第2話 忘れ物
私の名前は大心池須美。
地方の公立高校に通ってる、普通の女子高生だ。
多分、私と同じような生徒を探そうと思えば、日本中のどこにでも見つけられると思う。
空気が読めなくて、頑固で、周りに馴染めない子供。
思ったことはすぐに口から零れ出ちゃうし、人に合わせることも、出来るだけやりたくない。
そして、それらの態度を周囲に隠すつもりもない。
だけど、同じような考えを持ってる人は、世界中のどこにでもいると私は思ってる。
隠すか隠さないか、見え方に差はあるけど、みんな同じようなものでしょ?
選択に差があるだけで、本質は変わらない。だから、私も普通だよね?
そんな考え方のおかげもあって私は、初めての夏休みを迎える頃には、クラスの中で浮いた存在になりつつあったと思う。
自覚できてる時点で、クラスには私の居場所なんてないのかもしれない。
だから、浮いてるしかないんだ。
でもまぁ、そんなありきたりな話なんて、正直どうでも良いよね。
だって、私のクラスには私なんかよりも浮いてる生徒がいるんだから。
彼女の名前は黒光花楓。
何も知らない人が見たら、彼女はいたって普通の女子高生に見えるかもしれない。
強いて言えば、かなり明るくて元気が余り過ぎている女の子。くらいにしか思わないはず。
だけど、私達は知ってる。
彼女が、私たちの知ってる普通に該当しないことを。
それが初めて露呈したのは、入学から1か月が経った頃。
明るくて元気で、誰に対しても仲良く接する彼女の人気が、頂点に達していた時のこと。
私達、1年2組の教室に見知らぬ女子の先輩が尋ねて来た。
先頭に居たのは見るからに人気者って感じの、華やかな人で、数人の取り巻きを引き連れてる。
その取り巻きの一人が花楓を呼び出すと、彼女を連れてそのままどこかへと去っていったんだ。
もちろん、クラスメイト全員が驚いた。
それと同時に、花楓が先輩たちに何か酷いことでもされているんじゃないかって、噂が広まった。
なんでも、先頭にいた華やかな先輩には好きな人が居て、その好きな人が最近、花楓に言い寄っているらしい。
噂の内容に興味なんて無かった私は、特に詮索することもせず、そのまま家路についた。
だけど、次の日になって教室に姿を現した花楓と、校内で見る例の先輩たちの様子に、流石に違和感を覚えたんだよね。
呼び出したはずの先輩たちが、花楓に怯えている。
終いには、呼び出しを先導していた先輩が一人、自主退学を申し出たらしい。
当然、あの後何があったのかを聞いたクラスメイトもいたらしいけど、彼女は笑いながらこう言ったんだって。
「あぁ~。恋愛相談をねぇ。ちょっと言いすぎちゃったかもしれないけど、別に変なことはしてないよ! たぶん!」
花楓のこの言葉を、鵜呑みにする人は誰もいなかったと思う。
少なくとも私は、それ以来、隣の席に座る彼女に変な警戒心を抱いてる。
気が付けば、人気者だった花楓は、クラスの中で腫れ物のように扱われ始めた。
皆、彼女に対してそこはかとない恐怖を感じたのかもしれない。
それがもう、4か月ほど前の話。
私としては、元々そんなに仲が良かったわけでも無いから、実害は無かったけど、今となってはそうも言ってられない。
と言うのも、私は今、その花楓のヒミツを目の当たりにしているかもしれないんだ。
「なんでそんなこと言うのよ!!」
教室の中から響いて来るこの声は、佐藤亜美のもの。
夏休みが明けてから1週間、元カレと同じ教室に律儀に通い詰めている、かわいそうな女子生徒だ。
教室の後ろに立っている彼女は、黒板の方に立っている花楓を睨みながら、怒りを顕わにしている。
なんでそんな状態になっているのか、教室の外の廊下から様子を伺っている私は何も知らない。
そもそも私は、帰宅中に忘れ物に気がついて、教室まで戻って来ただけの通りすがり。
もめ事になんか関わりたくない。
本音を言えば、2人が居なくなるまで別の場所で時間を潰したいところだけど、ふと耳にした言葉が、私をその場に引き留めたんだよね。
「ウチはまだ、壮馬のことが……好きなのに……どうして!? どうして別れるなんて言うの!?」
懇願するような、佐藤の言葉。
その中に出て来る人物の名前こそが、私を引き留めた原因。
この場にいないはずの、祇園寺壮馬の名前。
元カレである男の名前を、佐藤が口にすること自体は変じゃない。
だけど、状況がおかしいよね。
どうして、佐藤はさっきからずっと、1人で声を張り上げてるんだろう?
対峙してるはずの花楓は黙ったまんまだし。
そんな違和感に吸い寄せられるように、身を隠しながら話を聞いてた私は、話の内容にも疑問を抱かずにはいられなくなってた。
「考え直してよ!」
「どうしてウチじゃダメなの!?」
「夏休みも、一緒に遊んでたじゃん……」
「ウチ、悪い所があるなら直すから! 絶対に嫌われないように頑張るから!」
一方的に投げつけられる佐藤の言葉は、まるで祇園寺に向けられているみたいに聞こえる。
だけど、教室の中には花楓しかいないんだよね……。
まるで、佐藤が花楓のことを祇園寺だと思い込んでいるような状況に、私は混乱してきた。
するとついに、ずっと黙り込んでいた花楓がゆっくりと口を開く。
やっと何かを喋るのかと思って、耳を澄ましてみるけど、扉越しの彼女の声は上手く聞き取れない。
扉が少しでも開けば聞こえるかもしれない。
そう思って、扉に手を伸ばしたその時。
不意に佐藤が大声を発する。
「そんなこと! 信じられるわけない!!」
怒りとも、悲しみともとれるその声とともに、佐藤が鬼の形相で私のいる扉の方に駆けよってきた。
慌てて教室の壁に身体を貼りつかせて身を隠そうとするけど、正直、身を隠せているとは到底思えない。
これは見つかるなぁ。面倒なことになりそう。
なんてことを考えて、この先に待っているであろう面倒ごとに思いを馳せた私は、飛び出して来る佐藤を座り込んだ体勢で迎えることにする。
だけど、教室から飛び出して来た佐藤は、私に気が付くこともなく、廊下を駆けて行ってしまった。
予想外って言うか、拍子抜けって言うか。
身構えていた私の心の準備は、どうやら無駄だったみたい。
なんにせよ、バレなかったのならそれでいいや。
なんて、前向きに考えようとしたその時。
音もなく教室の中から姿を現した花楓と、目が合ってしまう。
廊下の窓から差し込んでくる夕日が、静かに佇む彼女を照らす。
光の加減なのか分からないけど、そんな彼女の背後に、深い影が伸びているように、私には見えた。
数秒間、互いに沈黙を続けた私達。
少し心地よくも感じられたその静寂を花楓が破り捨ててしまう。
「須美ちゃん。ちょっとお話、出来るかな?」
「……私、忘れ物を取りに来ただけなんだけど」
「スマホだよね? はい、返すよ」
「え?」
まるで準備していたかのように、ポケットから私のスマホを取り出した花楓。
そんな彼女を見上げながら、私が警戒心を強めたのは、言うまでもないよね。
だけど、そんなことすら知っているかのように、花楓は私を見下ろしながら深い笑みを浮かべた