第十一話 暗雲
遅くなり申し訳ありません。
入学してから半年が経った。
運動面では人並みに動けるようにはなったが、育ち盛りの若い学生たちにはかなわない。持久力が違い過ぎて差をつけられるのは当たり前だ。
これが若さか……。
魔法については得手不得手がはっきりと出るようになり、相性の良い属性魔法は大幅な伸びを見せ、上級魔法を使えるようになった。
それ以外の魔法は中級に届くか届かないかくらいの段階でそれ以上の位階に繰り上がることができず、聖女様達が使う回復魔法も使えなくはないが、膨大な魔力を使用する代わりに、初歩である擦り傷や切り傷、狭い範囲の火傷をきれいに治すだけの力しかなかった。
それでも、回復魔法を女性以外が使えることに教師及び、教官たちが驚いていた。
話を変えて、学園の生徒達との交流について語ろう。
ウェブル達三人と顔合わせをして以来、同級生たちとの交流が増えた。それどころか、時間さえあれば他のクラスや高等部、専門課程の生徒たちとの交流もできるようになった。
度々話の取っ掛かりとして話題に上がるのが俺の境遇で、両親に恩があることを話すと、家系を残す役割を持たされた貴族たちからは同情的、あるいは理解を示してくれる人が多く、友好的に接してくれる生徒が多かった。
少なからず、三男以下や政略結婚として扱われる女生徒たちにはあまり受け入れてもらえなかった。
この学園で自由恋愛で結婚に至った貴族もいないわけではなく、貴族の柵に囚われない生き方に憧れる人もそこそこいた。
そこで俺の故郷の若者たちの昔と今の結婚の在り方などを説き、自由恋愛に任せた結果、現実はどうなったかなども説明した。
反応は様々で、「我儘すぎたせいで行き遅れになってしまったのか、自由恋愛というのも考え物だな」と理解する者もいれば、「いつかは良い人に巡り合えると夢見て……」と現実から目をそらす者もいた。
ただ、概ね家族や親族が紹介してくる見合いを感情的に突っぱねるのも良くない、そう思いなおす生徒たちが増えたのは個人的に良かったと思っている。
信用のある人からの紹介は馬鹿にできない。経験者だから言わせてもらうが、婚活サイトだと相手が四六時中値踏みしてくるので気が休まらないのだ。
最近は生徒同士による恋愛相談を持ち掛けられるようになった。人生経験を重ねているだけあって、教官よりも悩み事を打ち明けやすいのだろう。
というか、なんで『愛の伝道者』なんて呼ばれるようになってるんだ、俺。
俺は生きてる間にまともな恋愛なんてしたことがない。
恋愛相談なんてもってのほかだ。
好きな女子生徒がいるのに、何もしないで困ってる男子生徒に向かって「誰かにとられて後悔するくらいなら、とっとと告白しろ」と尻を軽く蹴飛ばしたら、たまたま成功しただけなのに。
自室で突っ伏しながら身悶える。
『前向きに考えましょうよ。学園の生徒たちが話しかけてくれるようになったのは良いことではないですか。交流は上手く行っています、間違いありません』
ローナの励ましに俺は気を取り直すことにする。
魔王討伐のためとはいえ、彼らを利用しているという引け目を感じるが、こちらも故郷に帰るという目標があるのだ。甘さは出せない。
何気なくカレンダーを見る。
この学園に入学して半年。
教師や教官たちは俺の年齢にしては物覚えが良いと言うが、同年代に比べればというだけで、若者たちと比較しているわけではない。
最低、あと半年の猶予か。
それまでには何とか一端の魔法使いになる必要がある。
これしか皆の役に立てる方法が無い。
二週間に一度課外実習が行われ、その時に色んな生徒とパーティーを組んでモンスター討伐に行き、誰と相性が良いのか訓練を受けるのだが、俺は完全な裏方、サポートの役目だ。
攻撃魔法も使えなくはないのだが、生徒たちの魔法と比べて見劣りがする。
膨大な魔力に任せた火力は魅力的だが、教師や生徒たち曰く、「無駄が多すぎる」とのこと。
凹む。
こんなときは気分転換だ。
「ちょっと図書館に行ってくる」
『はい、ノリオ様、行ってらっしゃいませ』
ローナに声をかけて図書館に足を向ける。
俺の魔法の技術を高めることになった要因の一つがこの本の群れだ。
言語理解の魔法のおかげもあるのだが、古代の文字で書かれた本も結構有り、普通なら読むのも四苦八苦するのが問題なく、すらすらと頭の中に入る。
図書館と言うだけあって内部は広く、とてもではないが全部を読む前に俺が健康的に過ごせたとしても、老衰で死んでしまうほどの本が所蔵されていた。
この図書館の主の老人の司書長にいつも通りの挨拶する。
「こんにちは」
「こんにちは。ヤスタケ様向けの本が入ってきましたよ」
「ありがとう。早速確認させてください。ところで、物は相談なんだけど……」
