第三話 現状確認
馬車で神殿から王城までひた走る。
自動車と比べて揺れが酷いな。
時間の確認をしようとポケットからスマホを取り出そうと思ったが、行動に移さず止めた。
迂闊に地球の技術を見せるべきではないな。
「すみません、酔いそうなので窓を開けてもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ」
アンリに許可をもらって壁に取り付けられた窓を上にずらす。途端に潮気のある風が吹き込んできた。顔を出して新鮮な空気を吸い込む。
コリンズが笑顔で言う。
「住む場所は違えど、そこは我々と一緒ですな」
「……皆さんはどうして平然としていられるのですか?」
「ずばり、慣れです」
その言葉を聞いて気分が重くなった。
魔法を使う概念だけが加わった中世ヨーロッパという予想だったんだがな……。
地球の中世と違う点が幾つもある。
余計な腹を探られたくないため確認できないが、水洗や下水が行き届いているのか糞尿が路上に散乱していない。それどころか臭いすらしない。
ちょっとした広場の前を通りかかったとき、何らかの罪で処刑された罪人が晒されているのを見たが、残虐な刑法ではなく軒並み縛り首であること。
大通り沿いの街並みは白い石材を使った綺麗な物で色々な店を構えている商店街だが、小さな路地から覗く奥の方は茶色い土レンガらしき建物がずらりと並んで見えた。
そして何より浮いているのは、路上に白線が引かれており馬車のみならず歩行者までが分離されている上、十分な道幅が取られており道沿いの商店には馬車を止める駐車場が所々設けられている点だ。
アンリたちはこの星以外からの人間を初めて見たとばかりに驚いていたが……こりゃ過去に地球人の勇者が来ていたな、それも先進国の。
さらに水洗の技術普及に処刑方法の単純化も加えると予想は絞られてくる。
第二次世界大戦後の日本人が呼ばれた可能性もあるってことか。
いや、と内心で首を横に振る。
もしかするとこの国が独自に思いついた物かもしれない。科学だって発達すれば魔法と見分けがつかなくなるはずだ、決めつけや思い込みは良くない。
そう考え直すが違和感は拭えない。
思い切って言葉を選びながら笑顔で質問してみることにした。
「道幅が広いですねえ」
「他国に攻め込まれたときは道幅が狭い方が良いと言う者たちもおりましたが、経済の活発化を優先しました。結果は御覧の通りです」
自慢げに話すコリンズに半ば感心するものの、地球人が絡んでいるとも言っていないため完全には納得しない。
「それに糞尿の臭いが一切しませんね」
「魔法で定期的に清掃と除去をしておりますので、清潔に保っています」
別の質問もしてみることにする。
「それとですね、この馬車と護衛たちを見た大人たちが、幼い子供たちを隠すようなことをしていたのですが……」
「ああ、そのことですか」
コリンズがばつの悪そうな顔で事情を話し始めた。
「この国では、生まれた子供に魔力測定をさせて、特に優秀な成績を収めた者を親から引き離し、魔法学園に入れて英才教育を施すのです」
そこにアンリが補足する。
「事故を防ぐためでもある。強力な魔力を持った者は、いずれ魔力暴走を引き起こす可能性があるのじゃ。大半が魔力の制御ができずにな」
「起こした場合、死ぬと?」
「大抵は家族を巻き込んでな。ちょっとした民家が根こそぎ吹っ飛ぶ」
俺は納得しかけて、新たな疑問が浮かんだので続けて訊いてみる。
「では、私の場合はどうなんですか? 高い魔力量を秘めているようですが、何故私は魔力暴走を起こさなかったんです?」
「……どうしてじゃろうなあ……? 逆に訊きたいのじゃが、勇者殿は今まで生活していて本当に何もなかったのかね?」
そう言われて記憶を辿るものの思いつかない。
「これといって、特に何も。……ただ、十才になるまで高熱を繰り返し出して寝込んでいた記憶しか……」
「それじゃ」
「え? 他の子どもと違って体が弱かっただけのことでは?」
「魔力暴走を起こした子どもは発症から最期までほとんどが高熱で寝込む。魔力測定や魔力鑑定をせんと病気と見分けにくい。それで親が子どもを手放したくなくて必死に抵抗するんじゃよ。……最終的にどかんと暴発するがな」
「そうですか……」
思い起こせば原因不明の高熱で医者も困っていた記憶がある。薬を処方されてもなかなか熱が下がらず親を悩ませていた。
「良く死にませんでしたね、私」
「運良く制御できるようになったとしか思えん。儂らの助力を得ずにそうなる確率は極めて低いはずなんじゃが……」
「低い、ってどれくらいですか?」
「……ざっと一万人に一人くらいかのう」
「ほとんど奇跡みたいな物じゃないですか」
絶大な魔力量を手に入れたのに、魔法が無い世界で育ったのが不運としか言いようがない。
「というか、私のいた星では似たような症状で命を落とす子供はごまんといます。その子たちも魔力暴走の可能性があったのでは?」
「我らの星では魔力の大小はあれど、皆魔力持ちじゃぞ。魔法が存在しない、魔力測定もできない時点で議論する意味はないぞ」
「……それもそうですね」
「とにかく良くぞ来てくれた。これで我が国も救われる」
