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隣の席の花楓さんは、世界の全てを見透かして  作者: 内村一樹
第6章 黄色い水仙

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第60話 忘れモノ

「あの、どこに向かってるんですか?」

 うながされるままに大塚おおつか警部けいぶの車に乗った私は、となり運転うんてんしてる彼にたずねてみた。


 こうして、あんまり話をしたことのない大人と2人で車に乗るのは、ちょっとだけ緊張きんちょうするよね。

 普通ふつうなら、乗車じょうしゃすることをためらう所だけど、今はそんなことを言ってる場合でもないしね。

 まぁ、大塚おおつか警部けいぶなら、変なことしてくるなんてことは無いでしょ。

 無いよね?


 そんな私の懸念けねんを知ってか知らずか、大塚おおつか警部けいぶは深いため息をきながら返事をする。

「この近くのはかだ。多分これからする話は、そこでした方が良いと思ってな」

「おはか……ですか」

「ところで、1つだけ聞いておきたいんだが」

「はい?」

おさむは……そのストラップの事、知ってるのか?」


 何かと思えば、大塚おおつか先輩のことが気になったみたいだね。

 って言うか、どちらも大塚おおつかだからややこしいな。

 服部はっとり先輩が聞いたらおこるかもだけど、勝手かっておさむ先輩って呼ぶことにしよう。


「えっと、おさむ先輩せんぱいも知ってるはずです……そういえば、今日は学校に来てなかったみたいですよ」

「あいつ……まぁ良い。思い出したんだとしたら、それも仕方が無いだろう」

「思い出した……やっぱり、花楓かえでが何かをかくしてたってことですか?」


 私の問いかけに沈黙ちんもくつらぬいた大塚おおつか警部は、返事へんじの代わりに、話を始めた。

「あの子が、一時期いちじきうちで生活してたことは知ってるのか?」

「はい。おさむ先輩からも聞きました」

「その様子だと、どうしてうちが引き取ることになったのかは聞いてないみたいだな。まぁ、それについては、花楓かえで本人から聞いてくれ」


 ここでその話をにごすと言うことは、何かしらの事情じじょうがあるってことだよね。

 まぁ、花楓かえでのプライベートの話だと思うから、他人たにん勝手かってに言いふらすのも、良いことじゃないのは分かる。


「それで、その当時の事と、今向かってるおはかに、何か関係かんけいがあるんですか?」

「今向かってるのは、おさむおさなころの……幼馴染おさななじみはかだ」

「幼馴染……」


 幼馴染おさななじみ、と言うことは、少なくともおさむ先輩とおなどしか、近い年齢ねんれいだってことは、間違まちがいないはず。

 そんな人のおはかに、向かっているという事実じじつに、私は少しだけ息苦いきぐるしさを感じた。


 分かってはいたけど、私が今から知ろうとしてることは、決して明るい真実しんじつじゃない。

 そんな当たり前のことを目の前にき付けられた気がする。


 そうこうしていると、大塚おおつか警部けいぶ運転うんてんする車が、墓地ぼちよこ駐車場ちゅうしゃじょうに入り、私達はくるまりた。


 夕方ゆうがたし掛かる冬の空気くうきは、ひどつめたい。

 そんな空気をはい一杯(いっぱい)に吸い込んだ私は、意を決して墓地ぼちに向かって歩き出す。


 私を先導せんどうするように歩く大塚おおつか警部けいぶ

 そんな彼の背中せなかを見ていた私は、ふと、墓地ぼち右脇みぎわきにある銀木犀ぎんもくせいの木に目が行った。


 花はいてないけど、すみの方にひっそりとたたずんでるその様子ようすは、どこか見覚みおぼえがあるような気がする。

 この墓地ぼちに来たことなんて、無いはずなのに。


 そこからき出してくるような違和感いわかんを探ろうと、思わずその場に立ち止まってしまった私に、先を歩いてた大塚おおつか警部けいぶが声を掛けてきた。


いたぞ」

 ばれて、そちらに目を向けた私は、1つの特徴的とくちょうてきなおはかを見つける。

 その瞬間しゅんかん、私ははっきりと1つ思い出した。


 ここに、来たことがある。


 それはいつだったのか。

 私はこの墓地ぼち一人ひとり、涙を流してた。

 そんなに昔の話じゃない。なのに、すっかり全部忘れてた。

 つまり、記憶きおくが、消えてた。


 だけど、いまだに思い出せないものがある。

 それは、私がこの墓地ぼちで泣いてた理由りゆうだ。

 きっと、その答えはすぐそばにあるはず。


 全部ぜんぶを思い出せるかもしれない。

 そんな期待きたいとは裏腹うらはらに、むねの中で広がり始めたのは、大きな不安ふあん

 思い出しても良いのかな?