「駄目です」
「禁書庫の閲覧を許可してほしい……」
「駄目です」
「あのー」
「駄目です」
「……理由をお聞かせいただいても?」
「何度も説明しましたが、過去の勇者様が禁書を利用したせいで破滅したことがございましたので、許可できません」
「そうですか、すみませんでした」
そう言われてしまうと強く出られない。
大人しく新刊を最優先で見る権利を与えられることをありがたがろう。
得意な属性魔法の力を伸ばすべく関連書籍を漁っているのだが、結果は芳しくない。
どうも、俺の得意分野である闇と無はあまり研究が進んでいないのが実情で、専門の教官たちからの教えも基礎的な魔法に限られるようなのだ。
教官たちからも「俺たちが使う魔法は発展の余地があると考えている。もしかすると、今教えている上級魔法すら本当は初歩の魔法なのかもしれん」と言われていたからなあ。
人気のない場所の机を選んで、新刊を読み始める。
内容は実践的なもので、使用された魔法でどういう感覚を得たらそれはこうではないかといった論理的展開でその先を模索した考察本だった。
俺も魔法を使ったとき、同じ感覚を抱いていたので、ためになる本だと結論したが、予想を上回るほどの展開はなかったので評価を普通とした。
どちらかと言えば、読む価値はあった。
魔法の存在を知って半年あまり、経験の無い人間にとって早々《そうそう》に結論付けるのは危険だと判断する。
新刊の二冊目に手を伸ばした時、見知った顔が近づいてくるのが視界に入った。
「マリー?」
「あら、ノリオじゃない。読書?」
「ああ、得意属性魔法の研鑽にな。……ウェブルたちはどうした?」
「あのねえ、あたしだって一人でいたいときもあるの。一括りにされても困るな」
「失礼した」
素直に頭を下げる。
「ところで、マリーも読書か?」
「そうよ、悪い?」
「いや、そこまで言ってない」
彼女は俺の対面の椅子を指さして尋ねてきた。
「この席に座っても?」
「どうぞ」
特に否定する事は思い浮かばないので承諾することにした。
お互いに無言で頁を捲る音が響く。
思い起こせば学生時代、図書室を利用したのは俗に言うライトノベルを読み漁った記憶しかなく、純粋に勉強するといった読書はしてなかった。
気楽な学生時代と比べて、今は生死が関わってるからな。
内心苦笑しながら本を読む。
「ねえ」
「ん?」
ふと、マリーに声をかけられたような気がして本から目を離して、彼女を見やる。
「魔王を討伐したら故郷に帰るって本当?」
繰り返し学園の生徒たちに語っていたことを確認されて、ちょっと困惑しながらも答える。
「本当だ」
「ノリオの故郷って遠いの?」
「この大陸に俺の国はないから遠いだろう」
事実を言っているが、嘘ではない。
この星の人間ではないという真実を明かしたらろくでもない未来が待っている可能性があるので、迂闊に話せないのだ。
「過去の勇者たちは召喚され、目的を達成した後、この国に残る場合が多いと聞いてはいるが、俺のような例外もいる」
マリーは黙って俺を見つめている。
ふと、故郷に帰るの帰らないのという問答に疑問を抱いた俺は、彼女に質問することにした。
「逆に訊きたいんだが、何故皆そこまでして俺にこの国に残らせようとするんだ?」
何気ない質問だったが、彼女は目を伏せた。
「……貴方の経歴は全てではないけれど、ある程度は知ってる。この国はね、学力や剣術なんかが物を言うけれど、魔法も……、魔力量も物を言うの。価値があるの」
「価値? 俺の属性魔法は闇と無で、人気の無いこの国ではあまり役立てそうにもないが……」
「そういうことじゃなくて、単純な魔力量が注目されているの。ええと、何て言えばいいのか……」
彼女は困った顔でうんうんと唸る。少ししてこちらに確認してきた。
「ねえ、ウェブルたち、というか他の生徒たちから魔力量の価値とこの国に残る意味について聞いていない?」
「いや、そもそもそんな話聞いたことない……」
そう言いかけて、彼女の言い回しに気づいた。
「なあ、もしかしてとは思うが、魔力量って子孫に遺伝したりするのか?」
「……そうよ。王国は箝口令を布いたそうだけど、さる貴族が神殿で測定した魔力量の情報をお布施という形で買ったそうなの。そこから周辺へ漏れたわけ」
「はた迷惑な」
道理で学園女子生徒の、特に下級貴族たちからの視線が命がけだったわけか。
成り上がれる機会だものな。
一人納得しているとマリーは言う。
「今でも価値はあるけれど、魔王討伐が成功すればさらに価値は上がる。貴方が望めば酒池肉林も夢ではない」
思わず失笑しそうになる。
普段思慮深いことを発言する彼女にしては直接的な勧誘だな。もしかして、誰かにそうするよう言い聞かされたか?
