第四十一話 再度魔王領へ
お待たせいたしました。
白い光が治まると俺たちは大きな魔法陣の上に立っていた。
転移の儀式魔法に携わった術者たちが魔法陣の外周を幾重にも囲んでいた。
魔法陣の中に踏み込んできた黒いローブ姿の老人に声をかける。
「ただいま、アンリさん」
「うむ」
アンリは俺たちに混じるベッゲーと、首輪と鎖付きの副官を見て顔をしかめる。
「詳しい話を訊きたいんじゃが、一体何があったのじゃ?」
「無駄を省くために、関係者を集めて話しておきたいんです。あとここ、どこなんですか?」
「魔王城じゃよ。何かあった時の対処のために滞在しておった」
「ということは、ウェスティン国王陛下も?」
「うむ。外遊という名目で滞在されておる。と言っても、大体の交渉は済んだから今は静養しておるそうじゃ」
折角の休暇を邪魔しちゃ悪いな。
「……それぞれ会いに行った方が良さそうですね」
「そんな事は無い。急ぎの用件なんじゃろ?」
「……よろしいのですか?」
「お主には世話になったからの。ある程度は融通してもらえるじゃろう」
「よろしくお願いします」
◆ ◆ ◆
魔王の執務室に魔王と副官、カルアンデ王国国王ウェスティン、アンリ、俺、ローナが集まっていた。虎太郎は召使に預けている。また、理由があってセシルともう一人の副官、ベッゲーには席を外してもらってる。
俺達が帰還したと思っていた世界の事をかいつまんで話すと、皆一様に首を傾げている。
「平行世界。そんな物もあるのか」
「別の道を歩んだもう一人の私たち、ですか」
ウェスティンと魔王の副官が関心を持っているようだ。
「一見私がいた世界と思っていたんですがね……」
「主戦派閥の妨害が原因じゃろうな」
俺がため息を吐きながら感想を言うと、アンリが原因の発端を上げる。
「今度帰る時までに先に奴らを狩りましょうか?」
「勇者殿がやらずとも良い。和平条約だけで十分だ」
俺の提案はウェスティンにやんわりと断られた。
「しかし」
「後のことは我々の問題だ」
「……お言葉に甘えます」
ぴしゃりと断られてしまい、俺は頭を下げる。
「それと、魔王様と副官殿に折り行ってお話があります」
「何だ?」
「会わせたい人がいるのです。平行世界からの来訪者なんですが」
「ほう?」
魔王が興味ありげに続きを促してきたので、部屋の外で待機しているセシルたちを呼ぶように召使に頼む。
召使が出て行き、すぐに戻ってきた。遅れてセシルとベッゲー、そして鎖付きの首輪を抱えたもう一人の副官が入室してくる。
「失礼します」
「セシル、ご苦労様。…………何か臭いますね」
俺たちはある程度は慣れたが副官にとっては許容範囲を越えたのだろう、嫌そうな顔だ。
自然、臭いの発生原因であるぼろぼろのみすぼらしい衣服を身にまとった人物に注目が集まった。
「その者たちは?」
副官の問いかけにややこしくない方のベッゲーを先に紹介することにした。
「こちらの長い黒髪の少女がベッゲーちゃん」
「ベッゲーです、よろしくお願いしまーす!」
いきなりの声の大きさに初めて耳にした者たちがびっくりしている。
「あーベッゲー、よく聞こえるからもっと声を抑えてくれ。偉い人たちの前なんだからもう少し畏まって欲しい」
「……分かりました。」
ベッゲーはむすっとした表情で声を小さくした。
意外と気分屋なのかもしれない。
「そのベッゲー……とやらはどういう経歴なのかね?」
「一言で言うなら人造人間、こちらではホムンクルスに相当しますね」
「ほう?」
質問側を代表してウェスティンが言葉を投げかけたので簡潔に説明すると、アンリが興味深そうに唸った。
魔法に造詣の深い副官も彼女をまじまじと観察している。
正式名称を言ったら言ったで問題になるだろう。黙っておくことにしよう。
「……魔力が感じられませんね」
「そうじゃな。それにぱっと見、人と大差無い外見をしておる」
「ここまで腕の良い魔導師はなかなかいませんよ?」
副官とアンリの批評に苦笑しながら解説する。
「一国の専門機関が作り上げたそうなので、出来映えも良いかと思います。」
「ふむ。……ところで、彼女は何が得意なんじゃ?」
アンリの最もな質問にベッゲーが胸を張って自信満々に答える。
「自爆です」
「自爆」
「はい、自爆です」
「……いえ、それは得意とは言わないでしょう」
横から割り込んできた副官の突っ込みに、ベッゲーは心外そうな顔をする。
「ええっ!? それを抜いたら私は私で無くなってしまいます!」
「……開発者は一体何を考えてこの娘を造ったんじゃ?」
「元々戦争で民間人の女性を乱暴しようとする兵士たちを道連れにするために造られたそうです」
「汎用性が無さそうじゃのう」
機能性を重視するアンリにとってはあまり興味が湧かないようだ。
「とは言え、目的が目的とは言え何も女の形にしなくても……」
「普通、そこは戦闘に優れた屈強な男を造るべきなのでは……」
ウェスティンと魔王の反論に俺は笑顔で返した。
「彼女同様に造られた娘たちに襲いかかったカルアンデ王国主戦派閥の残党が軒並み吹き飛ばされたのは痛快でした」
「うむ、でかした!」
「ならば良し!」
敵対派閥や組織が痛い目に遭ったと知るやいなや二人は態度を一変させた。
次にこの世界にやって来た目的を尋ねられたところ、ベッゲーが元気溌剌に答える。
「故郷も良いけど、文化の違う外国に憧れて付いてきました!」
