第48話 曇ってるせい
翌日の朝、支度を終えて玄関先に出た私は、どんよりと曇ってる空を見上げた。
これだけ曇ってると、やっぱり気分も乗らないよね。
きっと、天気は人の気分に大きな影響を与えるんだと、私は思う。
だから多分、今日起きた不運なことは全部、空がどんよりしてるせいなんだ。
嫌な夢にうなされたのも、寝癖が直らなかったのも、トーストの最後の一口を落としちゃったのも。
全部、曇ってるのが悪い。
どうせなら、それら全部を洗い流してくれるくらいの強烈な雨が降ってくれればいいのに。
そうすれば、私の中の憂鬱な気分も、昨日置き去りにした曖昧な返事も、一緒に流してくれるんじゃないかな。
なんて、考えても無駄なことを考えながら、私は傘を携えて学校に向かった。
教室に着くと、いつもと変わらないはずなのに、どこかクラスの中が少しだけ暗く感じられる。
これも、全部曇ってるせいだよね?
「おはよう、スーミィ」
「トモミン、おはよう」
「今日も寒いね」
「ホントに、曇ってるから余計に寒く感じるのかも」
「たしかにそうかも。もっと天気よく晴れて欲しいよね」
先に教室に来てたトモミンと他愛もない話をしていると、山田が教室に入ってきた。
すると、彼女は小さくゴメンって言いながら、山田の元に向かって行く。
2人の関係はもう、クラスでも周知の事実だから、その光景に誰も違和感を覚えたりはしないみたい。
まぁ、私としてはちょっとだけ寂しさを感じたりはするけど、トモミンからしたら、私に構ってる場合じゃないよね。
だって、あと数か月したら進級して、クラスが変わるんだから。
恋人と少しでも一緒に居たいって思うのは、普通でしょ?
そんな2人の邪魔をする訳にもいかないから、私は大人しく1人で席に着く。
もしかして、花楓は今日、体調不良で休むのかな?
スマホを取り出してチャットの確認をするけど、そんな連絡は来てない。
だとしたら、彼女はいつも通り登校してくるはずだけど、なんでか私は少しだけ心配になった。
でも、それは私の杞憂だったみたい。
「スーミィ! おっはよ~う!」
空がどんよりとしてることに気づいていないような花楓のテンション。
ほんと、この子はブレないよね。
いつもなら、朝からこのテンションはきついなぁ。なんて思う所だけど、今日ばかりはありがたいかも。
「おはよう、花楓。あのさ、ちょっと話しときたいことがあるんだけど」
「ん? どうしたの、スーミィ……」
話しておきたいこと、なんて言ってみるけど、話すまでもなく伝わっちゃうんだよね。
だからかな、花楓は私に疑問を投げるのと同時に、顔を引きつらせていった。
まぁ、大塚先輩と花楓がどんな関係か知らないけど、少なくとも、花楓から先輩に対しての感情が、あんまり良い物じゃなさそうってことは分かる。
文化祭の時も、あしらおうとしてたし。
だから、本当だったら私は、昨日の時点で彼の提案を断るべきだったのかもしれないよね。
でもまぁ、曖昧に逃げちゃったのは私だし、完全に無視するのも気が引けちゃうから。
そんなことを考えながら、私は花楓に自分の考えを伝えておくことにした。
「昨日、花楓と別れた後に大塚先輩と会ったんだ、で、今日話をしてこようと思ってる」
「ちょっと、それって……それってつまり!! 浮気ってことだよね!?」
「いや、全然違うけど」
「ワタシと別れた後すぐに、大塚先輩と話をしに行くんでしょ!? 浮気じゃん!!」
「待って、本当に誤解を生むから、変な言い方しないでくれる?」
「てへっ」
「……久々にイラっと来たなぁ、冗談抜きで浮気しようか」
「ゴメン! ゴメンってばぁ!! 許してよ、ね、スーミィ、冗談だから!」
まぁ、私としてもそんな気は更々ないし、花楓もそれを分かってるはず。
だからこそ、大塚先輩と話す前に、彼女には聞いておきたいことがあったんだ。
「というワケだから1つだけ教えて。花楓はどうして大塚先輩のことを避けてるの? 嫌いなの?」
「そう言うわけじゃないよ? でも、なんていうか、ちょっと近寄りがたいよね。昔のコトとか、色々知られてるし、さ」
「そう言えば、大塚先輩も似たようなこと言ってたなぁ。誰にでも過去はあるってことだね……この際だから、先輩から全部聞きだしてこようかな」
「スーミィ? そんなことしたら、記憶を全部消しちゃうからね?」
「冗談だって、いや、ホントに」
花楓の笑っていない目に向かって弁明してみるけど、効果はあるのかな?
