第6話 一件落着?
「いや、そんなこと言われても知らないんだけど」
「でも、このノートは佐藤さんの机から落ちたじゃん」
吉田と佐藤が言い争いを始めている間に、件のノートがクラスメイトに回覧され始める。
当然、私の所にも回って来たそのノートには、ツラツラとクラスメイトに対する不平不満が書き殴られてた。
例に漏れず、しっかりと私についても書かれてて、軽く目を通してみる。
「お高くとまってるヤな女、ね」
間違いじゃないから、文句は言えないかな。
そんなノートを後ろの席に回した私は、事の成り行きを見守ることにした。
「だから、ウチは知らないって言ってるじゃん!!」
「書いてないって証拠はあるワケ? こっちはアンタの引き出しから出て来たところを皆見てるんだけど」
やたらと佐藤に食って掛かる吉田の声に、クラスメイトの大勢が賛同を示し始めている。
どうでも良いけど、吉田は佐藤に恨みでもあるのかな?
教室の空気が険悪になる中、静観を続けていた祇園寺が、ついに動いた。
「お前、まさかこんなノートを作ってたとはなぁ。流石の俺も引くわ」
「っ!? 壮馬……」
「確かに、付き合ってた時からクラスメイトに対する文句が多いなとは思ってたけど……別れて正解だったぜ」
吉田に対して強気に出ていた佐藤は、祇園寺の言葉を聞いて明らかに動揺を示している。
その様子を見て、私は昨日聞いた佐藤の言葉を思い出した。
『ウチはまだ、壮馬のことが……好きなのに』
「あれは、本気だったんだな……」
私が1人で納得していると、不意に教室の扉が開かれる。
「ほら、ホームルームを始めるぞ。席に着け」
担任の田中先生が姿を現したことで、クラスメイト達の意識が先生に向く。
当然、佐藤に怒りを顕わにしていた吉田も、大人しく席に戻って行った。
同じように、佐藤も口を開くことなく机を元に戻して席に座る。
少なくとも、誰も大ごとにするつもりは無いみたい。
一見すれば、元通りの教室だけど、ひび割れた空気が元に戻ることは無い。
そんな不穏な空気を察知したのか、一瞬怪訝そうに眉をひそめた田中先生は、何も言わずにホームルームを開始した。
このまま、佐藤が一方的に悪者と認知されたまま、今日が終わる。
なんとなくそう思った私は、隣の席に目を向けた。
なんで、何もしないの?
花楓は間違いなく、こうなることを知ってた。
昨日の放課後に祇園寺がノートの準備をしていたことも、彼の立てた計画も、そして、教師が来ることでその場が有耶無耶になることも。
このまま、佐藤が言い訳ができない状態で解散になったら、多分もう、立場が逆転することは無い。
それを、あなたは許容するの?
心の中で問いかけてみるけど、もちろん、返事は無い。
静かに流れてゆく時間の中、私が小さなため息を吐いた時。
ゴトッ
という低い音が教室の中に響き渡る。
その音は、うなだれた状態の佐藤が勢いよく立ち上がった音だった。
何事かと、クラス中の視線が彼女に集中したと同時に、私は彼女が手にしている大きな裁ちバサミに気が付いた。
「佐藤? どうした?」
垂れ下がった髪の毛で表情の見えない佐藤に、田中先生が恐る恐る声を掛ける。
と、その時。
クラスメイト全員のスマホが、一斉に着信音を発した。
その異様な光景に圧倒され、先生が居ることも忘れた私達は、スマホに届いた画像に目を通す。
その画像は、紛れもなく、私が昨日撮った写真。
差出人不明のメッセージに貼りつけられたその写真は、ご丁寧にもノートの表紙が見えやすいように加工まで施されている。
「なに、これ……」
教室中から漏れ聞こえて来る疑念の声は、視線となって、少しずつ祇園寺の元に集まっていく。
当の本人である祇園寺は、スマホに目を落としたまま、硬直している。
多分、誰もこの状況を理解できてない。
田中先生も含めて、全員が困惑している中、私は隣の花楓が薄く笑みを浮かべているのを見て取った。
「ど、どうしたんだ? みんな、今日何かあったのか? さっきから変だぞ?」
動揺しつつ、クラスの皆に語り掛ける田中先生。
当然、誰も返事しないものと思われた教室に、花楓の笑い声が響いた。
「ふふふ、あぁ、そう言うことだね。なるほどぉ~」
「黒光?」
「田中先生。大丈夫ですよ。別に変なことが起きたわけじゃないみたいですから。クラスメイトの中に、元恋人を自主退学に追い込もうとしてた人がいたってだけですから」
自分も似たようなことをしたくせに、白々《しらじら》しいことを言うなぁ。多分、クラスメイト全員がそう思ったに違いない。
とはいえ、誰かが彼女の言葉を止める事なんて、出来るわけがない。
それはもちろん、祇園寺でさえも。
「おい黒光! それは一体どういう意味だ!!」
激高した祇園寺が立ち上がり、花楓の席に詰め寄っていく。
そんな彼の様子に物怖じすることなく、彼女は飄々と言ってのけた。
「どういう意味って、祇園寺君が佐藤さんを追いつめて、自主退学させようとしてたんだなぁって、思ったことを言っただけだよ?」
「どこにそんな証拠があって」
「どこって、皆のスマホの中にあるじゃん。ほら。見える? この写真」
「この写真だけで、どうして俺が犯人だって言いきれるんだよ!?」
「さっき回って来た罵詈雑言ノート、あれってこの写真に写ってるノートだよね?」
「たまたま表紙が同じってだけだろうが! 決めつけるんじゃねぇ!! それに、写真に映ってるのが同じノートだとして、どうして佐藤の席にそれが入ってるんだよ!?」
「さっきは体育の授業だったよね? 男子に聞きたいんだけど、祇園寺君はずっと授業に参加してた? もしかして、途中でトイレに抜けたりしてなかったかな?」
今にも花楓に掴みかかりそうな様子の祇園寺。
そんな彼を見る男子たちの中に、動揺が走っている。
その様子から察するに、花楓の推測に似た行動があったことは事実みたいだね。
まぁ彼女の場合、その発言は推測じゃなくて、確信を伴った物なんだろうけどね。
ますます追いつめられる祇園寺が、周囲から注がれる視線に焦りを見せ始めた時。
再び鈍い音が響く。
揉めている祇園寺と花楓から、音の方に視線を移した私は、佐藤の足元に裁ちバサミが落ちていることに気が付いた。
そして、脱力するように席に腰を下ろした彼女は、そのまま机に突っ伏してしまう。
少しだけ、肩が揺れてるように見えるのは、気のせいかな?
と、そんな佐藤の様子を見ているうちに我に返ったのか、田中先生がようやく仲介に入る。
「と、取り敢えず、祇園寺。お前は私と一緒に職員室に来なさい。少し話を聞かせてもらおうか。黒光、お前もだ。あとで呼びに来るから、教室に残っていなさい」
そんな田中先生の言葉を最後に、その日のホームルームは終わりを告げた。
釈然としないことも多いけど、取り敢えず、花楓がやろうとしていたことは上手く行ったらしい。
その証拠に、私のスマホに1件のメールが送られてくる。
『一件落着! ちょっと話したいことがあるから、図書室で待ってて!!』
本当に一件落着したのかな?
花楓からのメッセージには特に返事をせず、真っ先に教室を後にした私は、一応、図書室に向かう。
色々と聞きたいこともあるし。言いたいこともある。
普段と変わりのない日常に戻ることができて、小さな安心感を覚えた私は、昨日祇園寺が座ってた席で、花楓を待つことにした。