第8話 案外普通
祇園寺が引き起こした私達のクラスの騒動は、気が付けば学年中に広まってて、公開処刑って呼ばれるようになってた。
物騒な名前だと思うけど、あながち間違ってない気もする。
面白いのは、誰が誰を処刑したのかについて、誰も言及しないことかな。
そんな公開処刑があった翌日、花楓を含む当事者の3人が、学校を休んだ。
佐藤は間違いなく、騒動のショックが原因だと思う。
祇園寺は、聞くところによると、学校側から1週間の自宅謹慎を言い渡されてるらしい。
そして花楓はと言うと、謎だ。
一応、朝いちにテンションの高いチャットが飛んで来たから、元気ではあるらしい。
とまぁ、花楓の居ない穏やかな一日を満喫した私は、帰路に就く。
部活に勤しむわけでも無く、友達と遊びに行くわけでも無い。
そんな放課後に少しもったいなさを覚えながら、バスを降りた私は、バス停に見知った姿を目にする。
「やほ。今日の学校はどうだった?」
「祇園寺と佐藤が……それとアンタが居ない以外はいつも通りだったけど。って言うか、なんでここにいんの?」
「え? スーミィの家に遊びに行こうと思って」
「急だなぁ……」
「でもスーミィ、今日は元々予定は無かったでしょ? だったら、趣味の編み物を見せてもらいたいなぁって思って」
「……まぁ、別にいいけど。先に言っとくけど、何も出せるもの無いよ?」
「それじゃあ、そこのコンビニでお菓子と飲み物買って行こう!」
「ん。分かった」
この強引な感じ、なんか慣れてきちゃった自分が居るんだよねぇ。
流石に慣れるのが早すぎる気もするけど、まぁ、別に困るわけでも無いし、良っか。
「スーミィって、器が広いよねぇ」
「広いんじゃなくて、ひび割れてんのよ。そんでもって、漏れだしてるのに気づかないだけ」
「独特な表現だね」
「毒を込めたつもりだったんだけど?」
「毒を喰らわば皿までって言うでしょ?」
「言うけど、意味わかんない」
「ワタシも、ちょっと意味分かんなくなってきちゃった」
2人して失笑しながらコンビニに立ち寄った私達は、適当にお菓子と飲み物を見繕って、私の家に向かう。
その道中、大きなエナメルバックを肩から提げた男子高校生が、私達を速足で追い抜いていく。
その男子の後姿に、どこか見覚えがあると思った時、隣を歩いていた花楓が小さく呟いた。
「同じクラスの山田君だね」
「どおりで、どこかで見たことあると思った」
刈り上げられた頭と気難しそうな表情、そしてパンパンに膨れたバックを提げている彼の姿は、何度も教室で見たことがある。
確か、彼は野球部だったはず。
だとしたら、今日の部活は休みだったのかな?
「どうだろうね」
短くそう告げた花楓に視線を向けた後、山田の後姿を見送った私は、自身の家に向かうために脇道に入った。
当然、既に道を知ってるであろう花楓も、迷うことなく着いて来る。
そのまま家に辿り着いた私達は、玄関に足を踏み入れた。
「ただいま」
「おじゃましま~す!」
まぁ、両親はどっちも仕事に出てるから、誰も居ないんだけどね。
「へぇ~。ここがスーミィの家なんだぁ」
「見たことあるでしょ」
「見たことは無いよ。まぁ、知ってはいたけど。知識と実感は違うのだよ、分かったかい? スーミィ」
「それはそれは、ありがたきお言葉ですな」
「心がこもって無いなぁ~」
「込めてないのだよ。分からなかったのかな?」
「むぅ」
板張りの廊下を歩きながらそんなやり取りを交わした私達は、まっすぐに階段を上がって私の部屋に荷物を降ろす。
「とりあえず、手洗いだけしといて。場所は分かるでしょ?」
「ほ~い!」
慌ただしく階段を降りていく花楓の後について、脱衣所に向かった私は、洗面台で手を洗う花楓の背後に立った。
鏡に映る彼女は、一生懸命に手を洗ってる。
そんな姿を見ていた私は、ふと、とある事実に気が付いた。
今、二人きりなんだなぁ。
「ちょっと!? 何を考えてるの!?」
「別に? 事実を認識してただけだけど?」
「それはそうだけど!! なんか、ちょっと警戒しちゃうじゃん」
「それはさすがに警戒しすぎじゃない?」
慌てて手を洗い、そそくさと逃げ出していく花楓を見送った私は、手を洗った後、部屋に向かった。
借りてきた猫みたいに大人しく、部屋の真ん中に正座してる花楓。
なんか、こうしてみると滑稽な気がする。
「なんでよ!?」
「だって、私の部屋も知識としては知ってたワケでしょ?」
「そうだけど、さっきも言ったじゃん! 知識と実感は違うんだって!」
ってことは、心が読める花楓も案外普通の人と変わらないってことなのかもしれないなぁ。
なんてことを考えた時、私はとあることを思いついた。
直後、花楓が顔を赤く染め上げる。
「ちょ、スーミィ!?」
「どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ!! 変なこと考えないで!」
「え? 私はただ、少し気になることがあっただけなんだけど?」
「いいからぁ!! いつもからかってばかりでごめんなさい!! もうやらないから、変なこと考えないでよ」
花楓がエッチなことを初めて知った時、どう思ったのか聞こうと思っただけなんだけど。
予想以上に面白い反応を見せてくれるなぁ。
「スーミィのイジワル」
「ごめんごめん、もうやらないから」
意地悪はここまでにしておこうかな。
これ以上やっても時間がもったいないし、わざわざ花楓が尋ねて来てくれたわけだしね。
押しかけて来たとも言えるけど、それにもちゃんと理由がありそうだし。
「で、取り敢えずは本題から話す? それとも、本当に編み物を見に来たの?」
「ぅぅ。本題からがいいかな」
「そ?」
まだ私のことを警戒してる様子の花楓は、小さく深呼吸をした後、気を取り直して話し始めた。
「早速で申し訳ないんだけど、次の事件が起きる前に準備をしておきたいんだ」
「次の事件? ってことは、もう目星がついてる感じ?」
「まぁ、大体はね」
「具体的に教えてもらえない?」
「うん。次に危険が迫ってるのは、山田哲平君だよ」
「さっきの……」
「そう。感情もなんとなく分かってる。彼が今、とても強く感じてるのは、人を操りたいって願望」
「操りたい? それはまた、人聞きの悪い感情だね」
「そうだね。でも、誰でも抱くような、ありがちな感情だと、ワタシは思うよ?」
「アンタが言うなら、まぁ、間違いなさそう」
花楓の言葉に賛同した私は、彼女の説明に耳を傾けることにした。
これから起きるであろうこと、それを止める案、そして、私にやって欲しいこと。
それらを聞きながら、私は頭の中で情報を整理する。
抹茶オレを奢ってもらったんだから、真面目に手伝わないとダメだよね。
サボろうなんて考えるのは言語道断だ。
「そうだよ? サボるなんて、ダメだからね?」
「分かってるって」
そう言いながら、私はテーブルに広げられたチョコ菓子を口に放り込んだ。