第62話 自分への戒め
花楓の住所を知っているという大塚警部の運転で、私達は彼女の家に向かった。
その場所は古ぼけたアパートの一室。
だけど、私達が到着した時には既に、花楓は姿を消してしまってた。
玄関のカギを閉め忘れるくらい焦ってたのかな、その焦りを示すように、部屋のあちこちには置き去りにされた彼女の痕跡が散見できる。
「どこに行ったんだ? あいつ」
放置された冷蔵庫の中を覗きながら呟く大塚警部。
どうやら、電気はまだ止められていないみたいだね。
もしかしたら、花楓はこの街から逃げようとしてるのかもしれない。かつての私が、そうしたように。
すっかり日も落ちてしまったこともあって、今日はもう帰るように言われてしまった。
まぁ、警察として未成年の学生を連れ回すのは良くないと判断したのかな。
そんな大塚警部の運転で家に帰り着いた私は、相変わらず誰も居ない家に帰宅する。
色々なことがあった一日で、本当に疲れた。
だからかな、今日はいつもより早く眠りにつけたと思う。
眠る前に、花楓に対して『話がしたい』というチャットだけ送ったけど、目が醒めたら返事が来てるかな?
夜も明けて、目を醒ました私は、学校に行くかどうか悩んだ。
十中八九、花楓は学校に来ない気がする。
だって、昨日思い出した記憶が正しいのなら、そもそも彼女は同じ学校に通ってた生徒ですらないってことだよね?
だからって、別れの挨拶も無しにどこかに行っちゃうのは、酷いと思うけど。
「まぁ、私がそんなことを言えるのかって話だけどね……」
自分を戒めるために、そう呟いた私は、改めて身支度を整えて学校に向かった。
教室に着くと、案の定私の隣の席は空っぽで、誰も座ってない。
そんな席にやって来たトモミンが、にこやかな表情で挨拶してきた。
「スーミィ、おはよう」
「おはよう、トモミン」
いつもは私の席の前に立って話しかけて来るのに、今日は何のためらいもなく隣の席に座るトモミン。
その時点で違和感を覚えた私は、直後、彼女の口から放たれた言葉を聞いて、事態を把握する。
「あのさ、今日の放課後、2人で駅前のクレープ食べに行かない?」
「……2人で?」
「あ、う、うん。実はね、哲平君も誘おうと思ってたんだけど、用事があるらしいから……ダメ、かな?」
「ダメじゃないよ……でも、できれば3人が良かったな」
「そうだね。私もそう思ってたんだけど」
「ごめん、ちょっとお手洗い行って来る」
「え? あ、うん」
何も疑問を抱くことなく、純粋な表情で話をするトモミンを前に、私は何かが込み上げてくるのを感じた。
だから、その場を離脱するために、小さな嘘を吐いてしまう。
間違いない。
花楓がトモミンの記憶を改ざんしてる。
少し考えれば分かることだよね。
過去の事実自体は消せないとしても、彼女には足跡を隠ぺいする術があるんだ。
でも、その術も完璧じゃない。
だって、現に私は、無意識のうちに足跡に気が付いてたんだから。
そんな、小さな希望に縋るように、私はトモミンに足跡を示すことにした。
鞄を肩に掛けながら席を立って、教室の扉に向かおうとする私は、去り際に口を開いた。
「ねぇ、トモミン」
「ん? どうしたの?」
「3人で一緒に、良い文化祭を作ろうね」
「え? う、うん。そう……だね」
小さな混乱を見せるトモミンに背を向けた私は、そのまま教室から出る。
今日はもう、このまま教室には戻らないでおこうかな。
そうすれば、クラスの中に2つ、空席ができることになるよね。
しかも、2つ並んで空席になってるわけだし。きっと、誰かが違和感に気づくんじゃないかな?
誰かの痕跡が、足跡が、完璧に消えてなくなってれば、それは大きな痕跡を残してるのと同じだと、私は思う。
そして、その大きな違和感は、歪みとなって、誰かの中に残るんだ。
廊下を歩きながら、私は考え続ける。
ねぇ、花楓。
その大きな歪みを抱えたまま生きていくつもりなの?
そんなの、苦しいに決まってるじゃん。
もう気づいてるんでしょ?
アンタが大きな歪みを抱えれば抱える程に、その歪みが、周囲の人に影響を与えてることに。
関わりを裁ちたいって考えも。
人を思い通りに操れない憤りも。
狭い世界の中で感じる窮屈さも。
誰かに見つけて欲しいって願いも。
自分の中の荒ぶってる心を鎮めたいって心も。
もう一度、愛して欲しいって想いも。
全部、花楓の抱えてるものなんじゃないの?
だからまだ、私の記憶を消してないんじゃないの?
この私の考えも、全部聞いてるんでしょ?
心を読むのも記憶を消すのも許すけど、何も言わずに、勝手にどっかに行くのだけは許さない。
それだけは何があっても許さないから。
沸々と湧き上がってくる怒りに任せて、言いたい言葉を頭の中に並べていると、不意にポケットに入れてたスマホが、小さく振動した。
すかさずそれを手に取った私は、画面に映る文字を見て走り出す。
『自販機』
もうすぐホームルームが始まる時間だけど、そんなのはもうどうでも良い。
花楓の気が変わってしまわない内に、私はあの場所に向かわなくちゃいけないんだ。
そうしてたどり着いた場所は、いつか2人で安い愛だと談笑したところ。
前とは逆に、後からそこに辿り着いた私は、ベンチに腰かけてる花楓の小さな背中を見た。
色々と背負い込むにしては、ちょっと小さすぎる背中だよね。
そんな彼女を一旦無視して自販機に向かった私は、100円玉を投入する。
そして、花楓の方を振り返って、尋ねた。
「缶コーヒーで良いよね? もちろん、ブラックで」




