第38話 くだらないこと
トモミンが姿を消してしまったのは、きっと花楓の力によって引き出された感情が原因だと、私はそう思ってた。
いいや、実際そうなんだと思う。
どんな感情かは分からないけど、表面化した感情がトモミンを襲って、どこかへと連れ去られてしまった。
もしくは、あのナンパ男みたいに感情が表面化してしまった何者かによって、連れ去られてしまった。
一般的で標準的な考え方。今の所、私はこの考え方を前提に動いてる。
だけど、その考え方は本当に間違ってないのかな?
大塚先輩の言う、見たい物とやらを信じるのなら、この前提に大きな綻びが生まれるんじゃないかな?
そもそも、一般的、標準的って何?
私の思う『それ』は、あくまでも私にとっての『それ』で、トモミンにとっては全然違うのかもしれない。
少し考えれば当たり前で、だからこそ考える事すら忘れてた事実に、私は憤りを感じた。
「おい、大心池! 何か分かったのか?」
「まだ何も! でも、1つだけ確認したいことがある」
速足で廊下を進む私の後を、山田が追いかけてくる。
足の速さなら絶対に私よりも優れてる彼が、私を追い越して行かないのは、多分、行き先が分からないからかな。
まぁ、それは仕方がないよね。
私も、機会が無かったら自分から行くことなんてなかったと思うし。
だからこそ、私がその部屋の場所を知ったのは、つい最近だったりする。
帰宅しようと廊下を歩く生徒たちの流れをかき分けて、目当ての部屋に向かう私達は、かなり目立ってるみたいだ。
普段ならこんなことしないけど、今はそんなことに構ってる場合じゃないし、仕方ないよね。
そうして、やっと目的の部屋が視界に入ったところで、察したように山田が呟いた。
「生徒会室? いや、流石にここには居ないだろ」
「それくらい分かってる」
彼の疑問を一蹴した私は、躊躇うことなく生徒会室の扉を開けた。
「大塚先輩! いますか?」
広々とした生徒会室の中に呼びかけながらも、私は目当ての人物を目で探す。
部屋の中に居た3人の生徒会役員たちは、そんな私のことをジロジロと見てきた。
そんな彼らの中に雑じって、雑談してたらしい大塚先輩は、私を見るや否や、すっくと椅子から立ち上がると、こちらに歩み寄って来た。
「どうしたんだい? 大心池さんの方から来るなんて、珍しいね」
「珍しいって言うか、初めてですけどね。そんなことはどうでも良いんです。大塚先輩、トモミン……南智美のこと、覚えてますよね?」
「うん? まぁ、覚えてるけど」
「じゃあ教えて下さい。先輩から見た南さんは、どんな人物ですか?」
「それはまた、なんとも答えずらいことを聞くんだね。そうだな。正直に言うけど、僕は彼女のことをほとんど知らないよ?」
「はい、だからこそ聞いてるんです」
「……なるほど。だからこそ、か」
こんな雑な説明で本当に伝わったのか、疑わしいけど、彼は確かにトモミンの印象を語り出してくれた。
「僕にとって南さんは、黒光さんと大心池さんの友人。くらいの印象しかないかな」
「そうですか。ちなみに、先輩以外の人から見た時、南さんはどういう風に見られてると思いますか?」
「また難しいことを。そうだね。変わった組み合わせだな。なんて思うかもしれない」
「変わった組み合わせ、ですか?」
「そうだね。だって、仲が良いグループってのは大抵、似た者同士が集まるものだと思うから」
「私達が似てないと思ってるんですか?」
「……逆に、似てると思ってたのかな?」
苦笑いを浮かべる大塚先輩に、短く感謝を述べた私は、そのまま生徒会室を後にした。
扉を閉めて来た道を戻ってると、ずっと静かにしてた山田が問いかけてくる。
「さっきのは何だったんだ? どうして大塚先輩に南のことを?」
「警察署で話を聞いてたでしょ? 大塚先輩は私達を助けてくれた。つまり、トモミンのことを少しは知ってる。そんな先輩が、トモミンのことをどういう風に認識してるのか、知りたかったの」
「どうして?」
「見たい物を見てたんだとしても、実際に見えてるものは確実に、その人の一部だと思うから」
「は?」
事実じゃなくても、見たい物を見てるんだとしても、表面に出て来てる何かがあったんだとしたら、それはきっと、その人物を形作ってる要素の一つだよね?