だって、私が聞き出そうとしなくても、大塚先輩が勝手に話しちゃったら、私は悪くないよね?
なんてことを、今の私は考えてるワケだし……。
って言うか、そもそも花楓が一緒について来れば、大塚先輩も変なことはしないんじゃないかな?
そう考えた私に、花楓は首を横に振って見せる。
「ううん。ワタシは行かないよ。確かに、彼がスーミィに話しちゃうかもだけど、別にそれは悪いことじゃないし。それに」
そこで一度、言葉を切った花楓は、少し恥ずかしそうに下を向きながら呟いた。
「スーミィなら、良いかなって」
「そっか、それなら遠慮なく聞いてこようかな」
「ちょ、ちょっとくらいは遠慮してくれてもいいんだよ!?」
「そう言う花楓は、いつも遠慮してるワケ?」
「うぐぅ……ご、ごめんなさい」
「別にいいよ。今更でしょ?」
こうして、花楓のお墨付き(?)を貰った私は、後腐れなく大塚先輩から話を聞くことができるようになった。
「っと、そう言えば、服部先輩の件はどうするの?」
「そっちは、しばらくの間は大丈夫だと思う。ワタシに考えがあるから、準備が出来たらまた連絡するね」
「分かった」
昨日の夜、服部先輩の家で見たことを思い浮かべながら、私は言葉を飲み込んだ。
本音を言えば、昨日の花楓の対応であってるのか、疑問がある。
だけど、じゃあどうすれば良いのか聞かれても、私には分からない。
だったら、案を持ってるって言う花楓に任せるのが良いんじゃないかな。
一応、後でその案とやらの内容を聞いておこう。
そんなことを考えていると、田中先生が教室に来てホームルームが始まった。
朝のホームルームが終わり、授業を受けて、昼休みに入る。
どんよりとした空のせいで、なぜか強烈な眠気を感じてた私は、昼休みを仮眠に当てることにした。
たまにはそんな日があっても良いよね?
そんなこんなで、あっという間にやって来た放課後。
ちょっとだけ唇を尖らせてる花楓と別れた私は、1人で生徒会室に向かう。
そして、生徒会室の前に辿り着いた私は、躊躇ったりせずに、扉を開けた。
「失礼します。大塚先輩、いますか?」
そう声を掛けながら中に入った私は、大塚先輩ともう一人、女子生徒がいるのを見て取った。
ゆったりとウェーブの掛かった髪の毛を背中で束ねているその女子生徒は、私の声を聞いてこちらを振り返る。
大きめの丸い眼鏡の奥から、私に視線を投げて来る彼女の表情は、とても穏やかそうに見えた。
「あらぁ? お客様ですかぁ?」
おっとりと、そう言った彼女は、すぐに大塚先輩に目を向けた。
「松本さん、申し訳ないけど、少しの間だけ席を外してくれないかな?」
「うん。分かったよぉ」
椅子に座って書類の整理をしてた大塚先輩に促されて、松本と呼ばれたその女子生徒が扉の方に向かって来る。
「あの、すみません」
「いえいえ~。大丈夫ですよぉ」
にこやかな笑みを浮かべつつ、私の脇をゆっくりと歩き去っていく松本さん。
彼女を見送った私は、静かに扉を閉めて、大塚先輩に向き直ったのだった。




