第63話 私の居場所
「……苦いなぁ」
缶コーヒーに口を付けた私は、思わずそう零してしまった。
甘い物ばかり飲んでると、こういう苦い飲み物が苦手になっちゃうよね。
だからこそ、たまにはこうしてコーヒーを飲むべきなのかもしれないな。
一人でそんなことを考えた私は、ふと、隣に座ってる花楓に視線を移した。
私が手渡したコーヒーも、開けずに持ったまま、どこか茫然と、缶コーヒーのプルタブを見つめ続けてる。
「飲まないの?」
思わずそう問いかけた私に、やっと視線を合わせてくれた花楓は、だけどすぐに視線を落としてしまう。
もう少しだけ、待ってみようかな。
なんて考えたところで、ようやく彼女が口を開いた。
「スーミィって、やっぱり変わってるよね」
「ん? どうしてそう思ったの?」
「だって、ここに来たら私に記憶を消されるって、理解してたよね?」
「まぁ、そうだね。トモミンも消されてたみたいだし。普通に考えたら、私も消されるだろうなぁとは思ってたけど」
「じゃあ、どうしてここに来たの?」
「分かってるくせに、聞くんだ?」
「っ……」
私の返事を聞いて、キュッと唇を強く結んだ花楓。
そんな彼女を見た私は、ポケットからスマホを取り出した。
そして、いつも花楓とやり取りをしていた画面を開き、文字を打ち込んでいく。
『さっきも伝えたと思うけど、私は別に、心を読まれても記憶を消されても、怒ったりしないよ。それは許すって決めたから。だけど、もし今日でお別れなんだとしたら、最後の挨拶くらいさせてくれてもいいじゃん?』
「……どうして?」
『文字に残せば、アンタが色々消したとしても、記録に残せるかなって思って』
スマホの画面を見ながら疑問を呟く花楓に、私はそう返信を送った。
すぐ隣にいるのに、なんか変な感じだね。
近くにいるのに、遠くにいる気分。
でも多分、その距離が私と花楓の間にあった距離なんだと、私は思う。
『私はさ、花楓がみんなの記憶を消して、また新しくやり直すって決めたんなら、その判断に従うよ。記憶を消されても文句言わないし。だけど、1つだけお願いがあるんだよね。同じクラスで過ごせなくても良い。一緒に話せなくても良いから、こうして、たまにチャットをするくらいの間柄として、関係を残せないかな?』
花楓が記憶を操作すれば、それくらいのことは簡単なハズだよね。
ネット上だけでの、ただの友達。
遠方に引っ越してしまった、古い友達。
どんな形だって良い。
私と花楓の間に、僅かでも良いから、繋がりを残しておいて欲しい。
そうしておけば……。
『そうしておけばさ、今日の選択が間違ってたって、後で思い直したとしても、私に会いに来て記憶を元通りにすることだってできるでしょ? そしたら、その時の私は多分、全部察したうえで、もう一度アンタの隣に座れると思うから』
スマホで文章を打っている間、私は意識して画面に集中した。
だって、恥ずかしい内容を書いてるワケだし、花楓の顔を見るには勇気がいるよね。
かといって、途中でやめるつもりは無いかな。
今もこうして文章の内容を考え続けることができてるワケだから、花楓も最後まで読んでくれるみたいだしね。
『本音を言えばさ。今から2人で色んな人に謝りに行きたいな。授業、遅刻しちゃってるし。修先輩にも謝らなくちゃいけないことは沢山あるでしょ? トモミンだって、全部知ったらきっと怒ると思う。それにもちろん、桜先輩にも』
そこまで送信した私は、大きく深呼吸しながら、墓で見た黄色い水仙の花束を思い返した。
今度、時間を見つけてお墓参りに行かなくちゃだね。
私の言葉が、桜先輩を深く傷つけてしまったのは、間違いないはずだから。
そして多分、花楓も同じようなことを考えてるはずだよね。
黙り込んだままの花楓は、何を考えてるんだろう?
