第50話 火を消す方法
昨日の空を覆い尽くしてた雲が幻だったとでも言うように、今日は澄んだ青空が広がってる。
そのおかげかな、昨晩は悪夢にうなされなかったし、寝癖も無いし、もちろん、トーストも落とさなかった。
これで天気が人の気分に影響を与えるって、証明できるよね。
出来ないかな?
少なくとも、空模様が気分に影響を与えるのは、なにも私だけに限った話じゃないみたい。
「どうしたの?」
「ううん。別に~。何でもないよぉ~」
朝からニコニコと満面の笑みを浮かべた花楓が、チラチラとこっちを盗み見てくる。
何かいいことでもあったのかな?
そんな彼女の様子に耐えかねて、私がそう思った瞬間、花楓の方から声を掛けて来た。
「なんでもないってば。ところでスーミィ、今日の夜、時間ある? たまにはご飯食べに行こうよ。なんだったら、ワタシが奢るからさぁ」
「絶対何かあったじゃん」
「どうだろうね」
「教える気はないってコトね。まぁ、いいや。それじゃあ、お言葉に甘えてご馳走してもらおうかな」
「そうこなくっちゃ!」
なんて言葉を交わしつつ、私は花楓の機嫌がいい理由を考える。
まぁ、昨日と今日とであからさまに様子が違うってなれば、まず間違いなく昨日の放課後に理由があるよね。
そして、なぜか私に奢ってくれるあたり、機嫌がいいことの理由に私が絡んでる可能性が高い。
そうなると、考えられることは1つしかない。
昨日、私と大塚先輩が交わした言葉の中に、彼女を喜ばせる何かがあったってコトかな。
浮気だなんだって言ってたワケだから、まぁ、あながち間違ってない気もする。
なにはともあれ、花楓が自分から奢ってくれると言ってるわけだし、ここは甘んじて受けておこう。
そんなことを考えてた午前中の私は、その日の夜に大変な目に合うコトなんて、知る由も無かった。
授業も終わって、山田とデートに行くというトモミンを送り出した私達は、2人で電車に乗ってる。
行き先は、服部先輩が最寄り駅として使ってる小さな駅だ。
小さいとは言っても、周りにはそれなりに店が並んでて、寂れてるワケじゃないみたい。
だからと言って、花楓がこの駅周辺の店を選んだのは偶然だなんて、私が思うわけないよね?
なんなら、ご飯を食べに行こうと誘われた時点で、ちょっとだけ予想してたワケだけど。
やっぱり、花楓は今日、服部先輩の件を解決するつもりみたいだね。
「それで? 解決の算段はついたんでしょ? これから私はどうすれば良い?」
すっかりと暗くなった窓の外を横目で見ながら、私は対面の椅子に座ってる花楓に問いかけた。
彼女はというと、満足そうな表情でお腹を摩りながら、温かいお茶を啜ってる。
「まぁまぁ、そんなに慌てることないよ、スーミィ」
「いや、慌てるなって言われてもね。正直、こんなにのんびりしてて良いのかな、ちょっと心配なんだけど」
一昨日見た服部先輩の家庭環境。
あの環境は、とてもいい状況とは言えないよね。
正直なことを言えば、私はそれほど、服部先輩に対して好感を持ってない。
そんな私ですら、ちょっとだけ同情しちゃうくらいの状況だったと思う。
だから、早く助けに行こう。
なんて言うつもりはないけど、そんな気持ちが皆無なのかと聞かれたら、完全に否定はできないかな。
「それは、スーミィが彼女の状況を知っちゃったからだよね? 本来なら、服部先輩の家庭のことを知る事なんて、まずなかったはずだし」
「……その通りだと思うけど」
思うけど。
その先の言葉を、私は飲み込むしかなかった。
だってそうでしょ?
