが……」
「何かな?」
「魔王と王国との戦争の発端を聞かされたんですが、もう少し詳しくお聞かせ願えないかな、と」
「詳しくは学園の現代国際情勢科で話を聞けるはずだ。まあ、王族の視点から見た出来事を知っておくのも損はないか。……貴族たちの前ではああ言ったが、事態はもう少し複雑でな……」
王様の話をかいつまむと次のようになる。
軍事国家は地球のモンゴルのような楕円形の国家で南西に魔王領と接する。西側は高い山脈、南側は常に荒れている海で船は出せず陸軍国家。東に低い山脈がありその向こうにカルアンデ王国。北側に三つの国と接している。
元々は複数の騎士団領がひしめき合っていた所で、ある時、力の強い騎士団が一つの国へまとめ上げたのが前身。上手にまとめた建前としての合言葉は「魔族から民を守れ」。この言葉が各騎士団に受け、統一へ繋がっていったそうだ。
旧騎士団領を繋ぐ道路が網目のように走っていて、統一後は不便ということで、比較的真っ直ぐな道路が敷設される。また、魔族領と接する国境線沿いに長大な壁、要塞線を構築し魔族領にふたをする。魔族の侵入を防ぐためと国内外に喧伝した。
しかし、魔族領が魔王により統一された後、軍事国家に侵攻してきた。戦争序盤で敵の竜騎士を捕らえて尋問したら「我らには決戦兵器がある。これもカルアンデ王国のおかげだ」という答えが返ってきたので、抗議の問い合わせが来た。
次第に状況説明から王様の愚痴へと変化していく。
「軍事国家から魔族領に戦略兵器を輸出するな、攻め込むぞと通告されたが経済物資や剣や槍くらいしか輸出していない、わけが分からん。そんな物は無いと説明しても納得してくれないうえに、軍事国家に統一されてから疎遠になっていたので放置したら、あっと言う間に軍事国家が攻め滅ぼされてな。さすがにこれはまずいと考えたわけだ」
軍事国家と国境を接する国々が中心となって同盟を結び、各国それぞれが勇者たちを召喚し、軍隊と共に軍事国家へと攻め込む手筈らしい。
問題はそこではないらしい。
「ヤスタケ殿には悪いのだが、同盟国の勇者たちとの共同歩調はとれないのだ、すまんな」
「どういうことです?」
「ヤスタケ殿は先頭で戦うのに向いてないことが同盟各国に魔導通信で知れ渡り、いらないとはっきり言われてしまってな」
王様が深いため息を吐いた。
俺としては裏方でも使いようによっては活躍できると思うのだが。
「その同盟各国の勇者たちは今後どういう行動をとる予定なんですか?」
「誰もが戦場経験があるそうなので、すぐに投入されると聞いている」
「良いじゃないですか、彼らによって戦争が終わればそれで良し。終わらなくてもそれまでに学園で訓練して経験を積めば良し。悪いことはありません」
「そう考えてもらえるだけで助かる」
その後は雑談を交わしてウェスティンとの会話は終了し、契約内容に間違いがないかどうか確認した後、応接室から退室した。