第54話 開幕
2月に入ったと同時に、学校の正門前では生徒会役員に立候補した生徒たちが、毎朝挨拶をするようになった。
選挙期間ってことなのかな。
挨拶をしてるメンバーの中には、当然だけど、大塚先輩の姿もある。
深々と頭を下げながら挨拶をする生徒たちを尻目に、靴箱に向かった私は、そこで見覚えのある女子の先輩を目にする。
あの人は確か、前に生徒会室で見た、松本先輩。
背中で束ねてる長い髪と、可愛い丸眼鏡が特徴の人だ。
何か書類を手にしている彼女は、私に気が付いたと同時に、ニコッと笑みを浮かべて小さく手を振ってくる。
そこまでは良いんだけど、書類を持ってる手を振るもんだから、案の定、彼女の足元に書類が散らばった。
あれかな? おっとりしてるようでドジなタイプなのかな?
慌てて書類を拾い集める松本先輩。
そんな彼女の元に駆け寄った私は、書類を拾うのを手伝うことにした。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ~。ごめんねぇ、朝から迷惑かけちゃって」
「いえ、これくらい、大したことじゃないですし」
「あらぁ、優しいのね。だから修君も、あなたに頼みごとをしようとしたのかしらぁ?」
まさか、大塚先輩は松本先輩に事情を全部話してるの?
なんて、そんなわけないか。
多分だけど、松本先輩も内容までは聞いてないはずだよね。
そうとなれば、ここは適当にはぐらかしてしまうのが良いかな?
「いや、そう言うわけじゃないと思いますよ。それに、結局断りましたので、優しいわけでも無いですよね」
落ちてる書類を拾い終えた私は、手にしてた書類を全部、松本先輩に手渡しながら、小さく笑う。
そうして差し出される書類を、お礼を言いながら受け取った彼女は、一つ息を吐いた後、クスッと笑った。
「ありがとう。ふふふっ。あなたってちょっと、変わってるわよねぇ」
いや、松本先輩に言われるのは、ちょっと心外なんだけど。
「そういえば、自己紹介してなかったわよね。私、松本皐です」
「あ、私は、大心池須美です」
「須美ちゃんかぁ。よろしくね。あ、それと、こっちの方もよろしくお願いしまぁす」
そう言って彼女が差し出して来たのは、今まさに拾い集めてた書類。
1枚受け取ったそれは、生徒会選挙に出馬してる生徒の紹介用のビラみたい。
立候補者は全部で6人。
各役職ごとに立候補してる人がいるみたいで、それぞれの簡単な挨拶などが書かれてる。
「あれ? もしかして、松本先輩も立候補してるんですか?」
内容に軽く目を通した私は、目の前に立ってる彼女に質問を投げた。
「そうよぉ~。だから、清き一票をよろしくお願いしてるの」
「そうなんですね……あれ? 正門の挨拶はしないんですか?」
「実は私、今日、寝坊しちゃったんだぁ~」
ホントに大丈夫かな。この人。
ビラによると、松本先輩が立候補してるのは副会長。対抗馬は誰も居ないみたいだから、余裕があるってことなのかな?
いいや、違う気がするなぁ。
未だに私の前に立ってニコニコとしてる彼女の様子に、私は少し呆れを感じてしまった。
「あの、行かなくていいんですか?」
「あぁ、そうだったわね。それじゃあ、私は正門に向かうわね。もしよかったら、今度生徒会室に遊びに来てねぇ。修君のお願いを断った女の子のお話、聞いてみたいし」
「どういうお誘いですか……」
「ふふふっ。深い意味なんてないわよぉ~」
そんな言葉を残して、松本先輩は去っていく。
なんでかな。普通なら何か裏があるんじゃないかって思う所なんだろうけど、彼女の場合、ホントに深い意味は無いように聞こえちゃう。
「不思議な人だな」
正門の方に小走りで向かって行く彼女の後姿を見送りながら、なんとなくそう呟いた私は、気を取り直して教室に向かった。
そうして幕を開けた選挙期間は、少しだけ私達の日常に影響を与えてくる。
毎朝の挨拶とか、昼休みに候補者たちが各教室を練り歩いて、短いスピーチをするとか。
高校1年目の私達にしてみれば、体験したことのない非日常だよね。
だからかな、そんな非日常が、私達にとある現実を強く意識させたのかもしれない。
もう少しで、1年が終わる。
考えなくても分かる、当たり前なその事実。
だけど、人によってはあまり考えたくなかった事実なのかもしれないよね。
例えば、部活でお世話になった3年生の先輩が卒業しちゃうことへの寂しさとか。
仲の良かった友達とクラスが別れちゃうかもしれないって言う不安とか。
ずっと同じじゃいられない。
変わり続けるのが現実なんだと理解してるからこそ、私達は何か記念を残そうとするのかもね。
「何考えてるの? スーミィ」
「別に」
「そんなこと言ってぇ、あれでしょ、恥ずかしいこと考えてたんでしょ?」
「誤解を生むような言い方しないでくれない?」
「スーミィ、何か恥ずかしいこと、考えてたの?」
「ほら、トモミンが勘違いしたじゃん」
「違うよね? トモミンは勘違いしたんじゃないよ。事実を言っただけだよ。ねぇ、トモミン」
「え? 事実かどうかは分からないけど、スーミィが何か考え込んでるなぁとは、思ってたよ」
教室でそんな言葉を交わせるこの関係も、ずっと続くわけじゃない。
それを理解してるから、私はあのストラップを作ったんだろうなぁ。
なんて、恥ずかしすぎて言えるわけないワケで。
トモミンの勘は、思ってたよりも鋭いんだと、私は今日知った。
「それにしても、遅いね」
「そうだね。人を呼び出しておいて、遅刻するなんて。ほんとに生徒会長候補なのかな」
「まぁ、まだ5分の遅刻だし、多めに見てあげようよ」
17時35分を指す時計を見ながら、私達は大塚先輩が教室に来るのを待ってる。
なんでも、花楓に話があるとか。
どうせまた、勧誘なんだろうな。
なんて予感を抱いてるのは、私だけじゃないと思う。
意外だったのは、花楓が彼からの呼び出しを断ったり、無視したりしなかったこと。
てっきり、相手にしないと思ってたけど、敢えて話を聞くってことは、花楓なりの考えがあるのかな?
そんなことを考えてると、廊下を歩く足音が近づいてきた。
そして、大塚先輩と松本先輩が、教室の中に姿を見せる。
「すまない。少し遅れた」
「良いですよ。1人1本、何かジュースを奢ってくれれば、それで良いです」
「それくらいなら、まぁ、大丈夫だよ」
申し訳なさそうに頭を下げる大塚先輩。
そんなやり取りを皮切りに、彼と花楓の応酬が、始まる。




