第34話 きっと良い人
見慣れない廊下を歩いた先で、大塚先輩は私を広めの部屋に通した。
扉の上部に『生徒会室』って書いてあった気がするから、当然、私が入ったことのない部屋だった。
促されるままに、並んでた椅子に腰を下ろした私は、対面に座る大塚先輩の足元に視線を落とす。
呼び出しておいて、何も話さないのかな?
って言うか、話って何かな?
いや、そんなの花楓のことに決まってるよね?
でも、話せることなんて何もない。ってことは、こうして今、2人で居ることも何の意味もないってことだよね?
帰りたいな。
早く終わらないかな。
「そんなに僕の足元を見て、何を考えてるんだい?」
声を掛けられたから、改めて大塚先輩の顔を見上げてみたけど、彼は私の方なんて見てなかった。
何かは分からないけど、分厚いファイルをペラペラとめくってる。
どういうつもりなのかな?
様子を見てる感じ、私と話をするつもりなんて無いように見えるけど。
かといって、帰っても良いなんて雰囲気じゃないし。
なんか、ムカついてきたな。
別に話を聞く義理なんてないし、いや、無いことも無いのかな?
昨日は助けてもらったワケだし。
そう言えば、カフェのお代のことも、お礼言えてない。
取り敢えず、お礼だけでも言うべきだよね?
「あ、あの、そう言えば、昨日はありがとうございました。助けてもらったり、カフェも、お代を払ってもらったみたいでしたし」
「あぁ、うん。それくらいは全然いいんだよ。僕が好きでやったことだしね」
「昨日は花楓も、すごく喜んでたので、きっと感謝してるはずです」
「それは、どうなんだろうね? 僕は彼女に疎まれてるみたいだしさ。まぁ、そんなことよりも、少しは冷静になったみたいで安心したよ」
「え? あ……」
言われて初めて、私はついさっきまで頭の中がどんよりとした感情に満たされていたことを思い出した。
だけど今は、見違えるほど冷静でいられてる。
なんでだろう?
もちろん、さっきは花楓を傷つけてしまったっていう事実に、私自身が強いショックを受けてた。
だけど、よくよく考えれば、今までの私が全く彼女を傷つけるようなことを考えてなかった訳じゃないよね?
正直に言えば、恐怖の度合いだけなら山田の時の方が強かった自覚がある。
「不思議そうな顔をしてるね?」
ようやく私の顔を見たらしい大塚先輩が、試すような視線で問いかけて来る。
「そうですか? まぁ、少しだけ後悔してることならありますけど」
「後悔か。それは、黒光さんに関するものだったりするのかな?」
「まぁ、そうですね」
「そうか。それを聞けて、少し安心したよ」
「どうして、大塚先輩が安心するんですか?」
「君が黒光さんの友人だって言う言葉に、嘘偽りが紛れてなさそうだって思うからかな」
「それは……どうなんでしょうね?」
大塚先輩は安心したみたいだけど、私はむしろ不安になった。
私は本当に、花楓の友達って言えるのかな?
「人ってさ、自分の見たいものを見る癖があると思わないかい?」
「……急になんですか?」
「僕も大心池さんも、きっと自分の見たいものを見る癖を持ってるんだって話だよ」
「それはまぁ、皆そうなんじゃないですか?」
「そうだね。皆がそうなんだ。だけど、僕らは皆、勘違いしてることがあるかもしれない」
「勘違い?」
「『見たいもの』って言うのは、必ずしも『見て嬉しいもの』ってわけじゃないってことだよ」
「嬉しくないものを見たい人なんて、いますか?」
「いると思うよ? 例えば、相手を否定する材料を探してるときなんか、大体の人が、相手の悪い所を探すんじゃないかな?」
大塚先輩の言いたいことは、なんとなく分かる。
でも、なんで急にこんな話を……?
私がそう思った時、大塚先輩は真剣な表情で口を開いた。
「仮に、全てを見透かせる人がいたんだとしたら、その人はきっと、大変だと思うよ。だってそうだろ? 透けて見えるものが『自分の見たいもの』なのか、それとも、『ありのままの事実』なのか。判断する必要があるんだからね」
「っ!?」
全てを見透かせる人って、花楓のこと、だよね?
え、でもなんで、大塚先輩がそのことを?
いや確かに、文化祭で初めて見た時から少し違和感はあったけど。もしかして、知ってるってこと?
驚きのあまり、少し椅子から立ち上がってしまった私を見つめながら、大塚先輩は話を続ける。
「驚くことでも無いんじゃないかな? 大心池さんにも過去があって、僕にも過去がある。ってことは、彼女にもあって然るべきだよね?」
「昔からの知り合い、ってことですか?」
「そういう所かな。まぁ、ちょっと複雑な事情があるから、詳しくは話せないけど。だから、君が友達だって聞いた時、僕は正直、疑ったんだ」
どうして疑われなくちゃいけないんだろう?
でもまぁ、今現在は私自身も疑ってるんだから仕方ないか。
心の中で自嘲した私は、それを目の前の彼にも伝えてみることにした。
「今はもう、友達だって思われてないはずですけどね」
「ん? どうしてそう思うのかな?」
「私が彼女に、酷いことをしたから、です」
「酷いこと?」
そう問いかけられた私は、今朝起きた事を大塚先輩に話した。
トモミンが学校に来てないこと。
それは花楓のせいなんじゃないかって、私が考えてしまったこと。
その後、花楓が走ってどこかに行ってしまったこと。
私はそんな花楓を追いかけることができなかったこと。
どうしてこんなに話してしまうのか、自分でも不思議なほどに、私は大塚先輩に説明した。
そんな私の話を、ゆっくり頷きながら聞いてくれる大塚先輩は、きっと良い人なんだろうな。
なんてことを考えている私に、彼は話し始める。
「なんだ、思ってたより普通の話だったね」
「なっ!?」
「あぁ、ごめん。言い方が悪かったよ。でも、そんなに深刻に悩む必要はないんじゃないかな?」
「……どうして、そう思うんですか?」
そんな私の問いかけに、彼はあっけらかんと応えた。
「だって、消されてないんでしょ? 記憶」
平然と言ってのける彼を前に、私は思わず独白してしまう。
……花楓と大塚先輩の間に何があったら、そんな発想が出て来るワケ?




