第21話 金魚の糞
放課後に何かがある。
なんてことを考え続けてたせいで、私は今日、授業に集中できなかった。
待っても待っても、時計の針は進まない。
終いには、重力に引きずられるような眠気と戦っているうちに、気が付けば放課後だ。
遅いのか早いのか。
時間の流れが歪んでいるように感じるのは、気のせいかな?
これが俗にいう、相対性理論?
確かに、重力のせいで時間が歪んだよね。
「科学者達も、こうやって世界の神秘に気付いたのかな」
「珍しくバカなこと考えてるね、スーミィ」
「悪い? って言うか、本を正せば花楓のせいでしょ?」
まだぼやけてる目を擦った私は、鞄を手に取って立ち上がる。
「で? 今日はどうするの?」
「うん、今日はね、段ボールを集めるように言われてるから、近くのスーパーに行こう。山田君とトモミン呼んで来るね」
そう言って山田の席に向かって行く花楓を見送り、なんとなく教室を見渡してみる。
今の所は、何も起きる様子はない。
既に机を移動して、作業スペースを作り始めてるクラスメイト達。
そんな彼らの中を、オドオドとしながら歩み寄って来た南が、小さな声を発した。
「お、大心池さん。今日も買い出し、行きますよね?」
「うん。今日は段ボールの収集に行くらしい。ちょっと大変かもね」
「そ、そうですか」
「前から思ってたけど、どうして敬語なの?」
「え? あ、いえ、その……私は」
「こらぁ! スーミィ! トモミンをイジメないの!」
「いや、別にイジメてないし」
「く、黒光さん。別にイジメられてるワケじゃ、ないですよ」
「そう? だったらいいけど」
いつものように賑やかな様子で山田を引き連れて来た花楓。
彼女は私が南をイジメてないことなんか、絶対分かってるはずだ。
ん? でも、イジメって受け手側の認識が重要って言うよね?
花楓と話す時の空気感で質問したけど、それが良くなかった可能性は排除できないよね。
「南さん。ごめん、言い方きつかった?」
「え? いえ、そんなことは……私がダメなだけなので」
「なんでそうなるの」
「むぅ……なんか、扱いの差を感じるんだけど?」
「はいはい、それより、早く行こう。あまり遅くなるのも嫌だし」
「そうだな」
私達の会話を静観してた山田が頷く。
そうしていつも通り、教室を出る花楓たち。
彼女たちの後に続いて、教室を出ようとした私は、チラッと横目で佐藤の様子を伺った。
元気のない様子で机を運んでる佐藤。
何か異変を起こすにしては、大人しすぎる気がする。
だとしたら、異変を起こすのは彼女以外の人物?
それとも、人じゃない何か別の要因?
私のこの考えも全部読み取ってるはずの花楓は、何も教えてくれない。
本当に、何がしたいんだろう?
ひとまずは、特別な指示もないワケだから、何事も無いように過ごすしかないよね。
そう思い、花楓から質問攻めに合ってる山田の後ろを、南と並んで歩いていると。
正門辺りで、不意に南が立ち止まった。
そして、何かを探すように鞄の中を漁り出す。
「あ、あれ……?」
「どうかした?」
「あ、はい。ちょっと、スマホを教室に忘れてしまったみたいで……」
「ありゃりゃ~、それは大変だね。取りに戻る?」
南の様子に気が付いた花楓と山田が、こっちを振り返りながら立ち止まる。
「い、いえ、皆さんに悪いので、私だけで取りに戻ります」
「そう? でも、トモミンだけはぐれちゃったら、心配だよ。ね? 山田君」
「え? まぁ、そうだな」
「なら、私が付いてくよ。花楓と山田は先に行ってて」
戸惑いを隠せない南を見ながら、私は提案した。
教室に戻るだけなのに、何が心配なのか。
普通ならそう思うけど、今日ばかりはそう言うわけにもいかない。
って言うか、南がスマホを教室に忘れたってこと自体が、なんか臭いんだよね。
前にも同じようなことがあったわけだし。
そう思って花楓に視線を向けると、露骨に目を逸らされた。
「それじゃ、私達は後から追いかけるから、ほら、教室に行こう」
「は、はい、すみません」
そう言って踵を返した私と南は、花楓たちと別れて、教室に戻る。
予想が正しければ、戻った先の教室で何かが起きてるはず。
そう思って1年2組の教室前の廊下に辿り着いた私達は、1人の生徒とすれ違った。
前に佐藤亜美と言い合いをしてた吉田だ。
どこか怒気を孕んだ表情を浮かべたまま、速足で教室から出て来た彼女は、廊下を歩いてくる。
途中、私達の姿を見て目を見開いたけど、無視するように立ち去って行った。
もしかして、帰ってる?
ってことは、サボりってことかな?
南も吉田が帰宅してる様子に疑問を持ったみたいだけど、何も言わずに教室に向かって早歩きし始めた。
そして、私より一足先に扉に辿り着いた南は、扉を開けて硬直する。
「あ……」
小さな言葉を漏らした彼女の肩越しに、教室の中を覗いて見ると、中にはクラスメイト達が居た。
まぁ、それだけなら驚くことは無いんだけどね。
教室内の様子に動揺して、茫然としてる南。
そんな彼女を廊下の方に引き戻した私は、机の上に腰を下ろしてる祇園寺に向けて問いかける。
「何してんの?」
「あぁ? 誰かと思えば、金魚の糞じゃないか」
「だはは、金魚の糞って、汚ねぇな!」
祇園寺の言葉に、周囲にいた生徒たちがゲラゲラと笑う。
何が面白いのか良く分からないけど、まぁ、私と彼らとじゃ明らかに感性が違うんだろうな。
なんて考えた私は、そう判断した要因の一つに目をやった。
教室の一番後ろ、机が前に寄せられたことで出来上がってた作業スペースの真ん中で、佐藤亜美が羽交い絞めにされてる。
そんな彼女に向けて、祇園寺の傍にいる生徒たちが、手製の銃を向けているんだ。
所々、佐藤の制服に乱れが見えるのは、逃げようと藻掻いた跡なのかもしれない。
状況だけ見れば、佐藤がイジメられてる。
『できれば佐藤ちゃんを助けてあげて欲しいな』
朝に見た花楓からのチャットを思い出し、私は教室の中に1歩踏み出す。
途端、祇園寺が口を開いた。
「勘違いするなよ? 俺達はちゃんと文化祭の準備をしてたんだから。なぁ」
「そうだね、ちゃんと的を狙えるのか、確かめなきゃだし」
取り巻きの笑えない冗談で盛り上がる祇園寺たち。
彼らを無視した私は、まっすぐに佐藤へ目を向けた。




