第10話 ☆決着と新時代☆
座り込んだ者が二名と、立ち尽くすヤツが一名。
どう見ても、俺達の完全勝利だった。
「俺達の勝ちって事でいいな?」
俺がそう問うと、アシュレイが力なく頷いた。
「ああ、それで構わない」
よしよし。
いきなり厄介ごとに巻き込まれたが、これにて一件落着――とはならないな。
後始末が残っていた。
負けた方は勝った方に従うというルールだったが、それを破ったのはアシュレイ達だ。
さてさて、どう落とし前をつけさせるべきやら。
「ヴェルドラも暴れたりないだろうし、三人を同時に相手して戦ってみるか?」
それで生き残れたら許してあげてもいいし。
「ほう、面白い提案だな」
「こっちの状況を把握していたかどうか知らないけど、そこのプレリクスは不死身だから注意な」
「問題ない。我の凄さを見せつけてくれよう!」
ヴェルドラはやる気だ。
それに対して、三名は泣きそうになっていた。
あっ、これはもう勝負あったかも。
というか、罪悪感まで芽生えてきたけど、コイツ等はヒナタを痛めつけてくれたからな……。
簡単に許すのは腹の虫がおさまらないし、やはりお仕置きは必要だと思う。
「それじゃあ――」
「あ、もう終わったのね」
俺が戦いの開始を宣言しようとしたまさにその時、ヒナタが目覚めた。
回復薬も効かない体質だから心配だったけど、自己回復だけで無事に治った様子だ。
「良かった、もう大丈夫なのか?」
「ええ。聖人として身体が慣れたからか、以前よりも回復力が上がっているもの。それで、勝負はどうなったのかしら?」
「無論、俺達の勝利さ」
「良かったわ」
そう言ってヒナタが笑った。
不意討ちの笑顔だったので、俺は思わずドキドキしてしまった。
「ところで、どういう状況なの?」
「いやいや、丁度今、決着がついたところなんだよ。それで、コイツ等にどう反省してもらおうかと考えていたのさ」
ヴェルドラをけしかけようとしていました――とは言えなかった。
ヒナタの無事を確認した途端、急に怒りがとけたからだ。
負けた相手を必要以上に痛めつけるのは、傍から見たら途轍もなく恰好悪いからな。
そんな姿をヒナタの前で晒すのは、流石の俺も躊躇われたのである。
「リムルよ、我の出番だったのでは?」
「そんなものないよ」
俺は、ヴェルドラに『黙ってろ』と、目で合図する。
「我の凄さをアピールしたいのだが……」
まだ諦めきれない様子で呆れた事を言い出すヴェルドラに向かって、俺は諭すように告げるのだ。
「ヴェルドラ君。弱い者イジメって、恰好悪いだけだぞ」
「むぅ……さっきと言っている事が正反対ではないか……?」
かなり不満そうだった。
仕方ないので、俺はアシュレイ達に問いかけた。
「ヴェルドラと戦ってみる? もし勝てたら、わだかまりを水に流すって事で」
「いえ、僕達の負けでいいです!」
「無理。絶対無理!」
「不死身だし痛みも無効化出来るが、死んで再生するのは大変なんです。もう勘弁していただきたい!」
三人そろって、切実に断られてしまった。
プレリクスは余裕かましてたけど、実はいっぱいいっぱいだったらしい。
――って、違うか。
俺の〝神之怒〟で、知らぬ間に心を折ってしまっていたみたいだ。
チワワのように震える三人を見ていると、まだ少しだけ燻っていた俺の怒りも完全に消え失せてしまった。
『ヴェルドラ、悪いけど暴れるのはナシで頼む』
と、俺はヴェルドラにだけ聞こえるように『思念伝達』を送った。
『むう、確かにコヤツ等からは、戦う意思が消えてしまったからな……』
『俺のデザートを十日分譲るから!』
『ほほう? それならば、もう一つ条件がある!』
条件か、聞こうじゃないか。
ここで俺の小ささがヒナタにバレるよりも、ヴェルドラを買収してでも誤魔化す道を選ぶべきなのだ。
『それは何だ?』
『実はな、貴様の部屋に恰好いい模型が飾ってあったであろう?』
ああ、あれね。
二日ほど前、何者かに壊されてしまったヤツ。
カイジン達と共同でいつか開発したいという、有人型機動兵器のモデルだったんだが――って、まさか!?
