第31話 喧騒と涙
文化祭で浮かれてた私達だけど、現実は忘れた頃に襲い掛かって来るみたいだね。
11月上旬に実施された全国模試とか、文理選択とか、出来るなら考えたくないような行事に追われる中、時間がゆっくりと流れていく。
そうして、12月の期末テストを2週間後に控えた11月の中旬。
週初めの月曜日だから、なるべく早く家に帰ろうと席を立った私に、トモミンが声を掛けてきた。
「あ、あの、スーミィ。花楓ちゃん。ちょっと良いかな」
「お? トモミン、珍しいね。何か用事でもあった?」
私の隣で嬉しそうに声を上げる花楓に釣られるように、私は視線でトモミンに続きを催促した。
すると、トモミンは少しだけモジモジとしながら話し始める。
「用事って程じゃないんだけどね。ちょっと遅いかもしれないけど、私達で、文化祭の打ち上げとか、やらない?」
「え? 今? このタイミングで?」
「ちょっとスーミィ!? トモミンが誘ってくれてるのに、失礼でしょ!?」
「ううん。スーミィの言いたいことも分かるから。大丈夫。私も、誘おうかどうか迷ってたし」
「だよねぇ! 実はワタシも打ち上げやりたいって思ってたんだ!」
「それは絶対に嘘じゃん」
嘘じゃないもん~。って、駄々をこねる花楓。
よく考えれば、トモミンがずっと悩んでたんなら、花楓はそれを知ってたはずだよね?
なんで、自分から言い出さなかったんだろ?
って言うか、そもそもどうしてこのタイミングなのかな?
少しだけ考えた私は、文化祭の後、花楓が倒れたことを思い出した。
つまり、トモミンとしては文化祭の直後にでも誘いたかったんだろうけど、花楓が倒れたせいで、きっかけを失ってたってワケだね。
つまり、花楓が悪いわけだ。
「ちょっと? もしかしてスーミィ、打ち上げに行きたくないワケ?」
言葉の先頭に、やたらと圧が掛かってる。
間違いなく、内容以上の抗議の意思が込められてるに違いない。
そんな花楓から目を逸らした私は、苦笑いをしながらトモミンに告げた。
「そんなわけないじゃん? ね、トモミン」
「こら! 無視するなスーミィ!」
花楓の激しい追撃から逃れるためには、もうあれしかない。
ごめんね、トモミン。
「ところでトモミン。もしかして、山田も誘うの?」
「ふぇ!? え、あ、えっと、そ、そうだね。さ、誘った方が、良いよね?」
「おほぉ!? トモミン、もしかして山田君を誘惑しに行くのかい?」
「ち、違うよ花楓ちゃん! そういう意味じゃないよぉ!」
慌てるトモミンと彼女にしがみ付こうとする花楓。
そんな二人を眺めながら、私はホッと胸を撫で下ろした。
花楓はこの手の話が大好きらしくて、たとえ私の放った釣り針なんだと分かってても、自ら飛び込んでいってくれる。
なんてちょろいんだろう。
まぁ、その度にトモミンが犠牲になるワケだけどね。
そんなこんなで、帰り支度をしようとしてる山田に、トモミンが声を掛けに行った。
私達はもちろん、少し遠目に様子を見てるだけ。
でも、結果は残念なものだった。
「まぁ、練習があるなら仕方がないですよね」
「そうかなぁ? ワタシだったら、トモミンのお誘いを断るなんて無粋なマネしないけどなぁ」
「山田も不器用な男だよね」
「分かる! スーミィの言う通りだよ! もっと思い切って、トモミンにアプローチするべきだよね!?」
「ちょ、ちょっと2人とも、声が大きいよぉ」
電車に揺られて繁華街に出てきた私達は、適当に街中を歩きながら雑談をしてた。
目的地は特に決まってない。
何か甘い物でも食べようって言ってた花楓は、山田に対する辛らつな批評を述べてばかり。
流石に歩き疲れて来たから、どっか適当な店に入りたい。
多分、トモミンも疲れてるように見えるから、その方が良いよね。
なんて考えながら、どの店に入るべきか周囲を見ていると、隣を歩いてたトモミンが急に小さな悲鳴を上げた。
「きゃ!」
「いてっ!」
突然、尻餅を付くように転んだトモミン。
そんな彼女の傍には、見知らぬ男が立ってる。
チャラチャラとした見た目で、髪をばっちりセットしてるその男は、少しよろけた後、転んでるトモミンを見下ろした。
どうやら、トモミンはその男にぶつかってしまったらしい。
「大丈夫?」
咄嗟に彼女の元に寄ろうとした私の目の前に、その男が割り込んでくる。
「ごめんごめん、ぶつかっちゃったね。大丈夫?」
「あ、えっと、はい。大丈夫です」
「いやぁ、ごめんねぇ。俺、ちょっと目が悪くてさぁ、それなのに今日、眼鏡忘れてきちゃったんだよねぇ」
「あ、そうなんですか?」
「そそ、だから許して欲しいな。あっ! あれだったら、お茶でも奢るから! 一緒に、ね? 俺、こう見えてもこの辺の喫茶店に詳しいんだ。どうかな?」
「あの、えっと、その、私達、このあと」
私に背中を向けたまま、トモミンにだけ語り掛け続けるこの男は、本当に目が悪いのかな?
