第18話 初心に帰る
佐藤と花楓、そして私の3人で囲んだ昼食の席は、それはもう酷いものだった。
親睦を深めるどころか、溝が深まった気がするんだけど。
まぁ、それも含めて花楓は知ってたはずだよね。
多分、佐藤は花楓を味方に付けたかったんだろうな。
確かに、その考え自体は悪くないと私も思う。
これから先、今のクラスでやっていくために、彼女には仲間が必要だ。
でも、やり方が悪かったのと、相手が悪かったんだと思う。
「それはどういう意味かな?」
すっかり私の部屋に馴染み始めている花楓が、テーブルの向かいから笑みを投げかけてくる。
「そのままの意味よ。って言うか、花楓って勉強する意味あるの? カンニングし放題じゃん」
「失礼な!! ワタシはこう見えて、その辺真面目なんだからね?」
「こう見えてって、この場合は使わないと思うんだけど」
「そんな細かいことは良いんだよ! それより、ワタシは人に勉強を教えるのが得意なんだよ~。ほら、スーミィもその恩恵にあずからないかい? 今ならタダだよ? タダ!」
「あ~、確かに。その人の分かって無い所が分かるんだもんね、それは分かりやすそう。普通に恩恵にあずかりたいな」
「予想に反して素直っ!! ま、まぁ、スーミィがそこまで言うなら、教えてあげても良いけど」
少し誇らし気に小さな胸を張る花楓。
そんな彼女の胸元を見た私は、ふと思った。
……そういう意味では、花楓ってエッチも上手そうだよね
「ちょっと!? 話が脱線しすぎじゃない!?」
「急に大声出さないでよ。ほら、集中しよう」
「むぅ……」
顔を赤らめ、納得いかない様子の花楓を放っておき、私は勉強に集中する。
悪い成績を取って、両親の喧嘩の種になんてなられたら困るしね。
テストまで残りわずか、時間を無駄にはできない。
そうして、放課後とか休日まで花楓と一緒に勉強をする中で、私は佐藤がクラスの中で完全に浮き始めていることに気が付いていた。
と言っても、それをどうこうしようなんて思わない。
自分を陥れようとしてきた人を好き好んで助ける程、私も愚かじゃないんだ。
そしてそれは佐藤自身もよく理解してるみたいで、あれ以来、花楓や私に話しかけてくることは無かった。
少しだけ懸念は残るけど、当分は普通の学校生活を送れそうで良かった。
テスト期間中に騒動が起きるのはやめて欲しいしね。
そんな私の願望は、無事に聞き届けられたらしく、3日間の中間テストが始まる。
豪語していただけあって、花楓に勉強を教えてもらった私は、それなりに手ごたえを感じた。
いや、もしかしたら私自身の才能が開花しただけかも。
なんて言ったら、花楓は怒るのかな?
そんな私の考えなんて無視してしまうほど、へとへとに疲れている様子の花楓は、最後のテストが終わってすぐに帰宅して行ってしまった。
まぁ、花楓が疲れるのも分かる。
彼女からすると、常に頭の中に流れて来る心の声を意識的に無視しながら、問題を解いてるわけだ。
私なんかよりも数段、疲れを感じてるに違いない。
それでも、絶対にカンニングしていないと言い切れるのが、彼女のすごい所かもなぁ。
なんて思いながら帰り支度をした私は、そそくさと教室を出て帰宅している生徒の波に乗る。
辺りを見渡せば、疲れ切った顔の生徒ばっかりだ。
それでも、皆に共通して晴れやかな雰囲気を感じるのは、今日がテスト最終日だからだよね。
私も今日は、早く家に帰ってゆっくりしよう。
そう思った直後、ポーンッという乾いた音がどこからともなく聞こえてきた。
定期的なリズムを刻むその音は、グラウンドの方から聞こえて来るらしい。
なんとなく、その音の方に目をやった私は、山田と思しき姿を見つける。
グラウンドの片隅にある壁に向かって、一心不乱にボールを投げている山田。
テストが終わったってのに、よく頑張るなぁ。
普通、今日くらいは休もうとか思わないのかな?
ストイックな彼の姿に、少し感心した私は、だけど、そうじゃないってことに気が付いた。
山田は今、普通の状態じゃないんだ。
花楓って言うイレギュラーに巻き込まれた結果、彼はいくつかの感情を切り取られてしまってる。
「……大丈夫だよね」
思わずそう呟いた私は、一つ息を吐き出した後、山田のいるグラウンドの方に向かう。
理由は単純で、なんとなく、彼の様子を見ておいた方が良い気がしたから。
壁に当たる度に乾いた音を響かせるボールを、山田は鮮やかにキャッチする。
そうして再び投げるを繰り返した後、疲れたらしい山田は、一度投球をやめて汗を拭い始めた。
その時、チラッとこちらに目をやった山田が、ようやく私の姿に気が付く。
「……大心池?」
「意外だね、私の名前を憶えてるんだ」
「いや、流石に憶えてるだろ。クラスメイトだし」
「そんなもん? 私はあんまりクラスメイトの事知らないけど」
「知らないって……知ろうとしてないだけの間違いだろ?」
そう言って再びボールを投げだした山田は3球投げた後、不意に投球を止めた。
「何か用か?」
「いいや、別に。こんな日でもストイックに自分を虐めてる人の生態に興味が湧いただけ」
「……変な奴だな」
「お互い様でしょ」
私の言葉を鼻で笑った山田は、肯定するようにボールを投げた。
直後、壁の小さな出っ張りに当たったボールが、変な方に跳ねていく。
「命中したじゃん」
「これは命中って言わない」
「そうなんだ?」
「そうだろ」
「それ、楽しいの?」
「は?」
「一人で投げてて楽しいのかなぁって思ってさ」
「……まぁ、程々に楽しいぞ」
そう言った山田は転がったボールの元に歩み寄ると、それを拾い上げた。
そして、手の中にあるボールを見つめたまま黙り込む。
「どうかした?」
「……いや、大心池と話してると、なんか不思議な感覚になるなぁって思って」
「ごめん、私、坊主は無理かも」
「そういう意味じゃない。なんていうか、つい最近、同じ感覚になったことがある気がするんだけど」
ここまで話してはっきりしたけど、山田はあの時部室で起きた事をほとんど覚えてないみたいだ。
間違いなく、花楓の仕業だよね。
だとしたら、あんまり記憶を刺激するようなことはしない方が良いのかな?
そろそろ退散しようかと思って、私が踵を返そうとした時。
山田が不意に声を掛けてきた。
「なぁ、大心池。初心に帰るって言葉知ってるだろ? あれ、実感したことあるか?」
「え? 初心に帰る……まぁ、無いことは無いけど。どうして?」
「俺さ、最近よく野球を始めたばかりの時を思い出すようになったんだ」
「そうなんだ?」
「それってさ、当たり前だけど、ヘタクソだった時期のはずだよな? でも、正直に言えば、俺は今よりもヘタクソだった時期の方が楽しかったような気がする」
「皆そんなもんじゃない?」
「そうなのか? 俺はてっきり、上手になって活躍できるようになれば、もっともっと楽しくなるって思ってた」
「まぁ、中にはそう言う人もいるのかもね」
「そうだな……悪い。変な話して。忘れてくれ」
そう言った山田は、私の事なんて忘れたように、ボールを投げ始めた。
そんな彼の姿に、少しだけ羨ましさを覚えながら、私はその場を後にする。
没頭する彼の邪魔をするのは申し訳ない。
そう思ったから。




