第30話 瞳の行方
文化祭の後、前と同じようにぶっ倒れた花楓を家に連れ込んだ私は、そのまま10月最後の夜を明かした。
床に敷いた布団で眠れるか少しだけ不安だったけど、思ってた以上に疲れがたまってたみたいで、あっという間に意識を失う。
そうして翌朝になれば、花楓の体調は良くなってるはず。
なんて思ってたけど、今回はそう簡単に体調が良くなるわけじゃないらしい。
まぁ、前回と比べても明らかに負担が大きかったし、仕方がないのかもね。
なんて、軽く思ってみるけど、気分が晴れる気がしない。
結局、彼女の熱が下がったのは、文化祭の代休になった月曜日の夕方頃。
色々と話したいことはあったけど、丸一日家を空けてるからと言って、彼女はそそくさと帰って行った。
もしかしたら、病み上がりの状態で色々と話すほど、元気は無かったのかもね。
だから、まるで私から逃げるように帰ってったのかも。
まぁ、そんな反応を見たら、私としても無理に話をする気にはなれなかったし、そのまま火曜日を迎えたワケ。
土曜日以来に見る学校の教室。
季節の流れは早いもので、もう11月に入ってしまった。
だからと言って、クラスの様子が大きく変わったわけじゃないのが、不思議なもんだよね。
まだ空いてる隣の席を横目で見ながら、私は椅子に座った。
お尻がひんやりと冷やされるのを軽減するために、左手を椅子との間に差し込みながら、片手でスマホを操作する。
適当に今朝のネットニュースでも見ておこうかな。
なんて考えてると、トモミンが教室に入ってくる。
「おはよう、スーミィ」
「おはよう、トモミン」
ちょっとだけ気恥ずかしさを感じてるらしいトモミンが、小さく笑ってる。
そんな彼女を見て、思わず照れそうになった私は、小さく返事だけした。
すぐに席に着くトモミンを見送ると、今度は花楓が教室に飛び込んでくる。
「おっはよ~う、トモミン!」
「お、おはよう、花楓ちゃん」
鞄を机の横に掛けながら座ろうとしてたトモミンが、ビクッと身体を震わせながら、返事をした。
そんな彼女の反応に満足したのか、ニコニコと笑みを浮かべる花楓が、隣の席にやってくる。
「おはよう、スーミィ! 一昨日と昨日はありがとね」
「別にいいよ。っていうか、朝から元気すぎない? まだ病み上がりでしょ?」
「大丈夫だよ! スーミィったら、ワタシの回復力を甘く見ないで欲しいね」
そんな彼女の言葉に、嘘偽りはないみたい。
どこからそんな活力が溢れて来るのか、不思議な上に羨ましさも感じるけど、それは今はおいておこう。
それとは別に、私は花楓に言いたいことがあった。
いくらなんでも、今回は無茶が過ぎたんじゃないの?
言葉にはせず、私は横目で花楓を睨む。
対する彼女は、私の視線には反応を見せずに、席についた。
もしかして、無視する気?
そんな私の心の声にも、花楓は無反応を貫く。
このまま、祇園寺壮馬の件をうやむやにする気なのかな?
だけど、それを許す気にはなれないよね。
だって、数人でも大変なのに、数十人の人の記憶を操作するなんて、無茶しすぎでしょ。
そのせいで、熱が引くのにも時間が掛かってたし。
どうして、あらかじめ作戦を教えてくれなかったの?
どうして、私のことを頼ってくれなかったの?
もっと頼ってくれてれば、花楓が倒れたりすることなく、解決する方法があったかもしれないのに。
立て続けに頭の中で問い質してみるけど、当然、花楓が返事をする訳が無い。
そっちがその気なら、私はただひたすらに文句を言うしかないよね。
山田の時も、私を連れ回しておきながら、事前には詳細を教えてくれなかったよね?
今回もそう、少しの忠告だけで、後は完全に1人で動いてた。
もしかして、私の事を信用してないの? 足手まといってコト?
すまし顔で前を向き続けながら、そんなことを考え続ける私。
だけど、花楓はやっぱり反応しない。
こうなったらヤケクソだ。
そう言えば、祇園寺の所に天使の姿で降りて来てたけど、あれって花楓自身のイメージなのかな?
だとしたら、ちょっと笑えるんだけど。
そんなことを考えた時、ようやく花楓が動きを見せた。
歯を食いしばりながら、ポケットからスマホを取り出した彼女は、一生懸命にチャットを入力してる。
かと思うと、私のスマホに着信が来た。
タイトルなし、差出人は花楓。
すぐにそのチャットを開いた私は、短い一文を確認する。
『あの天使は祇園寺君のイメージに引きずられただけだから!!』
『ふ~ん。あくまでも、人のせいにするんだ?』
『ホントだもん!!』
「むぅぅ」
チャットと同時に、隣の席で唇を尖らせる花楓。
反応から見るに、どうやらホントらしい。
なんてことを考えた時。不意に教室の扉が開かれ、1人の男子生徒が入ってきた。
祇園寺壮馬。
荒れた様子もなく、大人しく席に向かう彼の様子は、少し前の彼からは想像できない。
やっぱり、文化祭の件で彼の中の何かが変わったんだと私は思う。
そんな彼に、どことなく興味を抱いてると、誰かが私と花楓の方に歩み寄ってくる。
微かに感じたその気配に、なんとなく視線を上げた私は、思わず声を上げてしまった。
「あっ」
「おはようございます。黒光さん。それと、大心池さん? でしたっけ」
「おはようございます、大塚先輩」
隣で挨拶をする花楓に倣うように、私も目の前にやって来た大塚先輩に小さく頭を下げた。
大塚先輩と言えば、文化祭で花楓と賭けをしてた生徒会の先輩だ。
そんな人が、どうしてこんなところに居るのかな?
そう思った時、大塚先輩が花楓に向かって問いを投げかける。
「黒光さん、文化祭の後に倒れたって聞いたけど、体調は大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。ご心配おかけしてすみません。ありがとうございます」
「いやいや、そんなお礼を言われるような事じゃないよ」
持ち前の爽やかな笑顔を披露する大塚先輩。
そんな彼は、花楓の様子を見て満足したのか、そのまま教室から去っていった。
もちろん、クラスメイト達がその光景を見て我慢できるわけもない。
瞬く間にざわつき始める教室の中、私は一瞬だけトモミンと視線を交わした。
教室の一番前から、私達の方を振り返るようにして覗いて来る彼女の目。
一瞬目が合ったにもかかわらず、彼女の視線は明後日の方へと泳いでゆく。
そんな彼女の瞳が、少しだけ不安そうに見えたのは、私の気のせいかな?




