第46話 今のワタシに出来るのは
一度解散した私と花楓は、夜の駅で待ち合わせをすることにした。
夜中に出歩くことなんて中々ないから、ちょっとだけソワソワするよね。
帰宅するなり、制服を着替えて防寒対策をしっかりとした私は、少しだけコタツで温まった後、約束の場所に向かって出発する。
そうして、既に駅についてた花楓と合流した後、私達は一旦、適当なカフェに入った。
「で? この後何かあるの?」
「うん。ちょっとね。一応、服部先輩の様子を見ておきたいから。ここで彼女が駅に来るのを待とうかなって」
「あぁ、そういうコト」
「それで、できればそのまま家までついて行こうかなって思ってる」
「え? それって尾行じゃないの?」
「人聞き悪いなぁ。ワタシは既に彼女の住所を知ってるんだよ? そこらへんのストーカーと一緒にしないでくれる?」
「いや、ストーカーはそこらへんにはいないでしょ」
「それはどうかな?」
「……マジ?」
「まぁ、スーミィも気を付けた方が良いよ。とだけは言っとくね」
「ちょ、怖いって」
花楓の表情からして、冗談じゃなさそう。
自惚れとかじゃなく、私も気を付けた方が良いかな?
なんて考えながら冷や汗を流す私を横目に、花楓はコーヒーを啜ってる。
なんとなく、喉が渇いた気がした私も、すぐにコーヒーを口に含んだ。
それからしばらくの間、私達はカフェの外を観察しながら雑談を続ける。
「ところで、服部先輩が危険だって話だけど、やっぱりきっかけは……その、例の話なワケ?」
周りに人がいる状況で聞きづらいから、私は敢えて言葉を濁した。
まぁ、内心を知ってる花楓からすれば、質問の意図を誤解することは無いはずだよね。
そんな私の期待に応えるように、花楓はゆっくりと話し始める。
「きっかけは、まだ分からないかな。今は色々と溜め込んでる段階だから。逆に言えば、何かきっかけがあれば、いつ決壊してもおかしくないかも」
「なるほどね。じゃあ、もう1つ質問。服部先輩と花楓の間に何か接点があるとは思ってなかったんだけど、どうして今回は服部先輩なの? 正直、また佐藤が危ないのかと思ってた」
私がそう思ったのには幾つか理由がある。
以前、感情を暴走させた佐藤が、もう一度暴走することがあるのか私は知らない。
だけど、ここ数か月の彼女が沢山のストレスに晒されてたのは事実のはずだよね。
極めつけは、佐藤と花楓が同じクラスだから、嫌でも接点があるという点。
そういう意味で、佐藤が一番、ため込んでいる状態なのかと思ったんだけど。
どうやらそう言うわけでも無いらしい。
「佐藤さんは前に一度発散してるから、当分は大丈夫なはずだよ。まぁ、ストレスを受けすぎたら精神的に弱る事はあるかもだけど、ワタシの影響で感情が暴走することは無いはず」
「そっか」
「それに、スーミィも大丈夫だよ。だって、ワタシが絶対に守るから」
「それは心強いね」
自信満々に言う花楓にそう返した私は、かといって安心したわけじゃない。
守ってくれるってことは、何かしらの危険があるってコトでしょ?
ってことは、私も油断してちゃいけないってワケだよね。
改めて気を引き締めた私は、取り敢えず、目の前の問題に集中することにした。
それから、服部先輩が来るまでの間、彼女についての情報を2人で整理する。
家族構成は4人家族で、両親と服部先輩の他に、妹さんが1人いるらしい。
服部先輩の母親が今の父親と再婚したことで、今の家族構成になったとのこと。
ちなみに、妹ちゃんは服部先輩の実の妹だそうだ。
完全に他人事な話に、複雑そうだなぁなんてことを考えていると、ついに服部先輩が駅に姿を現した。
彼女にバレないように、カフェを出て後を追った私達は、電車に乗って閑静な田舎の駅に辿り着いた。
その駅から歩くこと15分。
住宅街の中に建ち並ぶ団地に入って行った彼女を、私達は見送る。
「追いかけないの?」
「うん。ワタシ達はここで彼女の父親が帰って来るのを待つんだよ」
「外で!? いや、寒くて無理だって」
「仕方ないなぁ。それじゃあ、服部先輩の家に上げてもらおっか」
「は? いやいや、それはできないでしょ」
「大丈夫だって、ワタシを誰だと思ってるの?」
「ストーカー?」
「違うから! むぅ……すぐにワタシのことからかうじゃん」
「それはお互い様でしょ」
「ワタシは良いの!」
「勝手だなぁ」
なんてぼやきながらも、私達は服部先輩の家まで歩き出す。
彼女の一家が住んでるのは、団地の3階みたいだね。
躊躇することなく先導してくれる花楓について行った私は、しばらくして3-6って書かれた表札を見つけた。
「ここだね」
そう言った花楓が、無造作に扉をノックする。
すると、どこかボーっとした様子の服部先輩が、扉を開けてくれた。
様子から察するに、服部先輩は今、花楓に操られてるっぽい。
洗脳か何かかな? もしくは、幻覚でも見せてる?