半ば困惑しつつも、俺は否定する。
「それは世の男にとっては魅力的な提案かもしれない。だが、俺は故郷に帰りたい」
「そう……」
期待通りの解答が得られなかったのか、彼女は俯いた。
俺は続きを口にする。
「ただ、故郷に帰るとき、誰かを伴侶として連れて帰ろうかと考えてはいる。……それが誰かは今の時点では分からないが」
「……無理ね。あたしじゃなくても、この学園の大半は今の条件で無理と言うでしょうね」
「それは何故?」
「この学園の大半は貴族なの。血を残すことを義務付けられているわ。どこか遠く誰も知らない土地へ一人だけ嫁ぐ、なんてことは許されるはずがないもの」
「相手が貴族の三女以下でもか?」
機会がありそうな条件を探ってみるが、返答はにべもない。
「男と違って、女は政略結婚の道具の意味合いが強いから、親族が手放さないと思う」
マリーは席を立つ。
「帰るわ」
「相談ありがとうな。それと質問があるんだが……」
背を向けたマリーがちらりとこちらを見やる。
「本来の本命は、ウェブルとルモール、どっちなんだ?」
心底驚いたのか、彼女が勢いよく振り向いた。
「……誰から聞いたの?」
「いや、誰も。俺から君を見て二人に向ける視線が、その、ね」
「……普段から抜けている貴方がそこを見抜くなんて。愛の伝道師というのも伊達ではなかったのね」
「いや、たまたま君たちの近くに俺がいたから分かったというだけの話だ」
「そういうことにしておく」
彼女はそう言うと、今度こそその場を後にした。
「貴族の柵、ねえ……」
日の差さない薄暗い図書室の中、彼女が歩き去った方を眺めながら呟いた後、俺は再び視線を下に向け読書を再開した。
◆ ◆ ◆
翌日の午前の授業が終わった直後、食事休憩をとろうとしたところで廊下から顔を出した教師に呼ばれる。
「何でしょうか」
「学園長がお呼びだ、至急、学園長室へ行きなさい」
「分かりました」
何かあったのだろうかと思いつつ、ウェブルたちに昼食を一緒にとれないことを伝えてから学園長室へ移動した。
扉を軽く叩いて呼びかける。
「安武典男です。マッケンロー学園長はいらっしゃいますか?」
「入りたまえ」
「失礼します」
入室するとマッケンローが執務机から席を立ち、応接用のソファに移動した。
「まあ、座りたまえ」
「はい、ありがとうございます」
マッケンローの対面のソファに座る。
「お久しぶりです」
「どうかね、元気にしているかね?」
「はい。学園の生活にも慣れ友人とも呼べる関係も築きました」
「それは何より」
「ところで何の用でしょうか」
「時間もないし話そう。……実はヤスタケ君が戦場に行くことが決まった」
「はい?」
マッケンローの言葉の意味が分からず、首を傾げる。
戦場?
思考が混乱する。
マッケンローのすまなさそうな表情にこれは冗談ではないと悟った。
次回の投稿は明日の23時以降を予定してます。