『き、君ィ、まさかアレを壊したのって……』
『クアーーハッハッハ! 止むを得ない事故というヤツだ。勿論、謝るから許してくれるであろう?』
ぐぬぬ、誰に似たのか狡猾になりやがって……。
『と、当然じゃないか、ヴェルドラ君……』
悔しいがこの状況では、こう答えるしかないではないか。
『クアーーハッハッハ! 流石はズッ友だな。リムルならば寛大な心で許してくれると、我も信じておったぞ!』
チッ、都合良く誤魔化されてしまった。
それでも今回はギブアンドテイクという事で、俺も不満を呑み込んで納得したのだった。
◆◆◆
アシュレイは安堵した。
プレリクスも同様だ。
ピピンなど緊張が解けたのか、放心しているほどだった。
その理由は、魔王リムルの変化であった。
(絶対に僕達を殺す気だった。敢えて自分でトドメを刺さなかったのは、ヴェルドラを暴れさせてやりたいと思ったからか……)
アシュレイもプレリクスも、リムルたった一人に殺されかけていたのだ。
正直言って、魔王リムルを舐めていた。
過小評価しているつもりなどなかったし、油断など一切していなかったのだが、結果は惨憺たるものだ。
ヒナタと互角どころの話ではない。ヒナタより強そうだという予測は正しかったが、その予測値の差が大き過ぎたのである。
(化け物だな。この私の『絶対不死』を、こうも見事に打ち破るとは……)
不死だった事に絶望した経験など、プレリクスからすれば想定外過ぎた。死ねない苦しみがあるなどと、今日まで生きて来て初めて知った体験だった。
ヴェルドラの腰巾着だ何だと噂されていたが、そんな事を言っているヤツ等をぶん殴りたい――と、心の底から願ったアシュレイである。
腰巾着なのは、どちらかと言えばヴェルドラの方だったではないか、と。
強いのは〝暴風竜〟ヴェルドラだろう。
だがしかし、恐ろしいのは魔王リムルの方だった。
そんな魔王リムルのひりつくような怒りの気配が、ヒナタが目覚めた途端に霧散した。
そのタイミングがほんの少しでも遅れていたら、アシュレイ達はヴェルドラによって滅ぼされていたに違いない。
プレリクスは生き延びていたかも知れないが、死んだ方がマシだと思うような目に合っていた可能性が濃厚だった。
戦闘能力のないピピンなど、その戦いに巻き込まれて簡単に命を落としていたはずだ。
僕達は、私達は、運が良かったんだ――と、三人は各々が自身の幸運に感謝した。
それと同時に、ブレーキ役になってくれたヒナタに対して、言葉にならぬ感謝の念を抱いたのだった。
◆◆◆
ヴェルドラとの交渉も成立したので、俺は結論を述べた。
「三人もこうやって反省しているみたいだし、もう許してやろうぜ」
俺がそう言うと、ヒナタは呆れた様子でこう言った。
「やっぱり甘いわね、君は」
実に冷たい態度だが、俺は知っている。
もしも本当にこの三名を殺そうとしたら、絶対にいい顔をしなかっただろう、って。
何のかんの言って、ヒナタの方が俺よりも優しいからね。
俺とヴェルドラは、意外と割り切って物事を考えられるのだよ。
その証拠に――
「でも――アナタらしいわよ、リムル」
と、ヒナタが小さく微笑んでくれたのだった。
その笑顔を見れただけで、俺は満足だ。
という事で、御機嫌で後処理について考える。
「勿論、無罪放免する気はない。当面は、俺達の都合のいいように動いてもらいたい」
「というと?」
ヒナタが俺に応じたが、その答えを知りたいのはアシュレイ達の方だろう。
「それを教える前に、質問がある。お前達の目的は人類社会の支配だそうだが、その動機を教えてくれ」
どうして俺達を狙ったのか?