私にとってのトモミンは、自信が無くて、引っ込み思案だけど、実は器用な女の子。
山田にとっては、自罰的に見えてたみたい。
そして大塚先輩から見た彼女は、私と花楓とは似ていない女の子ってところかな。
これだけで何がわかるのか、今の私には分からない。
でも、こうやってトモミンのことを知って行けば、何か糸口を掴めるかもしれないよね。
そう思いつつ、後ろをついて来る山田への説明に頭を悩ませた私は、説明を放棄することにした。
「ごめん、上手く説明できそうにない。でも、1つだけ分かったことがある。トモミンは、自分自身で身を隠すことを選んだのかもしれない」
「ちょ、それはどういう意味だよ?」
少しだけ驚く山田に続きを聞かせようと、振り返りざまに口を開いた私は、誰かに声を掛けられて立ち止まる。
「ねぇ、あんた、1年の大心池だよね?」
声のした正面に向き直った私は、そこに先輩の女子生徒が数人立っていることに気が付く。
「はい、そうですけど」
「ちょっと話があるんだけど、着いて来て」
先頭にいるのは、やたらと威圧的な目つきの先輩。
短めの茶髪の彼女は、私に向かってそう言ったあと、後ろの山田をギロッと睨んだ。
「そこの君は来なくていいから」
「あ、いや……」
情けない声を漏らす山田は、ぞろぞろと私を取り囲み始める女子の先輩たちを前に、一歩後退る。
そんな彼を横目で見た後、私は正面の先輩に向かって口を開いた。
「あの、何の用ですか? 私、今忙しいので。急ぎじゃないならまた今度でお願いしたいんですけど」
「は? あんた、先輩に向かって何? その態度は」
そう凄んでくるのは、私の右隣にいる黒髪の先輩。
そんな先輩の言葉に、一瞬、胃が縮むけど、私はそれをグッと堪えて黒髪の先輩を睨み返した。
その途端、他の先輩たちが一気に私に詰め寄ってくる。
流石にやりすぎたかな?
なんて、私が考えた時、廊下の先から見知った人が駆けて来た。
「ちょ、ちょっと、何をやってるんですか?」
私にじゃなく、先輩たちにそう声を掛けながら走って来たのは、佐藤亜美。
どうやら、この先輩たちは佐藤の知り合いみたいだね。
なにやら私に聞こえないようにコソコソと話をする茶髪の先輩と佐藤は、しばらくしてから話をやめた。
それと同時に、茶髪の先輩とその取り巻きは、小さく舌打ちをしながらどこかへと歩き去っていく。
そうして取り残された私と山田は、少しだけ顔を見合わせて、佐藤を見た。
「どういうつもり?」
思ったまま、そのままを言葉にすると、彼女は小さく肩を竦めながら告げる。
「別に。ただアンタに借りを作ったままにしとくのが嫌だっただけ」
一瞬、佐藤が何を言ってるのか分からなかったけど、少し考えて思い出した。
そう言えば、文化祭の準備中にいじめられてた彼女を、強引に教室から引っ張り出したことがあったっけ?
多分、そのことを言ってるんだと思う。
まぁ、余計な時間を使わずに済んだから、一応感謝しておいた方が良いよね。
なんて思いつつ、お礼を口にするわけでも無い私は、代わりに1つ質問をした。
「あの先輩達は知り合いなの?」
「ん? まぁ、ちょっとだけ」
「じゃあ、私がどうして絡まれたのか、知ってる?」
「は? そんなの、大塚先輩絡みに決まってるじゃん」
「あぁ、そういうコトか。噂以上に怖いな……」
「その説明で、私が『あぁ、そうか~、納得』なんて言うと思った? 意味が分からないんだけど」
「はぁ……まぁ、分かってたけど別に私が親切に教える必要も無いよね?」
私の追及をヒラリと躱して見せた佐藤は、そのままどこかに歩いて行く。
当然、モヤモヤを抱えた私の視線は、山田に向かうワケで、額に汗を流してる彼は、簡単に説明してくれる。
「さっきの先輩たちは、あれだ、大塚先輩の追っかけみたいなものなんだよ」
「追っかけ? え? 大塚先輩ってアイドルなの?」
「マジで人に興味ないよな、大心池って」
彼の辛辣なコメントを敢えてスルーした私は、ふと気づく。
大塚先輩に追っかけが居たってことは、今と同じようなことがトモミンの身にも降りかかった可能性があるってコト?
いやいや、まさかね。
なんて、楽観的に考えようとしてみたけど、無理だ。
もしかして、トモミンが行方不明になったのって、さっきのが原因だったりしないよね?
そんなくだらないことで、姿を消したり……しないよね?
そう思えば思うほど、嫌な予感が膨らんでいく気がした。




