第4話 今回のお願い
「それで? 手伝ってほしいことって何?」
「話が早くて助かるよ~。それじゃあさっそく本題だね。手伝ってほしい事っていうのは、亜美ちゃんの事なんだけど。彼女、このまま放っておくと危ないんだ」
「危ない? それはつまり、一週間前と同じようにクラスに突撃するかもしれないってこと?」
「う~ん。半分正解で、半分間違ってるかな。確かに、放っておけば彼女はまた同じことをすると思う。だけど、それよりも前に、彼女自身の身に危険が迫ってるんだよねぇ」
「佐藤の身に?」
どちらかと言うと、佐藤が加害者になるような話を想像してたけど、花楓はそうは思ってないらしい。
そこまで思うのには、何か理由があるってことよね?
「そそ。というワケだから、話は歩きながらしようよ。ちょっと向かいたいところがあるんだ。でさ、せっかくだから、スーミィって呼んで良い?」
「え? 嫌なんだけど」
自然な流れで思考と会話を繰り広げる花楓に、私は少しずつ慣れ始めてきた。
我ながら順応性が高い。なんて風に思ってることも、全部筒抜けなんだよね。変な感じ。
「まぁまぁ、そう言わずに。内心飛んで喜んでるのは分かってるんだから」
「喜んでないし!!」
「素直じゃないなぁ。で、話は戻るんだけど、これから行く場所で、スーミィには写真を撮って欲しいんだ」
普通にスーミィって呼んでるし。そんな気軽にあだ名をつけないで欲しい。そう言うのはちゃんとした友達との間柄になってから使うものでしょ?
なんて、私の心の抗議は聞き入れられるわけもなく、花楓は教室を出て歩き始めていた。
仕方なく後を追いながら、私は彼女の後頭部に話しかける。
「完全に無視する気じゃん……で、何? 写真?」
「そう。それが今回のお願いだよ」
「ちょっと待って、今回の? それってつまり……」
聞き捨てならないことをサラッと言うのはやめて欲しいんだけど。
振り向きざまにニヤッと笑う花楓の様子から察するに、絶対ワザとだ。
「ワタシとスーミィは、これからも長い付き合いになるはずだよ! 腹を割って話し合った、いわゆる、心の友ってやつだからね!」
「腹を割った覚えが無いんだけど?」
「そりゃそうでしょ。ワタシが勝手に切開したようなモノだからね」
「勝手すぎる」
「でしょ? ワタシもそう思うよ。ってなわけで、色々と文句を言いながらもここまで着いて来てくれたスーミィに、ワタシは感謝しなくちゃだね」
「本音を言えば帰りたいけど……」
けど、で止めたところで、花楓は満面の笑みを向けてきた。
「やっぱりスーミィって、物好きだよねぇ」
「うるさいなぁ」
「ふふふ」
「で? わざわざ図書館にやって来たのはなぜ?」
会話をしながら廊下を歩いている途中で、流石の私も目的地をなんとなく察した。
だって、この廊下の突き当りには、図書室と使われていない空き教室しかないから。
一緒に勉強しようなんて言われたら、すぐに帰ろう。
なんて考える私を無視して、図書室に足を踏み入れた花楓は、こちらを振り返りながら言った。
「ここに目当ての人が居るのです!! ほら、スーミィも探して探して! きっとどこかに、祇園寺君が居るはずだから」
「祇園寺が?」
言われるままに図書室の中に入りながら、周囲を見渡してみる。
放課後に好き好んで図書室に足を運ぶ生徒は多くない。
みんな、部活とかバイトとか、自分の用事で忙しいからね。
そういう意味では、ここで人を探すのはそう難しくないように思えた。
だけど、パッと見た感じじゃ、祇園寺の姿は無い。
多分、本棚の死角のどこかにいるってことかな?
取り敢えず、歩き回って探そう。
「ほらほら、もっと右奥の、窓際の席だよ。一人用の椅子に腰かけて、ノートに何かを書いてるはずだから」
歩き出そうとした途端、いつの間にか私の背中に貼りつくようにして立っていた花楓が、ボソボソと告げた。
「もう見つけてるんじゃん」
「てへっ」
「いちいちイラつかせないでくれる?」
舌を出して笑みを浮かべる花楓は、私の睨みを受けて、逃げるように奥へと駆けて行った。
いや、走っちゃダメでしょ。
「まるで子供……いや、完全な子供だなぁ」
自分を落ち着かせるために、保護者にでもなった気分で彼女の後を追う。
程なくして、本棚で身を隠しながら奥を覗き込んでいる花楓に追いついた。
彼女と同じように奥を覗き込んでみると、確かに、祇園寺が居る。
机に広げたノートに、何やら書きなぐっている様子の彼を見ながら、私は小声で呟いた。
「確かに祇園寺だけど。何を写真に撮れば良いの? 花楓と祇園寺がキスしてるところ?」
「ちょ、バカッ! そんなわけないじゃん! 乙女に向かって何を言ってるのよぅ!」
「乙女ねぇ……」
「酷い!! 思うだけならまだしも、口にしちゃう!?」
「思うのは良いんだ……で? こんなところで騒いでたら見つかると思うんだけど」
「それは大丈夫だよ。今の私達の声は、彼に聞こえてないから」
「へぇ~。便利だね。ノイズキャンセルみたい」
「ちょっと! 人のことを便利な道具みたいに言わないでよ」
「実際便利じゃん」
「授業中、ずっとスーミィの耳元でお経を流し続けてあげようか?」
「それは鬱陶しすぎる」
「まぁ、冗談はさておき。そろそろかな。スーミィには祇園寺君が一生懸命ノートに何かを書いてる姿と、ノートの表紙を写真に撮って欲しいんだ」
「そんなことで良いの?」
「うん」
軽い口調で言う花楓に従って、私はとりあえず写真を撮った。
きちんと、指示通りの光景がスマホの画面に納まっている。
「よし、ちゃんと映ってるね。それじゃあ、明日の放課後まで、各自、自由行動~。ってことで、また明日ね、スーミィ」
「え? こんなんで良いの?」
「そだよ。まぁ、明日の放課後になれば分かるから」
呆気なく解放された私は、軽快なステップで去っていく花楓の後姿を見送る。
なんていうか。本当に人を振り回す子だよね。
心なしか、ドッと疲れを感じた私は、小さなため息と一緒に、今の心情を吐き出すことにした。
「……早く帰ろう」