ルミナスと因縁がありそうだったけど、詳しい内容までは聞いていなかった。それを知らない事には、また同じような過ちを繰り返す恐れがあるからな。
名誉欲や物欲って訳ではなさそうだし、何が目的だったのか聞いておく必要があると思ったのである。
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、三人を代表したアシュレイだった。
「恨み……というか、嫉妬さ。ルミナスは僕達の中で、一番優れていると言われてたんだ。それに対して僕達は、生殖能力もない〝失敗作〟だって言われててね」
「どれだけ能力が高くても意味がないって……」
アシュレイに続いて、ピピンが悲しそうに補足してくれる。
「だから私達は、ルミナスでさえ出来ない偉業を達成して、見返してやろうと考えたのです」
「〝竜種〟をも従え、世界を支配すれば、誰もが僕達を認めるだろう――ってね」
承認欲求か。
しかも、かなり根深い恨みからくる切実なヤツだな。
同情はするが、賛同は出来ない。
その怒りを向ける矛先と目標が、大きく間違っている気がするからだ。
「まあ、お前達の気持ちはわからなくはないさ。誰だって〝失敗作〟扱いされたら悲しいもんな」
だがしかし、それは何でも許さる免罪符になるほど、便利な言い訳にはならないのである。
「クアハハハ! 我だって、姉上達からは〝失敗作〟扱いされておったがな、こんなに元気だぞ!」
「はいはい。凄い凄い。でもね、今はそういう話をされるとややこしくなるから、ちょっと黙ってようか」
茶々を入れてきたヴェルドラを黙らせてから、俺は続きを話し始めた。
「でもさ、見返すんなら誰もが称賛するような素晴らしい成果を達成して、自分達の存在理由を証明すべきなんじゃないのか?」
「でも、そんな事を言ったって――」
「でも、じゃねーんだよ! 大体だな、無限の寿命を持つ精神生命体なんだったら、星の海を探検しようとか、もっと浪漫溢れる野望を持つべきだろうが!!」
「ほ、星の海ィ!?」
「そうとも!」
俺は大きく頷き、その具体例を語って聞かせる。
髑髏の旗をはためかせて、星海を征く宇宙戦艦。
どんな砲撃も跳ね返す強靭な外装に、一撃で星すら砕く主砲の威力。
そんな宇宙戦艦で、星の海を旅する浪漫!
別に宇宙に出なくても、大海を制覇するのも面白そうじゃないか。
居住性のあるヨットクルーザーとか、一度は購入してそこで生活してみたいとか憧れたものさ。もっともそれは小学生の頃の話で、大人になるにつれて現実が見えた。船体の購入代金や維持費が高い上に、船酔いとかしそうで諦めたんだよな……。
しかし、今の俺は違う。
前世では寿命的に不可能だったけど、生まれ変わった今なら夢で終わらせる事はないのだ。
だが、その前に――
「宇宙に進出するかどうかはひとまず置いておいて、先ずは大海を制覇してもらいたい。その為の船の設計と新造を、君達にお願いしたいのだよ!」
と、俺は自分の野望を隠す事なく力説した。
言うまでもなく、ヒナタは呆れ顔だ。
それとは対照的に、ヴェルドラは輝くような笑顔で乗り気である。
「我にも腹案があるぞ! 主砲は46cm、いやいや、それ以上の60cmが良かろう! それとだな――」
四十五口径だったという〝戦艦大和〟かな?
「俺の知識を無駄に読み込んでいるようだが、そんな大口径の主砲を搭載出来るような戦艦を、ぶっつけ本番で造れるわけがねーだろうが!!」
「し、しかしだな……」
「主砲の口径にだって理屈があるんだから、大きい数字なら強い! とかいう小学生理論は止めるように」
俺はそう言って、ヴェルドラの妄想を一蹴した。
そして、アシュレイ達に向けて新造船開発の提案を行ったのである。
実際、大海獣対策をした船を造るのは絶対に行う予定だった。
この世界の海は前世の比ではなく危険に満ち溢れているので、普通の船は航行不可能だったからだ。
予算だって、海産資源獲得の為とすれば文句を言われない。趣味と実益を兼ねて、好き放題出来るというものだった。
「――ってな感じで、大海獣にも負けず、悪天候すらものともしない、巨大航行船を開発する気ない?」
「そ、それならまあ、宇宙がどうこうより理解出来ますけど……」
「だろ?」
最初に無理難題を吹っ掛けてから、少し譲歩する。
これが交渉のテクニックだからね。
