第29話 ちっぽけな塔
子供の頃、両親は俺が何をしたとしても、頭を撫でながら誉め言葉を投げかけて来た。
よく頑張ったな。
上手く出来たじゃない。
壮馬ならできると思ってた。
きっと、彼らにとってそれらの言葉は、賞賛を意味してたんだろう。
だけど、俺はどうにも、両親から投げかけられる誉め言葉を、喜べなかった。
撫でつける父さんの掌は、俺の頭を抑えつける。
耳触りの良い母さんの言葉は、俺の気力を萎えさせる。
上手く出来たのだから、これ以上の努力は必要ない。
そこで満足して、楽になってしまえ。
そんな風に思われてるように感じたから。
俺が求めてるのは、そんなことじゃない。
俺に向けられるべきものは、そんなものじゃない。
高い位置から抑えつけるような、そして、ふりかけるような、大人たちの言動は、俺を常に苛立たせる。
ムカつくんだよ。
どうしてお前らみたいな下らねぇ大人共に、見下される必要があるんだ?
違うだろ?
お前らは、俺のことを崇め奉るべきだろ?
なぁ、父さん?
バスケの選手になるって夢を諦めて、つまらねぇサラリーマンに成り下がったんだろ?
なぁ、母さん?
父さんの足を引っ張って、夢を諦めさせたんだろ?
俺はゼッタイにアンタらみたいにはならねぇ。
そして、分からせてやるんだ。
俺がいかに凄い奴なのか。
今こうして、俺のことを見上げてる奴らみたいにな。
教室の隅っこの狭い牢屋の中から、俺のことを見上げて来る奴ら。
同じクラスメイトとして、俺の傍にいるから、こいつらは俺の凄さを良く知ってるはずだ。
実際、夏休み前までの数か月で、それは充分に伝わったはずだった。
なのに。あの日から、何かが崩れ始めた。
愚鈍な奴らってのは、自分が愚鈍だってことに気づかないらしい。
だから俺は、俺の夢を否定しようとした女と、縁を切ることにした。
俺のことを認めようとしない奴らを、排除しようとした。
だけど、全部上手く行かない。
終いには、俺に盾突く奴まで出始める始末。
どうしてこうなったんだ?
そんな疑問の答えは、深く考えるまでもなく明らかで、だからこそ俺は、苛立ちを張本人にぶつけるために、声を荒げる。
「出て来いって言ってんだろうが!!」
教室のどこに隠れてるのか知らねぇけど、一向に顔を見せない黒光花楓。
なにかと俺に突っかかって来る、いけ好かない女。
ムカつく奴だが、こいつは他の奴らとは違うらしい。
少なくとも、愚鈍って言えるような馬鹿じゃないみたいだからな。
だからこそ、ここらで徹底的に潰しておく必要がある。
俺のことをおちょくってるつもりみたいだけどなぁ、見つけたら覚悟しとけよ?
「出て来いって言われても、ワタシにはどうしようもないかなぁ」
「ふざけてんじゃねぇよ!」
「ふざけてなんかいないんだけど? う~ん。そうだなぁ、祇園寺君ってさ、井の中の蛙大海を知らず、って言葉は知ってるよね?」
「また俺のことを馬鹿にするつもりか? テメェ、マジで許さねぇからな!」
「バカになんかしてないよ。むしろ、凄いと思うし、尊敬もしてる」
「舐めやがって」
「話にならないなぁ」
どこからともなく響いて来る声が、どこから聞こえて来るのか探ろうとするけど、見当もつかない。
どうなってるんだ?
