第3話 作られた状況
「こうして2人きりで話すのは初めてだね、須美ちゃん」
「そうだね」
教室の中に足を踏み入れながら、私は花楓にそう返した。
この状況で笑っていられる神経が良く分からない。
私は得も言われぬ危機感を覚えながら、花楓から距離を取った。
そんな私の様子を楽しむように、彼女は言葉を続ける。
「さっきのを見て、須美ちゃんはどう思ったか、聞かせてくれる?」
「どうって言われても……佐藤さんと喧嘩でもしたの?」
「あはは、まぁ、そんなところかな。でも、亜美ちゃんとホントに喧嘩してるのは、ワタシじゃなくて、祇園寺君なんだけどね」
「……」
じゃあさっきのは何だったの?
なんて、直接聞く気にはなれない。それを聞いても私に出来ることなんてないし、そもそも部外者だし。関わりたくない。
花楓も、私がどこから聞いてたかなんて知らないはずだから、実はほとんど聞いてないって伝えて、この場を去ろう。
ジーッと見つめて来る花楓の視線から逃げるように、顔を背けながらそんなことを考えた私は、意を決して口を開いた。
だけど、そんな私の言葉を、花楓が容赦なく遮る。
「割と序盤の方から聞いてたよね? それに、最後の方は結構聞き入ってたはずだよ? 意外だったなぁ、須美ちゃんって、クラスメイトに対してそんなに興味が無いと思ってたから」
「……適当言わないでくれない? 私は」
「ただ隠してないだけ……って言いたいのかな?」
花楓の言葉を聞いて、私は思わず言葉を詰まらせた。
別に、彼女の指摘が的確だったわけじゃない。いや、ある意味、的確な指摘だったのかもしれない。
見栄とか体面のために本音を隠すつもりは無い。
私が、短い人生ながらに確立してきた考え方の根幹。
かといって、そんなものはあまり周囲の人間に言って回るようなものでもないでしょ?
だからこそ、私は驚きで言葉を失った。
聞きだされたわけでも無く、一方的に詳らかにされた気がしたから。
「当たってた?」
「だったら何? って言うか、何か用でもあるワケ? 私まで喧嘩に巻き込みたいの?」
笑みを浮かべる彼女の前に立っていると、居心地の悪さを感じる。
すぐにでも話題を変えて、この場を離脱しよう。
そう判断して、手にしていたスマホをポケットに入れた途端、まるで慌てたように態度を変えた花楓が、両掌を合わせながら口を開いた。
「ごめん! 言い過ぎた! だから、まだ帰らないで! 須美ちゃんにワタシの話を聞いて欲しいんだ」
「話? どうして私に?」
「うーん、須美ちゃんとなら、仲良くなれるかなって思ったから」
人差し指を唇に当てながらおどけて見せる花楓。
そんな彼女に、私はもう一度尋ねる。
「……どうして私に?」
「同じ質問……2回言うのは恥ずかしいんだよ? オホンッ。す、須美ちゃんとなら、仲良くなれるかなって……思ったんだ」
「いや、2回聞きたかったわけじゃないんだけど」
呆れながらそう言った私は、花楓が悪戯っぽい笑みを浮かべているのを目にする。
「ふふふ、知ってる。どうして須美ちゃんなのかってことでしょ?」
「……バカにしてる?」
「いやいや、そんなつもりは無いってぇ!! だけどほら、ユーモアって大事じゃない?」
2回目の芝居がかったあの口調が、ユーモアだって思ってるんなら、花楓の感性はかなりズレてる気がする。
面倒臭いなぁ。もうこのまま話を進めてもらおう。
「はぁ……もういいや。で、話って何?」
「ワタシね、人の心が読めるんだ」
「……は?」
「それだけじゃなくて、幻覚とか幻聴を引き起こしたり、無理をすれば記憶を操作したり。まぁ、いわゆる超能力者ってヤツなの」
「いやいや……え?」
「まぁ、いきなりそう言われても信じないよね? でも、よ~く考えてみて欲しいんだよね。1週間前、須美ちゃんは不思議な体験をしたはずだよ?」
「不思議な体験?」
1週間前と言えば、夏休みが明けた初日だ。
その時にあった不思議なこと?
そう言われて心当たりが全くないと言い切れない。
でも、それが何か……。
「亜美ちゃんが裁ちばさみを持って教室に突撃してきた時は、流石にワタシも肝を冷やしたよ。それに、須美ちゃんにハサミが見つかった時もね」
「どうしてそれを……」
「どう? 思い出した? って言うか、覚えてたよね? それと、ワタシの感性がズレてるってのは心外だなぁ。須美ちゃんも結構ズレてると思うよ?」
「っ!?」
こういう時、何を言えばいいの?
いや、何も言えなくても、別に変わらない気がする。
だって、もし本当に花楓が私の心を読めているんだとしたら、何を言うかなんて関係ないじゃん。
って言うか、これって本当の話なワケ?
偶然でしょ?
流石に嘘だよね?
「それが嘘じゃないんだよ。須美ちゃんも薄々感づいてたじゃん。ワタシはどこか変だって」
「ちょっと待って。自然に思考と会話しないでくれる?」
「そうでもしなきゃ、信じてくれないでしょ?」
「ワケわかんない」
「そりゃそうだよね。須美ちゃんは今、いろんな疑問を抱えてるみたいだし。だからワタシが、1つ1つ答えてあげるね。まず、さっき私が言った「ただ隠してないだけ」って言うのは、推測通り、須美ちゃんの考えを読んだから知ってただけだよ。これについては、ごめんなさい」
そこで言葉を切った花楓は、深々と頭を下げた。
どうやら本当に謝罪の意はこもってるみたい。
私がそう思った直後、彼女は勢いよく頭を上げた後、再び言葉を並べ始める。
「須美ちゃんにこの話をしてるのは、さっきも言ったとおり、仲良くなれそうだと思ったから。ダメだったら、申し訳ないけど、記憶を消させてもらうつもりだよ。その方が、須美ちゃんにとっても都合が良いと思うし」
「ちょっと待って」
「待たない。ちょっと事情があってあまり時間が無いからね。で、ここからが本題なんだけど。どうしてこの話をワタシが須美ちゃんにしているのかって話。単刀直入に言うね。須美ちゃんに手伝ってほしいことがあるの」
私の制止も聞かず、一気に話を進めた花楓は、一転して沈黙した。
まるで、私の思考を促すみたいに。
そんな誘導に乗るのが少し癪に感じるけど、今はそれどころじゃないよね。
「私に手伝ってほしいこと?」
「そう」
簡潔にそう答える花楓を見て、今までに聞いた情報を整理した私は、なんとなく、花楓が言いたいことを理解した。
1週間前の不思議な出来事と、今日この場にいた佐藤亜美。
それから、私のスマホを花楓が持ってたことと、彼女が自身の能力について話していること。
そして、私に手助けを求めている花楓。
つまり。花楓は今日ここで私にお願いをするために、この状況を作ったのかもしれない。
と言うこと。
「おぉ。流石だね」
そう言って笑みを浮かべる花楓。
ここまで来れば間違いなく、彼女には私の考えが全て透けて見えてるみたいだ。
そんな彼女の笑顔を見ながら、私は強く、ズルいと思った。