宇宙から大海にシフトダウンさせたから、アシュレイ達にも理解された様子であった。
「だろ、って……そんな簡単に……」
などと、まだ納得いかない様子で呟くピピンは、この際だからスルーしておいたのだった。
◇◇◇
アシュレイ達に俺の思いを熱く語り、今後の研究協力を取り付けた。
ルミナス達とも迷宮内施設で合同研究を行う予定だが、こちらは方向性が違うので問題ないだろう。
というか、ルミナスには利用されちゃったからな。
ただでさえ一社独占は危険だし、別ルートでも協力者を用意しておく方がいいのである。
てな訳で、次なる問題はアシュレイ達とマルクシュア王国の付き合い方について、だ。
一夜明けて、俺達は無事に問題解決した事をマルクシュア王に伝えた。そして、魔塔の代表者としてアシュレイが面会を希望している旨を述べて、会談の日取りを話し合ったのである。
その場はその日の晩餐の後に行いたいと、ビックリするほどの超特急で決定された。この国の王様はプライドが高そうだったのに、驚くほどの変わりようである。
もしかしたらこっちが本当の姿なのかもしれないが、俺に対してもとても丁寧に接してくれて驚いたほどだ。
アシュレイからは全てを一任されていたので、俺に異論はない。
有給休暇がなくなる前に全て終わらせたかったので、早く終わりそうで喜んだくらいだった。
突如決まった会談だったが、主要な面子が勢ぞろいだ。
ヴェルドラは別室にて漫画を読んでいるが、俺とヒナタは当然参加。ヒナタの右隣は俺で、左隣には西方聖教会からニックス司祭が参加していた。
王国側からは、国王と王太子、それに宰相。どうして呼ばれたのかわからないという表情で座っているのは、第一王子のサイラスだった。
魔塔側からは、アシュレイとピピンのみ。夜だからプレリクスも参加出来るのだが、参加者を怯えさせたくないという理由で遠慮したらしい。
第一印象は高慢極まりない感じだったので、よっぽど俺にやられたのが懲りたんだろうなと察せられた。
けれど、それは良い変化である。
今後はマルクシュア王国とも協力してもらわねばならないので、配慮する気持ちを持ってもらうのは重要だったからだ。
一方的に要望を通すなど、国際関係において有り得ない。互いを尊重し合えなければ、協力なんて出来ないものなのである。
なので、魔塔としての対応は誠実なものになりそうで、ひと安心だった。
以上、九名。
壁際には椅子が並べられ、押し寄せていたこの国の重鎮であろう貴族達が座っている。
そうした貴族達の前には、護衛の騎士や魔法使いの姿があった。
あれはどう見ても、俺達から貴族を守ろうしているのではなく、会談の邪魔にならないように見張っている感じだね。
それだけ国王が、この話し合いを重要視しているという事なのだろう。
冒頭は、国王の挨拶だ。
魔塔とマルクシュア王国の関係と、今回の経緯についての説明だった。
マルクシュア王国が魔塔の支配下にあったという驚きの事実に、貴族達から騒めき声が起きている。知っていた者や、推察していた者もいたようで、その声はそこまで大きくなかった。
「ま、そんなところでしょうね。王都内に教会の立ち入りが許可されていなかったから、何かあるだろうとは思っていましたよ」
とは、ニックスの言葉だった。
つまり、ニックスも事情は知らなかったらしく、ルミナスがそこまで魔塔を警戒していた訳ではないのだと察せられた。
まあ、それは俺には関係ないので、どうでもいい話だな。
本題は、ここからなのだ。
「それで、リムル陛下――今回、魔塔との取り決めで、我が国に提案があるとのこと。どのようなお話しなのでしょう?」
うーん、それをこの場で言うのも躊躇われるな。
もっと内密に説明したかったのだが、かと言って、既に貴族達の前で話を切り出されてしまった以上、俺が説明するしかないか。
「俺としては本意ではなかったんだけど、魔塔と、コホン。ここにいるアシュレイ殿達と軽く諍いになって――」
俺の説明中、アシュレイが「軽く?」と腑に落ちないとでも言いた気に呟いていたし、ピピンなど「あれって諍いじゃなくない?」などと文句がありそうだったが、それらは無視して話を続けた。
「――まあ、俺の考えを納得して頂いた。そして理解してくれて、これからの行動方針を相談した訳だよ」
