第55話 閉まる間際
「それで、今回はどんな切り札を持ってきたんですか?」
真っ先に切り出したのは、花楓だ。
彼女は大塚先輩と、彼の右後ろに立ってる松本先輩を交互に見ている。
対する大塚先輩は、小さく肩を竦めて見せた。
「切り札、って程じゃないけど。まぁ、話ができればと思ってね。よくよく考えれば、具体的なことは何も話してなかったはずだから」
「そうですか? まぁ、大塚先輩が考えてることなんて、なんとなく分かりますけどね」
「黒光さんがそうだとしても、僕はそれほど器用な人間じゃないからね。質問とか意見とか、言ってもらえないと理解できないし、改善もできない。そうだろ?」
「むぅ……まぁ、そうですね」
先輩の言葉に圧し負けたのか、花楓は渋々頷いてる。
2人とも、トモミンとか松本先輩を前にして、結構強気な発言するよね。
まぁ、絶妙に上手い言い回ししてるから、事情を知らない人が聞いても分からないんだろうけど。
知ってる私からすれば、ちょっとハラハラしちゃう。
「それじゃあ、早速僕から提案をさせてもらおうと思うよ」
そう切り出す大塚先輩が、舌戦の序盤を制したって感じかな?
流石の花楓も、彼の言葉を黙って聞くことしかできないみたいだし。
「前にも伝えたと思うけど、黒光さんには生徒会に入って欲しいと思ってるんだ」
「あの、それはもう遅いんじゃないですか? だって、花楓は立候補してないですし。今更立候補しますなんて、まかり通らないですよね?」
「それについては大丈夫だよ。黒光さんには文化委員長をお願いしようと思っているからね」
……文化委員長? って、なんだっけ?
そもそもの話で大塚先輩の提案にケチを付けようとしたら、速攻で反撃されてしまった。
為すすべなく撃沈してしまった私を見かねたのか、トモミンが小声で教えてくれる。
「スーミィ、文化委員長は文化祭の実行委員会の長で、生徒会の推薦で決まるらしいよ」
「そ、そうなんだ」
つまり、文化祭の時だけ生徒会をお手伝いする委員会の長って感じかな?
なるほど、それなら確かに……。
って、納得しかけちゃってるし。
あれだね。
今日の話し合いで大塚先輩が狙ってるのは、花楓本人を説き伏せる事じゃないな。
だってそうでしょ。
花楓は既に、彼の考えを知ってるわけで、その上でこうして場を設けたわけだし。
狙いは私とトモミンだ。
つまり、外堀を埋めていくって作戦ってことっぽい。
私がそんなことを考えてると、大塚先輩が続きを話し始める。
「文化委員長の仕事のメインは確かに、文化祭の運営をすることだけど、実は1年を通して活動をしてるんだよ。生徒会の定例会に出たり、その他にも、文化系の部活の取りまとめをしたり。だから、一応生徒会の一員と言う括りになってる」
「げぇ~、面倒くさそうですね」
ここまでの話を聞いた感じでは、花楓はあまり乗り気じゃないらしい。
そんな彼女の様子に、少し焦りを抱いたのか、大塚先輩は一つ息を吐いた。
だけど、次に発言したのは彼じゃない。
今の今まで、ずーっと事の成り行きを見守ってた松本先輩が、そのおっとりとした雰囲気のまま、一歩前に踏み出す。
「確かにねぇ。面倒なことも沢山あると思うよ。うんうん。分かる。私も初めはね、生徒会に入るの嫌だったし」
「っ!? 松本さん!?」
両の掌を胸の前ですり合わせた彼女は、ニコッとした笑みを大塚先輩に向けた後、何かを思い出すように、眼鏡の奥の目を細めた。
「でもねぇ、こうして1年間生徒会で活動してみて、私はね、とっても楽しかったなぁ、って思うの。だからぁ、もう1年、生徒会で学生生活を楽しみたいなぁって思っちゃったんだぁ」
「そ、そんなに楽しかったんですか?」
ちょっと花楓? なに釣られてるワケ?
一瞬そう思った私だったけど、よくよく考えたら、花楓が釣られるわけないんだよね。
ってことは、松本先輩は本当に楽しかったと思ってるということ?
心なしか、トモミンも少しだけ興味深そうな表情を浮かべてる気がする。
そんな私達に追い打ちを掛けるように、松本先輩は続けた。
「うん。本当に楽しかったよ~。まず初めに、新学期が始まったら生徒会の皆で合宿に行くんだぁ。夜空がキレイなロッジで、みんなで集まって1年間の行事の方針とか、ワイワイ言って話し合うの。気づいたら夜遅くまで話し込んでて、次の日は私、寝坊しちゃったんだぁ」
この人はホントに朝が弱いんだね。
って、そんなこと考えてる場合じゃない。
今の話で、花楓の目が一気に輝きだしたのが目に見えて分かる。
おまけに、トモミンまで何かを想像してるみたいだし。
ある意味、松本先輩こそが大塚先輩の切り札だったのかもしれない。
なんてことを考えてると、不意に私に視線を投げて来た松本先輩が、穏やかな笑みを浮かべる。
「他にもたくさんの行事があるんだよぉ。準備とか、確かに大変だけど、だからこそ私は、須美ちゃんたちと一緒に頑張ってみたいと思うんだぁ。どう? 想像してみてよ。きっと楽しいと思うんだけどなぁ」
そう言われて、想像しないわけにはいかないよね。
って言うか、その想像をするのにそれほど高いハードルは無かった。
だって、花楓とトモミンと一緒に学校行事を楽しむって、文化祭でやったことだし。
その時の楽しさとか充実感は、確かに本物だった気がする。
しばし考え込む私たち。
そんな私達を見て、どこか満足そうな表情を浮かべた松本先輩は、おもむろに大塚先輩の方に向き直ると、優しく告げる。
「でもまぁ、急に言われても困ると思うし、今日の所は説明だけで、返事は後日でも良いのよね? 修君?」
「え? あ、あぁ、そうだね。実際、まだ僕たちが生徒会選挙で勝てるなんて確証もないワケだし」
「ふふふ、何を言ってるの? 修君が負けるわけないでしょ?」
「まだ分からないさ。まぁ、それはともかく、僕らからの話はこれくらいにしておこうか。3人も色々と考えたいことがあると思うし」
そんな大塚先輩の言葉に賛同した松本先輩は、快く頷きながら教室の扉の方に向かって行く。
彼女の後について、扉の元まで向かった大塚先輩は、思い出したように振り返ると、口を開いた。
「この話の続きは、生徒会選挙が終わってからにしよう。もし僕らが選挙で勝ってれば、君達3人をスカウトしに来る。その時までに、返事を考えておいて欲しい」
彼の言葉に、私達は顔を見合わせながらも、頷いて答えた。
それに満足した様子の大塚先輩は、そのまま教室を出て行く。
「それじゃあ、またねぇ。今度話す時を楽しみにしてるよぉ」
小さく手を振りながら、大塚先輩に続く松本先輩。
彼女に会釈した私は、松本先輩が扉を閉める間際、一瞬だけ、私に視線を投げてきたような気がした。




