第15話 ちょっと心強いかも
ベッドでスヤスヤと眠る花楓を見ながら、私は頭を抱えた。
彼女が私のベッドで寝てるってことは、私はどこで寝ればいいの?
お風呂も入って、夕飯も食べて、後はもう寝るだけなんだけど、それが一番難しい。
隣で一緒に寝る?
いや、それはやめておこう。
体調を崩してる花楓の眠りを妨げちゃうかもしれないし、それに、目を醒ました時が怖い。
そう思いながら、私はニヤケる花楓の表情を思い浮かべた。
『スーミィったら、ワタシと一緒に寝たかったのかなぁ? 可愛いところあるじゃん』
自分の想像のはずなのに、腹が立つのはおかしいことかな?
とはいえ、明日も学校があるワケだから、寝ないわけにはいかない。
「布団ってなかったかな?」
こうなったら、床に布団でも敷いて寝るしかないよね。
そうと決まればすぐに一階に降りて、和室の納戸から敷布団一式を引っ張り出してきた。
寝る前に軽く汗をかいてしまったけど、仕方ない。
そのまま疲れに身を委ねて、私は眠りに落ちた。
ここ最近、色々ありすぎて眠りに落ちるが早くなった気がする。
そうして、スマホのアラームで目を醒ました私は、すぐ目の前に花楓の顔があることに気が付いた。
未だにスヤスヤと眠ってる様子の花楓から、仄かな甘い香りが漂ってくる。
そんな彼女のおでこに狙いを定めて、デコピンを……。
「ちょっと!? 病み上がりの幼気な乙女に何をしようとしてるの!?」
「やっぱり起きてた」
おでこを押さえてガードしながら、布団から飛び出る花楓。
いつもの様子に戻ってる彼女に呆れつつ、私は上半身を起こして伸びをした。
「ぅん~……はぁ。おはよう。もう体調は良さそうで安心したよ」
「むぅ~。もっと心配してくれても良いんじゃない?」
「心配してたよ? どうせ分かってるでしょ?」
「分かってるから言ってるの! もう大丈夫だって、安心しきってるじゃん! まだぶり返すかもしれないよ? ほら、もっと心配して、労わっても良いんだよ?」
「そんなことより、私は支度を始めるけど、アンタはどうするの? 今日は学校休む?」
「心配の仕方が雑だよ!!」
文句を垂れ流す花楓を置いて、部屋を出た私は、まっすぐに洗面所に向かった。
顔を洗って口を漱ぎ歯を磨く。
それらを終えた私は、いつも通りリビングに向かった。
「うわ……どうしたの? これ」
リビングに入って早々、私はそう呟いてしまった。
だって、いつもは準備されていないような朝食が、食卓に並んでいたから。
「どうしたのって、お客さん来てるのに変なもの出せないでしょ?」
母さんは一瞬だけ私に目を向けた後、少しだけ肩を竦めながらそう言った。
そんな見栄を張っても意味なんて無いんだよと教えてあげたいけど、今は黙っておこう。
すぐに食卓についた私は、手元に置いてある箸を手に取った。
その直後、リビングの扉を開けて花楓が入ってくる。
「おはようございま~す。うわぁ! 良い匂い!!」
バタバタといつもの調子で私の隣に駆けてきた彼女は、朝食をマジマジと眺める。
「これ、須美ちゃんのお母さんが作ったんですか? すごく美味しそうですね!」
「本当? ありがとう。それより花楓ちゃん、体調は大丈夫?」
「はい! もう元気になりました! 昨日は泊めて下さって、本当にありがとうございました」
「良いのよ。これからも須美と仲良くしてあげてね」
「えへへ。もちろんです! って言うか、ワタシの方が仲良くしてもらってる方で……って、すみません、ご飯が冷めちゃいますね!」
そそくさと椅子に座った花楓は、本当に美味しそうに朝食を食べ始めた。
ザ・日本の朝ご飯と呼ばれるような献立の朝食を味わうのは、私も本当に久しぶりだな。
そういう意味では、こうして花楓が泊まってくれたのは私にとっても良いことだったかもしれない。
「美味しいね、スーミィ」
「うん。美味しい」
鮭の切り身を口に運びながら頷いて見せた私は、視界の端で微笑んでいる母さんの笑顔に心をざわつかせる。
そんな私の心境も、花楓は全部知ってるんだよね。
こんな私達を見て、どう思うのかな? 後で聞いてみよう。
程なくして、母さんは仕事に出かけて、私達は2人きりになる。
少しだけ気まずい空気が流れる中、取り敢えず着替えと片づけを済ませた私達は、家を出た。
バス停に向かうまでの道中も、花楓は少しだけ気まずそうな視線を向けてくる。
そんな視線に耐え切れなくなった私は、ため息と共に吐き出すことにした。
「で、どう思ったの?」
「直球すぎない!?」
「変化球を投げても、意味なんてないでしょ」
「まぁ……そうだけどさぁ」
「昨日もホントは、アンタを泊めるのに強く反対してきてたし。なんなら、その話をする前まで、2人で喧嘩してたし」
「ごめんね、ほんとに。迷惑かけちゃった」
「ウチの親が仲悪いのは、別にアンタのせいじゃないでしょ。家庭の問題はどこまで行っても家庭の問題だし。そういう意味で、全ての人の問題を完全に把握できてしまう花楓が、どう思ったのかを聞きたいの」
「うん。分かってる。そうだね。正直なことを言うと、ありがちだなぁと思ったよ」
「ありがちかぁ。その心は?」
「心も何も、良くある話だってことだよ?」
「へぇ。意外と多いんだ」
「うん。だけど勘違いしないで欲しいんだけど。よくある話だからって、その辛さとか悲しみが小さなものだって安心していいわけじゃないんだよ?」
そこで言葉を切った花楓は、小さく続けた。
「傷は傷なんだよ」
もし私が花楓の事情を知らなかったら、その言葉に憤りを覚えたかもしれない。
だけど、今の私が彼女に対して『それ』を覚えることはできなかった。
「傷は傷、か」
「スーミィ……」
「そう言うなら、花楓こそ自分の傷を甘く見すぎなんじゃないの?」
「そう、かな? スーミィには、そう見える?」
「まぁ、少なくとも昨日のことだけで考えたら、そう思うよ」
山田が抱えていた感情を、体調を崩してまで何とか処理しようとした花楓。
どうして、花楓がそこまで身を削って、対応しなくちゃいけないのか。
それはひとえに、彼女が言ってた話に繋がるんだと思う。
『ワタシが人の感情を引きずり出してしまってる』
抹茶オレを飲みながら聞いた説明を思い出した私は、改めて彼女の状況を認識した。
人と関わること自体が、非常に危険なリスクを伴ってる。
だったら、人との関わりを一切絶った方が良いんじゃないか。
なんて言う人もいるかもしれないけど、花楓はそうは思ってないらしい。
その代わり、なるべく人に迷惑を掛けないように、自らの命を危険にさらしてまで、問題を解決することに専念してるみたいだ。
その決意は、素直に凄いと思う。
だけど、どうして花楓だけがそんな重荷を背負わなくちゃいけないの?
心が読めてしまうから?
それはなんて言うか、理不尽だなと私は思った。
彼女のことを、一瞬でもズルいなんて思ったのが恥ずかしく感じる。
「スーミィって、やっぱり変わってるよね」
「悪い?」
「ううん。悪くないし、ちょっと心強いかも」
「そっか」
そんなことを話しているうちにバス停に辿り着いた私達は、そのまま学校へと向かったのだった。




