第27話 小さな戦場
大塚先輩との賭けの後、私達3人は予定していた通り、全部のクラス出し物を見て回った。
自分のクラスメイトでさえ、あまり話したことが無い人が多い私にとっては、かなり刺激的な一日だった気がする。
回り終えるころには、足の裏に微妙な痛みを覚えてたけど、それでもまぁ満足は出来たかな。
「こんなに疲れた文化祭は、初めてです……」
隣で装飾の片づけをしてる南に同意しながら、私は教室の中を見渡す。
既に陽が傾き始めている中、私達は教室の片づけに追われてる。
たった1日でこの祭りが終わるのは、ちょっともったいない気もするけど、仕方ないよね。
そんな微かな寂しさに私が浸っていると、ゴミ袋を持った山田が近寄ってきた。
「おつかれ、お前ら、やたらと目立ってたらしいな」
シレッと私と南の間に割って入って来た彼を、私は横目で見上げる。
「目立ってたのは花楓でしょ? 私達は何もしてない」
「そ、そうですよ! おかげでもう、ヘトヘトです」
「本人がそう思ってても、周りからはそうは見えなかったんだろうな」
「それはどういう意味?」
「いや、変な意味じゃなくてさ。メチャクチャ楽しそうな3人組が居るって噂になってたから。なんとなくそう思っただけだよ」
そう言う山田の視線の先には、どんよりとした空気の中で黙々と掃除をしてるクラスメイト達が居る。
そんな彼らをかき分けて、箒を手にした花楓が駆け寄って来た。
「みんなお疲れ! って、どうしたの? なんか、元気なさげだけど」
そう言う花楓は、まだまだ元気が溢れかえってる様子だ。
どうしてそんなに元気で居られるワケ?
なんて思った時、私の考えを代弁するように、南が言った。
「花楓ちゃんが元気すぎるだけですよぉ……あっ」
咄嗟に自分の口元を抑える南。
何か気になることでもあったのかな?
なんて思ってると、一気に表情を崩した花楓が、悪戯っぽい口調で言いだした。
「トモミン、ついに私のこと、下の名前で呼んでくれたんだねぇ」
「いや、それは、違くて」
「何も違わないよね? 花楓ちゃんって、呼んでくれたじゃん! ワタシ、そう呼んでくれた方がすっごく嬉しいな!」
「え?」
「ね、スーミィもそうでしょ?」
「ん? まぁ、そっちの方が親しみがあるのは確かじゃない?」
久しぶりに見た南のオドオドとした様子に、少し呆れながらも、私はフォローするためにそう言った。
対する南は、花楓と私の顔を見比べながら、少しだけ目を見開いてる。
「良いんですか?」
「良いって、良いって。友達じゃん? むしろ遅すぎるくらいだよ」
「そ、それじゃあ、これから花楓ちゃんって、呼びたいと思います」
「やったぁ! あ、それと、敬語も無しが良いなぁ。同じクラスなんだし」
「は……う、うん。分かった」
今日見た中で一番の笑顔を浮かべる花楓。
ホントに嬉しいんだろうな。なんて思ってると、南が私の方を見上げてきた。
「お、大心池さんのことは、その」
「須美で良いよ。私も智美って呼ぶから」
「あ、えっと……」
私の提案を聞いて、南―――智美は少し口ごもる。
私、何か間違ったかな?
なんて思ってると、またもや悪戯っぽい表情の花楓が口を開いた。
「えぇ~!? 違うでしょ? スーミィ! トモミンはスーミィのことを、スーミィって呼びたいんだよ!」
「え? そうなの?」
「えっと、す、すみません。嫌ならいいんですけど。そっちの方が可愛いなって思って」
「でしょでしょ!? やっぱりスーミィって呼び方可愛いよね!?」
花楓が得意げなのが、ちょっと癪に障るなぁ。
でもまぁ、別にいっか。
そう思って、私が智美に頷いて見せた直後、花楓が告げる。
「ってことは、スーミィもトモミンって呼ばないとだね」
「は?」
「だってそうでしょ? 友達はあだ名で呼び合うもんだよ! あ、ってことは、ワタシもあだ名が欲しいなぁ、誰か、可愛いあだ名をワタシに付けてくれないかなぁ」
嬉しそうに顔を綻ばせてる智美の隣で、花楓がチラチラと視線を投げてきた。
こういうのを素直じゃないって言うのかな?