それとも、頭が悪いの?
どっちにしても、そんな誘い方でナンパが成功するわけないのにね。
なんて思う私は、パニックに陥ってるトモミンの様子を見て、そうでも無いのかもと思ってしまった。
「あの、私達、先約があるので」
男の肩を押しのけて、トモミンとの間に割り込んだ私は、男に出来るだけ冷たい視線を向ける。
一瞬、私の言葉に怯んだらしい男は、すぐに目を細めながら口を開いた。
「あぁ、ごめんね。まさか、連れが居るなんて思ってなかったんですよ。言ったでしょ? 俺、目が悪いから。何だったら、君達も一緒に行こうよ。絶対に美味しいから」
なんか、ここまでくると呆れるよね。
こんなに拒否されてるのに、どうしてまだ諦めようとしないのかな?
なんてことを考えてると、トモミンに手を貸してた花楓が私の隣に参戦してきた。
「あの、ごめんなさい。私達、この後色々と予定があるので。それじゃ」
やけに緊張したような表情を浮かべる花楓は、それだけを言うと、足早に立ち去ろうとした。
彼女が立ち去ることを判断したなら、それが最善な気がする。
私はすぐに、花楓の後を追うように、トモミンを連れて歩き出す。
直後、不意に立ち止まった花楓が勢いよく振り返った。
その表情には、驚きと焦り、そして怒りが滲んでる。
なんで、そんな顔をしてるのかな?
なんて疑問を抱く前に、私は左腕に痛みを覚えた。
同時に、強く後ろに引っ張られた私は、盛大に道に倒れてしまう。
「いたっ!」
「無視する気かぁ!? おい!!」
地面についた右手の掌が、ヒリヒリする。
だけど、そんなことよりも不快なものが、眼前に近づいてきた。
さっきのチャラ男が、倒れこんだ私に覆いかぶさってこようとしてるんだ。
流石に、大人の男に覆いかぶさられたら、私の力じゃどうにもできない。
自然と、身体が硬直するのが分かった。
男の背後で、通行人とか花楓が男を引きはがそうとしてる。
それでも、馬鹿みたいに強い力で私の腕にしがみ付いて来るチャラ男を引きはがすことはできないみたい。
何も抵抗できずに、私はただ、背中に感じる硬い道路の感触と頬に当たる男の臭い息に耐え続けた。
どれだけ耐えたのかな?
気持ち悪さと不快感で、固く閉ざしてる瞼から涙が溢れそうになった時、急に圧し掛かってた重圧が消え去る。
一瞬で全身に広がる解放感に、そーっと目を開けた私は、辺りの喧騒と涙を浮かべる花楓とトモミンの姿を見た。
そしてもう一つ、予想してなかった光景を目の当たりにする。
さっきまで私に覆いかぶさってたチャラ男。
そんな男を、見覚えのある男が羽交い絞めにしてたんだ。
「大塚、先輩……?」