アシュレイ達はともかく、王国側は真摯に耳を傾けてくれている。
これはいける、と俺は思った。
「で、我が国と魔塔との間で、一つの取引が成立した訳だ」
ざわつく王国側。
そりゃそうだ。
魔国と魔塔が、マルクシュア王国を無視して取引を成立させるなど、国家の主権を無視する行為になりかねないもの。だから俺は、皆を安心させるように話を締めくくる。
「勿論、それを行うにはマルクシュア王国側の協力も不可欠です。そこで、本日はその相談をさせてもらいたいと考えている」
勝手をするつもりはないよ、と明示した訳だ。
ここからが腕の見せ所だった。
取引先や役所相手にプレゼンテーションした経験を思い出しながら、俺は話を進めていく。
「魔塔に求めたのは、船の設計だ」
「船ですと?」
「そうです。この国からも海産物を輸入したいと思っているんだが、それはそれとして。海洋に出られるような巨大船を建造して、大海調査を行いたいと考えている。その為の船が必要となるんだが、我が国は海に面していなくてね」
ついでに言えば、人手も足りない。むしろ、こっちが重要な理由だった。
ただでさえ建築ラッシュだし、これ以上ゲルドの仕事を増やす訳にはいかないからね。
海洋調査なんて喫緊の課題じゃないし、長期的視野を持って進めていく計画なのだ。
「幸い、ここマルクシュア王国は海に面しているし、港湾を作るのに最適な地形をしている。将来的には造船所を造って、海洋への足掛かりになってくれたらと思っているのさ」
「馬鹿な……」
宰相が唖然として口をあけていた。
それは俺達を馬鹿にしている訳ではなく、自分の常識を超えて理解不能な提案だったから生じた反応だったみたいだ。
国王は沈黙していたが、少しの間を置いて口を開いた。
「海産物を輸入したいというのは?」
お、よくぞ聞いてくれたね。
「そちらは魔塔とは関係なく、我が国とマルクシュア王国で取引したい話ですよ。この国の魚は美味いから、是非とも輸入させてもらいたいと考えているんです」
俺の言葉を聞いて、ヒナタが大きく頷いていた。
いつもいつも俺のやる事に「やり過ぎ」とか文句を言うくせに、その恩恵を思いっきり享受しているんだよね。今の話も食べ物関係だったからか、文句を言わずに理解を示してくれていた。
「し、しかし、そのようなものに価値が?」
宰相は半信半疑だ。
この国の民が飢えぬよう魚を捕獲しているので、それを輸出するという考えがなかったからだろう。
「この国の魚は、他の場所で獲れるものと違って小ぶりなんですよ。その分、料理しやすいんです」
魔魚だって料理出来ない訳じゃないけど、巨大魚なので出汁をとるのもひと苦労なのだ。
あら煮とかも難しい。骨も半端なく硬いので鍋に入らないから、小さく切り刻んだ時点で別料理になっちゃうんだよね。
その点、この国の魚は素晴らしかった。
それもこれも、『結界』内に生息して魔素を吸収し過ぎておらず、巨大化せずに済んだのだ。つまり、魔塔周辺だけが特別な環境を生み出していたお陰であった。
「毎月、少量で構わないです。漁獲し過ぎると生態系が狂うだろうし、余剰分だけ輸入させて下さい」
「勿論、勿論ですとも! ですが、運搬は……」
「当面、ズルします」
残念ながら海運はこれからだし、陸路は迂遠過ぎる。仕方ないが、俺が『胃袋』で運搬する予定だった。
「いつかは交易路で繋がりたいですね」
そう言って、にこやかに笑っておいたのだった。
◇◇◇
さてさて、俺にとっては大事な話だが、本日の本題からそれていたので話を戻した。
「それで、魔塔とマルクシュア王国の関係ですが――」
「造船所、でしたな?」
「はい」
「それは、木造船とは違うのでしょうな?」
「違いますね。というか、十人くらいしか乗れない船を想像されてるかと思いますが、全然違います」
という感じに、いつの間にか丁寧に説明する俺。自分の好きな事を語る感じで話しながら、昼間の内に用意しておいた完成予想図を広げて見せた。
設計していったらデザインも変わってくるだろうから、参考画像でしかない。どういうものか想像してもらう為に用意したものだった。
「こ、これは……」
「これが人間のサイズという事ですな?」
「何という巨大な船なのだ!!」
国王が、宰相が、王太子が、それぞれの表情で驚き固まっている。
まあそうなるわよね、とヒナタが呟いていた。
