第40話 公開告白
私の名前は南智美。
ごく普通の女子高生。
……なんて自分で思うのも、烏滸がましいくらい、特徴のない人間。
だけど、別にそれで良いんだ。
私は私。
それは私が一番よく知ってて、それなりに楽しく暮らせてるから。
それに、最近は友達って言えるくらい仲のいいクラスメイトもできたし。
私はとっても幸せなんだ。
きっかけは、高校で初めての文化祭。
学校生活が始まって半年も経とうとしてたのに、まだクラスに馴染めてなかった私は、文化祭の役割決めの結果を見て、ちょっと不安になった。
だって、同じ買い出し班のメンバーに、黒光花楓さんと大心池須美さんがいたから。
2人はなんていうか、私のクラスでも雰囲気が違う。
周りの人たちは皆、2人について『空気が読めない』とか『浮いてる』とか言ってるみたいだけど、私はそうは思わなかった。
読めないんじゃなくて、自分で作り出してるんだ。
浮いてるんじゃなくて、自分で飛んでるんだ。
私には絶対にできないことを、なんてことないような顔して、簡単にできちゃう。
それがとてもかっこよく見えて、密かに憧れてた。
でも、だからこそ、私なんかが2人と一緒の班になっても良いのかな?
私と2人が住んでる世界は、きっと違う。
見えてるものも、聞こえてるものも、感じてるものも、全部。何もかも違うはず。
そんな風に思ってた私に、買い出し班の皆は親切に接してくれた。
その頃からかな、私は山田君と話すことが増えた気がする。
買い出し班として一緒に行動するときも、教室でたまに声を掛けてくれる時も、彼は本当に私のことを気遣ってくれる。
初めは、どうして私なんかを気遣ってくれるのか分からなかったけど、ある日花楓ちゃんとスーミィにからかわれて、やっと気づいたんだ。
もしかして、そういうコトなのかな、って。
確信はなかったけど、そんな風に考えちゃったら意識しちゃうよね。
なにより、それが本当だったら、嬉しいことだし……ちょっとだけ照れくさいけど。
そんな嬉しさを感じながらも、私は改めて2人の凄さを実感した気がする。
私よりも先に、私と山田君のことに気が付くんだなぁって。
やっぱり、私とは見えてるものが違うみたい。
ううん。違うよね。きっと、私がちゃんと周りの皆のことを見れてないんだ。
見て、気づいて、思ったことを伝える。
それをやってないから、私は何も主張できないし、気づけないし、見えなくなってる。
だから、もっと行動しようって、思ったんだ。
文化祭が終わった日、本当は買い出し班の皆で打ち上げに行きたかった。
その日じゃなくても、行けるなら、遊びに行きたかった。
だけど、私が誘ってもいいものなのか、悩み続けた結果、結局誘えたのは11月の中旬。
遅すぎかな?
皆迷惑してないかな?
そんな私の悩みなんて吹き飛ばすみたいに、花楓ちゃんもスーミィも、賛成してくれた。
本当に、誘ってよかった。
そう思った私は、すぐに心が折れそうになっちゃうんだよね。
まず初めに、山田君に断られたこと。
これはまぁ、用事があるなら、来れないのも仕方がないよね。
でも本当は、一緒に打ち上げに行きたかったな。
次に、街でナンパにあったこと。
それだけなら、スーミィと花楓ちゃんが庇ってくれたから、どうでもよかったけど。
あんなことになっちゃったし。
でも、そんなことで心を折られるわけにはいかないよね。
せっかくの打ち上げ。誘った私が楽しまないわけにはいかないし。
これからも、友達として一緒に過ごしていきたいし。
でも、私なんかがそんなことを思ったのが、多分間違いだったんだよね。
『調子に乗ってんじゃねぇよ』
そうだよね、私、調子に乗ってた。
『お前なんか、相手にされるわけないだろ?』
それくらい、私が一番分かってる。
『ちょっと構われただけで、勘違いするな』
そうだった、全部勘違いなんだよね。
今も脳裏で反芻してる彼女たちの言葉は、妙に私を納得させてくる。
正直、もう立ち直れそうになかったけど、私は重たい足を動かして家に帰った。
誰にもばれないように、こっそり部屋に戻って、いつもみたいに枕に顔を埋める。
泣いてるワケじゃない。
ただ、叫び出しそうなのを我慢してるだけ。
こうやって、押し殺そう。
目を閉じて、真っ暗闇の中で念じ続ける。
そうやって、ずっと私は生きて来たんだから。
これからも、何事も無く平静を保ったように、生きてくんだから。
私には、空気を作り出すだけの強さはない。
私には、自分で飛べるだけの翼は無い。
だからこそ、私自身が空気になって、生きてくしかない。
それくらい分かってるんだから。
気が付いたら夜が明けてて、またいつもみたいに朝が来てた。
空気みたいに生きてく。
だけど、花楓ちゃんとスーミィとは、友達でいたい。
こういうとき、普通はどうするのかな?
