第14話 迷った末
「で、結局何がどうなってるわけ?」
薄暗い部室の中で落ち着きを取り戻した私は、未だにしがみ付いて来ている花楓に声を掛けた。
すると、彼女は私の胸に顔を埋めたまま話し始める。
「ワタシがスーミィに……この部屋に居る全員に幻覚を見せてたんだ。ごめんね」
「幻覚……今のが全部?」
「全部じゃないかな……スーミィは実際に山田君から腕を拘束されてたし、3人も腕立て伏せをさせられてた。でも、山田君から伸びてた黒い手と、奥にいたワタシの姿は幻覚」
「そう……でも、なんで幻覚を見せたの?」
「本当はスーミィにまで見せるつもりは無かったんだよ? まさか入ってくると思ってなかったから。見せた理由については、前にも言ったとおり、感情を消費させるため」
そう言った花楓は、私の背中に回してた右手を懐に潜らせると、何かを取り出して、私の眼前に掲げた。
人の胸に顔を埋めたまま、随分と器用なことをして見せるなぁ。
なんて、どうでもいい感想を抱きつつ、私は眼前にある十字型の物を観察する。
木製に見えるその十字は、当たり前だけどシンプルで、逆に特徴らしい点が無い。
だからこそ、私にはそれが何なのか良く分からなかった。
「これは?」
「吊り手って言うのかな? 操り人形を操るためのコントローラーみたいなもの」
「どうしてそんなものを持ってるワケ?」
「これが、山田君の抱えてた感情だから、かな」
「……は?」
「前にも見たでしょ? 裁ちバサミ。あれは佐藤さんの感情を具現化したものだったんだよ」
「そういえばそんなこと言ってたっけ?」
「で、これを山田君から切り離すことに成功したから、当分の間は大丈夫なハズ。まぁ、山田君には何かしらの影響があるかもだけど、今回の場合は悪い方向には向かないんじゃないかな」
「切り離したって……心を読むだけじゃなくて、そんなことまでできるんだ?」
「結構大変だけどね。切り離すためにはまず、感情を表に引っ張り出してあげる必要があって、そのために、幻覚を見せてたんだけど、そこにスーミィが入って来ちゃったから、巻き込まざるを得なくなったの。本当にゴメン。怖かったよね?」
「それは、まぁ……今も心臓が馬鹿みたいに脈打ってるけど」
「うん。知ってる」
「ねぇ、ところでさ、いつまでそうやってるつもり? 流石にそろそろ暑いんだけど」
夏も終盤に差し掛かってるとはいっても、まだ9月に入って少ししか経ってない。
そんな時期に、2人で密着して抱きしめ合うのは、流石に暑さを感じずにはいられないよね。
それは花楓も理解してるはずだけど、それでも彼女は私の胸元から動く素振りを見せなかった。
「ちょっと? 聞いてる?」
「聞いてる、よ。でも、ごめんね。動けそうにないや……」
「はぁ? そんなこと言ってアンタ……ちょっと? どうしたの?」
ただくっつきたいだけとか言わないでしょうね?
とツッコむために、彼女の頭を掴んで顔を上げさせようとした私は、彼女の頬に触れて異常に気付く。
熱い。
フワフワとした感触の彼女の頬が、まるで湿らせたカイロみたいに熱くなってる。
それは私と密着してたからなんてものじゃない。確実に、彼女の身体が発熱してる。
グッタリとしている花楓の体勢を整え、膝枕をした私は、呼吸を荒げている彼女の顔を覗き込んだ。
「ちょっと? 何でこんな高熱が出てるの!?」
「あはは……ワタシもまだまだダメだなぁ。バレないようにしようと思ってたのになぁ」
「そんなこと言ってる場合!? 急いで保健室に……」
「スーミィ、ゴメンだけど、保健室には連れてかないで」
「は!? そんな体調で何を言ってんの?」
「気持ちは嬉しいけど、でも、やっぱり保健室には行きたくないんだ……」
「……」
だったらどうすれば良い?
保健室に行きたくないって言う花楓の願いは、普通なら無視する。
だけど、彼女の状況は普通じゃない。
きっと、彼女なりの理由とか、そんなものがあるんじゃないかな?
だとしたら、今私が彼女の事情を無視するのは避けるべきな気がする。
だって、今この場で彼女の事情を知ってるのは、私だけなんだから。
「立って歩ける?」
「……ムリっぽい」
「分かった。ちょっと待ってて」
言いながらポケットからスマホを取り出した私は、ネットでタクシーを検索して、すぐに電話を繋げた。
数回コールが鳴った後、女性の声が耳に入ってくる。
『はい、こちら』
「すみません、タクシーを一台お願いします! 大至急で!」
食い気味に現在地を告げる私の気迫に何かを察したのか、電話口の女性は迅速に車を手配してくれた。
そんな電話を終えて、私は一度花楓の上半身を起こすと、彼女を背負い上げる。
「とりあえず、タクシーで家に向かおう。アンタ、住所言えるよね?」
「うぅぅ……」
「……仕方ないなぁ」
こんな状態の花楓を一人で家に帰すのは少し心配な気がする。
「一旦、私の家に連れてくけど、それでいい?」
「うん……」
背中から聞こえて来た微かな返事に、頷き返した私は、ふと、部室の中に目をやる。
未だに目覚めない野球部員達の姿が、そこにある。
そんな彼らを見て、少しだけ罪悪感を抱きながらも、私は部室を後にした。
彼らには悪いけど、今は花楓の方を優先しよう。
なんてったって、友達だしね。
「ありがとう、スーミィ」
「そう言うのは体調が戻ってから言ってよね。ところで、その熱は風邪薬とかで治るワケ?」
「いつもは寝れば治るかな」
「いつもって……もしかして公開処刑の後もこうなってたの? いや、いいや。それも後日聞くから。今は大人しく寝てて」
「うん」
熱を帯びた彼女を背負いながら、私はタクシーを待つ。
程なくして到着したタクシーに乗り込んで、家に向かった私は、うなされてる花楓をベッドに寝かせることにした。
日もすっかり暮れ、両親をなんとか説得した私が部屋に戻ると、まだ気怠そうな花楓が口を開く。
「迷惑かけちゃった。ごめんね、スーミィ」
そんな彼女がいつもより小さく見えた私は、迷った末に返事をした。
「良いよ別に。友達でしょ?」