突き詰めていけば、私を含む多くの人は、他人の人生に首を突っ込まずに生きてるんだ。
そうすることで、ある意味、適度な距離を保ちつつ生活できてる。
だけど、花楓は違う。
一方的に人の人生を垣間見て、密かに影響を受けて生活してるんだ。
それが彼女の人生。
そんな彼女に対して、同じ世界を共有して欲しいと願った私だからこそ、彼女は一昨日、あの光景を私に見せたんじゃないかな。
そして、その光景を見たうえで、花楓は慌てる必要ないと言う。
「なんていうか、頭で理解してても、感情が付いて来ないな」
「それは仕方ないよ。人間って矛盾ばっかりな生き物だしね」
「花楓が言うと、説得力が凄いな」
「あれ? それって褒めてる?」
「さぁ? どっちでもないかも」
私の言葉に小さく肩を竦めて見せた花楓は、ほぅっと息を吐く。
「さて、それじゃあ少しお話をしておこうかな」
どこか仰々しく切り出す花楓に、私は先を促す。
「スーミィも見たはずだから分かると思うんだけど、今回の感情はズバリ、怒りだね」
「ん。まぁ、違和感はないね」
花楓が断言するまでもなく、父親に対する怒りってことだよね。
それはまぁ、誰でもわかるだろうし、理解もできる話だと思う。
問題は、その怒りを、いかにして鎮めるのか、ということ。
「そうだね、彼女の場合、見えてる以上に根が深い怒りを抱えてるから、鎮めるのはとても難しそう」
「だとしたらどうするの? この間は、先輩のお父さんに何か仕掛けてたみたいだけど」
「あれはね、応急処置でしかないんだよ。彼の中にあった衝動を、抑え込んだだけ。抑圧された衝動ってのは、いつか必ず跳ね返ってくるから。簡単に言えば、時間稼ぎをしただけかな」
「でも、その時間稼ぎが必要だったんでしょ?」
「うん。そういうこと」
大きく頷いた花楓は、更に言葉を続けた。
「服部先輩の中で燻ってた怒りが、もうそろそろ耐えきれずに爆発しそうになってる。もし、何も対処せずに爆発しちゃったら、最悪、大きな炎になって現れるかもしれないね」
「え? それって、火事になるってコト!?」
「場合によっては」
「それって、かなりマズいじゃん」
「うん。だから、私達はその炎を消してあげなくちゃいけない」
「炎を消す?」
「そうだよ。ねぇスーミィ、火を消す場合、スーミィならどうやって消す?」
「そんなの、水をかけるんじゃない?」
「そうだね。普通なら、そうするかも。でも、今話してるのは感情の話なんだ。それを踏まえて、スーミィならどうするかな?」
なんというか、回りくどい聞き方をしてくるなぁ。
要は自分で考えて答えを導き出せってことなのかな?
あれ? これってもしかして、私が大塚先輩に対してやった意地悪と一緒?
そう考えると、我ながら意地の悪いことしてる。まぁ、意地悪なんだから当然か。
そんなことより、今はこのなぞなぞの答えを考える方が先決だよね。
火を消す。感情を消す。
言葉にするのは簡単だけど、私は普段どうやって自分の怒りを鎮めてるのかな?
まして、人の怒りを鎮めるなんて、出来る自信がないけど。
でも多分、一番初めにするべきことは、冷静になることだよね。
火事の現場で慌てるなんてもってのほかだし。
感情を鎮めるのにも、冷静になるのは大事なことだと思う。
冷静……。
冷やす?
そう言えば、火を消す方法の中に、熱を奪うってものがあったような?
もう一つ、空気を奪うってのもあったっけ?
でも、空気を奪われたら、息が詰まって苦しいだけだよね。
って言うことは、冷やすってのが正解なのかな?
「さすがスーミィ。理解が早くて助かるよ」
「そうかな? でも、具体的に冷やすってどうやるワケ? 自慢じゃないけど私、人を怒らせることは得意だけど、冷静にさせるのは得意じゃないよ? 寒いギャグでも言う?」
「それじゃ感情を逆なでしちゃうよね。そんな方法よりも、もっと簡単に冷やしてあげることはできるから」
そう言って一度口を噤んだ花楓は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。
「スーミィだって経験したことあるでしょ? 肝を冷やすとか、頭を冷やすとか。要は、強制的に冷静な頭にしてあげればいいんだよ」