「可能なのですか?」
宰相が問うてきた。
それに答えるのはピピンだ。
「計算したけど、浮かべるだけなら余裕。近海の航行も問題ないけど、予測困難なのは大海獣との戦闘とか、局地的な悪天候とかだよね」
水理学や構造力学、機械力学なんかも参考書を再現してピピンに渡しておいた。それだけでは全然足りないのだが、船の設計なんかは専門外だったので仕方ない。
完成形のイラストがあるだけでも大いに助かるだろう――と思っていたのだが、俺に足りない知識を何故か智慧之王さんが補ってくれたので、前世の船舶なら設計可能なくらいに知識を蓄えている様子だった。
演算特化と自慢するだけあって、流石だなと思った。
もっとも、知識と実践では天と地ほども離れているので、先ずはボートから入って、少しずつ経験を積んで欲しいものである。
特にこの世界、ピピンも危惧している大海獣が存在する。
船のどてっ腹に突っ込んでくる槍頭鎧魚とか、四メートル以上の巨体を誇るAランクの魔物だしね。そんなスピアトロをエサにしている大海獣なんて、遭遇したらどうなるか想像出来ようというものだった。
「材料とかさ、外装に純度の高い魔鋼を使えたら強度面でも安心なんだけど――」
などと、ピピンが説明していた。
口を挟むのは野暮なのだが、ここで俺が一言添える。
「魔鋼? あるよ」
「――え?」
「大量にあるよ。そのイラストの船を造るのに必要な分なら、俺が用意するよ」
俺がそう請け負うと、ピピンが絶句していた。
アシュレイも、マジかよコイツ、みたいな目で俺を見ている。
心外だが、我が国にはヴェルドラがいるからね。とある事情から鉄鉱石の輸入も目途がついたお陰で、迷宮内部の倉庫には在庫が豊富にあった。そうして保管しておいたら、いつの間にか魔鋼石に変質してくれるのだよ。
そこから精製する必要はあるのだが、それもカイジン達と相談して作業が軌道に乗りつつあるのだった。
「うむ。我のお陰であろう?」
漫画を読み終えたのか、ヴェルドラがやって来てそう言った。
褒められそうな気配を察知したのかも知れない。
そう思った俺は、惜しみない称賛を送っておく。ヴェルドラのお陰なのは本当なので、感謝するのは当然なのだ。
「その通りさ。ウチにはヴェルドラ君がいるから、希少素材だって大量に在庫を抱えてるのさ!」
「クアーーーハッハッハ! その通りだとも。我に感謝して、好きなだけ利用するがいい!!」
そんなふうに笑い合う俺とヴェルドラ。
何故かヒナタからジト目で見られたが、語り切って満足したので気にしない事にする。
そんな俺達をよそに、マルクシュア王国の人間達や魔塔の二人は大いに盛り上がっていた。
「いける! これなら本当に造れるよ!!」
「全力だ。全力で協力するぞ。こんな面白い事、プレリクスもこの話を聞けば喜ぶさ!!」
「凄いぞ、これは凄い事になるぞ!!」
「わ、我が国が、外洋に出る足掛かりになるのか? 信じられん……」
「もしそれが実現したら、とんでもない事になりますぞ陛下ァ!!」
清聴している貴族達にも、その熱気は伝わっている。
何かとんでもない話になっているのを理解したのか、それなりの広さがある会議室の温度が上昇するくらい、皆が熱気に包まれたのだった。
◇◇◇
将来の夢、展望を語った後。
現実的な問題を語り合う事になった。
「まあ、今の話を聞いて理解してもらえたと思うけど、この国と魔塔の関係改善は必須です。魔塔の支配は終わり。ただし、この国の『結界』はそのまま維持しつつ、専門教育機関として存続してもらうのがいいと思う」
「当然だけど、魔力を奉納する必要はあるわよ」
俺を補足するように、ヒナタが口を挟む。
何事も、一方的に享受する関係は歪だからね。
「それは当然ですとも。我が国の安全保障にかかわる問題ですし、継続して頂ける事に感謝致します」
国王がアシュレイ達に頭を下げて、感謝の言葉を述べた。
「いや、構わない。今後は僕達からもお願いする事が増えそうだし、それについては要相談って事でお願いするよ」
「勿論です!」
そんな感じで、話は上手くまとまりそうだった。
――と思っていたのだが、ここで王様が問題発言をする。
「魔国のリムル陛下と、魔塔の方々がおられる前で、私はここに宣言したい」
「ん?」
「王位を引退し、この地位を若き者へと譲ろうと思う」
おいおい?