「そうだね。それじゃあ私もトモミンって呼ぼうかな」
「っ! あ、ありがとう」
「お礼を言うような事? で、花楓のあだ名ねぇ、楓といえば、シロップとかどう? メープルシロップ」
「ワタシは犬かっ!! もっと真剣に考えても良いんだよ?」
「そ、それじゃあ、私もスーミィも『み』が付いてるから、クロミンとか?」
「えぇ~? ワタシだけ苗字なの? なんかやだぁ」
「面倒くさいな……そもそも、花楓って名前がしっくりきすぎてて、あだ名が定着する気がしないんだけど」
「あ、私も同じ風に思ってました。なんていうか、花楓ちゃんは花楓ちゃんだなって」
「そ、そんなに褒めても何も出ないんだからね!」
「そこで照れるのはなぜ?」
敬語とため口が入り混じる口調で慣れない様子のトモミンと、照れてる花楓、そしてこそばゆい恥ずかしさをごまかそうと床に視線を落とす私。
そんな私達が、少し黙り込んだタイミングで、傍にいた山田が口を開いた。
「なんか、一気に仲良くなったな、お前ら」
そう言う山田の言葉を聞いた私達は、自然と顔を見合わせる。
「なになに? 山田君も仲間に入りたいワケ?」
「は!? いや、別にそう言うんじゃ」
花楓の言葉に動揺する彼を見て、私は妙案を思いつく。
「仲間に入りたいんだったら、山田もあだ名で呼ばなくちゃ。ほら、言ってみてよ。トモミンって」
「んなっ!?」
「すすす、スーミィちゃん!?」
スーミィちゃんって、トモミンはかなり動揺してるみたい。
そんな彼女の様子が面白くて、私は山田に先を促した。
即座に私の目論見を看破したらしい花楓も、山田をはやし立て始める。
「仲良くなりたいなら、やっぱり呼び方って大事だからね。他人行儀じゃダメだよ。ほら、山田君。ここが男の見せ所だよっ!」
花楓が浮かべてる笑顔が、悪く見えるのはなんでかな?
いや、山田にとっては私も同じように見えてるのかもしれないね。
なんて、山田とトモミンをからかいつつ、片づけをしていた私達は、不意に大きな音が教室の中に響き渡るのを耳にした。
音のした方に視線を向けると、そこには私達の方を睨み付ける祇園寺の姿。
彼の傍に椅子が転がってるところを見ると、どうやら彼が椅子を蹴飛ばした音だったらしい。
なんか、やけに私達を睨み付けてるけど、なんでそんなに怒ってるワケ?
なんて思った直後、私は文化祭の準備中に聞いた話を思い出した。
1年2組は、3つの派閥に分裂してる。
そんな派閥が全て入り混じってるこの教室は、ある意味小さな戦場と言えるかもしれない。
それなのに、私達は教室のど真ん中で、和気藹々と話してたワケだ。
なんていうか、危機感が無い。一言でいうなら、場違いだよね。
なんとなく、祇園寺が苛立ちを覚えている理由に私が納得した時。
当然すべてを理解してるはずの花楓が、口を開いた。
「どうかしたの? 祇園寺君?」
その瞬間。私は理解した。
この状況はすべて、彼女が作り出したものなんだと。
全身で感じる既視感と緊張感を飲み込んだ私は、人知れずに身構えた。
花楓が今から、何かを始めるに違いない。
出来れば、初めから全部教えてくれてたら良いのに。
そう思いつつも、私は彼女がそうできなかった可能性について、頭を巡らせた。
それはつまり、今日という一日を楽しむことこそが、彼女の狙いだったという可能性。
ダメだ。今はそんなこと考えてる場合じゃない。
私は知ってる。これから発生するであろう異常を。そして、それを解決した後に、私が何をするべきなのかを。
でも、これで本当にいいのかな?
そう思いながら、私は花楓の決意に満ち溢れた横顔を見たのだった。




