第22話 熱い視線
祇園寺たちが笑い、取巻きが笑い、その様を見て佐藤が歯を食いしばる。
よっぽど悔しいのか、そして恥ずかしいのか、彼女は頑なに私と視線を交わそうとしない。
まぁ、別にいいけど。
もし今の彼女から助けを求められても、私にできることは限られてるワケだし。
それだったら、私の勝手な独断ってことにしてもらった方が、後々都合が良い気がするしね。
背後で気配を消すことに専念してる南に、軽く視線を投げた私は、まっすぐ祇園寺に向かって歩きだす。
もちろん、教室中の視線が注がれるけど、そんなのどうだっていい。
ほんの数秒で、祇園寺の目の前に到達した私は、そのまま彼の脇を通り過ぎて、最前列の机に向かう。
その机こそが、南智美の席だったはず。
教卓のすぐ目の前という、なんとも可哀そうな座席。
ひっくり返された椅子の乗せられた机を少しだけずらした私は、引き出しの中にあったスマホを手に取ると、踵を返して扉に向かった。
そんな間も、多くの視線が向けられてくる。
ここまで、一連の動きを見てきたクラスメイト達は、ここでようやく私達が戻って来た理由を知ったみたい。
何をするでもなく歩いた経路を戻った私は、扉の元で立ち尽くしてる南にスマホを渡した。
「はい、これでしょ?」
「ぁ……は、はい。ありがとうございます」
「そう言えば、連絡先の登録してなかったよね。ついでだから、しておこうよ」
「え? はい。分かりました」
なんでこの状況で?
って言いたそうな表情を浮かべた南を無視して、私は彼女と連絡先の交換を終わらせる。
そんな私達を見て、教室の中の空気が緩み始めた瞬間。
私はすかさず、佐藤に声を掛ける。
「そう言えば佐藤さん。さっき田中先生が呼んでたよ。なんか、中間テストについて話があるって。で、私達さ、佐藤さんを連れて職員室に戻りますって言っちゃったんだけど、少し時間良いかな?」
「……」
緩みかけてた空気が、もう一度張りつめる。
まぁ、クラスメイト達が緊張するのも無理はないと思う。
だって、私の言葉が気に喰わなかったらしい祇園寺が、怒気を孕んだ息を吐いたからね。
「そんな嘘が通じると思ってるのか?」
「ん? アンタに対して話したつもりは無いんだけど?」
「……」
「佐藤さん。あんまり先生を待たせるのも悪いから、早く決めてくれない? バックレる? それとも、一緒に行く?」
「なるほどなぁ、そうやってまた先生にチクるってワケだ」
小さく笑った祇園寺は、机の上から降りて私の方に1歩踏み出してきた。
ポケットに手を入れて私を見下ろして来る彼の姿には、それなりに威圧感を覚えてしまう。
私と彼とじゃ体格も違うし、仕方ない。
そういう意味では、彼をこれ以上刺激しない方が良い気がする。
それに、花楓もチャットで言ってた。
佐藤を助けて欲しい。
彼女の言う通り、今は祇園寺と言い争うよりも、優先するべきコトがあるよね。
そんなことは分かってるけど、祇園寺の方は突っかかってくる気満々みたい。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、別に私は佐藤を助けようなんて思ってないよ。別に仲が良いわけでも無いし、むしろ嫌われてるみたいだし。助けても良いことないじゃん」
取り敢えず、さりげないフォローを入れてみる。
だけど、そんな私のフォローは1言で一蹴されてしまった。
「口では何とでも言えるよな?」
「それを言い出したら、アンタがまだ佐藤に対して未練タラタラだってことも言えるよね?」
「んでそうなるんだよ!?」
「だってそうでしょ? 気になる相手だから、ちょっかい掛けてるんじゃないの?」
「はぁ? んなワケねぇだろ! 気に喰わねぇから―――」
「口では何とでも言えるよね?」
明らかに祇園寺の怒りのバロメーターが上がってる。
まるで猛獣のような鋭い眼光が、私を貫いた。
眼光が貫通したせいかな? 後ろにいる南が小さな悲鳴を上げて、後退る。
多分、彼女の反応が普通なんだろうけど、不思議なことに、私は目の前にまでやって来た祇園寺に恐怖を感じなかった。
なんでかな?
もしかしたら、野球部の部室での出来事のせいで、感覚がマヒしてるのかもしれない。
「女だからって容赦しねぇぞ?」
「まさか、暴力を働くつもり? せっかく自分で手を下さずに佐藤さんを羽交い絞めにしてるのに、それじゃ本末転倒じゃない?」
私の言葉を聞いて、ようやく自分たちのしていることを理解したのか、佐藤を羽交い絞めにしていた男子たちが手を離した。
「おい! なんで放してんだよ!」
「で、でも、俺ら」
「まだ騒動を大きくするつもり? 流石にそろそろ状況に気が付いたほうが良いんじゃない?」
弁明しようとする男子たちの言葉を遮って、私は祇園寺の視線を廊下の外に誘導した。
教室の扉を開けたまま会話をしてるんだから、祇園寺の怒鳴り声とかが隣の教室に聞こえていてもおかしくはないよね?
案の定、声を聞きつけた別のクラスの生徒たちが、扉からチラチラと様子を伺って来てる。
「残念だけど、このままじゃ数分もしないうちに先生を呼ばれるよ。でも、私達が佐藤さんを田中先生の所に連れて行けば、全て丸く収まると思わない?」
「……そのままチクるつもりだろうが」
「そんなことはしないよ。だって、後の対応が面倒になるの分かり切ってるし。やるなら誰か他の人にお願いしたいかな」
意識的に声量を抑えた祇園寺に、私は敢えて大きな声で返答した。
そんな私の狙いを知ってか、祇園寺が眉間にしわを寄せる。
これ以上話しても、騒ぎが大きくなるだけって理解したみたい。
忌々し気に睨んでくる祇園寺を、改めて無視した私は、扉の外から佐藤に呼びかける。
「ほら、佐藤さん。早くこっちに来てくれない?」
「……分かったから、いちいち命令しないで」
拘束を解かれてその場に座り込んでた佐藤亜美は、ゆっくり立ち上がると、トボトボと扉の元に歩いてきた。
俯いたまま、誰とも視線を合わせないように歩く彼女を、祇園寺がジロジロと睨み付けてる。
そんなに熱い視線を送るなんて、やっぱり好きなんじゃないの?
なんて、花楓相手だったら、つい言ってしまいそうな言葉が、喉まで出かかる。
すぐに言葉を飲み込んだ私は、息を呑んだままの南と佐藤を引き連れて、教室を後にした。