そりゃあ、そちらの国内問題なのだから、勝手にしてくれたらいいんだけど、王位継承とかに巻き込まれたくはなかった。
他国から見たら俺が何かしたと思われそうだし、ろくでもない噂が駆け巡るに違いない。
そう思ったのだが、一度口から出た言葉は取り消せないものなのだ。
意外なのは、ざわつく貴族達だ。賛成半分、戸惑い半分といった様子であった。
宰相が重々しく頷き、俺の疑問を解消するように話し始めた。
「時代が変わるのですから、それが自然なのやも知れませんな」
「うむ」
と、王様も頷く。そして、貴族達に鋭い視線を向けて、言葉を放つ。
「新しい時代は、魔力至上主義などと言ってはおれぬであろう。貴卿らも重々理解すべき故、この場に臨席するのを許したのだ。異論はあるまいな?」
これに頷くのが、理解を示していた貴族達だ。
「職人や、知識人を呼び集めねばなりますまい。魔力のあるなしにかかわらず、有能な者達を」
「そうですのう。無論、魔力ある我等が必要なのは今まで通りなのでしょうが、それは違った意味合いを持つべきでしょう」
「弱者救済、か」
「それこそが本来の有り様だったのだ。弱き者達を守る為に、貴族は存在すべきだったのだよ」
そうした言葉を聞き、理解の及んでいなかった者達も納得した様子だ。
何だか知らない内に大事になり、どっぷりと巻き込まれてしまった感じ。俺やヴェルドラ、ヒナタや魔塔関係者は空気のようになって、口を挟まず成り行きを見守るしかなかった。
王様が、まとめるように宣言する。
「新時代、我等がマルクシュア王国が飛躍する為にも、リムル陛下が提案された計画に万難を排して参画すべきであろう。その象徴として、私は引退すべきなのだ」
これを聞き、貴族達が一斉に頭を垂れた。
反対者ゼロ。
いや、一人いた。
何と驚き、後継者であるはずの王太子ヘリオス本人が、このタイミングで爆弾発言を行ったのだ。
「その件ですが、私は王太子の地位を返上したく思います」
「何!?」
王様が驚いて真意を問うと、ヘリオスは訥々と自分の考えを語り始めた。
「私よりも兄上の方が、新たな時代の王の座には相応しい、と考えたのです。私が王太子に選ばれたのは、魔力があるというその一点において優秀だったから。その他の面では、兄上の方が優れていました」
その口調は嫌味とかそんな感じではなく、心の底からの本心であるらしい。ヘリオスの澄み切った目を見て、俺はそう確信した。
そしてそれは、この場で居心地悪そうにしていたサイラスも感じ取っていたようだ。
「し、しかし俺は――」
そこで言い淀んでから、貴族達に視線を向けるサイラス。一度目を瞑り、開いてから、決意したのか続きを口にする。
「俺は、貴族達から支持されていない。国を纏め上げるには、才能よりも人格、人脈の方が大事ではないか」
この国のように王様に権力が集中しているなら、才能は必須だろう。ただし、魔力至上主義という今までの常識がなくなるのなら、次に求められるのは人脈、派閥となるのは必然だった。
むしろ今までの方がおかしかったくらいなので、サイラスの言い分もわからなくはない。
だが、しかし!
「俺が口を出すのもどうかと思うけど、人脈という点ではサイラス殿の方が上なんじゃないかな」
「え? ――と言いますか、リムル陛下、俺、いえ、私の事を殿とか呼ばれますと、かえって緊張してしまいますので、そのう……」
発言者が俺だと気付いて、サイラスが動揺した。そして、敬語は不要だと必死に言い募る。
会議の席なので丁寧に応対してたんだけど、かえって気を遣わせる結果になってしまったみたいだ。
「じゃあ、まあ。サイラスは賢人都市の外では顔が知られた頼れる男だし、俺との面識もある。王様やヘリオス君は、先日の一件があって気まずいかも知れないけど、サイラスなら何かあっても相談に乗ってあげられるよ?」
「ほ、本当ですか!?」
「まあ、これも何かの縁だしな。それに、俺にだって魔王が務まるんだから、君にだって国王をやれるさ!」
少しでも知り合いが国家元首になってほしくて、俺はそう言ってサイラスを持ち上げた。相談に乗るというのは本音だが、そうそう問題など起きないだろうという腹積もりもある。
貴族の議員制に変えるのなら、王様自身が才能溢れている必要はない。騙されないように王様をサポートする、優秀な人間がいればいいのである。
その点、ヘリオスがサイラスを支えるだろうから、この国は安泰だと思われた。
「そうそう、貫禄が足りないようなら、コレを使うといい!」
