第60話 忘れモノ
「あの、どこに向かってるんですか?」
促されるままに大塚警部の車に乗った私は、隣で運転してる彼に尋ねてみた。
こうして、あんまり話をしたことのない大人と2人で車に乗るのは、ちょっとだけ緊張するよね。
普通なら、乗車することをためらう所だけど、今はそんなことを言ってる場合でもないしね。
まぁ、大塚警部なら、変なことしてくるなんてことは無いでしょ。
無いよね?
そんな私の懸念を知ってか知らずか、大塚警部は深いため息を吐きながら返事をする。
「この近くの墓だ。多分これからする話は、そこでした方が良いと思ってな」
「お墓……ですか」
「ところで、1つだけ聞いておきたいんだが」
「はい?」
「修は……そのストラップの事、知ってるのか?」
何かと思えば、大塚先輩のことが気になったみたいだね。
って言うか、どちらも大塚だからややこしいな。
服部先輩が聞いたら怒るかもだけど、勝手に修先輩って呼ぶことにしよう。
「えっと、修先輩も知ってるはずです……そういえば、今日は学校に来てなかったみたいですよ」
「あいつ……まぁ良い。思い出したんだとしたら、それも仕方が無いだろう」
「思い出した……やっぱり、花楓が何かを隠してたってことですか?」
私の問いかけに沈黙を貫いた大塚警部は、返事の代わりに、話を始めた。
「あの子が、一時期家で生活してたことは知ってるのか?」
「はい。修先輩からも聞きました」
「その様子だと、どうして家が引き取ることになったのかは聞いてないみたいだな。まぁ、それについては、花楓本人から聞いてくれ」
ここでその話を濁すと言うことは、何かしらの事情があるってことだよね。
まぁ、花楓のプライベートの話だと思うから、他人が勝手に言いふらすのも、良いことじゃないのは分かる。
「それで、その当時の事と、今向かってるお墓に、何か関係があるんですか?」
「今向かってるのは、修の幼い頃の……幼馴染の墓だ」
「幼馴染……」
幼馴染、と言うことは、少なくとも修先輩と同い歳か、近い年齢だってことは、間違いないはず。
そんな人のお墓に、向かっているという事実に、私は少しだけ息苦しさを感じた。
分かってはいたけど、私が今から知ろうとしてることは、決して明るい真実じゃない。
そんな当たり前のことを目の前に突き付けられた気がする。
そうこうしていると、大塚警部の運転する車が、墓地の横の駐車場に入り、私達は車を降りた。
夕方に差し掛かる冬の空気は、酷く冷たい。
そんな空気を肺一杯に吸い込んだ私は、意を決して墓地に向かって歩き出す。
私を先導するように歩く大塚警部。
そんな彼の背中を見ていた私は、ふと、墓地の右脇にある銀木犀の木に目が行った。
花は咲いてないけど、隅の方にひっそりと佇んでるその様子は、どこか見覚えがあるような気がする。
この墓地に来たことなんて、無いはずなのに。
胃の底から沸き出してくるような違和感を探ろうと、思わずその場に立ち止まってしまった私に、先を歩いてた大塚警部が声を掛けてきた。
「着いたぞ」
呼ばれて、そちらに目を向けた私は、1つの特徴的なお墓を見つける。
その瞬間、私ははっきりと1つ思い出した。
ここに、来たことがある。
それはいつだったのか。
私はこの墓地で一人、涙を流してた。
そんなに昔の話じゃない。なのに、すっかり全部忘れてた。
つまり、記憶が、消えてた。
だけど、未だに思い出せないものがある。
それは、私がこの墓地で泣いてた理由だ。
きっと、その答えはすぐ傍にあるはず。
全部を思い出せるかもしれない。
そんな期待とは裏腹に、胸の中で広がり始めたのは、大きな不安。
思い出しても良いのかな?
もしかしたら、このまま何も知らない方が幸せだったりするかもしれないよね?
決意してここに来たはずなのに、ゆらゆらと揺らぐ私の心は、一瞬で歩む足を止めてしまった。
だけど、そんな私の脆さを、大塚警部は許してくれない。
「木村桜。修の幼馴染だった女の子だ。彼女はまだ小学生の頃に、若くして事故で無くなった」
まるで、墓石に語り掛けるようにそう言った彼は、直後、顔をしかめながら付け加える。
「はずだった」
怒りとも取れる彼の声。
そんな彼の声を聞きながらも、私は一歩踏み出す。
木村桜。
聞いたことも無い、全く知らない人の名前。
だけど、何故だか私は、とある風景を思い出した。
そこは、学校の保健室?
保健室に行くことなんて、全く無かったはずなのに。
妙に懐かしさを感じるのはなんでだろう?
『私のもとに帰って。それってなんか、すごく未練がある感じだよね』
不意に脳裏に響き渡ったその声に、私の足が更に一歩を踏み出す。
それがきっかけだと言うように、さらに沢山の言葉が私の脳裏を過って行く。
『私はさ、隠さずに生きていければって思うんだ。だって、そっちの方が気楽じゃない?』
『周りに馴染めなくても、悩む必要なんてないじゃん。自分一人で生きてけてるって証拠なんだし』
『私はいたって普通だよ。そうでしょ? だって、心の中じゃ皆、色々と思ってるわけだしね』
『私もさぁ。そりゃ、仲良く出来ればなって思ったことだってあるよ』
それらの声は、どれも私の物なんかじゃない。
あの子は、そう、いつも保健室に居て、私に色んな話をしてくれたんだ。
夏休み前の、あの日まで。
ジワジワと染み出してくる思い出に、私は居ても立っても居られなくなって、走り出した。
まるで衝動に身を任せたかのように、黄色い花束の元に駆け寄った私は、墓石の前にうずくまる。
勢い余って膝に痛みを覚えたけど、そんなのはどうでも良い。
だって、とても大事な人のことを、思い出したんだから。
桜先輩。
高校に入学して早々、保健室に入り浸ってた私にとっての、唯一の友人。
忘れたりなんか、したくないはずなのに。
私は完全に、彼女のことを覚えてなかった。
いや、記憶を消されてた。
だけど、ほんのひと欠片だけ、彼女の存在は私の中に残ってたんだよね。
それは、ホントに僅かな印象だけ。
先輩が1人、自主退学したんだって話。
生徒が一人いなくなってしまったんだっていう情報だけは、花楓も消すことができなかった。
それはどうしてかな?
きっと、それだけ彼女の存在が、誰かにとって大きな存在だったからだよね。
少なくとも私にとっては、彼女の存在は過去に残して来た大きな忘れモノだった。
もう、二度と忘れたくない。
だから私は、今一度自分の胸に刻み込むように、彼女との出会いを思い描くことにした。