友達に相談とか、するものなのかな?
朝の支度をしながら、そんなことを考えてた私は、教室について花楓ちゃんを見つけた。
いつものようににこやかな表情の花楓ちゃんが、すぐに私に笑顔を向けてくる。
次の瞬間、彼女の笑顔が一瞬で消え去った。
どうしたのかな?
そう思って声を掛けてみるけど、何も反応してくれない。
同時に、私は目の前の光景が妙に掠れて見えるようになった。
なにが起きたの?
それから5日間、私は世界に無視されるようになった。
私が見えなくなったことに、皆も気づいてるみたい。
でも、誰も目の前にいる私に、気づいてくれないのは、どうして?
そんなの、私にそんな価値が無いからに決まってる。
だって、皆が住んでる世界と、私が住んでる世界は違うんだから。
随分長いこと、誰にも見られなくなったことで、私はそんな諦めを抱き始めてた。
このまま部屋で、命が尽きるのを待とうかな。
なんてことまで考えてたけど、気が付けば私はいつも、教室に向かってた。
ううん。違う。
私の足が向かってたのは、教室なんかじゃない。
山田君の傍だ。
もしかしたら、このまま一生誰にも見つけてもらえないのなら、なるべく長い間、彼と一緒に居たいって、無意識に思ってたのかもしれないね。
だから私は、今、目の前で山田君とスーミィが一緒に居る状況に、ちょっとだけ不満がある。
何かを話してるけど、その声は私には聞こえない。
多分、私なんかじゃ分からないことを、話してるんだ。
そんなことを考えながら、山田君の腕に触れようとしたその時、不意にスーミィの声が耳に入ってくる。
「なんだ、目の前にいるジャン」
「え!?」
驚きのあまり、手をひっこめた私は、すぐにスーミィを見つめる。
だけど、彼女の視線は私じゃなくて山田君に注がれてた。
どうして今だけ、彼女の声が聞こえたのか。
良く分からない状況に私が混乱してると、彼女は椅子から立ち上がって、教室の窓を全開にし始める。
何を始めるつもりなのかな?
様子を伺ってると、スーミィは山田君に対して何かを話し始めた。
対する山田君は目に見えて驚き、困惑を見せてる。
それでもスーミィは引き下がらないみたいで、何かを彼に告げた。
すると、山田君は一気に真剣な表情を浮かべて、窓の元に歩み寄る。
そして、窓の外に向かって叫び声を上げた。
「南智美!!!!! 俺は!! 俺はお前のことが、スキだぁ!!!!!!」
耳まで真っ赤に染め上げながらも、全力で、窓の外に叫ぶ山田君。
そんな彼の告白を聞いて、一瞬、呆けた私の背中に、強い風が吹きつける。
まるで、背中を押すような、一陣の風。
そんな風は、私の顔を覆ってた何かを剥ぎ取って、窓の外へと吹き飛ばしていった。
それは、一枚の薄いベール。
結婚式で花嫁がしてるような、マリアベール。
窓の外にまで巻き上げられていったその薄いベールは、夕日を浴びて、キラキラと輝いてる。
そんな様子を見て、山田君の言葉を聞いて、私は思わず後退る。
直後、私は机にお尻をぶつけてしまって、教室の中に音が響いた。
すると、咄嗟にこちらを振り返った山田君が、驚きで目を大きくしたと同時に、私の方へ駆け寄って来る。
一瞬で私の視界を覆い尽くして来る山田君の制服。
彼の匂いと全身を包む腕の感触に動揺した私は、脱力する身体を彼に委ねた。
「南、良かった……無事だな!?」
「山田君……私、私」
掛けられる声に何も返事できないまま、私は涙と嗚咽を溢しちゃう。
そんな私と山田君が我に返るのに、それほど時間は要らなかった。
なぜなら、教室の中に小さなシャッター音が響いたから。
「お、おい、大心池! なに撮ってんだよ!?」
「良いでしょ? 別に。一応、花楓にも報告しときたいし。それより、トモミン、体調は大丈夫?」
「え、あ、うん。大丈夫」
「なら、良かった」
そう言って笑うスーミィの表情は、今までに見たどんな表情よりも、温かかったと思う。




