第5話 2つの結論
帰宅した私は、いつも通りの日常をこなした。
お風呂に入って、夕食を食べて、自室に引き籠ったらネットで動画を漁る。
最近始めた趣味の編み物。
始めたばかりだからまだまだコツとか掴めてなくて、よく動画を参考にしてるんだよね。
こういうの、調べてみると意外と動画が上がってて、世の中にはいろんな人が居るんだなって実感する。
でもやっぱり、自分でやると上手くできないんだよね。
そう言えば、花楓は私が編み物をするってことを知ってるのか。
なんて、どうでも良いことを考えていると、まるでタイミングを計ったかのように、私のスマホが鳴った。
『お初にお目にかかります、ワタクシ、花楓というものです。どうぞお見知りおきを。というワケで、友達登録しておいてね! でさでさ、今日撮った写真、ワタシに送っといてくれないかな? よろしくぅ!!』
「テンション高いな……」
『お、早速既読つけてくれたんだね! 嬉しいよ♡』
多分、花楓のこのテンションを真正面から受け止め続けたら、私の身が持たない気がする。
ここは、適当に返事をしつつ写真を送って、無難にやり過ごすのが良さそうだよね。
そうは思いつつも、私は一言モノ申したい気分になって、文句を書き加えることにした。
『写真ね、分かった。で、私のチャットを知ってるのは、ご自慢のチカラを使ったの? 普通ことわりくらい入れないかな?』
『ごめんね。写真を送ってもらうのを忘れてたから、急遽連絡したんだよ。思い出すの、けっこう大変だったんだから。褒めてくれても良いんだよ?』
『褒められないことしてるって、自覚した方が良いよ』
『失礼いたしました』
『分かればよろしい』
『うん。それじゃあ、ワタシはもう寝るから。また明日学校でね!』
花楓の最後の一文を呼んだ私は、スマホを枕の横に置いた後、部屋の時計に目を向ける。
「まだ8時なのに……もう寝るんだ?」
意外と健康志向なのかな?
それとも、彼女には彼女なりに大変なことがあって、疲れてるのかもしれない。
なんて、考えても分からないことに思いを馳せても仕方がないけど。
なんでか少し気になった私は、モヤモヤを忘れようと天井を見つめながらボーっと微睡んでみる。
そんなことをしていると、強烈な眠気に襲われるのが当然で、気が付けば眠りに落ちてた。
スマホのアラームで目を醒ました私は、顔に貼りついている長い黒髪を手でどかしながら部屋を出た。
ちょっと長くなりすぎたかな……そろそろ美容院に行こう。
だけどそれよりも、まずは顔を洗って、意識をはっきりさせよう。
その後はいつものように朝ご飯を食べて、着替えて、そのまま学校だ。
毎日と何も変わりのない朝が過ぎ、教室に辿り着いた私は、そこで普段通りの一日を過ごした。
今日の最後の授業は体育だったのもあって、体操服から制服に着替えた私は、教室に戻って帰り支度を始めていた。
そう言えば、花楓が昨日、放課後が何だとか言ってたけど、今の所、何か変なことが起きる様子はない。
当の本人も、平然とした様子で授業を受けていたし、クラスメイトの前で私に絡んでくることも無かった。
何を考えてるんだろう? 考えてることを全部教えて欲しいな。
なんてことを思い続けてたら、花楓は何か教えてくれるのかな?
そんなことを考えながら、隣の席の花楓の横顔をジーッと眺めてたら、不意にポケットのスマホが鳴る。
昨晩、本当に久しぶりに鳴ったスマホを手に取った私は、そのチャットを見て溜息を漏らしてしまった。
『ちょ、ちょっと……そんなに見つめられたら、ワタシ、恥ずかしいよぅ!!』
『わざわざチャットで送る必要なくない?』
送信ボタンを押した直後、私は身も蓋もない考えに辿り着いてしまった。
そもそも、私は今、チャットを打つ必要あったのかな?
『それはさすがに寂しすぎるよ! ちゃんと文字とか言葉にしてコミュニケーションして行こう!』
だったら、普通に会話すれば良いんじゃ?
って言うか、机の下にスマホを隠した状態で、どうやってこんなに早くチャットを打ってるんだろう?
なんてくだらないことを考えていると、次のチャットが飛んでくる。
『そう言うわけにもいかないの! それより、そろそろ始まるよ!』
そろそろ始まる。
それはつまり、花楓が昨日言ってたことで間違いないはず。
状況から察するに、当事者の佐藤や祇園寺あたりに異変が起きるのかな?
そう思った私が、ふと、教室の真ん中あたりで男子とふざけ合っている祇園寺達に目を向けた瞬間。
激しい音が教室の中に響き渡った。
直後、教室の中に静寂が漂う。
それもそのはずで、激しい音って言うのは、祇園寺が転びかけた拍子に佐藤の机をひっくり返してしまったんだ。
最近の噂の当事者どうしの間に、トラブルを生みそうな状況。
この状況で騒いでいられるクラスメイトは、そうそう居ない。
その結果の、気まずさを孕んだ静寂。
これが花楓の言った『佐藤亜美の身に危険が迫っている』と言うことなのかな?
と、思った次の瞬間。私は花楓が言っていることの意味を正確に理解した。
それは、教室の床に散らばった物の内の一つ。
多分、祇園寺が佐藤の机をひっくり返した拍子に落ちたらしい。
大量の文字が書き込まれたそのノートは、間違いない、昨日祇園寺が何かを書き込んでいたノートだ。
どうしてそのノートが佐藤の机の中身と一緒に散らばっているのか。
そんな疑問が私の思考を1つの結論に結び付けてゆく。
だけど同時に、私以外のクラスメイト達の思考は、別の結論に結び付き始めているみたいだった。
それを示すように、そのノートのすぐ傍にいた女子が、ゆっくりとそれを拾い上げて、口を開く。
「ねぇ、これ、佐藤さんのノートだよね?」
「……何? それ」
怪訝そうに眉を顰める佐藤。
そんな彼女に向けて眼光を鋭くしたその女生徒は、少し低い声音でノートを読み上げる。
「『吉田の声ってマジ不快。キモイ。教室で喋らないで欲しい』……ねぇ、この吉田って、私のこと?」