 もしかしたら、このまま何も知らない方がしあわせだったりするかもしれないよね?


 決意けついしてここに来たはずなのに、ゆらゆらとらぐ私の心は、一瞬いっしゅんで歩む足を止めてしまった。

 だけど、そんな私のもろさを、大塚おおつか警部けいぶゆるしてくれない。


木村きむらさくらおさむ幼馴染おさななじみだった女の子だ。彼女かのじょはまだ小学生のころに、わかくして事故じこで無くなった」

 まるで、墓石はかいしかたけるようにそう言った彼は、直後ちょくご、顔をしかめながら付けくわえる。


「はずだった」


 いかりとも取れる彼の声。

 そんな彼の声を聞きながらも、私は一歩いっぽみ出す。

 木村きむらさくら

 聞いたことも無い、全く知らない人の名前。

 だけど、何故なぜだか私は、とある風景ふうけいを思い出した。


 そこは、学校の保健室ほけんしつ


 保健室ほけんしつに行くことなんて、全く無かったはずなのに。

 みょうなつかしさを感じるのはなんでだろう?

『私のもとに帰って。それってなんか、すごく未練みれんがある感じだよね』

 不意ふい脳裏のうりひびわたったその声に、私の足がさら一歩いっぽみ出す。


 それがきっかけだと言うように、さらに沢山たくさんの言葉が私の脳裏のうりよぎって行く。

『私はさ、かくさずに生きていければって思うんだ。だって、そっちの方が気楽きらくじゃない?』

まわりに馴染なじめなくても、なや必要ひつようなんてないじゃん。自分一人で生きてけてるって証拠しょうこなんだし』

『私はいたって普通ふつうだよ。そうでしょ? だって、心の中じゃ皆、色々(いろいろ)と思ってるわけだしね』

『私もさぁ。そりゃ、仲良く出来ればなって思ったことだってあるよ』


 それらの声は、どれも私の物なんかじゃない。

 あの子は、そう、いつも保健室ほけんしつに居て、私に色んな話をしてくれたんだ。


 夏休なつやすみ前の、あの日まで。


 ジワジワとみ出してくる思い出に、私はても立ってもられなくなって、走り出した。

 まるで衝動しょうどうに身をまかせたかのように、黄色きいろ花束はなたばもとった私は、墓石はかいしの前にうずくまる。


 いきおあまってひざいたみを覚えたけど、そんなのはどうでも良い。

 だって、とても大事な人のことを、思い出したんだから。


 さくら先輩。

 高校こうこうに入学して早々(そうそう)保健室ほけんしつに入りびたってた私にとっての、唯一ゆいいつ友人ゆうじん


 忘れたりなんか、したくないはずなのに。

 私は完全かんぜんに、彼女のことをおぼえてなかった。

 いや、記憶きおくを消されてた。


 だけど、ほんのひと欠片かけらだけ、彼女の存在そんざいは私の中に残ってたんだよね。

 それは、ホントにわずかな印象いんしょうだけ。


 先輩せんぱいが1人、自主じしゅ退学たいがくしたんだって話。


 生徒せいとが一人いなくなってしまったんだっていう情報じょうほうだけは、花楓かえでも消すことができなかった。

 それはどうしてかな?


 きっと、それだけ彼女の存在そんざいが、誰かにとって大きな存在そんざいだったからだよね。


 少なくとも私にとっては、彼女かのじょ存在そんざい過去かこに残して来た大きなわすれモノだった。

 もう、二度と忘れたくない。

 だから私は、今一度いまいちど自分のむねきざみ込むように、彼女との出会いを思いえがくことにした。

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