なんて考えてると、奥のリビングらしき部屋から、幼い女の子がヒョコッと顔をだしてきた。
「……どうしたの?」
その子が多分、服部先輩の妹みたいだね。名前は確か、服部凛。
肩口で切りそろえられた髪と、純真無垢な瞳が特徴的な、可愛い女の子だ。
そんな凛ちゃんは、着ているピンク色の寝巻の裾をギュッと握りながら、玄関に立つ服部先輩を見てる。
ちょっとだけ、服部先輩のことを怖がってるように見えるのは、気のせいかな?
玄関の隅に隠れるようにしながら、そんなことを思ってると、我に返った様子の服部先輩がリビングの方へ歩いて行く。
「別に。良いから、はやく髪の毛乾かしな。風邪ひくよ」
「……うん」
素直に先輩の言葉に従う様子の凛ちゃん。
そんな凛ちゃんとは対照的に、未だに制服姿のままの服部先輩は、リビングのソファに腰を下ろした。
直後、顔を見合わせた私と花楓は、リビングに続く廊下を歩く。
当然だけど、今の私達の姿は服部家の人たちには見えてないらしい。
そうじゃないと、堂々と家に入るなんてできないよね?
そうやって、密かに暖を取ろうと思ってた私達だったけど、そこには1つだけ誤算があった。
「エアコンを掛けてないのは予想外だった……」
「風が無い分、外よりはマシでしょ?」
「いや、普通に寒いけど。どうして暖房付けないんだろ。寒くないのかな?」
「多分、理由はすぐにわかるよ」
花楓がそう言った瞬間、玄関の方から扉が開く音がする。
すると、その音を聞きつけると同時に服部先輩が反応を見せた。
凛ちゃんに向けて、顎で隣の部屋を指し示したんだ。
それだけで何が伝わるのか、私には分からなかったけど、凛ちゃんはすぐに理解したらしい。
髪を乾かしてたドライヤーを止めて、急いで隣の部屋に駆け込んでいく凛ちゃん。
彼女が隣の部屋の扉を閉めると同時に、玄関からの廊下を通って2人の大人が部屋に入ってくる。
「おい、今ドライヤー使ってなかっただろうな?」
「私が使ってたけど? 寒いから、手を温めてただけ」
ソファに座ったまま、ぶっきらぼうにそう言う服部先輩。
そんな彼女の言葉を聞いた大人の内の1人、男の方がゆっくりとソファに歩み寄った。
大きめのスーツで、恰幅の良い腹を隠そうとしてるその男は、ボサボサの頭を掻きむしりながら、服部先輩の目の前に立った。
そうして、もう1人の大人である、やせ細った女性に向けて告げる。
「お前の教育がなってないから、こんな生意気な女に育つんだ。悪いのは全部お前だからな?」
そう言って男が腕を振りかぶり、部屋の中に女性の制止する声が響く。
これはマズい。
そう思って、私が思わず一歩を踏み出そうとした瞬間。
私よりも先に一歩を踏み出してた花楓が、男の背中に手を添えながら呟いた。
「今のワタシにできるのは、これくらいかな」
途端に、部屋の中に静寂が走り、男はゆっくりと腕を降ろした。
「……今日はもう疲れた、風呂入って飯食って寝る。分かったら準備しろ」
「……え?」
「なに呆けてんだ!? 良いから準備しろ!」
「わ、分かりました!」
困惑する服部先輩を差し置いて、リビングの入り口で委縮してた女性が慌てた様子で動き出した。
様子から察するに、風呂と夕食の準備を始めたらしい。
そのまま、大人しくソファに座ってテレビを見始めた男。
そんな男の様子に動揺を隠せないらしい服部先輩が、女性の手伝いを始めたのを見送って、私と花楓は彼女の家を後にしたのだった。




