第32話 元々そのつもり
群衆の誰かに呼ばれた警察が、男を引き連れていく。
そんな様子を茫然と見ていると、婦警さんが駆け寄ってきて、優しく声を掛けてくれた。
一旦どこかで事情を聞かせて欲しい、という彼女に連れられて、私達は最寄りの交番に向かう。
私が落ち着くのを辛抱強く待ってくれた婦警さんは、何があったのか、男と面識はあるのかなどの質問を口にする。
本音を言えば花楓に説明の全部を任せたかったけど、少し考えて自分で話すことにした。
説明もできない程に、精神的なダメージを負ってしまったわけでも無いからね。
怖かったのは事実だけど、今回の件よりも恐怖を感じたことがあるから、意外と冷静でいられる。
幾つかの説明をした後、無事に解放された私達は半ば茫然としながらも、少し離れた場所にあるカフェに足を向けた。
とにかく今は、落ち着きを取り戻したい。
きっと、私達の考えは一致してるに違いない。
そうやってフカフカのソファ席に腰を下ろした私達は、湯気の立つコーヒーを啜りながら、少しの時間を過ごした。
すると、不意にトモミンが小さく口を開く。
「ここのコーヒー、美味しいですね」
いつもなら、ここで花楓が会話に食らいつくはずなのに、なぜか黙ったままだ。
仕方がないから、私はトモミンに頷いて見せながら返事をすることにした。
「そうだね。トモミンは、カフェとかよく来るの?」
「ううん。あんまり行かない……よ」
トモミンの言葉尻が萎んでいく。
その理由は考えるまでもなく花楓のせいに違いない。
だって、さっきからずっと俯いたままで、元気が無いし。
どうしたの? 私はもう大丈夫だって。
そう心の中で語り掛けてみるけど、やっぱり反応は無かった。
ここまで落ち込んでるってことは、多分、私の考えは当たってるのかな?
つまり、さっきの男の行動に、何らかの形で花楓が関わってる。
それは彼女にとって不本意な関わり方だったから、ショックを受けてるってところかな?
もしくは、さっきの大塚先輩の行動に惚れちゃったとか?
「……」
「……変だな」
「仕方ないですよ。私も、未だにショックですし」
思わずボソッと呟いた私に、トモミンが小声で告げる。
でもゴメン、トモミン。
私が呟いたのはそういう意味じゃないんだ。
惚れた腫れたなんて話をしたら、花楓が反応を見せると思ったんだけど、それすらないのが気になっただけ。
どういう理由かは分からないけど、今回の件はよっぽど花楓にとって堪えることだったみたいだね。
何か、出来ることは無いのかな?
私がそう思った瞬間。
まるでタイミングを見計らったかのように、私達の座るテーブルに、彼が姿を現した。
「ここにいたんですね。探しましたよ」
制服のままカフェに入って来た大塚先輩は、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべてる。
その爽やかさを、今の花楓に分けてあげて欲しい。
そんなことを考えつつ、どうせ先輩の目的は花楓なんだろうなぁと、コーヒーを一口啜ったところで、彼は私を見ながら口を開いた。
「怪我とかは無かったかい?」
「え? あ、はい。大丈夫です」
「それならよかった。結構な暴れっぷりだったから、心配で君を探してたんだよ」
「それは……助けてくれた上に心配まで、ありがとうございます」
「いやいや。そう大したことはしてないよ……と、まぁ、本当は君の無事を確認次第、すぐにお暇するつもりだったけど」
そう言った彼の視線が、自然と花楓の方に向けられる。
まぁ、当然っちゃ当然だよね。
生徒会に引き入れる候補として目を付けてた後輩が、目に見えて落ち込んでるんだし。
「大丈夫かい?」
「……」
当然のように大塚先輩の言葉を無視する花楓。
普段の様子からすると、考えられない態度だよね。
そんな彼女に、再び声を掛けようとする大塚先輩の言葉を、私は思わず遮ってしまった。
「先輩。今はそっとしてあげてください」
「……どうしてかな?」
「誰にだって静かに考えたいときはあるって、思いませんか?」
「静かに考えたい、か。まぁ、それもそうだね。ここは君達に任せて、退散することにするよ」
「はい。ありがとうございます」
花楓にとっての大塚先輩が、どんな立ち位置の人かなんて、私には分からない。
だけど1つだけ知ってることがあるとすれば、それは、彼女と先輩が文化祭で賭けの勝負をしてたこと。
つまり、彼女にとって彼が敵に近い何かだって可能性は、僅かにだけど残ってる。
だとしたら今は、彼を遠ざけるのが正解だ。と思う。
近くにいるだけで、花楓にとっては常に会話してるようなものかもしれないしね。
そんなことを考えながら、もう1口コーヒーを啜ろうとした私に、大塚先輩が声を掛けてくる。
「ところで、1つだけ聞いておきたいんだけど」
「はい?」
「君は……大心池さんは、黒光花楓さんの何なのかな?」
「友達ですけど?」
「……そうか、友達か。それは何というか。変なことを聞いてしまったね。ごめん。忘れてもらえると助かるよ」
そんな言葉を残して、大塚先輩はその場を去っていく。
これだけなら、変なことを聞いて来る変な先輩、ってイメージが強かったけど、彼はそんな半端な男じゃないらしい。
しばらくコーヒーを飲んで黙り込んでた私達の元に、ケーキが幾つも運ばれて来た。
聞けば、制服を着た男子高校生が、私達のコーヒー代を払った上に、一定金額分のスイーツを持っていくように注文して帰ったらしい。
もちろん、お代は全部その男子高校生が出してくれてる。
「さすがって言うかなんて言うか。やることが普通じゃないよね」
「そ、そうだね。これ、どうしようか? 食べないともったいないよね?」
テーブル一杯に並んでるケーキとかパフェを横目に、トモミンが苦笑する。
こうなったら、もう食べるしかないよね? デザートは別腹って言うし。
なんだったら、花楓の分は無いかも。
私がそう思った瞬間。
今の今までずっと俯いたままだった花楓が、スッと右手を前に突き出した。
「花楓ちゃん? どうかしたの?」
「トモミン、花楓のことはそっとしておこう。それよりも、私達でパフェを―――」
「ダメェ!! それはズルいってスーミィ!!」
勢いよく顔を上げた花楓は、赤く泣きはらした目元を擦りながら右の掌を突き出してくる。
「お皿! チョーダイ!」
「仕方ないなぁ」
「花楓ちゃん、元気が出たみたいで良かった」
トモミンはそう言うけど、花楓が元気を取り戻したのかどうかは分からない。
それに、大塚先輩がこうなることを狙ってたのかも、分からない。
だけど、私達は初めからこうするつもりだったよね?
だって今日は、少しだけ遅い文化祭の打ち上げをしてるんだから。
楽しまないと、もったいない。でしょ?