そう言って取り出したのは、校長先生なりきりセットの〝付け髭〟である。それをサイラスに手渡し、頑張れ! と笑って見せた。
「え、えっと……」
と困惑するサイラスだったが、この空気感の中で他に王様に立候補する者がいるはずもなく……結局、サイラスが即位するという事で、話が纏まったのだった。
こうして、マルクシュア王国は新時代を迎える事になる。
魔塔は教育機関としての役割も担い、魔力がなくても優秀な人材を受け入れるようになった。そして研究機関では様々な研究が行われるようになり、将来的には我が国との交換留学生制度も採用されるようになるのである。
そして造船所も、木造ボートから始まり、中型ボート、更には大型船舶すらも建造出来る規模へと拡張されていく。
近い将来、マルクシュア王国から賢人都市の二つ名は消えて、新たに誕生した海洋都市の二つ名が知られていくようになるのだ――
◆◆◆
短くも長かった有給休暇を終えて、俺達は魔物の国に戻って来た。
「何が『短くも長かった』よ。夜は『空間転移』で戻って来てたじゃないの」
「それを言ったら雰囲気台無しじゃないか!」
「はいはい」
またもヒナタから突っ込まれてしまった。
これだからヒナタは――
「悪かったわね、男心がわからなくて」
「あの、何度も言ってますけど……俺の心を読むのを、止めてもらってもいいですかね?」
「わかりやすいのよ、アナタは」
そう言って、ヒナタが笑った。
とても御機嫌そうなので、俺としても悪くない気分だった。
子供達にもお土産を配り、これにて一件落着。
俺の有給休暇も有意義に過ごせたのだが、もう一点、忘れてはならない事があった。
優雅にマッサージチェアで寛ぐルミナスを見た瞬間、俺はそれを思い出した。
「ルミナス、よくも俺達を騙してくれたな!」
「何じゃ、騒々しい」
「何じゃ――って、魔塔だよ! 古い知り合いとか言って、思いっきりお前の敵だったじゃねーか!!」
「フンッ! 妾は嘘など申しておらぬわ」
何を――と文句を言いかけて、ハタと気付いた。
確かにルミナスは、古い知り合い、としか言っていなかった。
煽っている内容だが、紹介状は紹介状だった。
古今東西の魔法を記録してあったのも本当だし、貴重な資料も大量にあった。
友人とは一言も言ってなかったなと思い出して、俺は頭を抱える。
「やられたわね……」
ヒナタも同じように気付いたのか、「ルミナス様にも困ったものね」と、さっさと負けを認めた様子だった。
「そういうところが、貴様の甘さじゃな」
と、ルミナスに笑われた。
事実なので反論の余地なし……。
こういう時、ヴェルドラは頼りにならない。
ルミナスに弱みを握られているので、何も言い返せないからだ。
「お主達が成長するには。丁度良い相手であったであろう?」
「そんな事はなかったぞ。ヒナタなんて殺されかけたし」
「何じゃと!? あの者共は大言壮語するが、臆病じゃったからな。そこまで大事にはならぬと思っておったのに……」
俺の言葉でルミナスが慌てているが、それはヒナタを心配しているからだな。
今更だし、俺達にもその心配りを向けて欲しいものである。
「大丈夫だったわよ、リムルがいたから。それに、相手の特性に驚いて失敗したけど、次は勝つわ」
実に逞しいセリフだった。
ルミナスもそれを聞いて安堵していた。
「ヒナタらしいな」
「うむ。あの女は負けず嫌いなのだろうさ」
そんなふうにコソコソ喋っていると、ヒナタから睨まれた。
「何よ、文句あるわけ?」
「ありません」
「我も!」
俺だけでなく、ヴェルドラも長い物には巻かれる主義になってしまったか。
だが、それで平和が保てるのだから、何の問題もないと思う次第である。
ただ、もう一言、釘を刺すのを忘れてはならないと思った。
「しかしだね、温厚な俺だったから、上手く話し合いで決着したけど――」
そこまで言いかけた時、ヴェルドラから邪魔が入る。
「何を言う。キレた勢いで殺――」
「ヴェ、ヴェルドラ君! オヤツ、そう、オヤツを食べに行こうじゃないか! 約束してたもんな!」
俺は慌ててヴェルドラの口を塞いだ。
ヒナタが不審そうに見てきたが、ここでバレる訳にはいかないのだ。
「何じゃ?」
「何でもないとも! うん。ルミナスが俺を信用してくれていたのなら、それでいいさ!」
俺はそう言って、その場を誤魔化した。
俺がキレたのがバレるなど、恥ずかし過ぎる。
ルミナスにいいように利用されてしまったけど、そんなのは『まあいいか』と思えたのだ。
――そしてまた、俺達の日常は続いていくのだった。