そこでようやく、彼女の方に視線を上げた私は、涙をボロボロと零しながら見つめてくる花楓を目にした。
「どうして? どうしてワタシなんかを……」
「それは……」
涙する花楓の姿に動揺して、一瞬言葉にしてしまいそうになった私は、慌ててスマホに向き直る。
『桜先輩のことを追いつめちゃった時。私はきっと、彼女こそが私の仲間だって、居場所なんだって思いたかったんだ。だから、同じ境遇を、同じような過去を、求めちゃった。でも、そんなの間違ってるよね。過去を居場所にするなんて、間違ってるんだ。だから、今度こそは間違わないように、かけがえのない今を生きていきたいって思ってる』
「……今?」
『そう、今。私がそう思えたのは、花楓のおかげなんだよ? 毎日を全力で楽しく生きてる。文化祭だって、思いっきり楽しんでたじゃん。そんなアンタを知ってるから、私は、私にもそんな生き方ができるかなって思えたんだし。だからさ。さっきも言ったけど、やっぱり一緒に謝りに行こうよ。こんなところで、全部リセットしてやり直してる場合じゃないって』
「……」
言いたいことはもう全部言った。
あとは、花楓がどう判断するかだよね。
これ以上、スマホを使うことはなさそうだと判断した私は、すぐにそれをポケットにしまう。
隣に座ってる花楓は、時折鼻をすするだけで、何も言葉を発しなかった。
流れる沈黙に、どこか気まずさを感じた私は、ふと呟いてみる。
「もしかして、私って重い女だったりする?」
「……」
缶コーヒーを握りしめたまま、チラッと私の方を見た花楓。
やっと何か話してくれるのかと思ったその時、彼女は勢いよく立ち上がったかと思うと、缶コーヒーを開けてグビグビと飲み干して見せた。
「にがぁ……」
「そんな勢いで飲んでも、味ってわかるんだね」
「分かるに決まってるジャン!」
手の甲で口元と目元をゴシゴシと拭いた花楓は、キッと私を睨んだ後、空き缶を差し出して来た。
「それと、これだけじゃ安すぎるからね!」
「はいはい」
どうやら、私の愛は重たいわけじゃなくて、安かったらしい。
ホントかな?
我ながら、結構重いこと言ってた気がするけど。
まぁ、花楓がそう言うなら、別にいいか。
それから、ひとしきりブラックコーヒーを飲み交わした私達は、頃合いを見計らって教室に戻った。
もちろん、教室を抜け出してたワケだから、先生に怒られたけどね。
クラスメイト達が花楓を見ても驚いたりしなかったのは、多分、記憶を元に戻したんだと思う。
ん? 元に戻したってわけじゃないのかな。
そもそも花楓は、この学校の生徒じゃないしね。
放課後になったら、私達は大塚警部の所に向かった。
当然、花楓が記憶を消してたことを謝るために。
その流れで、修先輩の家にお邪魔して、謝罪をした。
彼は、桜先輩のことを思い出したことが原因で体調を崩してたみたい。
それでも昨日、身体を酷使して桜先輩のお墓参りに行ったらしい。
聞けば、今までも定期的にお墓参りには行ってたみたい。
っていうか、小学生の頃に初詣で買ったお守りを、未だに彼女の分も買い続けてるって、よっぽどだよね。
そんなこんなで、あっという間に私の高校1年生の3月が終わって行ったんだ。
気が付けば、今日から高校2年生。
クラスも席も、全部が一新されるワケで、私は少しばかり胸を高鳴らせながら学校に向かって歩いていた。
1年前とは全然違う。
だけど、1年前があるからこそ、今があるんだよね。
そんな私の生活を大きく変えたのは、言うまでもなく、隣の席に座ってた花楓。
そして、彼女との関係は、今後さらに深くなっていく予感がしてる。
「おはようスーミィ!!」
「ん、おはよう」
背後から賑やかに登場した花楓が、ニコニコと笑顔を振りまいてる。
いつも通りの彼女に軽く挨拶を返すと、頬を膨らませながら文句を言って来た。
「朝から元気ないなぁ~」
「いや、アンタが元気すぎるだけだって」
「ふふふ、それが私の取り柄だからね。ある人もそう言ってたし!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる花楓に呆れながらも、私は正門までの道を急ぐ。
そんな私の隣を歩きながら、花楓が告げたのだった。
「また隣の席だったらいいね!」
「同じクラス前提なんだ……」
完
これにて「隣の席の花楓さんは、世界の全てを見透かして」完結です。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
書き始めた当初は、もう少し短くまとめようと考えてましたが、思っていた以上に長くなってしまいました。
生徒会関係とかの話も考えてはいたんですが、あまりに長くなりすぎると判断したため、断念です。
1つ言えることがあるとすれば、彼女たちは学生生活を謳歌するだろうってことですかね。
気が向けば、アフターストーリーでも書こうと思います。
その時はまた、お付き合い頂ければと思います。
本当にありがとうございました。
最後に良ければ、いいねやコメントをして頂けると、励みになります。
よろしくお願いします。
以下、告知です。
次回作は異世界ファンタジー物を書こうと思います。
タイトルは「終わったはずの俺達が、ひっそり始めた生存戦略」です。
魔法あり、亜人ありのファンタジー世界で、狂暴な怪物に狙われ続ける呪いを受けた人々と、そんな人々を助けようとする男のお話です。
興味があれば、ぜひ読んでみてください。




