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隣の席の花楓さんは、世界の全てを見透かして  作者: 内村一樹
第3章 塔

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第29話 ちっぽけな塔

 子供のころ両親りょうしんは俺が何をしたとしても、頭をでながらめ言葉をげかけて来た。


 よく頑張ったな。

 上手く出来たじゃない。

 壮馬そうまならできると思ってた。


 きっと、彼らにとってそれらの言葉は、賞賛しょうさんを意味してたんだろう。

 だけど、俺はどうにも、両親りょうしんから投げかけられるめ言葉を、喜べなかった。


 でつける父さんのてのひらは、俺の頭をおさえつける。

 耳触みみざわりの良い母さんの言葉は、俺の気力きりょくえさせる。

 上手く出来たのだから、これ以上の努力どりょくは必要ない。

 そこで満足して、楽になってしまえ。

 そんな風に思われてるように感じたから。


 俺が求めてるのは、そんなことじゃない。

 俺に向けられるべきものは、そんなものじゃない。


 高い位置からおさえつけるような、そして、ふりかけるような、大人たちの言動は、俺を常にいら()たせる。

 ムカつくんだよ。

 どうしてお前らみたいな下らねぇ大人共に、見下される必要があるんだ?

 違うだろ?

 お前らは、俺のことをあがたてまつるべきだろ?


 なぁ、父さん?

 バスケの選手になるって夢をあきらめて、つまらねぇサラリーマンにり下がったんだろ?

 なぁ、母さん?

 父さんの足を引っ張って、夢をあきらめさせたんだろ?


 俺はゼッタイにアンタらみたいにはならねぇ。

 そして、分からせてやるんだ。

 俺がいかにすごやつなのか。

 今こうして、俺のことを見上げてるやつらみたいにな。


 教室のすみっこのせま牢屋ろうやの中から、俺のことを見上げて来る奴ら。

 同じクラスメイトとして、俺のそばにいるから、こいつらは俺のすごさを良く知ってるはずだ。

 実際、夏休なつやすみ前までの数か月で、それは充分じゅうぶんに伝わったはずだった。


 なのに。あの日から、何かがくずれ始めた。


 愚鈍ぐどんな奴らってのは、自分が愚鈍ぐどんだってことに気づかないらしい。

 だから俺は、俺の夢を否定ひていしようとした女と、えんを切ることにした。

 俺のことをみとめようとしない奴らを、排除はいじょしようとした。


 だけど、全部上手く行かない。

 しまいには、俺に盾突たてつやつまで出始ではじめる始末しまつ

 どうしてこうなったんだ?


 そんな疑問ぎもんの答えは、深く考えるまでもなく明らかで、だからこそ俺は、苛立いらだちを張本人ちょうほんにんにぶつけるために、声をあらげる。


「出て来いって言ってんだろうが!!」

 教室きょうしつのどこにかくれてるのか知らねぇけど、一向に顔を見せない黒光くろみつ花楓(かえで)

 なにかと俺に突っかかって来る、いけ好かない女。

 ムカつく奴だが、こいつは他の奴らとは違うらしい。

 少なくとも、愚鈍ぐどんって言えるような馬鹿ばかじゃないみたいだからな。

 だからこそ、ここらで徹底的てっていてきつぶしておく必要がある。

 俺のことをおちょくってるつもりみたいだけどなぁ、見つけたら覚悟しとけよ?


「出て来いって言われても、ワタシにはどうしようもないかなぁ」

「ふざけてんじゃねぇよ!」

「ふざけてなんかいないんだけど? う~ん。そうだなぁ、祇園寺ぎおんじ君ってさ、の中のかわず大海たいかいを知らず、って言葉は知ってるよね?」

「また俺のことを馬鹿ばかにするつもりか? テメェ、マジでゆるさねぇからな!」

「バカになんかしてないよ。むしろ、凄いと思うし、尊敬そんけいもしてる」

めやがって」

「話にならないなぁ」


 どこからともなくひびいて来る声が、どこから聞こえて来るのか探ろうとするけど、見当もつかない。

 どうなってるんだ?