「…………ん?」
「それだけか?」
魔王兄妹とウェスティン、それにアンリが怪訝な顔になる。
異世界に渡って来るくらいだから何かしらの野望や目的があるのだろうと考えていたはずだ。
「他に理由はありません!」
「そ、そうか」
「さぞかし、平和な国で育ったんじゃろうな……」
毒気を抜かれた面々が拍子抜けしたようだ。
「そうでもありませんが、三年前までは他国と比べて平和と言われれば平和でした!」
「……あー、つまりそちらでも戦が起きたんだな?」
「我が国の民の犠牲者が一千万人超えました!」
「……おい」
「い、いっせん……?」
物騒な話になってきたので割って入る。
「まあまあ、その話はまた後で……」
「ま、まあ長くなりそうだしな」
「ベッゲーは観光目的ということで良いのか?」
「そうです!」
にこにこしているベッゲーにウェスティンが腕組みしながら感心したように言う。
「よくもまあヤスタケ殿は連れて来ようと思ったな」
「本人の強い希望でして」
正直、押しの強さに負けたのである。
「交換条件に安武さんの子どもを産む事にしたんです!」
場に沈黙が生じると同時に、空気が急速に冷えていく気がした。
「ヤスタケ」
「魔王様、違いますからね?」
「何か言い残しておく事はありますか?」
「副官殿、違いますから!」
兄妹の冷気のこもった視線に耐えながら訂正しようとする。
「……弁解を聞こう」
「ベッゲーちゃんから持ちかけてきたんです」
「何と返事をした?」
「……よろしくお願いします、と」
再び沈黙。
重苦しい雰囲気の中、ことさら低い声で魔王が言う。
「ヤスタケ」
「はい」
「死ぬがよい」
「拒否します」
魔王に笑顔で宣告されたので笑顔で返すと、彼は眉間を揉む。
「……そもそも何故受けた」
「今までの人生を振り返って、こんな男冥利につきる事は無いと感じました」
「お前なあ」
呆れる魔王とウェスティンを尻目に、ローナが眉を寄せて訊いてくる。
「……幽霊族が駄目でホムンクルスが問題ない理由って何?」
「いや、ローナの本体魔力通さないと触れないじゃないか」
「それはそうなんだけど、納得いかないー!」
地団駄を踏むローナの肩にセシルが手を置き、どうどうと落ち着かせようとする。
「馬じゃないよ、私!」
「怒りたいのは私も一緒だ。解散したら一発殴ろう」
「そうだね! でも金◯を蹴る方がすかっとするかも!」
「止めてください、死んでしまいます」
ローナの口から思いがけない言葉が出たので、即座に土下座した。
「……何、その姿勢?」
ローナが疑問を投げかけてきたので説明する。
「私の生まれ故郷の最高級から二番目の謝罪の形です」
「……ちなみに一番目は?」
「自殺で償います」
確か、腹を切って介錯されるのがそれに当たるんだったか。
「さすがにそこまでは求めて無いよ!?」
「では一発殴るだけにしてください」
「そうする」
ローナがさすがに金的はまずいと感じてくれたようだ。
全面的に俺が悪いので何も言い返せないのだが、歯が折れない程度で済むと良いなあ。
ベッゲーの紹介が済んだ後、いよいよ本丸のもう一人の紹介だ。
この場にいる彼女を知らない全員が不審げな目つきで見やる。
「魔王様と副官殿。お二方とも、よくご覧になってください」
「…………貴様、どこかで会ったか? 見覚えがあるような、無いような……」
魔王はぼさぼさの短髪の汚れた粗末な服を着た副官を見つめ首を捻っている。対して副官は彼女の正体を何となく察したのか青ざめた顔をしている。
平行世界からやってきた彼女の眦から何時からであろうか、あふれ出た水滴が豊かな双丘の粗末な服の上に幾つも滴り落ちている。
それに気付いた魔王が狼狽える。
「ど、どうした?」
彼女は首を左右に振り、流れる涙を自身の袖でごしごしとこする。
「おい、何故泣いている?」
困惑する魔王に埒が明かないと思ったのか、副官がつかつかと彼女に歩み寄ると両手で俯いている彼女の顔をがしっと掴んで無理やり正面を向かせる。
そしてぼさぼさの前髪をかき上げた。
「貴様は……ふ、副官!?」
「やはり」
目を細めた副官は泣きはらした彼女の頭を撫でると召使を呼んで風呂を準備させるよう手配した。
召使に連れられ浴室へと向かった彼女を見送ると、副官が俺たちに尋ねてきた。
「さて、詳しい説明を聞かせてもらえますね?」
副官の強い要求に俺たちは今度こそ明かしていなかったこれまでの出来事を話した。
「なるほど、平行世界のもう一人の私ということですか」
「彼女に何が起きたのかは断片的なものでしかないが、相当まいっているようです。しばらくはこの城でゆっくりさせてください」
俺が魔王兄妹に頭を下げると二人して頷いた。
「それくらい何てことない」
「彼女からも直接訊いた方が良いですね」
「待て待て。過去に起きた悪夢をほじくり返す必要は無いだろう?」
さすがに不憫に思ったのか魔王が副官を止めに入るが、彼女は首を横に振る。
「原因を突き止めるにはそれしかありません。一刻も早く治療に入るべきです。それに……」
「それに?」
魔王に続きを促された副官が残りの言葉を口にする。
「あの娘は私でもあります。私自身の事ならよく理解しているつもりです」
「……分かった。副官、やって見せてみろ」
「了解しました、魔王様」
普段から清楚な副官が自信ありげに魔王に向かって敬礼した。
それではまたいつか。




