第12話 真っ黒な手
翌日、私達は野球部の様子を見に行くことにした。
と言うのも、花楓が入手した情報で、山田が野球部員を数人、部室に集めるつもりだと聞いたから。
協力を仰げないと知った彼が、何をするか分からない。
佐藤亜美みたいに、何か事件を引き起こす可能性は十分にある。
普段なら、無視したいところだけど、事情が事情だし、私が彼の相談にうまく乗れなかったのも要因の一つだからね。
部室棟は教室のある建物から少し離れた場所にある。
そんな建物の前に植えられている垣根の裏に身を隠した私達は、野球部の部室の扉を見張っていた。
さっき、部員が3人中に入って行ったけど、山田は来てない。
まだ来ないのかな?
そう思いながら、視線を左右に振っていると、すぐ隣にいる花楓が小さく笑う。
「ふふふ、ワタシ達、周りから見たら完全に変質者だね」
「え? 周囲の人からは見えないようにしてるんじゃないの?」
「もちろん、人が近づいてきたらそうするつもりだけど、今はしてないよ?」
「そう言うのは先に言ってよ!!」
「しっ! ほら、山田君が来た!」
思わず声を荒げた私は、咄嗟に口を手で抑えながら、様子を見守る。
花楓の言う通り、通路の奥から歩いてきた山田が、神妙な面持ちで部室の前に現れた。
そして、扉に手を掛けた彼は、1つ深呼吸した後、中に入っていく。
開かれた部室の中で、雑談に花を咲かせてた部員たち。
彼らは山田の姿を見るなり、一気に黙り込んだみたい。
そのまま中に入ってしまったのを確認して、私は花楓に目配せをする。
「山田君が何かすると思う?」
「さぁ。でも、警戒するためにここに来たんでしょ?」
「そうだね。スーミィがもっと上手く話を聞いてれば、こんなことしなくても良かったかもだけど」
「人選ミスの結果でしょ? 私は悪くない」
「自分で言うんだ!? ホントに変わってるなぁ」
「で? これからどうする? ここでずっと見守るつもり?」
「そうだね、何もなければ……」
そこで花楓は言葉を切った。
正確に言うなら、別のことに気を取られたって言うのが正しいかもしれない。
ハッとしたような表情を浮かべた彼女は、私に目もくれずに、勢いよく垣根から飛び出していく。
「ちょ、ちょっと!?」
「スーミィはそこで待ってて!!」
「はぁ?」
慌てた様子で走った彼女は、躊躇うことなく野球部の部室に飛び込んでいった。
一瞬だけ、開かれた部室の中が見えたけど、特に変な様子はないように見える。
山田が奥に居て、そんな彼の前に3人の部員が突っ立っている。
その周囲には部活に使うらしい器具などが、沢山置かれていた。
綺麗な部室とは言えないけど、異常があるとは思えない。
そんな中に飛び込んでいった花楓を見送って、私は少しの間垣根の裏で待機する。
待っても待っても、音沙汰がない。
このまま待ってても良いのかな?
なんてことを考えた瞬間、私は気が付いた。
花楓は今、私に頼らずに1人で解決しようとしてるんじゃないかな?
なんか、癪だ。
でも、多分それは合ってるんだと思う。
このまま待って、何もなければ帰ろうかな。なんて考えてる私が、手助けできることなんてある?
甘えと言わざるを得ない考えに、思考が占領され始めたのを感じた私は、頭の中をリセットするために深呼吸する。
次第にクリアになっていく思考をフル回転させて、現状を整理することにしよう。
「今私が迷ってるのは、これ以上踏み込みたくないって思ってるからだ……きっとそうだ。だから花楓は、来ないように言ったんだ」
彼女にとって、私が考えている事なんて手に取るように理解できているはず。
だからこそ、足手まといになりかねない私を置いて、先に動いた。
でも、だとしたらどうして、そもそも花楓は私に手伝いをお願いしたんだろう?
本当に、仲良くなれそうだと思ったから?
それだけの理由で花楓が人にお願いをするかな?
……違う気がする。
多分彼女は、私なら今回の件を解決できると思ったんじゃないかな?
なぜなら、私は山田に対して、小さな親近感を覚えてるから。
そうだとしたら、昨日の彼からの相談に対する私の対応は、完全に期待外れだったのかもしれないね。
「思い上がりって可能性もあるけどね」
少しだけ自虐してみた私は、垣根の裏から身を出すと、そのまま野球部の部室の扉に手を掛ける。
そして、勢いよく扉を開けた。
直後、私はとんでもない光景を目の当たりにする。
「山田君……やめ……」
「違う!! 俺は何もしていない!! 違うんだ!!」
声を張り上げる山田が、そう言いながらも花楓の首根っこを掴みあげ、壁に押し付けている。
対する花楓は、手足をジタバタとさせながらも、山田の腕から逃れようとしていた。
「ちょ、何やって……っ!?」
山田を止めようと一歩踏み出した私は、涙を流す彼の横顔が、ゆっくりとこちらに向き直るのを見る。
その瞬間、私の背筋に悪寒が走った。
理由は明白。
彼の浮かべている表情が、左右で異なっていたから。
さっきまで見えていた右半分は涙を流しているのに、左半分は笑みを浮かべてる。
花楓の元に向かおうとする私の足は、大きな一歩から小さな一歩へと、歩幅を狭めてしまう。
その結果、私は足元にある何かに脛で触れた。
恐る恐る足元に視線を落とすと、そこには野球部員が1人、四つん這いになっている。
花楓の様子に気を取られていたせいで全然気づかなかったけど、もう2人も同じように並んで四つん這いになってるみたい。
一瞬、彼らが何をしているのか分からなかった私は、次の瞬間には理解していた。
腕をプルプルと振るわせながら腕立て伏せをしてるんだ。
こんな状態で何を呑気にトレーニングしてるのか、文句を言おうとした私は、同時に彼らの様子もおかしい事を理解した。
ボロボロと大粒の涙を流しながら、延々と腕立て伏せを続行する彼ら。
既に顔を真っ赤にしている部員達の腕は、もう限界に達してるように見える。
それでも、根を上げてやめる事なんてしない。
同じペースで、休憩を挟むことなく上下を繰り返す。
まるで、身体を操られているように。
そこまで理解した私が身の危険を感じた瞬間。
突然、背後の扉が勢いよく閉じられた。
「えっ!?」
咄嗟に振り返って、ドアノブを握るけど、ビクともしない。
「ちょっと、どうなってるの!?」
漏れ出て来た私の声は、少し震えている気がした。
完全に退路を断たれてしまった。
そんな現実に絶望していると、不意に何かが私の右手に触れる。
その気色の悪い感触に声を上げそうになった、直後、私は腕を勢いよく持ち上げられ、扉に押さえつけられる。
扉の方を向いてたせいで、押さえつけられた拍子に頬と胸を強く打った。
その痛みに耐えていると、後ろから声がする。
「スーミィ!!」
「俺じゃない! 俺じゃないんだ!!」
背後から聞こえて来る山田の声は、少し離れてる。
それじゃあ、私を押さえつけてるのは誰……?
そう思い、私の両腕を扉に押さえつけてるものの正体を見ようと、顔を上げた私は、そこに異様に長い真っ黒な手を見たのだった。