「このままじゃらちが明かないから、ちょっと強引ごういんに進めるしかないかなぁ」

 俺の言葉を無視むしするように、そう言った声は、ツラツラと訳の分からないことを話し始めた。


祇園寺ぎおんじ君はさ、ちょっと疲れちゃったんだよね」

「はぁ? 何を言ってんだ?」

「だってさ、周りの人たちから馬鹿ばかにされないように、賞賛しょうさんされるために、ずっとずっと頑張がんばり続けるのって、どう考えても疲れるじゃん。ワタシにはとても無理なことだよ」

「だったらなんだってんだ? 俺は疲れてねぇし、そんなくだらねぇことで、あきらめたりしねぇんだよ!」

「うん、そうなんだろうね。だけど、強気でそう言う割に、最近の祇園寺ぎおんじ君はずっと、下ばっかり見てるんじゃないかな?」

「……何が言いたい?」

「何って、さっきからずっと、見てるじゃん。その塔の上から、周囲しゅういのことを」


 彼女のその言葉の直後ちょくご、ピシッという音が、教室の中にひびわたった。

 何の音かは分からない。だけど、その音と共に、俺の中で何かがくずれ始めた気がする。

 それは多分、くずれちゃいけないもので、同時に黒光くろみつが今、こわそうとしてるもの。

 かすかなあせりと苛立いらだちを覚えた俺は、思わず声をり上げる。

「どういう意味だ!? 意味分からねぇんだよ!! 言いたいことがあるなら、はっきり言いやがれ!!」

「そう? だったらはっきり言わせてもらうけどね? そんなせまくて小さな教室きょうしつに閉じこもってるひまが、君にあるの?」


 直後、さっき聞こえたかすかな音が、立て続けに頭上ずじょうから聞こえてくる。

 咄嗟とっさに天井を見上げた俺は、無数のヒビが走っているのを目にした。

「なっ!?」

「君にはワタシを見つけられない。そう言ったよね? それは、ワタシが教室の中に居ないから。そう言えば、理解してくれるかな?」


 ボロボロとくずれ始める天井てんじょうからは、真っ青な青空あおぞらが顔をのぞかせている。

 次第にくずれていく天井てんじょうは、かべゆかにも波及はきゅうして行って、しまいには何もない大草原だいそうげん景色けしきへと変化していった。

 その時点で、俺の頭は状況じょうきょうに追いつけない。

 牢屋ろうやで閉じ込めてたはずの奴らの事とか、時間が夕方だったはずだとか。

 ごちゃごちゃとした思考しこうが俺の頭を混乱こんらんさせていく。


 きわめつけは、茫然ぼうぜんと空を見上げてた俺の視界しかいに現れた女性の姿だ。


 背中せなか巨大きょだいな白いつばさを持ったその女性は、ゆっくりと俺のそばに降り立ってくると、その小さな口をしずかに開けた。

「やっと理解してくれたみたいだね」

「お、お前は……?」

「ワタシは花楓かえでだよ? 失礼しつれいだなぁ。クラスメイトじゃん」

「い、意味が分からねぇ」

「まぁ、そんなことを気にしてる場合じゃないんだと思うけどね。ねぇ、祇園寺ぎおんじ君。空に天井てんじょうは無いけど、時間は無限むげんじゃないんだよ。それでも君は、教室の中のちっぽけなとうの上で、クラスメイトを見下みくだしてるつもり?」

「それは……」

「こんなところで、君が今までに積上つみあげて来たものをくずしちゃうのはもったいないと思うんだ」


 そう言った黒光くろみつは、そっと俺の胸元むなもとに手をえた。

 それが、どんな意味のある行動か、俺には分からない。

 ほんのりとしたぬくもりを感じながら、俺はゆっくりと目を閉じる。

 そうして、まるで眠りに落ちるように、俺の意識は暗転あんてんしていった。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 気が付いた時、私はトモミンと花楓かえでの3人で、教室の真ん中に立ってた。

 すぐそばには山田やまだて、周囲ではクラスメイト達が片づけを続行中ぞっこうちゅうだ。

 なにも異常いじょうのない、いつもの光景こうけい

 それをしばらくながめた後、ふとわれに返った私は、なんとなく祇園寺ぎおんじに視線を向けた。


 れる様子もなく、片づけの手伝いをしてる。

 つい今しがたまで花楓かえでに見せられてたあの光景の後、彼の中の何かが変わったのかな?


 なんてことを考えてから、すぐに私は大変なことを思い出す。

 こうして、普段ふだん通りの光景こうけいが広がってるってことは、まず間違いなく、花楓かえでは大変な状態のはずだよね?


 トモミンと山田がおだやかに言葉をわしてるとなりで、1人、息をあらげてっ立ってる花楓かえでを見つけた私は、すぐに一歩いっぽ踏み出した。

 同時に、前のめりにたおれ掛かる彼女の身体からだを、全身で受け止める。


 その様子を見て慌てだすトモミンと山田。

 そんな2人を一旦いったん無視むしして、さわるだけでも火傷やけどしそうなほどに熱くなってる花楓かえでを、取り敢えず膝枕ひざまくらで寝かせた私は、うすく目を開けてる彼女に声を掛けた。

「バカ、無理しすぎ」

「……へへへ」


 小さく笑った彼女の笑顔が、とても綺麗きれいだと、私は思ったのだった。

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