「このままじゃ埒が明かないから、ちょっと強引に進めるしかないかなぁ」
俺の言葉を無視するように、そう言った声は、ツラツラと訳の分からないことを話し始めた。
「祇園寺君はさ、ちょっと疲れちゃったんだよね」
「はぁ? 何を言ってんだ?」
「だってさ、周りの人たちから馬鹿にされないように、賞賛されるために、ずっとずっと頑張り続けるのって、どう考えても疲れるじゃん。ワタシにはとても無理なことだよ」
「だったらなんだってんだ? 俺は疲れてねぇし、そんなくだらねぇことで、諦めたりしねぇんだよ!」
「うん、そうなんだろうね。だけど、強気でそう言う割に、最近の祇園寺君はずっと、下ばっかり見てるんじゃないかな?」
「……何が言いたい?」
「何って、さっきからずっと、見てるじゃん。その塔の上から、周囲のことを」
彼女のその言葉の直後、ピシッという音が、教室の中に響き渡った。
何の音かは分からない。だけど、その音と共に、俺の中で何かが崩れ始めた気がする。
それは多分、崩れちゃいけないもので、同時に黒光が今、壊そうとしてるもの。
微かな焦りと苛立ちを覚えた俺は、思わず声を張り上げる。
「どういう意味だ!? 意味分からねぇんだよ!! 言いたいことがあるなら、はっきり言いやがれ!!」
「そう? だったらはっきり言わせてもらうけどね? そんな狭くて小さな教室に閉じこもってる暇が、君にあるの?」
直後、さっき聞こえた微かな音が、立て続けに頭上から聞こえてくる。
咄嗟に天井を見上げた俺は、無数のヒビが走っているのを目にした。
「なっ!?」
「君にはワタシを見つけられない。そう言ったよね? それは、ワタシが教室の中に居ないから。そう言えば、理解してくれるかな?」
ボロボロと崩れ始める天井からは、真っ青な青空が顔を覗かせている。
次第に崩れていく天井は、壁や床にも波及して行って、終いには何もない大草原の景色へと変化していった。
その時点で、俺の頭は状況に追いつけない。
牢屋で閉じ込めてたはずの奴らの事とか、時間が夕方だったはずだとか。
ごちゃごちゃとした思考が俺の頭を混乱させていく。
極めつけは、茫然と空を見上げてた俺の視界に現れた女性の姿だ。
背中に巨大な白い翼を持ったその女性は、ゆっくりと俺の傍に降り立ってくると、その小さな口を静かに開けた。
「やっと理解してくれたみたいだね」
「お、お前は……?」
「ワタシは花楓だよ? 失礼だなぁ。クラスメイトじゃん」
「い、意味が分からねぇ」
「まぁ、そんなことを気にしてる場合じゃないんだと思うけどね。ねぇ、祇園寺君。空に天井は無いけど、時間は無限じゃないんだよ。それでも君は、教室の中のちっぽけな塔の上で、クラスメイトを見下してるつもり?」
「それは……」
「こんなところで、君が今までに積上げて来たものを崩しちゃうのはもったいないと思うんだ」
そう言った黒光は、そっと俺の胸元に手を添えた。
それが、どんな意味のある行動か、俺には分からない。
ほんのりとした温もりを感じながら、俺はゆっくりと目を閉じる。
そうして、まるで眠りに落ちるように、俺の意識は暗転していった。
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気が付いた時、私はトモミンと花楓の3人で、教室の真ん中に立ってた。
すぐ傍には山田も居て、周囲ではクラスメイト達が片づけを続行中だ。
なにも異常のない、いつもの光景。
それをしばらく眺めた後、ふと我に返った私は、なんとなく祇園寺に視線を向けた。
荒れる様子もなく、片づけの手伝いをしてる。
つい今しがたまで花楓に見せられてたあの光景の後、彼の中の何かが変わったのかな?
なんてことを考えてから、すぐに私は大変なことを思い出す。
こうして、普段通りの光景が広がってるってことは、まず間違いなく、花楓は大変な状態のはずだよね?
トモミンと山田が穏やかに言葉を交わしてる隣で、1人、息を荒げて突っ立ってる花楓を見つけた私は、すぐに一歩踏み出した。
同時に、前のめりに倒れ掛かる彼女の身体を、全身で受け止める。
その様子を見て慌てだすトモミンと山田。
そんな2人を一旦無視して、触るだけでも火傷しそうなほどに熱くなってる花楓を、取り敢えず膝枕で寝かせた私は、薄く目を開けてる彼女に声を掛けた。
「バカ、無理しすぎ」
「……へへへ」
小さく笑った彼女の笑顔が、とても綺麗だと、私は思ったのだった。




