第47話 返事を残して
服部先輩の家を出た後、私と花楓は重苦しい空気の中、家路についた。
彼女に色々と聞きたいことはあるけど、今はやめておいた方が良さそう。
多分、今日はいつもより力を使いすぎちゃったんだろうな。
少しだけ顔色の悪い花楓の様子は、とても体調が良さそうとは言えなかった。
倒れたり、意識を失ったりするほどじゃないけど、気分の悪い時って、誰にでもあるよね。
話す時間はまた明日にでも取ればいい。
そんなことを考えながら、私達はとある駅で別れのあいさつを交わした。
服部先輩の住んでる家から私の家に帰るまでには、一度だけ乗り換えをしなくちゃいけない。
寒空の下、冷たいベンチに腰を下ろした私は、自販機で買った温かいミルクティーに口を付ける。
そうやって電車を待っていると、アナウンスの後に轟音を立てながら、目当ての電車がホームに入ってきた。
その電車に乗り込もうとした私は、開いた扉の目の前に、大塚先輩が立っていることに気が付いた。
「あ……」
「こんばんは、大心池さん。やけに遅い外出だね」
そう言いながら、自分の脇にスペースを作ってくれる大塚先輩。
あからさまにスペースを作られたら、そこに向かうしかないよね?
まぁ、混雑してる電車から降りる人が居ない以上、どちらにしてもそのスペースが無いと乗れないわけだけど。
「ありがとうございます」
取り敢えず、お礼だけは言っておいた方が良いと思った私は、短く言った後、無言で窓を睨み続ける。
そうしてれば、きっと大塚先輩は空気を読んで話しかけてこないはず。
なんて私の目論見は看破されてたのか、彼は小さく笑った後、躊躇うことなく声を掛けてきた。
「黒光さんに付き合わされた、ってところかな?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「あまり気分が優れないって表情をしてるから」
「なんですか、それ」
「まぁ、僕にも君の気持がちょっとだけ分かるってことだよ」
「先輩こそ、疲れてるって顔してますけどね」
「あはは、まぁ、そうだね。今日はいつもより遅くなっちゃったから」
そう笑う彼の表情からは、疲労感が漂ってる。
そう言えば今日の放課後、彼は服部先輩と佐藤のいざこざを収めに向かってたんだっけ?
どおりで、服部先輩も帰りが遅かったワケだね。
正直、さっき服部先輩の家で見た光景が衝撃的過ぎて、そんな騒動のコトなんて頭の中からすっぽりと抜け落ちてた。
花楓はもう、服部先輩の記憶から何が起きたのか知ってるだろうけど、一応私も情報収集してた方が良いよね?
そんな考えのもと、私は大塚先輩に質問してみる。
「あのあと、どうなったんですか?」
「何のこと?」
「分かってますよね? 服部先輩のことです」
「あぁ、何とか服部さんを宥めることはできたよ。まぁ、ホントに大変だったのは、その後だけどね」
「そうなんですね。私には、彼女を穏便に宥める方法が全然わかりませんけど」
「そこはほら、関係性って奴が違うからさ」
関係性?
大塚先輩と服部先輩の関係性ってコトかな?
それってどういう意味なんだろ。
彼女は大塚先輩の追っかけをしてて、大塚先輩からすれば扱いやすいとか、そんな話かな?
なんか違う気がする。
大塚先輩の言葉には、何か含みがあるように聞こえたし。
そんなことを考えて、大塚先輩のことを横目で盗み見た私は、彼がジーッとこちらを見ていることに気が付く。
「なんですか?」
「ちょっと、気になったことがあったね。僕からも1つ聞いて良いかな?」
「……どうぞ」
「どうして、大心池さんが服部さんのことを気にしてるのかな?」
「え?」
「いや、大心池さんの場合、気になるのは佐藤さんの方かなって思ったんだけど」
「それは……」
鋭い視線が私を貫く。
彼の視線は花楓とは違って、私の挙動から何かを読み取ろうとしてるみたいだった。
いや、多分もう、全部見抜かれてると思う。
それを証明するように、大塚先輩は頭上の路線図を眺めた後、私に視線を落としてきた。
「なるほど、それであの駅にいたんだね」
「ストーカーですか?」
「酷いなぁ。ちょっと訳あって、僕も彼女の家を知ってるだけだよ」
とぼけて見せる先輩。
そんな彼を見て、私は初詣で見た光景を思い出した。
もしかして、大塚先輩が買ってたお守りって、服部先輩のためのもの?
ただの思い付きが、頭の中に充満していく。
それはずっと聞いてみたかったことで、だけど、ちょっと聞きづらいこと。
だからこそ私は、花楓が居ないこの機会に、思い切って聞いてみることにした。
「答えたくなかったらすみません。もしかして、初詣の時に買ってたお守りって、服部先輩に渡すための物だったんですか?」
「……」
一瞬、目を細めた先輩は、しばらくの間私を見つめてきた。
そんな彼の視線を、私は軽い瞬きではじき返した。
「黒光さんから、何か聞いたのかな?」
「いえ、彼女に聞いたらはぐらかされました。それって、直接聞けってことだと思ったので、今聞いてる感じです」
「なるほど」
小さなため息を吐いた彼は、その後、ゆっくりと首を横に振って、私の推測を否定する。
「大心池さんの推測は間違ってるよ。あれは、服部さんに渡すための物じゃない」
「そうなんですね」
「そうだ」
尻すぼみになっていく大塚先輩の言葉。
そんな彼の言葉に、どこか壁を感じた私は、これ以上の会話は続かないと思った。
一定のリズムで揺れる電車の中、私達は黙り込む。
このまま、電車が家の目の前まで送り届けてくれたらいいのになぁ。
なんて考えてた時、不意に大塚先輩が口を開く。
「大心池さん、黒光さんの友人の君に、提案があるんだけど」
「……はい?」
「僕と一緒に、彼女の手助けをしてくれないかな?」
「……花楓の手助け?」
うん、と大きく頷く大塚先輩。
そんな彼に返事をしようとした時、電車の中にアナウンスが流れた。
そのアナウンスが、私の降りる駅の名前を告げてる。
「えっと」
「もう着いちゃうみたいだね。続きはまた明日、話せるかな? 時間がある時にでも、生徒会室に来て欲しい」
「……はぁ」
肯定とも否定とも取れない返事を残して、私は電車を降りる。
そうして、もやもやとした考えを抱きながら、帰宅したのだった。