「停まーれ!」
馬車の外から兵士の声が聞こえると遅れて馬車の速度が徐々に落ち、完全に停止した。
「着きましたよ」
コリンズが俺に知らせたので頷き返す。
扉が外から開き、兵士が俺たちに向けて声をかけてきた。
「王城に到着いたしました。どうぞお降りくださいませ」
「ありがとう」
俺は一番最後に馬車から降りて辺りを見回した。
城とは聞かされていたが、でかいな。
今俺は馬車のある城内の広場の中心にいるのだが、ざっと十五mくらいの高さの石造りの外壁が端から端まで続いており、反対側に城があった。
城の入り口までの道のりを左右に槍を立てた兵士がずらりと並んでおり、質実剛健さを漂わせている。
「案内しましょう、こちらです」
コリンズが先頭に立ち、続いてアンリ、最後に俺が歩き出す。
城の外観は灰色だったが内部は白い漆喰で覆われ天井がやたら高い。内部が昼間のように明るいのは一定間隔で頭上に灯っている明かりのおかげだろう。
二階へ上がると客間と言うには広すぎる部屋に案内された。
立派な調度品がそこかしこに飾られている室内を見回していると、コリンズが声をかけてくる。
「こちらでしばしお待ちを。その間お茶と菓子を堪能下さい。準備が整ったら国王陛下との謁見です」
「分かりました。……あの、私、謁見の時の礼儀作法を知らないのですが……」
「ご心配には及びません。その時は私が隣におりますので、私の動作を真似ていただければ大丈夫です」
「何から何まですみません」
「いえいえ。……それでは」
コリンズたちが出て行き、俺は一人室内に残された。
見回すと部屋の中央にソファーとテーブルが置かれているのが見えたので近寄る。
お菓子って……これか。
大きく丸い椀の中にチョコレートやクッキーらしき菓子が色々入っている。けれどお茶が見当たらない。
後から持ってくるのかな?
とりあえずソファーに座って待つことにした。
室内の調度品はあちこちに置かれているが、個人的な見解だと過剰な数ではなく、むしろ調和がとれているような感じだ。
そんな風に見回している最中、ふと気配を感じて部屋の出入り口を見ると扉が開いていた。
さっきまで閉まっていたはず……いや、待て?
扉の前に何か白い物がうっすらと見える。目を凝らすと人の形のようにも見え、その胸元の高さにはティーポットが浮いていた。
「は?」
ありえないモノを見た。
扉がぱたんと閉まる。
ティーポット、正確にはその下には盆がありティーカップが載せられていた。向こう側が透けて見える白い人型は音もなく俺の下へすうっと寄って来ると、一礼して盆をテーブルに置き、お茶を入れ始める。
その様子を俺は呆然と見ていたが、お茶を入れ終わった半透明の人型はその場から離れようとしたところで我に返った。
「あ、あのっ、質問していいですか?」
白い人型はぴたりと止まる。
『何でしょうか、勇者様?』
どうやら意思疎通は可能らしい。
それよりも確認したいことがあった。
「耳から聞こえなかったんだけど、どうやって話してるの?」
『勇者様の心に直接語りかけています』
「できるのか、そんなことが……。いや、そもそも君は人間なのか?」
『私は幽霊族という種族で現在この城においてメイドを務めさせてもらっております』
「幽霊……、メイドが幽霊……」
信じられないが目の前にいる。常識外のことに半ば呆然としていると、幽霊メイドから質問してきた。
『失礼いたしますが、幽霊族を目にするのは初めてでしょうか?』
「アッハイ」
『他はどうかは私も分かりませんが、この城では私のようなメイドが普通です』
「メイドに人間がいないってこと?」
『いるにはいらっしゃいますが、ごく少数です』
「何故そうなった?」
『伝え聞くところによると、お貴族様が人間のメイドに手を出して望まない子供ができてしまうと、お家騒動になりかねないのでそうなったとされているそうです』
「……分かる」
思わず頷いてしまった。
『時のお優しい王様がろくでなしの息子たちに激怒して、直接ぼこぼこに殴り倒した上で議会を動かし法律を変えた、という話です』
幽霊メイドの話を聞きながら紅茶を飲む。
「お、美味い」
『恐れ入ります』
「お代わりを頼む」
『はい、かしこまりました』
紅茶を注いでくれる彼女をよく見ると、よくある西洋メイド服に身を包んだ腰まで届く長髪の十代後半の女性だと何となく判断した。
「……ちなみに幽霊族の平均寿命と最高齢は幾つ?」
『はい? 人間より少し長くて平均八十才、最高百五十才ですかね?』
この世界においては長寿と言えるのかもしれない。病気と無縁そうだし。
そんな他愛のない事を話していると、出入り口の扉が開いてコリンズが入って来る。
「お待たせいたしました。謁見の準備が整いましたのでお越しください」
「分かりました。……お茶、美味しかった。ありがとう」
『ありがとうございます。いってらっしゃいませ』
幽霊メイドにお礼を言って部屋を出るとコリンズと同行する兵士が一人いた。
「ではお願いします」
「こちらです」
兵士に先導されて歩き出す。
「お茶の味はどうでしたか?」
「美味かったです」
「それは良かった」
俺はコリンズと小声で他愛ない会話をしながら進んだ。